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六十五話 私たちの戦い

 詩乃は感じている。(最近受け身だなぁ)と。


 最初は単なる護衛だったはずの兵馬にはなんだか主導権を握られ気味で、他にも暗殺者だ、軍だ、誘拐、病気、ヤバイ医者だの、周りの状況に流されてばかりいる。

 育ての親、ゲイバーの濃いメンツに口を酸っぱくして言われていた言葉がある。


『詩乃チャン。流されるオンナにだけはなっちゃダメよ!』


 ゲイバーのカウンターに腰掛け、ココアをすすりながら熱弁するオカマのごま塩めいたあごひげを見つめていた幼い日の思い出。

 いや、アゴヒゲはどうでもいい。今がその“流されている”状況なんじゃないかな? と考えている。

 

 その言葉を口にしていたオカマたちは、きっとそれを恋愛的な意味でのアドバイスとして語っていたのだろう。

 けれど詩乃は生き方の指標として捉えていて、(今は……良くないな)と判断する。

 

 だから久々に自発的に動いた。兵馬も軍も関係あるもんか。私は、私の考えで、私のしたいようにする!


 だからこそミシェルを助けに戻った。機械兵の前に立ちはだかった。

 引き金を引き、その装甲を破って一体を倒し、ハンス・ニールセンから烈火の怒りを向けられている。



「貴様ああッ、佐倉詩乃!!! 一体何をしたのかと聞いている!!!」


(って言われても、私はよく理解してないんだけど)



 何をしたのかと聞かれれば、詩乃がしたことはシンプルだ。ミシェルとフランツ、接点のない二人の領分を繋ぎ合わせただけ。


 アルベール家で過ごしていた期間、詩乃は暇潰しにと数冊の魔術書に目を通していた。

 詩乃に魔術の才能はまるでないが、何かの役に立てばと斜め読みをしていた。その成果……と言うほどのものでもないが、毒を操る術が水の魔素(マナ)に連なるものだという知識を有していた。

 フランツにも魔術の素養はない。彼の扱う毒はあくまで科学的なものだ。

 しかし魔術で毒を用いるためにはその毒の構成に対する理解が最重要で、魔術の素養を持つミシェルと知識のあるフランツが協力すればにわか仕込みながらに毒雨を降らせることが可能だった。

 ミシェルが降らせた驟雨(しゅうう)、それは金属だけを腐食させる毒の雨。猛威を振るう機械兵たち、その耐久性を泥土並に貶めてみせる最上のカウンター!


「やった……成功っすね!」

「ふぅん、悪くない。毒霧を散布して奴を狙うこともできたけど、自分たちを巻き込みかねない。最も効率よく奴の戦力を損ねるならこれしかないだろうね」


 ミシェルは拳を握りしめ、フランツは生首のままに皮肉屋の薄笑いを浮かべている。

 そんな二人より前に立ち、詩乃はサブマシンガンの弾倉を素早く差し替える。華奢な詩乃は軍人たちほどの戦闘力はない。だが、銃の取り回しの練習だけは怠っていない。

 手にしたばかりの銃の扱いも数時間でしっかりと体得していて、すぐさま再び引くトリガー。狙いは機械兵たちに囲まれたハンスの心臓、問いに応じるつもりはまるでなし!


「なんっっっ……と無粋な!!!!」


 乾いた発砲音、迫る詩乃の弾丸。機械兵の一体を盾にそれを防いだハンスは、ついに額に青筋を立てている。


 ハンスは機械兵たちの機能を素早く確かめる。機械兵運用のエキスパートだ、現象の原因は理解できずとも状態の把握に手間は要さない。

 装甲が腐食している。武装は? 銃器に鈍器代わりの腕、伸びた刃と恐ろしげに唸る回転刃、そのいずれもが動く。腐食に威力は大幅に損なわれているが、しかし脆い人体を粉砕するには何の不足もない程度。ハンスは即座に決断を下している。

 

「我が創作をけがす不徳なる輩め!! 何故貴様ら凡人は我が芸術を解さない? 最も恥ずべきは私を糾弾(きゅうだん)したエフライン13世、そして芸術好きを自称しながら私を理解しようとしない14世の小僧だ!!」

(なんか喚いてるし、チャンスかも)


 芸術家とは往々にして変わり者とは言うが、鮮血と粉塵の舞う戦場で芸術を語るハンスはその中でもかなり変人の類だろう。だが臆さない。奇人変人っぷりでは育った実家、ゲイバーの面々も引けを取らない。

 警報のサイレンが鳴り響いている。毒雨の影響で空気中の成分が変質しているのかもしれない。だが詩乃はそれを意に留めない。


(前に出る!)


 手にしたカバンはその場に捨て置き、両手に銃を握りしめて駆け出している。左右それぞれに同型のサブマシンガンを!

 機械兵たちは腐食して朽ちつつある体を恐ろしげに軋ませながら、詩乃へとその怪腕を振り上げる。銃口を定める。しかし構わず! 

