六十六話 弾切れと決着
詩乃、プリムラとハンスの兵たちが激戦を繰り広げている後方、ミシェルはフランツを手渡され、銃で援護の引き金を引いている。
ベルツ兵たちも根性を見せる。ある者は銃弾で貫き、ある者は仲間たちの仇をと白兵戦を挑んでいく。鬱憤を晴らすように機械兵たちを倒していく。
「っっ、くっううう……凡夫共が……!!」
ハンス・ニールセンは事ここに至り、胸中に強く焦燥を燻らせている。
本来、彼はユーライヤ軍の中でも十指に入る戦力だ。条件を整えて素材さえ与えてやれば、魔力の続く限り生み出され続ける強靭な機械兵たち。
戦場においては素材は手配するまでもない。敵軍から鹵獲した武装や兵器の金属類を機械兵へと生まれ変わらせてやるだけでいい。支援役を徹底させれば、前線に配置できる生きた軍需工場とでも呼べる戦略レベルの存在なのだ。
だが、あくまで本来の役割は後方支援。純粋な戦闘力だけで評価するならば、ミシェルら副官よりは間違いなく強いが、六聖よりは下のレベル。
そんな彼にとっての誤算は二つ。ミシェルへと毒術の知識を授けた生首人間フランツと、想定していたよりも遥かに上等な戦闘性能のプリムラの存在だ。
残る機械兵は4、3、2……ぐぎゅるる。戦場らしからぬ間の抜けた音が響いている。
周囲の人間が音の出処へと目を向けた。プリムラだ。プリムラが胃の辺りを押さえ、沈痛な面持ちで声を漏らす。
「お、お腹、空いたぁ……」
プスンと音を立てて、腕の砲口から高速で撃ち出されていた弾丸の射出が止まっている。
突如としてリズムを止めた戦闘に、詩乃は小さく声を漏らす。
「しまったっ、プリムラはお腹が空くと……!」
「弾切れか!!」
天の意を得たりとばかり、ハンスは高々と両腕を掲げる。
そして指揮者を気取りに腕を振るい、残る一体、2メートル半にも及ぶほどの巨躯で威容を誇る機械兵へと指示を下す。常に自らの傍らに控えさせていたハンスの本日最高傑作だ!
「もはや状況は変じた。確保するのは佐倉詩乃だけで構わない。この湧き上がる創作熱を、芸術を、美と鉄の融合を極光へと変えよ!」
「受け止めてっ!」
「うう、根性ぉぉっ!」
ゴーレムの掌にはレンズが据えられている。そこへ内部の動力源である魔力が集まり、凄まじい光を放ち始める。
そして怪馬が吠え猛るような異音を伴い、狙い定めたのは空腹にグロッキー気味のプリムラだ!
「その不出来な自律人形を消し飛ばせ。“凸式魔素収斂光砲”!!!」
射出される光の波動! 圧縮された魔力の塊は細線を描き、凄まじい熱と貫通力のレーザーをプリムラの小柄な体へと叩きつける!
だがプリムラは退かない。弾切れに手首を元の状態へと戻していて、その両手を重ね合わせて光を受ける!
「うぐぐぐぐぐぐ……!」
照射された超密度のエネルギーに耐え、耐え、包むようにして抑え込み……止める!
「馬鹿な、馬鹿な! 今のを耐えただと!?」
「今、プリムラっ!」
「ラストっ、いっぱああああつ!!!」
プリムラは膝を突き、民族衣装調のスカートを膝までたくし上げる。
ジャンクヤードで装備を強化したのは詩乃だけではない。カスタマイズ性のあるプリムラの体躯、その膝へと新たに仕込んだのは一発の擲弾。
ポスと抜けるような音で射出されたそれを、今レーザーを放ったばかりのゴーレムへと最近接で叩き込む。
「弾けろぉっ!!」
「ナイス、プリムラ。そして……これで!」
グレネード弾の炸裂を受け、機械兵は装甲がひしゃげた状態でのけぞっている。そこへすかさず駆け寄る詩乃、手に握っているのは持ち替えたショットガン。
斜めに傾いだ胸部へと銃口を突き付け……トリガー!!!
