140.トモコの自信作
『喧しいぞ貴様ら。ミヤビ様が驚いているではないか』
マネージャーのようにファン…珍獣達を一喝し黙らせると、フンッと鼻を鳴らしてドヤ顔で私をみるヴェリウス。
まるで誉めてと言わんばかりに尻尾を振る様が愛らしい。
「ヴェリウス、ありがとう」
頭を撫でると、珍獣達が羨ましそうに見てくるので変な汗が出てきた。
ロードはこれ見よがしに肩を抱いてくるし、トモコは合掌造りの家を見てウンウン頷いている。
「神王様っ ご結婚おめでとうございます!!」
誰かがそう声を上げた途端、周りに居た人達も次々に「おめでとうございます!!」と声を掛けてきて拍手が巻き起こる。
「あの夜の、美しい雷の光は忘れられません!!」や、「御二人の御子様がお生まれになるのが今から楽しみです!!」等と恥ずかしい事を言われて顔が上げられなくなる。
すると、
「この村は神王様とロード様のご成婚の祝いで生まれた村と言っても過言ではありませんな~」
等と声高らかに、長老が人垣を掻き分けて現れたのだ。
その顔は本当に嬉しそうに微笑んでおり、その言葉を聞いたロードは、村の事を聞いた時には顔をしかめていた癖に、今はキラキラした瞳で喜んでいるではないか。
「俺達の成婚祝い……」
「いやいや、成婚祝いで村が生まれるっておかしいよね?」
ニヤニヤし始めたロードにツッコミを入れてブレーキをかける。
が、長老は「この村はさしずめ、ラブ村でしょうか。何しろ神王様とロード様は仲睦まじくていらっしゃいますからなぁ~」等と言い出したのだ。
ラブ村!? なにその壊滅的センスのネーミング!? 珍獣村で良いでしょ!? ウチの裏手がラブ村なんて嫌だよ!!
「まぁつがいだしなぁ。魂で惹かれ合っちまってんだよなぁ~。ラブ村かぁ。なかなか良いんじゃねぇか?」
『お主ら大丈夫か? 何だそのおかしなネーミングの村は』
常識犬ヴェリウス!! 言ってやって!! コイツらにズバリと言ってやって!!
「おや? ヴェリウス様は反対ですかな? 良い名だと思うのですが…やはりラブより“愛に溺れる村”の方が宜しいですかな?」
長老おぉぉぉ!?
「ミヤビは俺の愛に溺れてるしなぁ」
溺れてるっていうか、もう死体になって流されてるわ!!
じゃねぇよぉ!?
「何言ってるの~? この村は白川郷「アンタは黙ってなさい!!」え~」
トモコが余計な発言をしようとしたので黙らせた。
「そんな事より、浄水場と下水処理場はどうなったの?」
「あ゛? 何だそりゃ」
話をそらそうと聞いた事に食いついたのは、ロードだった。
「━━…トモコ様のご指導もあり、浄水場と下水処理場は何とか形になっております」
好々爺然とした風体で川沿いへ案内してくれる長老の足取りは軽い。
おじいちゃんに見えて魔獣なのだから当たり前だが、今日はロードやヴェリウスにも御披露目するからか張り切っているのかもしれない。
「いや~設計が大変だったよ~。そのかいあって自信作が出来上がったけどね!!」
トモコはよほど自信があるのかニンマリ笑って隣を歩いている。その顔にロードが訝しげな目を向けている所から、2人の温度差が分かる。
「神王様のお陰で河川までの道程が短縮できましたので助かりましたなぁ~」
転移扉でショートカットしたので長老は大喜びだ。
とはいえ、トモコがサプライズしたいというので、河川の少し手前の道を村と繋げた為に、こうして皆で森を歩いているのだが。
「さぁ、見えて参りましたぞ。あれが浄水場と下水処理場です」
木々の間を光が差し込み、緑々と茂った葉が風に揺れる中、長老が指を差したのは木とガラスで作られたかなりお洒落な…近代的な建物であった。
その建物は、まるで有名建築デザイナーが設計したのではないかという程の出来で、森の中の別荘然とした風に建っているのだ。
いや、別荘にしては大きいし全体的に四角いのでお洒落な美術館と言えばいいのか。
