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七十二話 本性爆発

 リュイスの戦いが決着したその頃、ホテル跡地から続く街路には盛大な銃声が響き渡っている。

 三鬼剣(オルグス)、“重戦車”ことジェラルド・ヘイズの蹂躙劇が繰り広げられているのだ。


「クッハハハハハ!!! 逃げ回るしか能がねえのか? 雑魚ども!!」


 銅鑼のような声が響き渡り、その大声をも塗り潰すような怒涛の銃声が追って鳴る。

 巨躯のジェラルドが両脇に抱えたガトリング砲は大型の魔素(マナ)カートリッジと直結されていて、呆れるほどに装弾数が多い。


 ルカたちが交戦を始めてから既に十分以上が経つのだが、ひっきりなしに撃ち続けているにも関わらず途絶える様子はまるでない。


「逃げるに決まってる。正面から応じる理由がまるでないね」


 リュイスの親友、薄い顔の騎士ルカは街角の建物の陰に身を隠しながらジェラルドの様子を伺っている。

 背にはアイネ、道路を挟んで向かいの物陰にはメルツァーが身を隠している。


 ギュラララと高速で吐き出される薬莢の波が止まった一瞬、ルカは拾った瓦礫を街路へと投げてみる。

 その瞬間、礫片はガトリングに噛み砕かれて跡形もなく粉砕された。


「弾切れはまだまだか……」


 まさか無限ということもないだろうが、あの惜しげもない乱射ぶりはまだ相当の残弾数があるということだろう。

 心底からの溜息を吐いたルカへ、向かいの通路からメルツァーが警句を発した。


「魔術が来るぞ!! 備えろ!!」


 弾丸の嵐が片時止まっていたのは、ジェラルドが詠唱を完了させるための時間だったらしい。

 2メートルに及ぶ屈強な体躯、軍服のシャツの前を開いて筋骨を露わにした着こなし、粗野に満ちたその表情、彼を構成する全ての要素にそぐわないが、ジェラルド・ヘイズは魔術師だ。


溶鉄刃(モルグク)


 ジェラルドの頭上に描き出された赤熱する刃が投じられ、ルカとメルツァーたちの間の路面へと突き刺さる。

 見る間に熱が高まり、膨張し……地表が溶けて灼熱のマグマへと変わっていく!!!


「ああもう、厄介だな……」


 戦慄の紅蓮地獄へと姿を変えた地上から逃れるべく、ルカはアイネを小脇に抱えて建物の壁を駆け上る。

 庇に手をかけ、通気パイプに足を掛け、窓枠へ、煉瓦の継ぎ目へとめざとく引っかかりを見つけて屋上へと這い上った。

 もちろん魔素(マナ)による身体能力向上があってこそだが、差し引いて見てもまるで曲芸師めいている。

 力や剣技ではリュイスに、魔術ではアイネに劣るルカだが、その身上は身軽さにある。


 向かいの建物にはメルツァーもどうにかよじ登っていて、どうにか対抗策を見出すべく視線とハンドサインで意図を交わす。


(攻撃が激しすぎる、これじゃジリ貧だ。誰かが囮になる必要があります)

(……いいだろう、私が出る。ルカ、お前はアイネと共に隙を見て攻撃を……)

(いや、僕は遠距離からの攻撃手段に乏しい。せいぜい投げナイフと火球を飛ばす程度です。アイネの火術とメルツァーさんの弓で攻めるべきだ)

(なんだと? 待てルカ! お前が囮になるのは許さん!)

(時間がない、行きます)


 反論を振り切り、ルカはその身を弾火舞う危険地帯へと晒すべく駆け出す!

 だが、その歩みは寸前で留まった。路地から響く銃声、そして重なる無数の悲鳴がルカを驚かせたのだ。


「な、んだ……? あのジェラルドって男、一体誰を撃ってる……!」


 ルカ、そしてメルツァーは急ぎ屋根上から下を見下ろす。そこに広がっていたのは、想像を絶する地獄絵図だった。

 

「ッハハハハハハ!!!! 最ッ高に気分がいいぜこいつは!!!!」


 地面が煮えた溶岩へと姿を変えているのは先のまま。その熱は一帯を加熱し、立ち並んだ店舗や家屋の中の温度までを急速に引き上げている。

 居合わせた人々の多くはホテルの倒壊、そして恐るべき銃撃の鳴動を聞き、巻き込まれるのを嫌って屋内へと避難していた。


 しかし、ジェラルドの火術『溶鉄刃(モルグク)』は全てを無差別に熱した。

 路面が滾れば屋内は蒸し風呂、それも呼吸も困難なほどに熱された状態へと変化していて、息苦しさと命の危険を感じて外へと飛び出そうとする人々がいる。

 ドアを開き、人々は真っ赤に燃える道路を見て立ち止まる。あるいは勢い任せに飛び出し、足を焼かれてその場にうずくまる。


 そのどちらをも、ジェラルドは撃った。


 撃つ、撃つ、撃っている。ガトリングを吼えさせ、弾丸の雨で無辜(むこ)の人々を貫き壊してボロクズへと変えていく。

 既にここは戦場だ。ただ楽しむように怪笑し、照準も雑に物量の嵐で殺戮していく!!


