145.閑話
「ったくよぉ、こんな良いもんがあんなら早く出せよな」
湯気の立つお味噌汁をよそいながらそんな事を言うロードは、調味料畑から採ってきたばかりの赤味噌と白味噌を横目に見る。
「……今までも味噌は渡してたでしょ」
「もう調合済みの味噌はな」
そう。私が今までロードに渡していた調味料は既に調合済みのメーカーの合わせ味噌であった。
皆が好む完璧な配合で調合されているのだから良いだろうと思っていたのだが、どうやらロードは自身で白と赤の配合を決めたかったらしく、調味料畑を見せた時に一番熱心に実(?)を採り味を確めていたのが彼であったのだ。
そう。あの調味料が成る木だが、しばらく見ない内に進化を遂げ、白味噌、赤味噌が成るだけでなく、日本全国の様々な種類の米味噌が成るようになっていた。
因みに上の方が北。下に行くに従って南方面の味噌に変わっていき、真ん中から左右に赤味噌と白味噌で分かれているという訳のわからない仕様である。そして真ん中には合わせ味噌の実(?)が成る。もう恐怖すら感じる。
今の進化がそれなら、その内豆味噌や麦味噌なども登場しそうだ。
「おら、厳選した味噌を調合して作った豆腐の味噌汁だ」
ロードのオリジナル味噌で作られた味噌汁をドンッとダイニングテーブルに置かれたのですんすんと匂いを嗅ぐ。
「あ~…美味しそうな匂いがする」
ほかほかと香る幸せの匂いである。
つい「お母さんご飯も~」と口に出してしまいそうになった。
「今までより絶対ぇうめぇから食ってみろって」
隣にドスンッと座るロードに勧められていただきますと箸をとり、お味噌汁の入った漆塗りの汁椀を手に取る。
顔の前まで持ってくると、味噌とだしの香りが湯気と共に香ってきて最高だ。
汁を口に含めば、それはもうロードオリジナルブレンド味噌がだしとあいまって、いつもより深みを増した味が襲ってくるではないか。
「何これ。滅茶苦茶美味しい」
豆腐のみというシンプルなお味噌汁を具ごと一気に飲み干してロードを見れば、そうだろうそうだろうとニヤニヤしながら私を見ていた。
「酒を飲んだ後の一杯は最高だろう」
時刻は23時過ぎ。
皆が“蜜月中”だからと気を利かせて天空神殿へ行ってしまい、2人で寂しくお酒を飲んでいた後の事である。
テーブルの上にはビール(?)瓶が3本とワインの瓶が2本空の状態で転がっている。
とはいえ、私はコップ一杯程度付き合っただけで後はひたすらロードが飲んでいたのだが。
「異世界でお味噌汁作って飲ませてくれる人がいるなんて最高~っ」
「ククッ 重宝しろよ~」
笑いながら私を抱き寄せてすり寄ってくるロードはお酒臭い。
「調味料畑の味噌の木も醤油の木も怖いくらい進化してた」
「……ここはオメェの神域で、オメェの力に溢れてるからなぁ。勝手に力を取り込んで進化しちまうんだろうな」
「森の木も“トレント”だし」
「はぁ? 何言ってんだオメェ。“トレント”っつったらおとぎ話の木の化け物だぜぇ。そんな邪悪なもんが神域に居るわけねぇだろうが」
呆れた顔をして、私を膝の上に乗せるロードに恥ずかしくなる。
「けど珍獣達が、森の木は生きてるみたいな言い方してたでしょう?」
「植物なんだからそりゃ生きてんだろ」
「ほら! やっぱりトレントなんだ!!」
「何でだよ」
噛み合わない私達の会話はしばらく続き、
「あーもう、わかったわかった。オメェがトレントだと思ってんならもうそれでいいわ。それより早く寝室に行こうぜぇ」
結局ロードが折れたのだった。
後に、深淵の森の木々はトレントではなく“世界樹”であったと発覚するのだが、これはまた別の話━━…。




