102.神王、包囲される
「ロヴィンゴッドウェル第3師団長、そちらの女をお引き渡し下さい」
引き渡すのが当然のように言う騎士に、ロードの表情が冷めていく。
「どういう事だ」
低く冷たい声が鼓膜を揺らす。思わずゾクリとしてしまう声音だ。
案の定、私を取り囲んでいた騎士達が青い顔をして後退りした。
「っ貴方様が今拘束している女は、ルーテル宰相の執務室に忍び込み逃げ出した不審者です!」
ルーベンスさんの部屋には行ったが、ルーテル宰相という人の部屋には行ってない。無実だ!!
「宰相の…? 本当か? ミヤビ」
ロードに問われたので首を横に振る。
「ルーベンスさんって人の部屋には行ったけど、宰相の部屋には行ってないよ。でもそこの人は、ルーベンスさんの部屋の外で会ったけど」
「その“ルーベンスさん”が宰相だ!!」
ルーベンスさんの部屋から追いかけて来た騎士がツッコんできた。中々鋭いツッコミだった。
「……ルーベンスさん?」
「転移した時たまたまルーベンスさんの部屋に行っちゃって、あ、でもお茶をご馳走してくれたよ。親切な人だった」
ロードにヘラリと笑えば、「ったく、オメェは」と呆れたような表情をされた。
「ロヴィンゴッドウェル第3師団長! お分かり頂けたならお引き渡しをお願い致しますっ」
「断る」
騎士の言葉にロードは冷たい表情で言い切った。
「「「!?」」」
驚き固まった騎士達を見下ろし続ける。
「見て分からないか? コイツは俺のつがいだ」
「つがい!!!? その女……っ その方が、ですか!?」
嘘だろう!? というように騎士達から見られるが、そんなに平凡な顔の女は意外か? 言っておくがお前らもどっちかというと平凡顔だぞ。
「し、しかし例え貴方様のつがいであろうと、不審な行動をしていた事に違いはありません! 取り調べをさせていただかないと……っ」
なおも食い下がる騎士の根性に称賛したくなるが、ロードからの温度が師匠譲りの絶対零度になっている為、今すぐ逃げろと言いたい。
「不審な行動だと? コイツが一体何をした? 宰相の部屋でじいさん相手にお茶してただけだろ。それとも何か、宰相が不審者を捕まえろとでも命令してんのか?」
「命令はされておりませんが、執務室に侵入した事は確かで…っ「神がどこで何しようが人間ごときに咎める権利はねぇんだよ」!?」
言っちゃったーー!! 印籠使っちゃったよぉ!! 完全に侵入したこっちが悪いのに堂々開き直って権力(?)使っちゃったよォォォ!!!!
「テメェは神々や精霊を不審者だと取り調べる気か? あ゛ぁ゛?」
「っめ、滅相もありません!! 神とは知らずに私は何という事を……っ」
追いかけてきた騎士も、他の騎士も青い顔を通り越して土気色になっている。
「お許し下さいっ どうか、お許しを……っ」
平伏された。
「ちょっとぉ!? 止めてくださいっ お願いだからっ」
私は今、自分が悪いのに仕事を全うしようとしていた騎士達4人に土下座させている。
悪女か!!
「っ騎士を、辞めろと神が仰るのであれば……」
「違うからァァァ!! その辞めろじゃない!! 土下座を止めてって言ってるんです!!」
コントのようなやり取りをしている私達を見かねたのか、ロードが、
「今回は見なかった事にしてやる。次はねぇ」
と脅すので、余計ビビってますけどぉ!? 完全にこっちに否があるのに、脅してどうするんだ!!
「ウチのつがいが何かすいませんーーー!! 私が悪いんですっ 宰相とは知らずに部屋に侵入しちゃってごめんなさい!! ちゃんと説明すればよかったのに面白半分で逃げちゃって、ご迷惑をおかけしました!!」
「……“ウチのつがい”」
ロードよ、頬を赤く染めて反復するんじゃない!!
「頭をお上げ下さいっ 神に頭を下げさせたとあっては我々は生きてはいけませんっ」
「何とおそれ多い事でしょうかっ」
「平にっ平に御容赦下さいっ」
「祝詞を捧げますので!!」
いや、祝詞を捧げられても……ありなのかな? いやいや、むしろこの世界に祝詞ってあるの!?
『“祝詞”とは人間が勝手に考えた神々への賛辞です。ランタン辺りであれば有効かもしれませんが、ほぼ意味をなしません』
あぁ……賛辞ね。それはいらないわ。
って違うから!! 私が悪いから!!
「あの、私は神じゃないのでそんな失礼にあたらないですから!!」
王宮では精霊と思われてるしね。
「え? 神ではないので……?」
「神でないなら何でしょうか?」
「え? 人間って事ですか?」
「何だよ。ビビって損したぜ」
顔を上げた4人の騎士にホッとした瞬間、ヴェリウスが前に出てきた。
『馬鹿者共め』
「し、神獣様!?」とヴェリウスを見て4人が動揺している。そしてまた平伏した。
『神なぞ比べものにならぬ程のお方に無礼を働きおって…』
「「「「え?」」」」
前足で4人の頭を軽く叩いていくヴェリウスに“お母さん”の姿が重なった。
ゴッ と鈍い音がして4人が白目をむき地に伏せるまでは、の話だ。