しかも、そんな建物が遠くにもう一棟見えるのだから呆気に取られるしかない。
「いくら綺麗になっているとはいえ、浄水場と下水処理場をくっつけて建てるのは抵抗あるしね~」
本当はくっついていても問題はないんだよ。といいながらドヤ顔しているトモコに誰もツッコめない。
「美しい建物でしょう。トモコ様がデザインされて我々が形にしたのです。いや~木の加工は木が協力的なので良いのですが、ガラスがなかなかに厄介でしてなぁ~」
等とご機嫌に喋る長老に、一人うろんな目を向けているロードは何か言いたげだ。
『なかなか良い出来ではないか』
ヴェリウスは頷き、満足気に笑った。
「ガラスの加工が出来る人が居たんだね」
大きくて曇りのない窓ガラスに、こんなものを作れる技術があるのかと考えながら尋ねれば、返ってきたのは意外な答えだった。
「さすがにガラスの加工は我々でも間に合いませんでしたので、知り合いのドワーフに加工を頼みました」
ドワーフ……思い浮かぶのは、ルマンドの王都に店を構えているあの武器屋のドワーフだ。
ほら、前にヒッキーの棒をくれた人達だよ。
ヒッキーの棒は“収納”と願ったらどこかに消えて、使いたいと思えば出てくるようになったので、空間魔法みたいなものを無意識に使っているんだとトモコに言われた事を思い出した。
話がそれたが、小人族か……実は凄い一族だな。
「ドワーフってガラスの加工もしてるんだね」
『ドワーフは器用な人種ですから。武器だけでなく、食器や家具、アクセサリーまで何でも作り出します』
ヴェリウスの豆知識をへぇ~と感心しながら聞いていると、ロードがボソリと呟いた。
「何でこの森の魔獣にドワーフの知り合いが居るんだよ」
「…………」
深淵の森、珍獣七不思議の一つが誕生した瞬間であった。
『それで、中の案内はまだか』
ロードの言葉に場が静まっていると、ヴェリウスが空気を読んで話をそらしてくれたのだ。
「では、ご案内致します。入り口はこちらです」
と長老に案内された玄関は、取っ手も何もないガラスだけの扉で、まるで“自動ドア”のようだった。
「何だこの扉、取っ手がねぇぞ」
不思議そうにロードが近付いた瞬間、ウィーンとガラスの扉が開いたのだ。
「!?」
『何だこれは…ッ』
ビクッとして跳びはね、少しだけ後退したヴェリウスは慌てて長老を見る。
長老は朗らかに笑いながら「自動ドアです」と言った。
「ハハッ 驚いただろ!! この自動ドアに!!」
自動ドアの奥から聞こえた声に顔を上げれば、そこに居たのは……魔神の少年だった。
「早く入って来いって!!」
瞳をキラキラと輝かしながら急かす魔神の様子から、この子自分の神域に帰ってないんだなぁと理解した。
少なくとも昨日からここにいるのだろう。
何故なら、この子の神域のそばの山はロードが破壊したからだ。現状を知れば、こんなキラキラした瞳で待ってはいないだろう。
チラリとロードを見上げると、そんな事は無かったと言わんばかりに自動ドアしか見ていなかった。
ヴェリウスですら、自動ドアの虜である。
1人と1匹が、初めて目にする自動ドアを恐る恐るくぐり中へ入ると、天井にある大きな窓ガラスから日の光が差し込み、木で出来た床を照らしていた。
天井に窓ガラスを嵌め込んだ設計なら、確かに館内は明るくなるが、そうだとしてもやけに明るいと思い首を傾げる。
何か引っかかるんだよなぁと、天井を眺めていてギョッとした。
そう、ダウンライトを発見してしまったのだ。
それには思わず顔が引きつった。
「と、トモコさんや……これはヤバくないかね?」
あばばばとトモコに声をかけると、トモコはニヤリと嫌らしく笑った後にこう言ったのだ。
「みーちゃん、これ全部魔石の力なんだよ」
“魔石”ですと!?
「あーーー!!!! トモコっお前何先に言ってんだよ!! 俺が神王様にご説明したかったのによぉ!!」
トモコのフライングに文句を言い出した魔神の少年の声は、この大きな建物に響いていた。




