117.ルーベンスさんとロード
「ミヤビ殿、だったかね」
「あ、名前覚えてくれてたんですね。ルーベンスさん」
透明人間から元通り姿を現してヘラリと笑う。
こういうミスターダンディーなお堅いおじ様は、大概女性の笑顔に弱いものだ。
「君も私の名を覚えてくれていたようだね」
ルーベンスさんはニコリともしないが、目の奥は穏やかなので笑顔攻撃は成功したようだ。
次はお茶攻撃。と、ティーセットをもう一組出してお茶をいれてあげる。
「ああ、ありがとう」
そう言いながら警戒もせずに一口、二口とカップを傾けるので、あら意外と思いながら見ていた。
「……悪くはないが、」
「ああ、お手頃価格の茶葉なもので。リプ○ンと○東紅茶は庶民に愛されていますから」
「そんな名前の紅茶は聞いた事がない」
私は好きな紅茶なのだが、微妙な顔をするので最高級の美味しい紅茶になぁれと願ってあげた。
「もう一口どうぞ。次は美味しいと思いますよ」
嫌そうな顔をされたが、渋々飲むルーベンスさんは人が良いと思う。
「……美味い!?」
この人、宰相のわりに表情豊かだよね。
「━━…それで、今日はどうしたのかね?」
お茶を綺麗に飲み干してから一息つき、ルーベンスさんが切り出した。
「いやぁちょっとご相談がありまして~」
「私に相談……?」
眉をひそめるので、やはり怪しまれているのだろう。
それはそうだ。一回会ってお茶しただけの関係だ。相談を持ちかける方がおかしい。
ただ、トモコもロードもヴェリウスも忙しい中、問題を丸投げ出来そうな人物はもうこの人しか思い付かないのだ。
「君は……ロヴィンゴッドウェル第3師団長のつがいではなかったかな?」
ロヴィンゴッドウェル? はて? 聞いた事があるような無いような。
「……ロード・ディーク・ロヴィンゴッドウェルの事だ」
「ああ!! ロードの事かぁ~」
聞いた事あると思った。
「君はつがいの名前も知らんのか!?」
カッと目を見開いて怒ってくるので、ヘヘッと笑って誤魔化した。
仕方がないだろう。ロードをロヴィンゴッドウェルなんて呼ぶ者は私の周りにいないのだから。
「ロードは脳筋……ゴホンッ 私が相談したい事を解決出来そうにないので。それに今は仕事に忙殺されていて相手にしてもらえません」
「ああ…構ってもらえないからこちらに来たのか」
私が拗ねてルーベンスさんの所に来たと思われたようだ。
「しかし私はこう見えて宰相でね。仕事は山のようにあるのだよ」
「ルーベンスさんはそれでも余裕そうだし、私の相談内容は、ルーベンスさんにとっては優しい問題だと思うんです。だからご協力お願いします!!」
でないと私がゆっくり出来ないのだ。
必死の形相でお願いしたからか、優しい問題だと言ったからなのか、暫く考えを巡らせた後、
「……聞かせてもらおうか」
と真っ直ぐに目を見つめられたのだ。
「━━…実は、街を創ったんですけど」
「は?」
「だから、街を創ったんですよ。で、今住人を募集しておりまして、神々から続々と候補者が「ちょっと待て!!」??」
急に話を遮られて驚いた。
「君の話はおかしい!! 何だ!? 街を作ったとは!」
「街を創ったんですよ。空の上に」
指で上を指すが、ルーベンスさんは何故かうつむいてプルプル震えている。
いや、こっち見て。ちゃんと説明してるんだから。
「っ今すぐロヴィンゴッドウェルを呼べ!! お前のつがいがおかしな事を言い出したぞ!! となっ」
バンッと机を叩くと、扉ごしに護衛騎士へ叫び始めたルーベンスさん。
おかしいな? 何も変な事は言ってないよね?