姿勢を立て直させはしない。果断に放った追撃の接射は穴を穿っていて、そして最後の機械兵はそのまま後ろへと倒れ伏す。
ベルツの自警隊がドッと歓喜に湧いた。プリムラはギリギリの死闘を乗り越え、ゆっくりと長く息を吐いた。そして詩乃は右手にショットガンを提げたまま、もう片手を小さくぎゅっと握りしめる。
詩乃に自覚はないが、奇しくもこの戦いは人形遣い同士の戦いだった。
濫造した多を引き連れるハンスと、信頼に結ばれた個を連れている詩乃。もちろんミシェルや軍人たちの奮闘、おまけでフランツの助力があってこそだが……
「……勝った、っ!」
兵馬に頼ることなく、プリムラと共に!
だがこの瞬間、偶然にもベルツの街中、二箇所で同時に凄まじい轟音が響き鳴った。
片方は天を裂く爆雷、ビルギットの超撃。
もう片方は地を割った剣戟、アルメルの烈閃。
国中でも有数の実力者たちが垣間見せた本気は詩乃たちの下まで震動を届け、その音に気を取られた一瞬が隙を招いた。
「っ、うぐ!?」
「捕らえたぞ、動くな佐倉詩乃ッッ!!」
ハンス・ニールセンが背後から、詩乃の細首へと腕を回している。もう片手にはベルツ自警隊が取り落とした手斧が握られ、その刃先は詩乃へと突き付けられている!
「し、しまったあ!!」と叫んだのはプリムラだ。ゴーレムたちを倒し終え、もちろんハンスの動向には気を配っていた。しかし轟いた音に気を取られた間を、この男は目敏く見逃さなかったのだ。
「動くな。この娘の首を落とされたくなければな!!」
「うっぐ……」
「ひ、卑怯だよ! 詩乃の首を締めないで!」
「卑怯だと? 全く以てズレているな、美感の欠片も感じられない自律人形め! そうだな、確保するのはもう佐倉詩乃だけで構わない……」
“芸術家”を自称する男、ハンス・ニールセンは戦いに独自の美学を持つ男だ。
他者から見れば蛮行の市街破壊と民間人殺しでさえ、彼の湧き上がる創作熱に浮かされての行動だった。
だが今の彼は、その目に獰猛な光を宿している。野蛮かつ愚か、自身の美学にさえ反しようとしている。それほどまでに、自身の機械兵たちを真正面から打ち破ったプリムラの存在、その完全な完成度が耐えられなかったのだ。
芸術家は詩乃の首へと斧の刃を近付け、プリムラへと凶気めいた視線を向けて、破壊された機械兵の腕に取り付けられたまま空転しているチェーンソーを指し示す。
「主人を、佐倉詩乃を痛めつけられたくなければ、貴様はその刃で自らを壊し給え」
「プリムラ……聞かなくていい。どうせっ、脅しだから……!」
「おおっと! まだ兵馬樹もいる。勘違いするな? 最悪、一人でも捕らえられれば他は殺しても構わんのだよ。愚昧なる教皇派の手にさえ渡らなければね」
「っ……」
斧はいよいよ詩乃へと寄せられ、その鈍い刃は白い首筋にうっすらと血の線を滲ませている。
詩乃が死んじゃう、殺されるかもしれない。そんな状況に、プリムラは歯を食いしばりながら空転するチェーンソーへと一歩、二歩と近付き……
「詩乃……っ、私は、私は、詩乃のことが一番大事だから……」
「やめて、プリムラ……! 駄目!」
「いいぞ!! そのまま散れ、散って自らを芸術へと昇華させるのだ!!」
背後、背へと突き付けられる銃口。ゴリと硬い感触はハンスの昂揚を一瞬で霧消させた。
「や、それは流石に無しでしょ」
「ミシェル、私の水精……」
ミシェル・マルロウは背後へと回り込んでいた。
ハンスの心臓、その裏側へと軍用拳銃の銃口をぴったりと密着させている。撃鉄を起こし、そして呟く。
「美しくないっすよ。“芸術家”さん」
鳴り渡る銃声。
銃弾は背から胸へと抜け、三鬼剣の一角、ハンス・ニールセンは前のめりに倒れていく。
自らが傍若無人の蹂躙劇に荒らした路面は泥土を露出させていて、雨にぬかるんだそこへと彼はうつ伏せに没した。
まだ呆然としている詩乃とプリムラへと苦笑いを投げかけて、ミシェルは骨の髄までの疲労にへなへなと膝を折った。
「やぁぁっと……勝ちっすね」
一局の戦闘がようやく終結を見た。
ミシェルにとっては部下たちを後に残しながらの苦心の戦いだった。だが、これで役目は果たせた。
詩乃とプリムラを奪われることなく、ベルツの自警隊の保護下と合流できたのだ。
