144.秘密の場所
「━━…本当なんだっ キャラバンで聞いたんだよ!! オレ達は性奴隷として“グリッドアーデン”から各国に売り飛ばされるって!!」
「何だと!? 性奴隷とは一体どういう事だ!? 何があった!?」
フォルプローム国の警備隊の詰所は、街中の一際賑わう場所の一角にあった。
そんな詰所の前で騒ぐイタチの少年と、大袈裟な程驚いているミーアキャットの衛兵は当然注目の的であり、行き交う人々は自身の耳をピクピクと動かし、興味深く聞き耳を立てていた。
「人族はオレ達を騙して、他国に売ってるんだ!! 今まで出稼ぎに出た子供は皆、性奴隷として売られたんだよ!!」
「まさか…っ どこにそんな証拠がある!?」
「オレ達をグリッドアーデンに連れて行くっていうキャラバンに居た人族が、夜中にそう話してたの聞いちゃったんだよ!! だからオレ、急いで知らせなきゃって…っ」
ひっくひっくと泣き出す少年に、周りの大人達は何て事だと騒ぎだす。
「人族が!?」
「獣人の子供を性奴隷にだって!?」
「それが本当なら、国際問題だっ」
「人族めっ」
まるで波紋のように拡がっていく噂は、いつまでも貧しさから抜け出せない、フォルプローム国の人々の中で燻っていた人族への妬ましさを増長させ、やがて憎しみへと形を変えていく事にそう時間はかからなかったのだ。
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「そういえばずっと気になってたんだけど、みーちゃんの家の一角にすっごい強力な結界が張ってあるでしょ。あれってなぁに?」
「ああ、家の前のあれなぁ。俺も気になってたんだよ」
『畑の横のアレか。確かにかなり強力な結界が張ってあったな』
引き続き浄水場のカフェテラスでアフタヌーンティーを楽しんでいたのだが、魔神の少年の山の件により逸れていったフォルプローム国の話は、トモコの疑問にロードとヴェリウスが続いた事で無かった事にされた。
しかし、そんな結界を張っていただろうか?
「家の前の、畑の横?」
眉間にシワを寄せて天井を見る。
家の前の畑といえば、美容畑とロード専用に作ったこの世界の野菜畑、それに異世界の野菜畑がある………………あ。
「調味料畑の事か!!」
「「「『調味料畑???』」」」
この世界に来てすぐの頃に作った畑を思い出し、皆を見る。
「何その怪しい畑~」
面白そうだと顔に書いてあるトモコは体を乗り出し、教えて教えてと興味津々だ。魔神の少年も興味があるのかじっとこちらを見ている。
ロードはまた変なもん作ってたのかよ…というように白けた顔をしてくるし、ヴェリウスは母親のような目をしている。全く、仕様のない子達ね~と言わんばかりであった。
「ロードと初めて会った日に、見られたらまずいなぁと思って私にしか見えないように結界張ってたの忘れてた…」
皆の視線から逃げるようにそう呟いて、スコーンをはむはむ頬張っていると口の中の水分を奪われ、ぶふぉっと咳き込んでスコーンの欠片が飛び散ってしまった。
慌てて台ふきを持ってこようと席を立てば、すぐに珍獣のお姉さんが慌てず騒がず迅速にキレイにしてくれたので席につき、何事も無かったかのように紅茶を飲んだ。
「…何してんだ。可愛いなぁ」
とスコーンの粉がついた唇を指で拭ってくるロードに、恥ずかしさのあまりスコーンの驚きの水分吸収率について語ってしまった。
「スコーンの事はもういいよ~。それより調味料畑の事」
『そんな畑があったとは初耳ですが』
トモコとヴェリウスに促されて、そんな注目される程大したことではないんだよと目をそらす。
調味料畑は2年前、自身の能力を把握する為に作ったものなのだ。
大体、容器ごと調味料の成る木などトモコに見せた日には大爆笑されてしまうだろう。ロードには呆れられるだろうし、魔神の少年にはバカにされてしまうかもしれない。
「自分の能力を把握する為に少し実験した結果のアレなんで、皆がそんなに気にするものではないよ」
話を終わらせようとしたが、コイツらは見逃がしてはくれなかった。
「調味料畑って、醤油や味噌の原料って事? 大豆育てて醤油と味噌作ってるの? 見たい!! みーちゃんの手作り調味料食べたい!!」
この言葉に、食いしん坊の魔神の少年も食いついた。
「神王様の手作り……っ オレも食いたい!!」
「テメェらふざけてんのか。ミヤビの手作りは全て俺のもんだ」
『ふざけておるのは貴様だ馬鹿者。ミヤビ様の手作り調味料はまず私が肉にかけて食さねばならんだろう』
ロードさんや、貴方初めて出会った時に私の料理が美味しくないからって自分で作りだしたんだよね? ジャイア○みたいな事言ってるけど、「お前これはねぇだろ」って私の手料理を一口食べて言ったあの言葉、忘れてねぇからな。
「皆様方、神王様が困惑されております。それに今は村の施設のご見学中ではありませんか? 浄水場だけでなく、下水処理場や農場、図書館等まだまだご案内出来ておりませんが」
困っている私を見かねた長老が、そう言って庇ってくれたのだ。
さすが優秀な執事(っぽい老人擬き)である。
「そうだった!! 下水処理場にも色々仕掛けがあるし、農場なんて神王様の神域だからか、多種多様の食物が一気に成長してスゴいんだから!! 図書館も面白い本が沢山あるよ~」
トモコに言われると途端に胡散臭くなってくるのは何故だろうか。
下水処理場の仕掛けとか不穏すぎる。農場の食物はまぁ…。
「図書館にオレの書いた魔法研究の本や魔石を研究した本も置かせてもらったんだ!!」
魔神の少年が嬉しそうに教えてくれる。
そりゃ図書館と名が付く場所に自分の書籍を置いてもらえるって嬉しいよね。
「ハイハーイ! 私の書いた絵本も置いてあるよ!!」
「私の、師匠に教えていただきました、“執事の心得”という書籍もございます」
へぇ~。図書館は身内(トモコや長老)の書いた本を置いてるんだ。私の同人誌も置いていいかな?
