120.魔力自動車
ルーベンスさんの事だから、未知の技術に食いついてくると思ったのだが、
「神王様のお力で回っているものなど、我が国に反映させられんだろうが」
と一蹴された。意外な展開だ。
「これが人間にも真似出来れば詳しく聞いて帰ったのだがね」
と一言、悔しそうな顔で付け加えられたが。
出来なくはないが、詳しい技術は私では分からないのでお教えする事は不可能である。
もしかしたらトモコ辺りは知っているかもしれないし、魔石を活用すれば似たような事はいずれ出来るかもしれない。
私としては人間の国を発展させる事はやぶさかではないので教えてあげたいが、皆が何というかわからないので今は言えないのだ。
「まぁ、そうですねぇ」
「……」
私の反応を疑り深そうに見つつも、何も言わずにキッチンの水やお湯を出したり止めたりしているルーベンスさんは、何とか使えるものはないかと目を光らせているようだ。
「我々の国では、各所に井戸があり、そこで洗い物等の水回りを済ませているが……なる程、下水のように各家に水路を引っ張ってきてこういったものを付ける事が出来れば……」
そう、実はこの世界は上下水道の概念はあるのだ、ただ汚水処理場や浄水場はない為、汚水は川に垂れ流しであるし、井戸(水路から引いた水)や噴水の水は現代人が飲めるレベルには至っていない。
井戸には二種類あり、飲み水用は地中を掘って出てきた清水で、洗い物等に使用される水は水路を使って川から引っ張ってきた水だ。
深淵の森で開発された浄水場と汚水処理場、水道管等を教えてあげれば、ルマンド王国の技術は恐ろしい程の速さで発展を遂げるだろう。
何しろ宰相が貪欲な上、河川が沢山あるので水に困る事はない地なのだから。
ただ、大雨で水の氾濫等が予想されるが、今のところ被害は無いようだ。
「貴族の邸宅には井戸があるのですよね?」
「ああ。貴族に関しては各々井戸を二種類、邸の敷地内に設置している」
「成る程」
「「……」」
「それで終わりか?」
ん? 他に何か言う事あったっけ?
「何故井戸の設置状況を聞いてきたのかね」
口の端をピクピクさせて、そんな事を聞いてくるので首を傾げる。
「何となく?」
「!?」
私の返答に対してくわっと目を見開き、怖い顔になったが、ロードの鬼神モードを見慣れている私からしてみればまだまだである。
むしろ、ルーベンスさんでも顔芸するんだなぁと思った位だ。
「こういう奴なんだよ……」
「……そうか」
何だか疲れた顔をしてボソボソ言い合っているロードとルーベンスさんに疎外感を感じるが、一旦家から外に出る。
すると、家の前に一台の黒い馬車型の“魔(神)力自動車”が止まっていた。
予め私が呼んでいたのだ。
本当はクラシックカーがよかったのだが、ルーベンスさんは馬車に慣れているようだし驚かせない為に馬車型にした。
ちなみにこの車、自動運転モード搭載で、速度や目的地等の設定さえすれば勝手に連れていってくれる優れものである。
「何だねこれは…」
「馬車です。どうぞお乗り下さい」
ルーベンスさん、見るからに馬車なのに何だはないだろう。
「馬車と言いながら馬も御者もいないが、聞いた私がおかしいのか?」
ロードにいい募るので、ただでさえくたびれているロードが余計に疲れているように見える。
「この馬車は魔力によって自動で動く仕組みなんです。不思議だとは思いますが取り敢えず乗って下さい」
「ミヤビ、俺ぁこれを初めて見るんだが?」
ロードの顔まで引きつっている。
そういえばロードはまだ乗った事が無かったかな。
トモコと悪ノリして出来た産物なので、諦めてほしい。
「えーと、これは“魔力自動車”という馬と御者がいないバージョンの馬車でして、さっきも言ったように魔力で動く代物です。監修、設計担当が今日はおりませんので仕組みについては省きますが、取り敢えず乗っていただいてから続きをご説明します」
まるでバスガイドさんになったようだと笑みがこぼれた。
「可愛い……」
ボソッとそんな声が上から降ってきて恥ずかしくなり、両手で自身の頬を軽く叩く。すると、ロードが顔を覗き込んできたので何でもないよと言って馬車に乗るよう促したのだ。
ルーベンスさんはやってられんとさっさと乗り込んだので結果オーライだろう。
馬車の中は4人乗りだが広々としており、馬車型というだけあって天井も高くとっている。高級感溢れる革張りのソファが対面に並び、座り心地も抜群だ。
外がシックな黒なので、中は、扉部分を艶のあるキングウッドのような赤みがかった木材で作り、革張りの部分をオフホワイトで統一している。天井や壁も革張りで高級感を出した。
馬車といえば、ゴブラン織りやジャカード織りのような柄物の生地をソファや天井に使用する事が多いが、今回は革張りでシンプルに仕上げてみたのだ。
運転席も勿論あり、リムジンのように硝子で仕切られている。
窓にも仕切られた硝子にも、ジャカード織りのカシミヤで作られたオフホワイトのカーテンが存在するので、室内を見られたくない場合は閉めてもらう事も出来る。
しかし今回は街の案内が目的なので、カーテンは閉めずに出発です!
「さぁ、ここからはメインロードを通って街を一周しますからね」
私の方がウキウキしながら2人にそう告げれば、すでに消耗しきっているのか、返事はなかった。




