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第42話 オリビア姫を、貰い受けに来た。我が妻にするためにな

 天から伸びる(あか)い光。

 それに驚いたのか、わたしを押さえつける兵士達の力が緩んだ。


 口に捩じ込まれていた詰め物も、ポロリと(こぼ)れ落ちる。



 この光は――似ている。




 遊園地サレッキーノ・パークにあった、迷子防止用の腕輪。


 あれから伸びていた光に、そっくりだ。




 視線を光の発生源に向ける。


 空を見上げると、陽光を反射して輝く巨大な船体が見えた。


 帝国の旗艦。

 飛空挺【白銀の翼】。




『オリビアーーーーッ!!』




 またしても耳元の【イフリータティア】から、声が聞こえた。


 (なつ)かしくも感じる声が。


 離れてから、まだ1日しか経っていないというのに。




 【イフリータティア】と【白銀の翼】を結んでいた、紅い光が消えた。




 代わりに【白銀の翼】船底から、緑色の光が伸びる。


 あれは何だろう?


 遠くてよく分からないが、光でできた鎖のようだ。


 その先端に、人影らしきものが。




 あれは――まさか?




 人影は光の鎖で飛空艇の下にぶら下がり、振り子の要領で空を滑空してきた。


 猛スピードで群衆を飛び越え、大地へと着地。


 勢いでかなりの距離をスライドするが、器用にバランスを取って止まる。


 位置は断頭台のすぐ(そば)


 摩擦熱により靴底から煙が出ていたが、火傷などはしていないはず。


 わたしは知っている。

 彼が履くブーツには、高度な防御魔法が付与されているのだ。




「何者だ!? 取り押さえ……うわっ!」




 隊長格の兵士が言い終わる前に、彼は剣を振るった。


 何だ?

 あの神々しい剣は?


 刀身から光の鎖が伸び、兵士達を次々と拘束してしまう。




 わたしを断頭台の床に引き倒していた兵士達も、鎖に絡め取られた。

 そのまま遠くへと、放り投げられてしまう。




 彼はヒラリと、断頭台の上まで飛び上がってきた。




「どうしてここに……? わたしの居場所など、分からなかったはずなのに……」


「【イフリータティア】の魔力を辿りました。帝国には、迷子防止用の魔導具があったでしょう? あれの軍用版が、【白銀の翼】には搭載されているのです」




 わたしの騎士様は――フェン様は微笑みながら、手を取り立ち上がらせてくれた。

 



「ご無事ですか? 我が姫」


「平気です。貴方(あなた)がくれた【イフリータティア】が、いつでもわたしを守ってくれまし……きゃっ!」




 何を思ったか、フェン様はいきなりわたしを抱きしめた。




 いや、ちょっと。

 こんなに大勢が見ている前で――




 それに今は、非常時なのに。




「これからは宝玉に任せず、私自身が側でお守りいたします。私は貴女(あなた)の、護衛騎士(プリンセスガード)なのだから」


「は……はい……」




 (ささや)かれて、耳が熱くなってしまう。




「それと、後からお説教です。いきなり皆の前から姿を消したり、1人でガウニィ嬢を救出しようだなどと無謀なことをしでかした件について」


「ううっ。お手柔らかに、お願いします」


 本当にわたしは、何と無謀なことをしてしまったのだろうか。


 これは怒られても、仕方あるまい。




「貴様は護衛騎士(プリンセスガード)の……。正体は、男だったとはな!」


 オーディン国王の叫びに、フェン様はゆっくりと(ほう)(よう)を解いて振り返った。


「国王陛下ともあろうお方が、男女の見分けもつかぬとは間抜けな話ですな」


「黙れ! 無礼者! 【白銀の翼】から降りてきたところを見るに、帝国軍の兵士か? 名を名乗れ! 貴様の目的は何だ!」




 いやいや。

 フェン様の恰好は、どう見ても皇族のものだろう。


 せめて高貴な身分のお方ということぐらいは、瞬時に判断できないと。


 一国の王なのだから。




 フェン様の方は、全く意に介していないようだ。


 不敵に微笑みながら、剣の(きっ)(さき)をオーディン国王に向けた。


 そのまま堂々とした態度で、名乗りを上げる。




「13代目ヨルムンガルド帝国皇帝、フェン・ルナ・ヨルムンガルドだ。オリビア姫を、貰い受けに来た。我が妻にするためにな」




 ――は?

 皇帝?


 いつの間に、皇位を引き継いだのか?


 「皇帝にはならない」、「皇位は弟が継ぐ」と、あれだけ(おっしゃ)っていたのに。




 それより――ええっ?


 我が妻にするため?

 貰い受けにきた?


 それは「貴国の姫を(さら)ってゆく」という、略奪宣言なのではなかろうか?




「チッ! 帝国の蛮族どもめ! 【緑の魔女】などいなくなっても構わぬが、我が国からモノを(かす)め取ろうという魂胆が気に食わぬ」




 オーディン国王が手を振り上げると、周囲の兵士達が槍を構えた。




「よい機会だ! 忌々しいヨルムンガルド皇帝の首を獲れ! あのような女男、おそるるに足らん! 帝国の鬼神(インペリアルオーガ)スルトと違い、簡単に討ち取れるぞ!」




 兵士達が一斉に、フェン様へと襲いかかってきた。


 槍の穂先からは、明確な殺意を感じる。


 彼の背後に(かば)われているわたしまで、一緒に貫かれてしまいそうな勢いだ。


 【緑の魔女】であるわたしをこの場で殺しては、王都に呪いが降りかかるのではなかろうか?


 もうオーディン国王と兵士達に、冷静な判断力など残されていないのかもしれない。




「防げ! 【宝剣グレイプニル】!」




 フェン様が剣を掲げると、周囲に光の鎖が展開された。


 鎖は障壁となって、王国兵からわたしとフェン様を守ってくれる。




「おのれ! 面妖な術を! ならば犬と侍女を狙え!」


 国王の指示に、わたしの心臓は凍り付いた。




 しまった!


 ポチとガウニィは、少し離れた場所にいる。


 間には兵士達が割り込んでいて、すぐ助けにはいけない状況だ。




「させるか! 【宝剣グレイプニル】!」




 フェン様は光の鎖を、ポチとガウニィに向かって伸ばす。




 しかし光の鎖は戻ってきて、再びわたしとフェン様を守るように展開してしまう。




「どうした【宝剣グレイプニル】? ……何? 必要ない? どういう意味だ?」




 宝剣と会話しながら、(いぶか)しむフェン様。




 

 再び視線を、ポチとガウニィに戻した時だ。






「……え? 大きい?」




 気絶したガウニィを、背中に乗せたままのポチ。


 獅子サイズだった彼の体は、さらに大きく膨れ始めていた。









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