「この間地球で仕入れてきたマンガとか雑誌寄付しようか?」
「おっいいねぇ!!」
アットホームな図書館を想像していた私は、この後そんなイメージが180度覆る事など想像していなかったのだ。
◇◇◇
下水処理場を見学し(浄水場と似た作りでパイプと貯水タンクの数が多く、エスカレーターもあり5階建であった)転移で村まで戻ると、何故か珍獣達が村のメインロードに集まりお祭り騒ぎになっていた。
「神王様ぁ!!」と黄色い声が上がる中、ロードの眉間のシワが深くなっていくのが気になる。そんな折、
「ご結婚おめでとうございます!!」
の声に一瞬眉間のシワが薄くなりまた深くなるのだ。何だか面白い。
「ロード、眉間のシワ」
いつものごとく抱き上げられているので、面白い眉間のシワを指でツンツンすると、あっという間にシワが消えてデレデレと笑いだす。
「ミヤビぃ~どうした? そんなに俺の顔に触れたかったのか?」
気持ち悪い事を言い出したおっさんからパッと手を離し何もなかったかのように振る舞えば、手を取られて頬擦りされる。
「可愛い手だなぁ。すべすべで柔らけぇ」
「お巡りさーん、変態がいますー!!」
ニヤニヤと手にすり寄って来るので怖い。
「まぁた2人がイチャついてる~」
「仲睦まじく大変微笑ましいですね」
等とトモコと長老の話し声が聞こえて顔が引きつった。
すぐに「図書館はどこですかぁ!? 早く行こう!!」と促したが、皆に生温く微笑まれて顔が上げられなくなった。
ロードという神輿に乗って、手を握られすり寄られながら珍獣達に生温い視線を送られつつパレードする我が身にもなってもらいたい。
こうして精神に大きなダメージを負いながらやって来た図書館で、息の根をとめられそうになるなんて思ってもみなかったのだ。
一際大きな合掌造り(5階建位の大きさ)の建築物に入ると、吹き抜けで太い梁と柱が組まれている箇所がむき出しになっているのが見え、迫力がすごいと感嘆してしまう。
壁側は柱を生かした本棚になっていて、かなりの数の書籍が並べられており、どこから集めたんだと言うような、ファンタジーの世界でよくみられる分厚い本等がひしめき合っていた。
建物の中はかなり広いようで、窓際には畳敷きのお洒落なカフェのような場所もあり、そこで座ってゆったりと本を見る事が出来るようになっている。
出入口には受付カウンターがあり、何台か機械が設置されていた。
トモコと魔神の少年曰く、それに住民専用のカードをかざすと検索や貸し出しが出来るようになっているそうだ。貸し出しの時には本の後ろについているQRコードもかざすらしい。
「どこのハイテク図書館ですかァァ!? おかしいよね!! アットホームな村の図書館じゃなかったかな!? この規模、どう考えても国が管理している図書館!! 浄水場といい、一体この村は何を目指してるの!? 観光地にでもする気ですかァァァ!?」
精神的ダメージを負い過ぎて虫の息である私の、必死なツッコミはトモコのサムズアップでキレを無くしてしまった。
追い討ちをかけるようにこの後、調味料畑の結界を外せと散々言われ外したのだが、トモコには思った通り大爆笑され、ロードには呆れられた上に魔神の少年からは調味料の使い方を聞かれて泣きそうになったのは言うまでもないだろう。




