126.バイリン国の闇
トモコいわく、
バイリン国の統治者、“フェン”は元々王弟だったそうだが、10年前王が亡くなった事により、王座についたらしい。
国王とはいっても、バイリン国は民主主義に近い政治体制らしく、日本の天皇のような立場なんだとか。
しかし、王弟だった“フェン”が王位に就いた時から発言権を持ちだしたようだ。
しかも政治に携わる周りの人々を自身の都合の良い者で固めているんだとか。
それは民主主義じゃない。独裁政治だと思うが、表向きは民主主義の仮面を被った何からしい。
バイリンファーストとでもいうのだろうか、世界が魔素で満たされてからは特に、バイリン第一主義の姿勢が顕著であり、バイリン国に住む異種族にはなかなか厳しい環境であるらしい。
そのわりに獣人の姿をよく見かけるが、どういう事なのだろう。
「バイリン国の周辺の国っていうと、砂漠を挟んだ隣のフォルプローム国とグリッドアーデン国のみでしょう」
「ああ。ルマンド王国も近いかもしれねぇが、馬でかけても大体20日以上はかかるからな。近隣と呼べるのはその2ヵ国だけだろう」
個室のあるカフェのような所へ入ると、最低限の飲み物だけを頼み、机の上に地図を広げて皆で覗き込む。
砂漠を中心にほぼトライアングルになっている3ヵ国を見て、魔のトライアングルだと思うが口には出さない。
「バイリン国の後ろは東の山脈が広がってるから、かなり遠回りしないと東に抜けられないかもね」
『この山脈はランタンの神域だからな。“山越え”は出来ぬだろう』
と話すトモコとヴェリウスに、そうだねと相槌をうちながら考える。
戦争を起こすとなると、まずバイリン国が攻め込むのは、隣り合っているグリッドアーデン国かフォルプローム国だろう。
しかし、フォルプローム国はバイリン国と繋がっている疑惑が上がっている。となると、この2ヵ国が攻め込むのは必然的にグリッドアーデン国なわけだが、そこで終わりというわけではなさそうだ。
ロードの懸念は、バイリンかフォルプロームが、グリッドアーデンを取り込んで力を増し、ルマンドに攻め込んでくる気ではないかという事なのだ。
確かにこの3ヵ国の状態は、どんぐりの背比べのようなものである。攻めるのならば豊かな国でないと意味がないのだ。
しかも豊かなルマンド王国は、東ではなく反対の西にある。神域を越えて東へ侵攻するよりも、何の障害もない西のルマンド王国へ侵攻する方が現実的である。
フォルプロームは自国の民を転売する程切迫しているわけで、それを踏まえれば優位に立っているのはバイリンだ。そうなるとバイリンがルマンドに戦争をしかけてくるという事になるわけだが……。
「噂と、この国の状況、街の様子を照らし合わせると、バイリン国は戦争をすぐにでも始めそうな勢いだね」
「え? みーちゃん、それどういう事?」
私の呟きにトモコが反応して顔を上げる。
「まず街の様子だけど、バイリン第一主義といいながらも獣人の姿は多くあったでしょう」
「それは奴隷として売られてるからじゃないの?」
「の割にはがっちりした体型の男性が多かったとは思わない?」
「あ~確かに」
「多分あれは傭兵か、もしくはフォルプローム国からやって来た軍人(騎士)辺りだと思うんだよね」
トモコが目を見開き私を見る。
街にいた目付きの悪い竜人達も大方傭兵か何かで、バイリン国から召集がかかってるのかもしれない。
「恐らくフォルプロームから転売されたという性奴隷は、傭兵や騎士に与えるという目的もあったんだろうよ」
ロードが補足するように付け加える。胸糞悪ぃと呟きながら。
「じゃあフォルプロームより活気があるのは……」
『各地から傭兵共が集まって来ているからに他ならんだろう』
そう。グリッドアーデン国がバイリン、フォルプローム両国に攻め込まれるのは時間の問題なのだ。
しかし、いくら食糧難で切迫しているとはいえ、隣国を何の理由もなしに攻め込むなど、逆に他国から攻め込まれる理由を与えてしまう事になりかねない。
周辺諸国からの支援さえ打ち切られる事になるだろう。
だからこそ、バイリンもフォルプロームも戦争をする理由が必要なのだ。
