六十四話 共闘
「協力して」
そう言った詩乃へ、フランツは心底からの嘲りに薄い唇を横に広げる。
首だけになっても脳は健在、思考や性格は変わっていない。以前からの皮肉っ気をたっぷりに、プリムラに掴まれたままでやけに尊大な態度で声を発する。
「なんだい、いきなり銃を向けるだなんて不躾じゃあないか」
「協力しなきゃ撃つ」
詩乃の脅しにフランツは動じない。ハハァと空気を漏らすような嘲笑を浮かべ、体があったなら煽るように両手を泳がせていたのだろう。
プリムラの手でに掴まれたままでぐらぐらと首を揺らし、唇をぐいっと歪めてみせる。
「この通り僕は不死身だぁ。何の脅しにもならないね」
しかし応じ、詩乃もまた整った唇に隙間を開ける。表情が薄めの詩乃なりに、フランツへと煽り返すようににやりと笑みを見せている。
「サノワ村でクロードさんに斬られる前、やめてくれみたいなこと言ってたでしょ。あなたは自分がどこまで再生できるのかわかっていない。脳を撃ち抜いたらどうなるか……試してもいいけど」
正鵠を射ている。フランツは表情を固め、口には出さないが内心に動揺を覚えている。
(こっ……この女……)
一言一句違わずビンゴだ。実際のところ、詩乃の言葉は単なる当てずっぽう。そうだったらいいのにな程度で言ってみただけなのだが、フランツの表情と口ごもった様子に(当たってた)と思わぬ幸運にほくそ笑む。
(まあ今のが間違ってて、何度でも再生できるんなら協力してくれるまで撃ってみても良かったんだけど)
そんな物騒なことを考えている詩乃の空気を察したか、フランツは慌てた様子を隠せずに口を開く。
「撃つな。撃つなよ。別にお前の言葉が正しいわけじゃないが、ほんの気まぐれで協力してやってもいい」
「詩乃すごい! 首を手懐けちゃった!」
「首と呼ぶな!! いいか、僕にはフランツ・ハイネマンという立派な名前がある。ドニ様や家族たちが大切に呼んできてくれた名前だ。それを蔑ろにすることは決して許さない!」
「ええ、わかったけど……それで詩乃、フランツの首に何させるの!?」
「呼ぶ時に“首”はいらないと言っているんだ!!」
人形と生首がやいやいと言い合っている。わりと意味不明な光景に詩乃は微妙な表情を浮かべていて、傍らのミシェルはその困惑がより深い。
「なんなんすかね、これ。特にそっちの生首はどなたで……」
「暗殺者です、シャングリラの」
「うへえ」
そんな交渉と無駄口もそこまで。危惧した通り、三鬼剣ハンス・ニールセンの機械兵たちはベルツの自警部隊を圧倒しつつある。
とにかく装甲が堅固なのだ。「“水天一碧”」の掛け声をトリガーにミシェルが放つ襲撃は、超圧縮した水圧で大岩をも砕いてみせる必殺撃だ。
しかしそんなミシェルが全力で攻めたにも関わらず、機械兵を壊すためには一体につき三ないし四撃を要した。そんな具合なのだから、自警部隊の装備しているアサルトライフルではなかなか装甲を破れない。
一人、二人、やがて十人と倒れて、五十はいたはずの部隊は既に半壊へと追い込まれている。
「詩乃、急がなきゃ!」
「で、何を手伝えって言うんだい。奴らをやっつけて~とでも拝んでみるかい? お前たちのせいでこんな有様の、今の僕に!!」
「ミシェルさん、あの蹴り技以外にも水の操作ってできるんですよね」
「え、まあ……魔術師たちほどにはできないっすけどね」
小さく頷き、詩乃はミシェルとフランツへと声を掛ける。
「水。水の魔術って、毒の操作とも同じ系統なんですよね」
「あ、ええと……確かにそうなんすけど、実は苦手で。ゴチャゴチャした理論を覚えて、それを環境に合わせて応用しなきゃいけないからどうにも」
「大丈夫、耳を貸して」
ミシェルが詩乃の言葉に耳を傾け始めたのと同刻、自警部隊とハンスの戦いはいよいよ佳境を向かえている。
膂力に長けた大柄な兵士が数人、機械兵の装甲が薄い背面へと斧を叩きつける。いくら堅固とは言っても鉄板だ、叩き続ければ装甲は剥がれる。そこへ残る兵士たちが一斉射を叩き込み、大勢で掛かってようやく一体を撃破!
