105.浮島の住人候補
結局、ランタンさんのメロン(メーロン)水風船を再度創ってあげたくても、トモコが居るので創れないまま時間は過ぎ、落ち着いた所で今までどん引きしていた魔神の少年がキョロキョロしている事に気付いた。
『どうした? ジュリアス』
同じタイミングでヴェリウスも気付いたらしく、声をかける。
「いや、竜王と暗黒騎士とちっせぇのが居ねぇなぁって」
未だにマカロンを竜王だと勘違いしているのか、ドラゴンが好きなのか、マカロンが居ない事が残念そうだ。
『暗黒騎士以外は天空神殿に行っているぞ』
え? それは初耳なんだけど。てっきりショコラとマカロンのドラゴンコンビで修行してるのかと思ってた。
「“天空神殿”かぁ!! 羨ましいぜぇ!」
あの味が忘れられないとビュッフェパーティーを思い出し、ヨダレを垂らしている魔神の少年にヴェリウスも呆れ気味だ。
『今はまだ、天空神殿の守護・管理を任せられるのはこの森の魔獣達だけだからな。交代で深淵の森と上を行き来しておるわ』
「へぇ。あんなすげぇ場所に出入りできるだけでも羨ましい!」
そういえば、魔神の少年は魔法(神法?)に造詣が深いとヴェリウスが言っていたな。天空神殿は力を駆使して創ったものだからそういった意味でも興味深いのだろう。
「天空神殿は今や神族の憧れですもの。ジュリーちゃんが羨ましがる気持ちも分かるわぁ~」
“魅了”の力がやっと解けたのか、ランタンさんがミルクティーを飲みながら、頬を赤く染めてうっとりと空を見上げる。
家の中は狭いので、外でガーデンパーティーのように机と椅子を出し、皆で軽食やお菓子をつまみつつお茶を飲んでいるのだ。
「あんな巨大でかつ繊細な浮島を創造するなんて流石オレの神王様!! やっぱりすげぇよ!!」
「ジュリーちゃん、みーちゃんは私のみーちゃんだからね! ジュリーちゃんのじゃないから!!」
魔神の少年の言葉に反応したトモコが、私の腕に抱きついて反論した。
何だこのハーレムみたいな状況は……。
「あ、天空神殿の第一浮島では今住人を募集中だから」
トモコが腕に抱きついたまま思い出したように魔神の少年にそう言えば、つり上がっていた彼の瞳が煌めいた。
「マジかよ!? だったらオレ浮島に住みてぇ!!」
やはり少年マンガに出て来る主人公のようなノリを持つ子だな。
天空神殿で会った時も思った事を再度感じながら、トモコと魔神の少年の様子を観察した。
「残念でした~。募集している住人は神族ではなく人間ですぅ」
「はぁぁ!? 人間を浮島に住まわすのかよ!!?」
信じられないというようにトモコを見る魔神の少年は、視線をランタンさんやヴェリウスに移す。
「おいっ お前らいいのかよ!? あの素晴らしい場所に人間を入れるなんて……ッ」
あり得ないとランタンさん達に詰め寄るが、ランタンさんはチラリとこちらを見てすぐに魔神の少年を見下ろした。
「そんな事言われても、神王様が許可を出されているんですもの。仕方ないでしょう」
『我らも出来るだけ住まわす人間を見極めるつもりではいるのだ』
「!!? 神王様が……」
すがるような目をして私を見てくる魔神の少年に何となく頷いてみる。すると彼は、目を見開きしばし思索すると、はっとしたように口を開いた。
「オレっ オレの選んだ人間も浮島に住まわせてくれますか!?」
魔神の少年の提案にトモコとヴェリウスを見れば、トモコがマネージャーのごとく話し出した。
「う~ん。それについては、“候補”にはしてもいいけど最終判断はみーちゃんがするから。後、本当に浮島に住みたいって思う人じゃないとダメだから」
「ちょっと待ちなさい!! それならアタクシだって候補にしたい人間の1人や2人いるわよ!?」
コイツらきっと、自分が推した人間が住み始めたら、様子を見るという理由で天空神殿に入り浸る気だ。
ヴェリウスを見れば、苦い顔でランタンさんと魔神の少年を見ていた。
「ヴェリウス?」
『……こやつらですらこうなのです。他の神族が候補を出してくるのも時間の問題でしょう』
確かに、理由なんて無くてもヴェリウスに言えばランタンさんや魔神の少年はいつでも天空神殿に行けるというのに候補を出そうとするのだ。神族の憧れの地となった天空神殿の第一浮島に候補を住まわせるというのは、ある種のステータスのように感じるのかもしれない。
「とりあえず、“候補”としては受け付けるけど、悪意や偏見もない身分に拘らない人にしてね。後、さっきも言ったように本当に住みたい人じゃないとダメだよ」
勝手に話を進めているトモコだが、まぁトモコなら人選は間違いないかと自由にさせる。
しかしそこへヴェリウスが入っていった。
『トモコよ、少し待たぬか』
「ヴェリーさん?」
ヴェリウスの待ったが入り、首を傾げるトモコは端から見れば魅了がなくても十分魅力的だ。見た目だけは。
そんな事を思いながら熱いストレートティーを飲み込んで、スコーンを口に含み、少し咳き込む。
スコーンは好きだが、口の中の水分を持っていかれるので始めの一口は咳き込んでしまう事があるのだ。注意しよう。
『浮島の住民の条件だが、“神王様への信仰心が強い者”というのも追加させてもらおう』
「あ、そうだね! それは必要だわっ」
ソレ、必要か?