「ハッ」と返事をした護衛騎士だが、確か1人しかいなかった。持ち場を離れる事は出来ないのでは? と思ったが、もしかしたら通信魔法でも使えるのかもしれないと一人納得した。
「呼ぶ必要はねぇ。もうここに居る」
突然扉の外から聞こえてきた声に身体が強張る。
勿論安心感もある。が、何故か焦りにも似た気持ちが押し寄せてくるのだ。
これは、マズイかもしれない。
「ろ、ロヴィンゴッドウェル第3師団長!?」
護衛騎士の狼狽する声に逃げ出そうとすれば、ルーベンスさんに襟首を掴まれた。
「ちょ、ルーベンスさん、離して下さい!」
「逃げられると分かっていて離すわけがないだろう」
「猫の子じゃないんですから襟首掴むの止めて~」
「こら、暴れるんじゃない。ロヴィンゴッドウェル第3師団長、入りたまえ」
じたばたしていれば、ルーベンスさんがロードを招いてしまった。
失礼しますと声がし、重厚感のある扉がギギ…と音をたてて開く。
「寝る暇もない程忙しいと聞くが?」
そうルーベンスさんが皮肉る程、ロードは疲れきっていた。
ボサボサ頭に伸び放題の無精髭、目の下の隈と痩けた頬。一体何があったんだと言わんばかりの風貌だ。
浄化魔法で清潔さだけはたもっているようだが、この4日間お風呂も入る暇がなかったのだろう。
眠っていない事は濃い隈からもうかがえる。
「……俺のつがいが迷惑をかけたようで」
殊勝な態度に見えるが、目はルーベンスさんを睨み付けており、行動と言動が一致していない。
「まったくだ」
しかしルーベンスさんも負けてはおらず、そんなロードの態度を気にも止めずに嫌味を言い放つ。さすがである。
「君のつがいは一体何なんだ。空の上に街を作ったなど、神であってもおかしな話だろう」
「……」
話を聞いているロードが、私を見つめ…いや、睨み付けて舌打ちした。
どう考えても恋人や夫の態度ではない。
「気にしないで下さい。そいつは今すぐ連れて帰りますんで」
と手を伸ばし、まるでルーベンスさんから引ったくるように抱き寄せられたのだ。
「ロード??」
「…じゃあそういう事で」
勝手に話を終わらせて出ていこうとするロードを慌てて止めようとしたその時、
「待ちたまえ。まだ話は終わっていない」
そう言ってルーベンスさんがロードを止めた。
「まだ何か?」
「君のつがいが、君が忙し過ぎて構ってもらえないからと私に相談を持ちかけてきたのだよ」
違いますけどぉ!? いつ私がそんな相談をルーベンスさんにしましたかぁぁ!?
すると険しい表情を崩さなかったロードが、私を抱き締めたまま力を込めた。
「ぅぐっ く、苦しい…っ」
「ミヤビぃっすまねぇ…っ俺が構ってやれねぇから、寂しい思いをさせちまったんだな」
やつれている割には力強く抱き締めてくるので息が止まりそうだ。
「ロヴィンゴッドウェル第3師団長、それ位にしておけ。君のつがいが天に召されるぞ」
「あ゛?」
ルーベンスさん、アンタのせいだろうが!
自分でふっておいて、私が窒息死寸前で止めるとは何というドS!! 「君はつがいを絞め殺す気か?」等と言いながら、唇の端は上がっているのがその証拠だ。
窒息死の危機から脱出した私であったが、今は違う意味で危機に陥っている。
「━━…それで、空の上に街を作ったそうだが、私に何をして欲しいと言うのだね」
「ミヤビ、どういう事だ? 何故ルーテル宰相にそんな相談をしてやがる」
2人がそれぞれ質問してくるが、ロードは顔が怖いし、ルーベンスさんはそれを意に介してないように続きをうながしてくるしで、私の顔は引きつってピクピクしている。
「いや、ルーベンスさんは宰相だし、浮島の街をなんとかしてくれるかなぁって。ロードもだけど、トモコもヴェリウスも最近忙しくて。だから……」
私は先にロードを宥める事にした。こちらを優先しないと後で拗ねて大変な事になるからだ。
しどろもどろに説明をし、ご機嫌をうかがう。
「にしても……」
と複雑そうな表情でルーベンスさんを見るので、ルーベンスさんが苦手なのかもしれない。まぁ見るからに脳筋のロードとは合わなそうだ。
「ルーベンスさんに頼みたいのは、街に住人を移住させた後の事なんです」
「私にその空の上にある街を統治しろと言いたいのかね」
「統治じゃなく、 学校やお店や、人が暮らしていくのに必要なものとかを教えて欲しいんです。私1人で住むなら簡単なんですけど、やっぱり人が増えると住みやすくする為のルールも必要ですし、その辺はルーベンスさんの得意分野ですよね?」
宰相としての知恵を貸してほしいと言えば、ルーベンスさんは私をじっと見つめてきた。
「話はわかった。が、お断りする」
即答でバッサリ切り捨てられてしまったのだ。




