147.イタズラなお土産2
ルーベンスさんの固くなった表情筋を解す為にわざわざ購入した“ザボンジュース”である。
ワクワクしながらお土産だと差し出せば、訝しげにポットとコップを眺めてポットを手に取った。
ザボンジュースは透明で、水よりは少しだけとろみがあるが見た目はほぼ水だ。とても不味そうには見えない。が、実際はえぐみと酸味と変な甘味が混ざって迷走しているような不味さなのだ。
「……ミヤビ殿、私の5番目の妻は竜人でね。バイリン国で幼少期を過ごしているのだよ」
「え……」
まさか、嘘でしょう!?
「当然、ザボンジュースの事も聞いている」
「「何てこった!!」」
ん? 今ロードと声がかぶったよね??
「残念だったな。私はザボンジュースは好きではない。が、この硝子で出来た器は土産として頂こう。なかなかに美しい器だ」
せっかくルーベンスさんの表情筋崩壊を見られると思って持って来たのに、良いところだけ取って行きおった!!
このミニポットとコップは私が創った耐熱硝子の器なのだ。テーマは“シンプルだがお洒落な器”である。
これに目をつけるとは……さすが宰相、目が肥えている。
「さ、最近のザボンジュースは美味しくなってるんですよ? 昔とは違うんです」
諦めきれずに足掻いてみる。
「ふむ。ならば君が飲むといい」
「え゛」
スッとポットとコップを目の前に移動されて固まった。
「オメェ何自分の首絞めてんだ」
ロードに呆れた顔で見られた。
「だって、ロードだってでかした! って顔してたでしょ」
「そりゃそうだが…くそっあの野郎まさか各国の女嫁にしてるんじゃねぇだろうな!?」
「コレクション!?」
ロードの言葉に目の前のザボンジュースの事も忘れてルーベンスさんの嫁コレクションを想像してしまった。
国と種族のコンプリートを狙っているとか? だとしたら神もターゲットに!?
「バカな事を考えるものではない。私は愛する女性しか妻にはしない」
「アンタの“愛”てなぁ一体いくつあんだよ。人族と違いすぎて理解出来ねぇ」
人族は一途だもんね。狂気的に。
「人族とは違うのでな。理解出来なくても問題はない」
確かにそうだが、魔人も竜人も色狂いなのだろうか? バイリン親子も愛人が沢山いそうだったし。まぁあの2人は男女関係なくだったが。
「ところでミヤビ殿、ザボンジュースは飲まないのかね」
「いや、喉渇いてないので」
ルーベンスさん、意外としつこいな。
あえて話をそらしていたのに何故戻すのか。
「仕方ない。ロヴィンゴッドウェル第3師団長、君が飲みたまえ」
「あ゛?」
「君の愛しい奥方の土産物だ。私の口には合わないが、つがいの君ならば美味しく飲めるだろう」
ルーベンスさん……アンタ鬼や。
その固まった表情筋の下で絶対ニヤニヤしているに違いない。
「……わーったよ! 飲めば良いんだろうが!」
ロードはやけくそにポットのザボンジュースをコップに移し、喉の奥へと一気に流し込んだ。
なんという気概だろうか。
「ぅ…お゛え゛ぇ゛ぇ゛ッ」
しかし口を押さえてげぇげぇ言い出した所は格好悪かった。
ごめんよロード。私がルーベンスさんの表情筋を解そうとしたばかりに返り討ちにあってしまった。
決してバイリン国の尻拭いを私にさせたから恨みを晴らしたというわけではないのだよ。
「っうぇぇ…相変わらず、すっげぇ味」
「昔と違って美味しいのではなかったのかね」
ルーベンスさぁぁぁん!!!?
怒ってる!? イタズラ仕掛けた事怒ってる!?
「お、美味しかったよね!? ね!?」
「ぁ゛あ゛? うめぇわけあるか!! クソマズイわっ」
「ろおおぉどおおぉぉ!! それ言っちゃダメ!!」
ロードは涙目で首を横に振る私を不思議そうに見て首を傾げている。するとルーベンスさんはその固まった表情筋の口元を解し、ニヤリと笑ったのだ。
「ほぅ、不味い」
確かに表情筋を解そうとザボンジュースをお土産にしましたが、こういう事ではない。
「昔とは違って美味しいのではなかったのかね」
2回目ェェ!!!! デジャブきたぁ!?
「すいませんでしたー!! バイリン国にはザボンジュースしかお土産らしいお土産もなく、選択肢はなかったんです!!」
平謝りする私に機嫌が直ったのか、ルーベンスさんは恐ろしい笑顔をやめて再び表情筋を固めたのだった。
「北の国では、もっとまともなお土産が手元に届く事を期待しているよ」
「ハイ…」




