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五十八話 予期せぬ再会

「なにこれ……」


 詩乃が漏らした声は混迷を極めた状況への戸惑いではなく、目と鼻の先で繰り広げられる二人の戦いへの驚異。

 大跳躍からの打ち下ろしはリュイス、弾くように受けたのは兵馬。そこから幕を開けた高速戦は、常人の目には把握が難しいほどの苛烈を極めている。


 リュイスの戦いはひたすらに“動”だ。

 絶え間なく動き、忙しなくステップを刻み、位置と間合いを刃圏へと常に収めながらの猛攻に戦場を掌握する。


 兵馬の戦いは今に限れば“静”。

 局面によっては自ら仕掛けることもあるが、しかしリュイスに対しては待ちの姿勢。

 猪武者とばかりに突っかかってくる連撃を避け、いなし、流して返しを狙っている。


「ッッッどらァっ!!」


 真横一閃、床を踏み砕いて空を引き裂き、リュイスの剣が振るわれた。

 上体の力と体重を乗せた斬撃は数えること十合目、兵馬が手にしていた湾曲刀(タルワール)を力任せに弾き飛ばしている!


「こいつ……馬鹿力め」

「軟弱なんだよ、兵馬っ!」


 リュイスは魔術を使えない。だがそれを補って余りあるほどに卓越した身のこなし、そして剣技。

 ただ身体能力だけを頼みにしているわけではない。大気に満ちた魔素(マナ)を呼吸に取り込み、肺を介して筋繊維へと駆け巡らせることで尋常ならざる戦力を生み出しているのだ。

 

 個人個人、マナには生まれつきの色がある。リュイスのそれは蒼く燃える風。

 ただし微風ではない、薫風でもない。猛り荒ぶ烈風だ。

 柔ではなく明らかに剛、怒気に息を深めれば巡る血は青嵐めいて、その力量は人域を凌駕する!


 ただ、それは特殊な技術ではない。生き、呼吸し、心臓を脈打たせている人間であれば誰しも無意識に行っている生命活動。

 リュイスはその効率が特段に良いのだ。例えるならば最上のエンジンを搭載しているようなものだ。


 次剣の間合いに兵馬を捉えたまま、フッと鋭く一息を吐いてシャープな蹴りを下段で放つ。


(崩して、峰撃ちでブッ叩いて倒す。そいつで勝ちだ)

(勝ちだとでも? いいや、甘いね!)


 退く。兵馬の動きをそう予測していたリュイスに反し、兵馬はノータイムで前へ出ている。


 徒手空拳? 否、その両手には既に次の武器が。

 左右に同型を一丁ずつ、ハンドガンを構えて懐へと駆け込んだ!


 ローキックを脛受けで捌き、交差させた腕を勢いよく開く。

 二丁拳銃の銃把がリュイスの利き手、剣を握った前腕部を叩いて跳ね除ける。

 すかさず腕を下げ、足元へと向けてトリガートリガートリガー!!! 猛烈な連射を叩き込む!


「その脚を潰してやる!!」

「っ、当たるかってんだ!!!」


 リュイスはバックステップを三度、四度と繰り返すことでそれを避ける。

 後退にその位置どりは壁際へ、その壁を強烈に蹴って転じる。剣戟が再び兵馬へ!

 兵馬もまた片手を刃へと持ち変え、受けの太刀に散る剣火!!


 この攻防がわずか10秒ほどの間に交わされていて、横で見ている人間が何が起きたかを理解する頃にはお互いが次のモーションへと移っている。



「早っ……!」


 詩乃が抱ける感想はそんなものだ。

 六聖であるシャラフと兵馬との戦闘は目にしていたが、淡々とからめ手を仕掛けて、徐々に包囲を狭めてくるようなシャラフの戦い方とはまた別の強さ。

 リュイスの戦いは初動からのフルスロットル、故にひたすら激しい!!


 だが、その振り絞るような激しさは最初の幕間を早期に招く。ギャリリと互いの武器が擦れ合い、二人共に腕が横へと弾かれた。

 瞬間、鏡合わせのように飛び下がって開く間合い。素早く酸素を取り込んで、呼吸を一挙に整える。


(兵馬、この野郎! クルクル武器を変えやがって! やり辛え!)