早速見繕ってくる、と言って深淵の森から飛び出して行った魔神の少年を見送った後、しばらくしてヴェリウスとランタンさんに神々からの念話が入り出した。どうやら魔神の少年が他の神々に伝えたらしく、ものすごい反響があったようなのだ。
中には人間などに天空神殿は勿体無いという意見もあったそうだが、ヴェリウスが一喝して黙らせたので問題無いらしい。
『神王様のご意志に逆らう愚か者は神族にはおりません』
等と澄ました顔で言うが、いたよね? いたから一喝したんだよね?
『神王様の命は絶対です。逆らう愚か者は神族ではありません』
あ、そう言って黙らせたのね……
怖いんですけどォォォ!!!! 逆らえば神ではなくなるってことですよね!? 恐怖政治!? 絶対王制!? 独裁国家!? もう何にしても怖すぎる!!
「大丈夫。みーちゃんに逆らう奴らは皆、まな板に変えてやるから」
サムズアップが禍々しいぞトモコ。色んな意味でお前が一番危険だ。
「アタクシも候補を選ばなくては!! ジュリーちゃんや他の神には負けられないものっ」
神々への対応をした後まな板のまま帰路についたランタンさんは、まだ魅了が効いていたのか、メーロン水風船を創ってほしいとは一言もなかったので放っておく事にした。
次に会った時は男に戻っているかもしれない。
◇◇◇
翌日やって来たのは、やはり迅速に行動した魔神の少年だった。
何もない空間から取り出したのは顔位の大きさの鏡で、そこに映し出されている人の姿に、魔法の鏡だと心の中で興奮した。
まるでテレビの映像のように、ここではない別の場所、人を映し出していたからだ。
流石魔神だけあり、魔法(神法)に精通している。
「━━…まず一人目はこの男だ。ララクシュという村に住む魔族で、親類も居らず、獣人達の村に独りで暮らしている。神王様や神々への信仰心は厚く、人も良いので騙されやすい。偏見もなく穏やかな気性の人物だ」
トモコとヴェリウスにプレゼンしている魔神の少年。何故か私は蚊帳の外である。
ロードも昨日から本当に帰って来ないし、ショコラとマカロンも帰って来ない。
リンの事はロードに任せたし、私が何かすると迷惑をかけそうなので出来ない。かといって何かしたいかというとゴロゴロしたいとしか思えないわけで……。
自分の部屋に戻りベッドへとダイブしたが、何だかつまらない。ゴロゴロとベッドの上を転がり、枕元に置いていた薄い本を手にとって開いた。勿論中身は18禁。
そういえば、王宮でかくれんぼしていた時隠れていた部屋の持ち主は薄い本を読んでくれただろうか? 楽しんでくれていたら良いのだけど。
そんなことを思いつつパタンと本を閉じる。
仰向けで腕と足を広げて大の字になり、白い天井を見上げた。
ここだけ見れば異世界とは思えないよなぁ。
首だけ動かして部屋を見回し、窓の外を見る。
青い空と、生い茂る木々。周りに家など一切なく、車やバイクの走る音もしない。間違いなく異世界である。
久々に、1人でこの時間に部屋でゴロゴロしているせいか、うるさい声がしないせいか、元の世界を思い出していた。
母と姉は元気だろうか? 幸せに暮らしているだろうか?
ベッドに寝転んで目を閉じて、母と姉を思っていたら……いつの間にか別の場所に立っていた。
ベッドの上に居たはずの私は、どういうわけか外に立っていたのだ。
目の前にはキィ…キィ…と風で揺れる古いブランコ。右手には綺麗に塗り直されたばかりの滑り台。左手には錆び付いた鉄棒。そして住宅街。
そこは、元の世界の近所の公園だった。
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その頃のヴェリウスは━━…
『!!? 神王様の気配が、世界から消えた……っ』
王宮に居るロードは━━…
「ミヤビ…?」




