156.視る力
「おおっ おおっ 神王様じゃ!!……ん? 神王様、こんなお姿だったじゃろうか?」
椅子から飛び降りて跪いたおじいちゃんだったが、その後首を傾げた。
「エルフ族の神?」
神様って年とるの? アルツハイマーになるの??
「トーマスは創世の神(十神)の一神ですが、魔素の枯渇時にエルフの守護により力を消耗した反動でしょうか……このように年を取り、魔素が満ちた後も力を取り戻せぬようで…」
ヴェリウスの話によると、創世の神10人は年も取らないし力も衰えないが、それ以降に生まれた神は世代交代をするようだ。
大概は自身の子供や身内から次代を選び力を引き継ぐのだとか。
このおじいちゃんはエルフ族の神で、十神の一人なのだそうだが、最近は力も弱まり、天空神殿での御披露目パーティーにも出席出来なかったらしい。
そして今日、エルフが浮島に移動したとヴェリウスから聞いてやって来たのだが、神王がいるならついでに引き継ぎをしてしまおうとヴェリウスと共に決めたのだそうだ。
十神として次代に力を引き継ぐ者は初めてらしく、とても不安だ。
「という事でミヤビ様、トーマスの曾孫にエルフ族の神の力を継承する事をお許しいただきたいのです」
土下座したまま顔を上げないおじいちゃんを横目で見て話すヴェリウスに、頷きながらよくよくおじいちゃん神を見れば、額を地に擦りつけたまま眠っていた。
「……寝てるね」
「…このように限界が来ているのです」
はぁと溜め息を吐くヴェリウスは、おじいちゃん神を見た後アルフォンス君を見た。
「ジジィ起きろって。こんな所で寝てっと風邪引くから。
……ウチのジジィが悪かったな。アンタのペット勝手に連れてきちまったんだろ」
ヴェリウスが防音の結界を張って喋って居た為に話が聞こえなかったらしいアルフォンス君は、私達の話が途切れヴェリウスがアルフォンス君を見た所で空気を読んでやって来て、寝ているおじいちゃん神を抱え、エルフ達の所へ戻ろうとしている。
「アルフォンス君、ちょっと待って」
「ぁ゛?」
引き留めれば面倒そうに振り向かれ、ロードの機嫌が少し低下した。私が彼の名前を呼んだ事が気に食わないらしい。
「御主、トーマスの曾孫であろう」
「チッ アンタまで腹話術かよ」
ヴェリウスをただの犬だと思っているアルフォンス君は忌々しそうに舌打ちすると睨んできた。
「いや、腹話術なんてしてないよ。この子神獣だから喋れるの」
「はぁ? 神獣様は大きな狼の姿をしてんだろうがっオレが何も知らねぇと思ってバカにしてんのか!!」
確かにヴェリウスは今、中型犬の大きさに縮んでいる。
神獣の姿を知っているらしいアルフォンス君はバカにされたと思ったらしくオラオラ凄んできた。
「おい、テメェさっきから俺のミヤビに暴言吐いてんじゃねぇぞ」
ヤクザ出てきたぁ!!
「んだと?」
「コイツは優しいからテメェの態度を大目に見てるが、いい加減にしねぇとブッ飛ばすぞ」
こらこら、止めて止めて。喧嘩してる場合じゃないから。
ルーベンスさんも何とか言って……
「やぁ~ん、良い男ぉ~」
「ちょっとぉ、アタシの方が先に目を付けてたのよぉ!!」
「はぁ!? 私の方が先に目を付けてたに決まってんでしょ!!」
「何ですって!?」
「何よ!!」
「君達喧嘩は止めたまえ。話ならあちらに座ってゆっくり聞こうではないか」
ルーベンスさんを挟んで、知らぬ間にキャットファイトが始まっていたらしい。
しかしあっという間に制し、両手に花と言わんばかりにエルフ美女2人の腰を抱いて連れて行くルーベンスさんの手際が鮮やか過ぎて怖い。
止めるならこっちの喧嘩を鮮やかに止めてくれ。
役に立ちそうもないルーベンスさんを見なかった事にして、ロード達に視線を戻せば険悪な雰囲気はさらに悪化していた。
「やんのかコラァ!!」
「上等だ。かかってこいや!!」
助けて!? ヴェリえもーーん!!