 

(捕まえなきゃいけないんでしょ。なら、私のことは殺せないはず)

「ッちぃ……! 鬱陶しい小娘だ!」

 

 詩乃の狙いはその通りで、あくまでヴィクトルに従う立場のハンスは捕縛対象である詩乃を殺す訳にはいかない。

 両腕を斜め上に引くような仕草で指示を送り、機械兵たちは詩乃への攻撃を銃撃から殴打へと切り替えた。

 

(こわっ、背は高いしパワーありそうだし……でも!)

 

 帽子が飛ぶのもワンピースがずぶ濡れるのにもまるで構わず、詩乃は荒れた路面の上をスライディングで滑る。大振りに振るわれた鉄腕、その下をかいくぐって一体の機械兵の懐へと潜り込む。

 

「この距離なら外さない」

 

 トリガー!! 激しい反動が骨を通じて全身を痺れさせ、こぼれ落ちた薬莢が頬に触れればその熱に自然と表情がひきつる。

 だがすぐさま立ち上がり、重く倒れようとしている一体の下を潜り抜けた。断末魔のような奇怪な軋りを背に効きながら、既に次の一体へと照準を合わせている。


 暗殺者たちに追われ続け、兵馬と出会ってからは彼や騎士たち、そして六聖のような実力者の戦いを側で見て学んできた。そんな詩乃の立ち回り、足さばきは素人のそれではない。

 トラバサミのように閉じられた捕獲用の大きな手をすり抜け、振り向きざまに腕を振るって弾丸をばら撒く。闇雲の連射ではない、機械兵の駆動の要である関節部を的確に破壊する見事な射撃!

 

「おのれ!!」

「ふうっ……」


 降りしきる雨と舞い飛ぶ戦塵、戦場は薄煙に包まれて視認性が低い。

 機械兵から投射されたサーチライトが詩乃を照らせば、その薄茶色の髪は雨露を滴らせ、瞳はまっすぐに次、次の標的をと狙いの順序を定めている。

 姿勢を沈め、素早く光の輪から抜け出すやいなや発砲! 膝、肩とゴーレムの要を穿って二体目を打倒してみせた。


「馬鹿な、素人の小娘風情が我が作品たちを……!!」


 ハンスの歯軋りも詩乃の耳には届いていない。今までも襲われて応戦することはあったが、自分が前に出ての立ち回りはこれが初めて。緊張と疲れに口は乾いて、心臓は高鳴って喉から零れ落ちそうだ。


(だけどやれる。私、やれてるよ)


 守られるだけは嫌だ。

 

 詩乃が前線で体を張っているのは、そんな理由も一因ではある。昔から最近に至るまで、守られてばかりの人生だ。

 それが目の前で民間人が襲われていて、少し会話をしただけだが好感の持てる人柄のミシェルがそれを止めに挑み、そして殺されかけていた。飛び込む理由には十分だった!

 

 ただし、詩乃は“守られるのが嫌”などという子供じみた感情だけを理由に蛮勇を実行に移すタイプでもない。

 敵ゴーレムたちの隙間にハンスへの射線を見出し銃を構える。瞬間、重く堅強な鉄腕が詩乃へと殺到している。避けられる軌道ではない!

 

「罠だよ、小娘」

「しまったっ……けど、プリムラッ!!」

「はいはーいっ!! 暴れるよ、詩乃ぉっ!!」


 鉄拳!!! 

 詩乃の側へと割り込んだプリムラは降り注ぐ機械兵たちの鉄腕を細腕で受ける。ズン、と衝撃。プリムラを中心として放射状に円を描き、路面へと細かなヒビが広がる!

 が、しかしプリムラはよろけない。直立姿勢を保ったまま、受け止めた重量の塊へと不敵に笑いかけてみせる。


「効かないよ!!」

「なんだとっ!?」


 ハンスは驚愕に叫び声を上げた。彼はユーライヤ軍でも屈指の傀儡(ゴーレム)の使い手だ。

 そんな彼が盤石の体制で作り上げた戦闘用の芸術品マシンゴーレムたちを、いくら腐食に弱体化しているとはいえ、戦闘特化型というわけでもない自律人形(オートマタ)ごときが力で競り勝つ? それも三対一で!?


「よーしっ、絶好調っ!!」

「プリムラ、遠慮しなくていいよ。全力で戦って!」


 話を元に戻せば、詩乃が危険を承知で前へと出た理由は大きく一つ。長年一緒に連れ立ってきた相棒プリムラへの絶対的な信頼だ。

 六聖と対等に渡り合ってみせる兵馬のようなバケモノではない。性格を簡単に言い表せばお調子者でちょっとマヌケ。そんなプリムラだが、性能の高さはこの国の技術水準と比べてもオーバースペック!

 心臓部(コアハート)からのマナ出力は戦車にも匹敵し、基礎である内部骨格は鋼よりも堅い。

 外側をやわらかく覆っている疑似皮膚はしなやかに弾丸を通さず、そんな体で敵を殴り、蹴り、吹き飛ばして撃ち抜く。


 片腕の機関砲を開放しての大暴れ、相手は人でなく無機物。遠慮がなければプリムラは極めて強い!


「ふっふーん、量産品とは違うの! 一点モノの強さをナメないでよね!」


 久々の全力戦闘、プリムラが活き活きと躍動する!!

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