137.モヤっとする終わり?
「バイリン国王、貴方に聞きたい事があるんだけど」
「何故だ……こんなはずでは…ッ」
バイリン国王に話し掛けたのだが、堂々と無視された。
自分の抜け落ちた髪の毛を握りしめてぶつぶつ呟いており、こちらをチラリとも見てくれないのだ。
「もしもーし、フォルプローム国について聞きたいんですけどー!?」
「こんなはずでは……っ」
やっぱり無視される。
怒っているのだろうか。
いや、そりゃ禿げたし、シワシワに萎んだし怒っているかもしれないが、それはこの人達が悪いわけで……。
「みーちゃん、多分その人達みーちゃんの姿見えてないし、声も聞こえてないよ」
トモコの言葉にハッとする。そういえば、神力を取り返したんだった。
「ん? でも、トモコとヴェリウスは神力を奪われても私の事見えてたよね?」
「それはロードさんの結界の条件が、“私達が互いに見えて、声が聞こえる事”だったからじゃないかなぁ」
「あ~」
何だか恥ずかしい勘違いをしていたようだ。
「ミヤビは可愛いなぁ」
そんな私を腕に抱いて、目尻をこれでもかと下げているデレデレしたロードは頭のおかしいゴリラかもしれない。
「フェルプロールの事なら私が聞いておくよ~」
“フォルプローム”な。
しかし、トモコが頼もしく見えるなんて私の頭がおかしくなったのだろうか。
「バイリン国王、貴方はフェルプルール国と共謀し、人族の国へと戦争を仕掛ける計画をたてている疑いがあるが、それは事実か?」
「フェル……?」
“フォルプローム”だって!! 国名間違ってるから聞かれた本人困惑してるよ!?
「あ、違った。フォルプロールだ」
『馬鹿者。フォルプローム国だ。微妙な間違いをするでない。分かりにくかろうが』
トモコには任せておけず、とうとうヴェリウスが前に出てきた。
というか、ロードは良いのだろうか。
人間の力で解決したいと言っていたのに、自らが率先(暴走)して神の力で制圧してしまったし。
まぁ、神の力を奪ったのはあちら側なのだから介入を許したのは自業自得なのだが。
『貴様らの目的を洗いざらい吐いてもらおうか』
いや雑!! 確かにそうだけど、何か雑!!
ヴェリウスって面倒な事は一気に終わらせたい所があるよね。
バイリン親子は現状に観念したのか、抜けた髪の毛をぎゅっと握ると、唇を噛みしめてポツリ、ポツリと話し始めたのだ。
「━━… 魔素が世界に満ちたとはいえ、砂漠のそばにある国々は、雨量の少ない過酷な環境下で生きていかざるを得ないのが現状だ。しかも、民であれば移住する事もできようが、我ら王族にそれは許されぬ」
「そうだ…っ バイリン国は食糧難がいつまでも続いているというのに、ルマンドはどうだ!? 田畑には腐る程農作物が実り、最近では他国にまで輸出し出したというではないか!! それに比べてバイリン国は、魔素が満ちても水不足で田畑に実りは少ないッ 有るところから奪おうとして何が悪いというのだ!!」
開き直ったのか、王太子が身勝手な事を言う。
『食糧難とはいうが、フォルプローム国とは違いバイリン国は魔神と竜人の神域がそばにあるではないか。砂漠の近隣国の中では一番恵まれているはずだが』
「その証拠に貴方方は肉付きも良さそうだったよね」
今はともかくとトモコは冷たい目で2人を見る。
「恵まれているだと…っ ルマンド国の民は我ら王族と遜色のない物を口にしているというのに、恵まれている!?」
バイリン国王の言葉に絶句する。
もしかして、ルマンド国を手中にしようとしたのは……
『貴様、よもや民と同じ物を口にしていたから己が恵まれていないと、そう考えているのではなかろうな』
ヴェリウスの瞳に剣呑な光が帯びる。
「恵まれていないだろう!! どこの世界に民と同レベルの物を食す王族がいるというのだっ」
今度は王太子が喚くが、この人達は一体何を言っているのだろうか?
「街の噂で耳にした話、本当だったんだ……」
トモコがボソリともらした言葉が気になり、どんな噂を耳にしたのか聞いてみた。
「ジュリーさん達の神域の近くで採れた食料は一旦国を通して売られるらしいんだけど、噂では王族がその食料の半分を取っていくらしくて食糧難になってるって」
「ランタンさんや魔神の少年の神域周辺でも、ほぼ王族の物になる位収穫量が少ないの?」
トモコは首を横に振って話を続ける。
「神域周辺の食料が全て流通すれば、食糧難が改善するんじゃないかって噂だよ」
「はい? 待って、そんな量の食料を王族が半分も搾取してるの!? 王族ってそんなにご飯食べるの!?」
相当燃費の悪い身体なの!? と聞けば、そんな事はないと思うよ。と返ってきた。
ならその食料は一体どこへ消えているのか?