 メルツァーは慄然としている。

 事前に聞かされてはいた。三鬼剣(オルグス)の中には民間人の無差別殺戮で処分されかけていた異常者もいると。

 それが眼下のこの男、ジェラルド・ヘイズ!


 騎士を志す者は皆総じて、気持ちの大小はあれど人々を守りたいという気持ちを持っている。

 20歳と少しのルカも、40歳近いメルツァーも、歳は違えどその気持ちに変わりはない。

 それをあの男は、ゴミを見るような目で。許されることではない!


 二人が作戦の段取りも忘れて叫ぼうと、それよりもさらに早く!



「なんばしよっと!!!?」



 屋根のへりから身を乗り出し、激情に大声を上げたのはアイネだ!

 触媒の鎌へは大量の魔力を流して極大のサイズに変え、その手はブルブルと震えている。

 恐怖? いや違う。燃えるような義憤に駆られているのだ。そして叫ぶ!


「あなたと私たちは敵やけど!! ばってん、関係ない街の人に手え出さんでもよかろうもん!!!」


「な……」と、メルツァーは面食らっている。

 おっとりとした性格のアイネが大声で啖呵を切っていること、訛りが丸出し、かつ凄まじく早口になっていることに驚いている。

 普段のアイネはごくごく標準語だ。極端にではないがどちらかといえばゆったりと喋る子で、素朴な少女と言い表すのが似つかわしいタイプだ。

 それがどうしたことか、今のアイネは烈火の如き眼光で地上を見下ろし、仁王立ちに声を張っている!


 ルカもまた驚いている。ただ、アイネの訛りは一度だけ耳にしたことがある。

 

(アイネが友達から貰ったポーチをリュイスが壊しちゃったんだったか。あの時もアイネ、怒って素が出てたな……)


 そう、素。この喋りと性格がアイネ・ブルーレインの素なのだ。

 彼女は北部の片田舎出身。その田舎の訛りが出るのを恥ずかしがって、普段は標準語で喋るように心がけている。

 脳内の言葉を標準語に変換してから喋っている。そのせいで喋りのテンポはゆったりと、性格までがおっとりとした風に見えている。

 だが本質はこっち! 表情に烈火を宿し、悪辣な敵へと指先を突き付けている!


「あんた軍人やろ、街の人ば守るのがお仕事ばい。なのになんしようと!! 何もしよらん人を撃って! なしてそげんことすると!?」

「おいおい田舎娘が、随分と生意気な面じゃねえか!!」


 ジェラルドは歪に笑い、容赦なくアイネへと銃弾を浴びせかける。

 しかしアイネの怒りに応じ、その周囲には熱気の魔素(マナ)が渦を巻いている。それは防壁のように、少女へと届く前に弾丸を焼失させてみせる。


(なんという魔力だ!)


 メルツァーは再び息を飲む。

 元々ポテンシャルの高さは疑いようのない少女だ。だが年齢の幼さからか、他の宮廷魔術師たちと比べると精神状態での力量の振れ幅が大きい。

 報告にあったシャングリラの巨人との戦いでは動揺が力の発揮を妨げたのか、全力には程遠い火力での戦闘だったようだ。


 そして今、炎熱に揺らぐアイネの姿は灼熱の魔人めいている。

 思うに、彼女の現状でのフルスペックが発揮されている状態なのではないだろうか?


「バンバンバンバン、すぐに鉄砲撃ちまくって……ほんと大概にしときいよ……!!」

「ガキが。俺はヴィクトルから許可証(ライセンス)を貰ってんだよ。いくら殺しても咎め立てされねえ殺戮の許可をなァ!!」

「せからしか!!!!」


 うるさい! という意味の叫びでジェラルドの声を遮り、そしてアイネは触媒へと膨大な魔素(マナ)を練り集め始めている。

 何を叫んでいるのかはニュアンスでしかわからないが、きっと今のアイネなら三鬼剣(オルグス)であれ正面から抑えられる。

 ルカとメルツァーは同時にそう判断を下し、ならばとそれぞれの役割を素早く見定める。


 ジェラルドはわずかに表情を変えている。

 世の全てを憎むような憤怒の眼光を、炎獄を顕現させつつあるアイネのみに注いでいる。

 臆さず。それを真正面から受け止めて、アイネは激怒を打ち返す!!



「好かん好かん好かん!! ほんっっと好かん!! 絶対っ……あなただけは、絶対許さんけんね!!!!」

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