第24話 華麗なる転身。王女→ニート
■□オリビア視点■□
話が違う。
フェン様にエスコートされて、わたしがやってきたのは謁見の間ではない。
皇族用の豪奢な食堂だ。
「すみません、オリビア姫。父上と母上が、どうしても貴女と会食をしたいと」
皇帝陛下とお会いする心構えはできていたが、まさか皇后陛下も一緒だとは。
これは緊張する。
立ち振る舞いやテーブルマナーから、品定めをされると見るべきだろう。
無能な人間だと判断されたら、わたしはこの帝国でも居場所がなくなるかもしれない。
「オリビア姫、我がヨルムンガルド帝国にようこそ。王国では、色々と大変だったようだな」
「お心遣い、痛み入ります」
労いの言葉をかけて下さったのは、スルト・レテ・ヨルムンガルド皇帝陛下。
フェン様のお父上だそうだが、あまり似ていない。
何というか……ゴツイ。
筋骨隆々とした、岩のような大男だ。
【帝国の鬼神】の二つ名は、伊達ではない。
一緒の食卓に着いているだけで、凄まじい覇気を感じる。
ちょっと怖い。
だけど瞳は、フェン様と同じだ。
澄んだ紅い双眸。
何だか少し、安心した。
「アラアラあなた。オリビア姫が怖がっていますよ。もう少し、にこやかにしたらいかが?」
そう言ってコロコロと笑うのは、アルベルティーナ皇后陛下。
美しい人だ。
顔立ちも長い銀髪も、息子のフェン様によく似ていらっしゃる。
だがグレーの瞳は、興味深げにわたしを観察している。
スルト陛下より、油断ならない。
お2人とも敵意はなく、わたしに好意的ではあるようだ。
しかし、緊張するものは緊張する。
フェン様も同席していて、わたしの様子を気遣わしげに見守ってくださっていた。
次々と、コース料理が運ばれてくる。
味も見た目も素晴らしかったが、それをじっくり楽しむ余裕などなかった。
粗相をしないよう、かなり気を張っている。
「それで、オリビア姫の今後の身の振り方についてなのだが……」
スルト陛下が、威厳のある声で切り出す。
来た。
わたしは敵対国である、ヴァルハラント王国の王女。
身の安全は保証してくれるだろうが、それと引き換えに情報提供を求められるはず。
どこかに軟禁され、しばらくは尋問の日々が続くといったところか?
できれば帝国での生活基盤を築くべく、仕事を探したいのだが。
それは無理な話かもしれない。
「両親との同居は嫌か?」
……どうしよう。
陛下の仰る意味が、全然わからない。
返答に困っていると、フェン様とアルベルティーナ様が陛下を睨みつけた。
「ごめんなさいね、オリビアちゃん。……あ、こう呼んでもいい? ウチの皇帝陛下は戦争と外交と内政に関すること以外では、ちょーっとおバカなところがあるの。意味のわからないことを口走らないよう、後でよーく言って聞かせるから」
天下のヨルムンガルド帝国皇帝に向かって、この言い草。
この場でもっとも強いのは、アルベルティーナ皇后陛下か。
「ゴホン! 余の言葉が、足りなかったようだ。オリビア姫、しばらくはこのオケアノス宮殿で暮らしてみぬか?」
「その期間中に、王国のことをお話しすればよろしいのですね? わたしは長く離宮に幽閉されていた身ゆえ、有益な情報を提供できるかはわかりませんが」
王国の内情をペラペラと喋るというのは、生まれた国を売るようで気が引ける。
かと言って、情報提供もせずに保護してもらおうというのは虫が良すぎるだろう。
当たり障りのない情報を提供しようと、わたしは考えていたのだが……。
「いや、情報提供などどうでもよいのだ。とにかく姫には、帝国の良さを知ってもらいたくてな。食客として宮殿に滞在しつつ、帝都を見て回って欲しい。気が乗らない日は、宮殿内の自室でのんびり過ごして構わぬ」
意外過ぎる申し出に、瞳を見開いてしまった。
「その……良いのですか? それではまるで、ニートではありませんか」
「むう。王国でも、ニート問題はあるのだな。……いやいやオリビア姫、そなたはニートなどではない。旦那の故郷について、嫁入り前に知ってもら……あ痛っ!」
食事中なのに、陛下は椅子から飛び上がった。
なぜか太腿をさすっている。
わたしの見間違いでなければ、アルベルティーナ様が微弱な【電撃魔法】を放ったように見えたが。
陛下が会食中に奇行をやらかしてくれたので、わたしは幾分か気が楽になった。
料理を楽しむ余裕も生まれる。
鴨肉ロースのオレンジソテー、美味しい。
「もう! あなたは少し、黙っていて。……オリビアちゃん、気兼ねなくこの帝国を見て回って。必要なお小遣いは、私があげるから。そして時々、私の話し相手になって欲しいの。貴女が暇な時だけでもいいから」
「アルベルティーナ! ズルいぞ! 余も将来の義理のむす……オリビア姫に、お小遣いあげたい。話もしたいのだ」
「むさ苦しいオッサンの話相手なんて、オリビアちゃんもやーよねえ?」
アルベルティーナ様に、同意を求められて困る。
フェン様はというと、両親を呆れた目で見ていた。
「オリビア姫。父上と母上がハシャいで申し訳ありません。息子しかいなかったので、年頃の女の子を可愛がりたい欲求が暴走しているのです」
コクコクと首を縦に振る、皇帝陛下と皇后陛下。
何だかむず痒い。
だけど、嫌ではない。
「恐れ多いかもしれませんが……。わたしで良ければ、いつでもお話し相手をさせていただきます」
お2人の表情が、パアッと明るくなる。
そんなに嬉しいものなのだろうか?
……おかしい。
帝国の人々は、わたしに好意的過ぎる。
わたしは【緑の魔女】なのに。
「あの……皇帝陛下。質問をしてもよろしいでしょうか?」
「うむ。何でも聞くがよい」
「では、お言葉に甘えて」
少し、間を置いた。
陛下だけでなく、フェン様もアルベルティーナ様もわたしに注目する。
深く息を吸い込んでから、質問を投げかけた。
「【豊穣の聖女】とは、一体何のことなのです?」