自警隊へもお構いなしに戦闘を仕掛けるハンスの存在はイレギュラーだったが、それも退けた今、ようやくミシェルは長い長い溜息を吐いている。ビルギット隊長からの期待にどうにか応えられたかな、と。
だが……混迷極まるベルツの状況は、未だ安息の停滞を許さない。
「いやあ、ご苦労さん!!」
ズカズカと水たまりを踏み散らし、無神経な足取りで現れたのはベルツの企業連の御曹司、屈強な青年リオ・ブラックモアだ。
直接顔を合わせるのは初めてだが、ベルツでの任務ということでミシェルも彼の顔は把握している。
背後に新手の警備部隊を引き連れて、彼自身も大型の猟銃を片手に握っての登場だ。負傷したベルツ兵たちを労いながら歩いてきていて、重傷を負った人々を搬送するように迅速な指示を出しつつ場を仕切る様子からは要領の良さが窺い知れる。
詩乃とプリムラはリオとは既に顔見知り。何故ここに現れたのかは今ひとつ理解できていないが、一応の知人が現れたことで肩から力を抜いた。
そんな空気の弛緩を切り裂くように……リオ・ブラックモアは、その銃口を詩乃とプリムラへと向けている。
「さて、動かないでもらおうか」
「え? あれ?」
「……何のつもりですか」
プリムラは困惑に眉を傾けていて、詩乃は静かにリオを睨みつけている。
詩乃は決してこの男を信用していなかった。チャラそう、遊んでそう、イコール怪しい男だと完全に決めつけて考えていた。ひどい偏見だが、しかし結果的にはそのイメージは間違いではなかったのかもしれない。
リオは悪い笑みを浮かべ、驚いているミシェルを部下たちの銃口で牽制したまま、愉快げに詩乃とプリムラへと言い放つ。
「ちょっとした都合でな。お前ら二人の身柄は俺んとこで確保させてもらうぜ」
「し、詩乃、どうしよう」
(……私もプリムラも疲れ切ってる。こいつは部下をたくさん連れてて、抵抗できるような状況じゃない。でも、大人しく付いていって本当に大丈夫なの? けど……)
思考が回らない。神経を張り詰めさせてのハンスとの戦闘は、病み上がりの詩乃の体力を限界まで削りきっていた。
今にも倒れてしまいそうにふらつきながら、困りきって雨天を見上げる。
(どうしよう……兵馬)
口に出したわけではない。心の中で、ほんの少しだけ頼りたくなってその名前を口にした。それだけだ。
――が、降る迅雷!!!
「うっお!?」
「詩乃に手を出すな!! あとまあ、プリムラも」
稲光にわずかに怯んだリオへ、雷と共に現れた青年は鋭く声を発して制する。
はためくトレードマークは武器を生む赤布。
来てくれた……!
こんな時こそ頼るべき護衛へ、詩乃は思わず彼の名を呼んでいる!
「……! 兵馬っ!」
「ごめん、来るのに時間がかかった。それともう一つ、ごめん!」
空間を青く染めた雷光が薄れれば、兵馬の姿が明らかになる。
兵馬は……路上を背に転がっている。その手に剣を握りながら、剣の腹で辛うじて一撃を防ぎ止めている。
兵馬がここに現れた瞬間の雷は決して彼が発したものではない。ゴシックドレスに鎧を組み付けた女性が兵馬を具足で踏みつけようとしていて、今の落雷は彼女の力によるものだ。
苦心に顔を歪めたまま、兵馬は二つめの謝罪を口にする。
「まだ勝ててないんだ……! その、なんていうか、この場に敵を増やしただけかもしれない!」
「……はぁ」
「うおお!」と慌てて声を上げ、兵馬は横に転がってストンピングを避けている。
助けに来てくれた。
そんな感情に、詩乃の乾いた心も少しばかりの潤いを感じた……ような気が、ほんの一瞬だけした。だがフタを開けてみればどうにも締まらない。
兵馬は明らかに相手との戦いに苦戦していて、新手の強敵を連れてきたとすれば状況は悪化しただけ。相手の女性は明らかに強者。詩乃の目でもわかるほどに凄まじい魔素を全身から迸らせていて、兵馬の戦いぶりはどうにも防戦一方だ。
「び、ビルギット隊長!?」
ミシェルが裏返り気味の声を上げた。いきなり現れたかと思えば兵馬樹と戦っているビルギットに理解が及ないといった様子だ。
猛然と繰り出された蹴りを紙一重で避ける兵馬を眺めながら、「いつも六聖と戦ってんな、お前」とリオが呆れ気味に呟いた。




