15.つがい〈ロードside〉
ロード視点
“深淵の森”とは、このルマンド王国で一番大きな河川を跨ぐようにして在る事がその由来になった森だ。
2年前からそこで起こり始めた魔物の増加と活発化。
常ではあり得ない事だった。
ルマンド王国では…いや、世界中で魔物は減少の一途を辿っている。魔物だけじゃねぇ、魔族も、獣人も、人族だって減少しているんだ。
原因は“魔素”の枯渇。
そんな中で魔物の増加なんてあるわけがねぇ。
この世界に生きてるありとあらゆるものは魔素がねぇと死んじまう。
現に世界中、流行り病や飢餓でどんどん人が死んでいる。
それもこれも世界の魔素が尽きたからだ。
魔素ってなぁ、この世界を創った“神王様”が生物を守る為に、自身の力で世界を覆った事で発生したもんだって、ガキの頃よく聞かされたもんだ。
ルマンド王国に住んでりゃ誰だって知ってる話だな。
神王様がいなくなっても、魔素は何千、何万年と世界を覆っていた。少しずつ薄くなりながら。
そして遂に枯渇した。
俺達は後数年もすりゃ絶滅するだろう。
皆がそれを理解していた。そして絶望した。
そんな時に耳にしたのが“深淵の森”の事だった。
ほとんど機能していない騎士団を飛び出しやってきた森で、出会った女。それが“ミヤビ”だった。
初めは、魔素の枯渇した世界で魔法を使うミヤビに唖然とした。
魔素は魔力の素だ。魔素がねぇのに魔法を使えるなんてあり得ねぇ。
数百年前は小さな火を出したり、水を手の平分出せたりしたみたいだが、今じゃあ魔法を使える奴なんて1人もいやしねぇ。
もしかしたら、ミヤビは精霊かもしれねぇ。そう思った。
精霊は神々の使いで、魔力とはまた別の力を使うらしい。
だから魔素が無くても傷を治したり出来るのだろうと納得した。
それにミヤビは、濡羽色の髪に黒曜石のような色の大きな瞳と、白磁のように滑らかな肌を持つ、エキゾチックな美人だった。
精霊は見目麗しい者が多いと聞くので間違いないだろう。
大体、いつ死んじまうともわからねぇのにのんびり森の奥で暮らしてる人間なんていねぇ。
まるでミヤビのいる場所だけがこの世界から切り取られたみてぇで、俺は引き込まれていた。
共に暮らした半月は、魔素の枯渇も絶望も忘れさせるぐれぇ穏やかで、ずっとここに居てぇ、ミヤビの傍に居てぇと思わせた。
ミヤビが俺の“つがい”だと気付いたのは、そんな生活も終盤を迎えた頃だった。
“つがい”ってのは人族特有のもんで、いわゆる伴侶の事だ。
人族は“つがい”にしか発情しねぇし、できねぇ。
つまり“つがい”が現れねぇ限り子供を作れねぇ上、本当の意味で大人になれねぇんだ。
そういった意味では、好きに性交出来る魔族や獣人族共にバカにされる事も多い。
かくいう俺も、40になっても“つがい”が現れずもう一生独り身かと思っていた。
後数年すりゃ死ぬんだしどうでも良いと思っていたが。
“つがい”は会えばすぐ判るらしいのだが、年がいってから出会うと稀に、判明するまでに時間がかかるらしい。
俺の親父曰く、「出会えば狂いそうになる位相手が恋しくなる」とか。
何だそりゃなんて思っていたが、ミヤビが“つがい”だと理解した瞬間、襲いそうになった。
欲しくて欲しくて堪らなくなって、恋しいとか愛しいなんて言葉じゃ言い表せない位、ミヤビしか見えなくなった。
ミヤビは精霊だ。だから人族の“つがい”への執着に恐れをなして嫌われてしまうかもしれないと、必死に自身を抑えた。
このままここにいたら確実に襲ってしまう。そんな事になったら絶対嫌われる。嫌われたら二度と会えなくなる。
離れたくない。傍にいたい。傍にいたら襲っちまう。嫌われるー…
こんな事がずっと頭ん中をぐるぐるしていた。
半月は俺がここに居られるギリギリの期限だ。
ほぼ機能していないとはいえ、一国の騎士団の師団長なのだからこれ以上森に留まる事は難しい。
森の調査もこれ以上の進展はなさそうだ。
そんな事情も重なり、結局ミヤビの傍にいられなくなった。
“つがい”を置いて帰るなんてとんでもねぇが、王都に戻ったら調査結果をミヤビの事以外報告して、騎士団を辞めて森へとんぼ返りしようと決め、後ろ髪を引かれる思いでミヤビのもとを離れた。
その際唇を奪っちまったが、それ位は許してほしい。
“つがい”と離れるなんて断腸の思いなのだから。