「馬鹿者共。神王様の御前で喧嘩などと愚かな事をっ」
巨大化した迫力満点のヴェリウスの一喝に固まったアルフォンス君と、不満気に私を見るロード。
仕方ないのでロードの頭を撫でてあげる。
「怒らない、怒らない」
ミヤビぃと甘えた声ですり寄ってくるロードをよしよしと撫でていると、「マジで神獣なのかよ…」という呟きが聞こえてきたので振り向いた。
巨大化したヴェリウスはアルフォンス君とおじいちゃん神を椅子に座らせると、自らも縮んでその向かいに座ったのだ。
「アルフォンス、と言ったか?」
ヴェリウスの声にゴクリと唾を飲み込み、「あ、ああ…」と答えるアルフォンス君は緊張しているらしく顔が強張っている。
おじいちゃん神は未だ眠っているようで起きる気配はない。
「御主、自身が神の血を継いでいる事は知っているか?」
「は?」
ヴェリウスの一言に、アルフォンス君は固まり動かなくなってしまった。
どうやら自分がエルフ族の神の血筋だとは知らなかったらしい。魂が飛んでいったような表情でヴェリウスの話を聞いている。
一方のおじいちゃん神はまだ目を覚ましておらず、ぐーぐーといびきをかいて机に突っ伏していた。
「ロード、私達もあそこに座って話を聞く?」
「いや、まだ話がまとまってねぇようだし、俺らは二人っきりでイチャイチャしようぜ」
「イチャイチャって、今エルフの引っ越しの最中なんだけど」
胡乱な目を向ければ、
「あっちはトモコやジュリアスが仕切ってんだろ。深淵の魔獣共も来てんだし、俺らは天空神殿で楽しんでたって誰も気付かねぇよ」
「昼間っから何言ってんのォ!? ロードの発情ゴリラ!!」
「そりゃ発情はすんだろ。オメェは俺の唯一無二のつがいなんだからよぉ」
あっけらかんとした態度に腹がたってバシバシと頭を殴るが、撫でられていると勘違いしてきて、「ミヤビちゃ~ん」と抱き締められた。
「ジジィがエルフ族の神!? いや、何かの間違いじゃ……っ ウチのジジィもうボケてっし、いつも寝てっし、最近じゃ徘徊するようになってて…」
ロードに散々すり寄られ、抱き締められ、挙げ句の果てに顔中にキスの雨を降らされていると、アルフォンス君のそんな声が聞こえてきた。
『そろそろ後継に譲る時期という事だ。トーマスが言うには次代は御主のようだが?』
「はぁぁ!? オレが神様って柄かよ!! それなら姉ちゃんや、エルフの王様だって居んだろ!? 何でオレ!?」
『知らぬ。トーマスが御主だと指名したのだから仕方なかろう』
「神って指名制かよ!?」
ヴェリウスとアルフォンス君の会話を聞いていてバイリン国の親子を思い出す。
「神になりたいと力を奪おうとする人もいれば、それを望まない人もいるんだね~」
私はいつの間にか神だったらしいから実感はないが。
「そうさなぁ…俺ぁ神に興味はなかったが、ミヤビと共に長い時間を過ごせるなら神として生きんのも悪かねぇよ」
頬を撫でられくすぐったくて身をよじる。
「ロードは神というか悪マ…「あ゛?」何でもありまセン」
「ミヤビ、俺ぁオメェが生きるのに飽きるまで共に生きるし、死んでからも一緒にいるからな。覚悟しろよ」
「魂になってまでストーカー宣言!?」
悪魔のようにニタリと笑うロードから目をそらし、ヴェリウス達を見る。
「ジジィ! 起きろよっ 何でオレを指名してんだよ!?」
アルフォンス君がおじいちゃん神を揺すっている。身体がガックガック揺れてまるで屍を揺すっているようだ。
『トーマスよ、起きぬか』
ヴェリウスは呆れたようにおじいちゃん神を見て声を掛けるがいっこうに目を覚まさない。
「ジジィ!! てめっまさかオレに仕事全部押しつけようとしてんじゃねぇだろうな!?」
「……バレたかぁ~」
曾孫の声にやっと目を開けたおじいちゃん神は、アルフォンス君を見ててへぺろな表情を作り、へらりと笑った。
どうやら食えないじいさん系神様だったらしい。
「ふざっけんなよクソジジィ!! 神だか何だか知らねぇが、んなもんオレが就任するわけねぇだろうがよ!!」
「だってお前、ワシの身内の中で一番才能があるんじゃもん」
「はぁ!?」
「お前、あの御方のお力が視えておったじゃろ」
「!? な、み、視えてねぇよ」
アルフォンス君は動揺してチラリとこちらを見ると、ハッとして目をそらした。
「嘘つくでないわ。あの御方のお力を“視る”、“感じる”というのは、神かドラゴンの一部の者にしか出来ん事じゃ。実際精霊にもあの御方のお力を感知する事は出来んしのぅ」
『人間も精霊も、神王様のお力は当たり前にそばに在るものだから感じる事が出来なくなっているのだ』
神王様のお力で、この世界や我々が形づくられているからに他ならないが、それでも神だけは感知する事が出来るのだとヴェリウスは言う。
「どうやら、あのガキはミヤビの力を“視る”事が出来るらしいな」
ロードの言葉に、そういえば初めて会った時からずっと睨まれていた事を思い出した。
「ヴェリウスよ、この子は口は悪いが力は優れておるし、文句を言いながらも、こんなボケ老人をずっと面倒見てくれた良い子なんじゃ」
『トーマス……』
「エルフの神の力を継げるのはアルフォンスだけじゃと確信しておる」
さっきまでボケていたおじいちゃん神は、ハッキリとそう宣言したのだ。