そんなペースに対し、機械兵が自警兵を倒すのは簡単だ。ジャンクヤードからかき集めた装備は個体ごとにバラバラながらいずれも強力、チェーンガンが防弾服を食い破り、ハンマーめいた大腕が背骨ごと兵士を畳み、回転ノコギリが振るわれれば血飛沫が上がる。
続々と薙ぎ払われ、兵士たちも意地を見せているのだが、ついに残りは十人を切っている。
「畜生、強すぎる!」
「他地区からの応援はまだか!」
「まだ時間が掛かるかと……」
「この男を自由にさせれば被害が広がる……諦めるな!」
決死の表情で退かない自警隊。しかし彼らの姿を目にしながら、“芸術家”ハンスはさもつまらなさげに脇見をしている。
どうやら今の戦いは、彼の美意識には刺さらないらしい。
「やれやれ。不条理と死に抗う有象無象、反戦を訴えるヒューマニズム絵画といったところだろうか? それもアートではあるが、趣味でないね」
彼は女好きだ。
性的欲求からの女性愛ではなく、彼の弁をそのまま用いるなら「崇高なる創作意欲」に刺激を与えてくれる存在として女性をこよなく愛している。
ミシェルとの戦い、水精めいた彼女を徐々に朱へと染めていく光景に覚えた湧き上がるようなリビドー。反芻して身を震わせ、機械兵たちへの指示もそこそこに後方に控えるミシェルへと目を向ける。
「まだ生きている。この場から離れずにいる。嗚呼、良いね、実に良い。君は最高のモチーフだ……!」
と、ふと気付く。その隣にいるカバンに帽子の少女、ショットガンの一射を叩き込んでくれた腹立たしい少女の姿は、元帥ヴィクトルから見せられていた写真の少女ではないかい?
さらにその隣にいる田舎びた風貌の人形少女も見せられた記憶がある。
「佐倉詩乃、それにプリムラとかいう自律人形。ふぅん、確保対象ではないか。僥倖僥倖」
細く白い、神経質を絵に描いたような長指を摺り合わせ、ハンスは自らの運勢に満足気に頷いている。
任務を忘れて暴れまわって……芸術行為に耽っていただけなのだが、まさか自分たちから転がり込んでくるとは。
「君は私にとっての幸運の女神なのかもしれないね、水精よ……」
「うわ、こっち見てる」
刹那、ハンスとミシェルの視線が交錯する。
爆炎と銃声、粉塵の舞う中、時が止まったかのような錯覚。運命的な見つめ合いにハンスは呼吸を止める。
芸術だ。この一瞬こそが至高なる芸術……!
「嗚呼、君も私を見てくれていたんだね!!」
「や、徹底的に趣味じゃないんすよね。くたばれ!!」
勝手な感動に打ち震えるハンスの目にはミシェルの姿しか映されていない。芸術だなんだと言葉を並べる彼だが、抱く感動はミシェル・マルロウという女性への一目惚れだったのかもしれない。
仮に、彼が恋に盲目となっていなければ危険の予兆に気付いていたかもしれない。
ミシェルの傍らにはプリムラが立っている。プリムラは両手でフランツの首を捧げ持っている。フランツの首は、ミシェルへと詳細に何かを呟き聞かせている。そして呟きに従い、ミシェルが碧の魔素を雨天高くへと打ち上げた!!
ショットガンを空に鳴らし、注意を引いて詩乃が叫ぶ!
「自警隊の人たちは一度下がって!!」
詩乃の真剣味を帯びた声色に従うべきと見做し、残存の兵士たちは一斉に機械兵たちとの交戦から後退を始める。
ミシェルが放った魔力が反応、空を厚く覆った灰雲が嘶き……降り注ぐ驟雨!!!
「むっ……!?」
ハンスはとっさに機械兵を前屈させ、その下へと自らは滑り込む。
視界を完全に閉ざす、カーテンのように厚みのある雨がハンスと周囲の機械兵たちを包み込む。それは五秒、ほんの短時間だけ降り注いでピタリと止み……下から這い出したハンスは無事だ。体には何の異変も来していない。
滴る水に注意しつつ、小首を傾げたハンスは悠然とミシェルへ問いかける。
「おやおや、不発かな?」
「……っ」
「術式構築はしてやった。今のアンタの魔力じゃこれ限界だねえ」
魔素を放出しつくし、ミシェルは揺らいで膝を折る。その傍ら、フランツの生首はアイロニカルな物言いで目を細める。
「き、効いてないの?」とプリムラが慌て、その声に応えるようにハンスは片腕を上げた。
「意図は汲みかねるが、美しい雨だったよ。しかし、もう限界のようだね。舞えない君を目にするのは忍びない。ピリオドを打とうか……我が手で!!」
機械兵たちが隊列を組み直す。武装を構え、壁のように、圧殺するように進む。鈍重ながらに怒涛。鉄の進軍は前へ、前へ。
その面前に一人、詩乃は立ちはだかっている。構えるのは装弾し直したサブマシンガン。的の機械兵は大きく多い。照準を雑に合わせ、そして引くトリガー!
「三鬼剣だか知らないけど、調子に乗りすぎだと思う」
「どういうことだ……!?」
詩乃の放った9mm弾は、最前列の機械兵へと無数の穴を穿っている。
ミシェルにベルツ兵たち、大勢が死力を尽くしても突破に苦心した装甲へ、いとも容易く大打撃を与えてみせたのだ!
そして受けた大きな損傷に、機械兵はその機能を損ねて重く倒れ伏した。
「一体何をしたッッ!!! 我が芸術たちに!!!」
ハンスの激昂が詩乃を見据えている。