「戦争する理由を作る為に、獣人の性奴隷の転売をグリッドアーデン国が行っていると見せかけようと、わざわざ奴隷をグリッドアーデンを経由して売っていたんだね……」
「そんな偽装工作をして戦争を仕掛けるなんて、すぐにバレる事でしょう!?」
トモコは信じられないと、椅子から立ち上がり落ち着きなく部屋を歩いている。
『一見被害者であるフォルプローム国がそれを仕掛けた加害者なのだから、グリッドアーデンは証拠として奴隷売買の現場をでっち上げられてしまえば何も言えぬ。きっとバカな人族の何人かは奴隷の転売に関わっているのだろうしな』
国が民を輸出していると言っても過言ではない程の規模なのだ。証拠をでっち上げられてしまえば、グリッドアーデン国が関わっていると他国に思われても無理はない。
しかも人族が転売している現場を押さえられてしまえば、言い逃れも出来ない状況に追い込まれるだろう。
「グリッドアーデン国は巻き込まれて加害者にされるって事でしょう? 冤罪もいいとこだよ!」
憤慨するトモコに飲み物を渡しながら宥める。
「それを阻止しようと、ルマンド王国の第3師団長が立ち上がったんだから落ち着いて」
どうどうと言いながらロードを見る。
「つってもなぁ~。諜報部隊は転移が出来る訳じゃねぇから未だに旅路の途中だし、スタート地点にすら立てちゃいねぇんだよなぁ」
口調は余裕があるように感じるが、バイリンの街の様子に焦っているのだろう。眉間にシワが寄って苛立っている事がわかる。
「もう諦めて私達で解決しちゃう?」
どうせロードも人間ではなくなったんだし、と言えば複雑そうな顔をされた。
「バカな事をする人間がいるなら、同じ人間が止めねぇとダメだろ。神が助けたんじゃ、人間はいずれ何もしなくなるぜ。どうせ神々が助けてくれるとかなんとか言ってよぉ」
確かにそうだろう。しかし、ロードはすでに神の仲間入りを果たしてしまった。それならば、彼が手を貸すのはまずいのではないか?
「今回は調査に来ただけだ。俺が何かをしようってんじゃねぇさ。ま、人間として神の力を使わずに民を助けてやる事は出来るだろうしな」
前から思っていたが、ロードは尽くす人なのではないだろうか。
「お~ロードさん格好良いこと言ってる~。さすが騎士!! 師団長様は違いますなぁ」
ニヤニヤしながらロードを揶揄するトモコに呆れた目をしながら、目の前の飲み物を飲む。
「っぐほ!」
『ミヤビ様!? どうされましたか!?』
飲み物を飲んだ瞬間、トリッキーな味が口の中に拡がり、あまりの衝撃に咳き込んでしまったのだ。
私の向かいにいたヴェリウスが慌てて足元にやってくる。
「ごほっ こ、れ…すごい味が…っ」
何だこれ!? とコップを指差すと、ロードがナプキンで口をぬぐってくれながら教えてくれた。
「こりゃあ砂漠に唯一成る植物、“ザボン”の葉を絞ったジュースだな」
ザボン? 砂漠に生えているならサボテンみたいな植物だろうか?? にしても苦味と酸味と甘味とえぐみが突き抜けた、非常に身体に悪そうな飲み物なんですけど!? てかこれ飲み物!?
「栄養満点だがクソ不味いってんで有名だぜぇ」
「なぜこの飲み物を注文した!?」
「仕方ねぇだろ。飲み物なんてこれぐれぇしかねぇんだ。水は貴重だろ。王族か高位の貴族ぐれぇしか飲めねぇよ」
そうだった。ここは食糧難で切迫している国だった。
「ま、こんなんでも一杯800ジットっつー高級飲料だけどな」
ジットは円と同じ価値があるから、800円って事だ。
こんなクソ不味い飲み物がコップ一杯800円!? 高い!!
「当然庶民には手が出ねぇからな。他国の金持ちな奴ら向けだが、それもバイリン第一主義のおかげで、ただでさえ少ねぇ他種族が減っちまって、こういった店の収入が激減した事で余計物価が高騰してやがる」
「下手な政策で不利益を被るのは、どこの世界でも庶民って事だよね~」
そんな事よりこんな不味い飲み物が他国のセレブ向けって所の方がヤバくないか!? 観光向けがこれなら、庶民の飲み物はどんなヤバイ物なのか。
いや、バイリン第一主義国なのだから、他国向けより国民向けの方がマシとか?
この国の闇を覗いた気がした。