「一部の貴族と、兵士じゃないかなぁ。戦争する気だっていうし……後はフェルプルールの王族とか?」
「フォルプロームね。……それが本当なら、王族が節制して食料を輸入するなりすれば食糧難は無くなるんじゃ……」
「そうだね。噂になる位だから、いつ国民の不満が爆発してもおかしくない状況なんだと思うよ。だから開戦も急いでたんじゃないかなぁ」
「つまり、内乱が起きる前に外に戦争をしかけて、国民の目を外部に向けようとしたと?」
一国の王のダメな方代表みたいなバイリン国王だが、イケメンだった事が微妙に腹立たしいのは何故だろうか。
今はもう見る影もないが、きっと普通に生きていればモテモテだったろうに。
それもそれで想像したら微妙に腹が立つ。
「この人達どうしようか……」
ロードを見れば、許す気はないと言わんばかりに冷たい目でバイリン親子を見下ろしていた。
「みーちゃんに首輪付けちゃったから相当頭にきてるんだと思うよ。プチ暴走しちゃったしさぁ~」
コソコソと耳打ちしてくるトモコの言葉に顔が引きつってしまう。
「とはいえ、ルマンドに連れて行く事は出来ないでしょ。大体表立ってロードが動いたなんて知れたら、国際問題に発展してそれこそ戦争になってしまうかも……。一応こんなでも一国の王なわけだし」
『ミヤビ様、山を吹き飛ばした時点で神の介入があったとされ、国際問題にはならないかと。むしろこの事で国民の怒りは王侯貴族に向けられるでしょう。何しろ神の怒りをかったのですから』
さすが神の存在が身近にある世界。
元の世界なら、“消えた山。謎の爆発テロか火山か!?”みたいな見出しでワイドショーでもちきりになっていた事だろう。怪しい評論家などが真面目な顔をしておかしな事を言っていたに違いない。
「ロードはいいの? 人間の手で解決したかったんでしょう?」
バイリン親子を今にも殺してしまいそうなロードにも一応聞いて見れば、「ミヤビに手を出した時点でそんなもん無くなったも同然だろ」と当然のように言い切った。
「手を出したって、首輪付けられて盾にされただけだし」
いや、言葉にすると何か危ないけどさ。
「俺のつがいに首輪を付けただけでも万死に値するが、それが呪いの魔道具で、さらに盾にしやがったんだぞ。楽には死なせねぇよ」
『其奴の言う通りです。よりにもよって神王様に手を出すなど、あり得ぬ事。死をもっても償いきれぬ大罪です』
ヴェリウスのこの言葉にぎょっとしたのは私だけではなかった。
「神王、様……!?」
バイリン国王と王太子の耳にも届いていたらしいその言葉は、泡を吹いて意識を失う程の効果をもたらしたのだ。
「あーあ、気絶しちゃったよ~」
『神の力を得たわりに、神王様のお力すら感じられぬ者だ。気絶したから何だというのだ』
「確かに! 力も上手く使えてなかったし、結局は宝の持ち腐れだったんだね~。ヴェリさんの力ならあんなものじゃないし、ロードさんが暗黒鬼神化したとしても対抗出来そうだもん。“暴走した力で私に勝てると思っているのか”とか言ってさぁ」
ヴェリウスは当然だろうという表情で鼻をフンッと鳴らし、気絶したバイリン親子を見た。
『強すぎる力は身を滅ぼすものだ。奴らはそれを身を持って経験したにすぎぬ。放っておいても辿る道は変わらぬであろう』
「呪いの魔道具もロードさんが消し炭にしちゃったしね」
呪いの魔道具とは、代々王にだけ引き継がれる秘宝だったのかもしれない。現にバイリン親子の2人しかここには来ていないわけだし。
秘宝にしては数が在りすぎる気がしたが。
にしても、ここまで派手に城を壊したのに誰もやって来ないのは何故だろうか?
無くなった壁から下を見れば、吹き飛んだ山やこちらを見ながらざわついている人々で溢れていた。
王宮前はパレードや祭りでも始まるのかという程人でごった返している。
「あんなに騒ぎになっているのに、何で誰も来ないかなぁ」
「神の怒りに触れるかもってんで、躊躇してんだろうよ」
ロードの言葉に、まだ怒りに狂った神がここにいるかもと皆が怖れている事に気づく。
「フォルプロームの事、何も解決してないけど早くここを離れた方がいいかもね」
『よろしいのですか?』
洗いざらい吐かせようとしていたヴェリウスは気絶した2人を前足で転がすと私を見上げた。
「気絶しちゃったしね。これ以上は聞き出せないでしょう」
『しかし……』
「エルフもとりあえずは天空神殿に連れていって、後日改めて他の仲間を探す事にしよう?」
頭を撫でながらそう言えば、ヴェリウスは渋々頷いた。
ロードは眉間に皺を寄せて難しい顔をしたまま何も喋らないし、トモコは「う~ん」と唸っていたが、エルフを連れて天空神殿へと転移したのである。
そのひと月後、フォルプローム国がバイリン国を支配下におく事になるとも知らずに━━…。