(駆け回りながらの馬鹿力、まるで獣だ。鬱陶しいな、リュイス!)


 それぞれが全力での撃剣を交わせば、必然的に消耗は早い。

 それを補填するように呼吸を済ませ、ここまではまず互角。兵馬は今、心中に迷いを抱いている。


(オートクレールを使うべきか?)


 リュイスはまだ若く、総合力ではシャラフに及んでいない。

 と言っても、短期決戦とばかりに打ち込んでくる恐ろしさはある。一手反応を誤れば即座に叩きのめされるという確信。

 ならば雷を帯びたオートクレールで、鍔迫り合いで感電させてパフォーマンスを落とすのがベストなのでは?


 しかし、兵馬はその選択を避ける。

 左手で牽制するように発砲しつつ、右手は手にしていた長剣をそのまま握り直す。


 彼のスキル、武器を取り出せる赤布は神崎へと語った通り、あくまで収納する能力でしかない。

 リュイスの剛力を受ければ剣が破損してしまうリスクがある。そしてオートクレールは一点モノ、損なわれれば兵馬にも直せない。

 ここ一番以外でオートクレールの使用を渋るのはそのためなのだ。


 そして再び気勢を発し、二人は踏み込み剣を交える!


 その傍ら、詩乃は既に兵馬から目を離している。

 プリムラと肩を並べ、厄介な状況に唇をぎゅっと結びながらも引き金を引いている。


(大丈夫、兵馬なら負けない。私がやるべきなのは敵を近付けさせないこと!)


「右の廊下から来るよ! 詩乃!」

「うん、お願いプリムラ」

「お任せっ!!」


 誰が敵で誰が味方なのか、あるいは全員敵だとして、誰から撃退していくべきなのか。

 状況の理解はまるで及んでいないが、しかしシンプルな判断基準が一つある。

 

「武器を構えて向かってくる人を撃つだけぇっ!!!」

 

 叫びながらに砲口を開放、プリムラは機関砲の片腕から怒涛の勢いで弾丸を撃ち散らす。

 その弾丸密度は兵器の領域、まず向かってきていたヴィクトル隊を退けて近寄らせない。

 当然、こちらが撃てば向こうも撃ち返す。しかしプリムラは前に立ち、詩乃を守る弾除けを務めながら圧倒的な弾幕で廊下を塞ぐ!


「いててて、女の子を鉄砲で撃つなんてひどい!」


 彼女の体表をコーティングした疑似皮膚は柔軟ながらに堅固だ。十発以上の弾丸を浴びつつも、その体から血が流れることはない。

 弾丸を受けた時のプリムラの体感は、例えるならば人間が輪ゴム鉄砲を強めに受けたぐらいのもの。痛いことは痛いが、耐えて耐えられないものではない!


「流石だね、偉いよプリムラ」

「ふっふっふ、詩乃にメンテしてもらったばっかりだから調子いいんだよね!」

「よし、私も」


 静かに呟き、詩乃は手にした銃で射撃を続けている。

 いつものショットガンではなく、その手にあるのは取り回しやすい短機関銃(サブマシンガン)。神崎と一緒にジャンクヤードから掘り出した一品だ。

 パラララと軒先を強雨が叩くような乾音を響かせて、9mmパラベラムを集弾せずに撒き散らす。

 細かく狙いを付けられるような代物ではないが、牽制のためには弾の拡散はむしろ好都合!


「新しい銃があってよかったね!」

「うん、神崎さんにお礼言わなくちゃ」


 ヴィクトル隊は近寄れない。

 もちろん彼らは精兵だ、詩乃とプリムラだけならいずれ弾幕を突破してきていただろう。

 しかし乱戦が却って功を奏している。ビルギット隊とやり合いつつシャングリラとも交戦し、その中で詩乃たちの反撃に応じきれていない。


 が、その状況を是とする者はもう一人。怜悧な瞳が戦況を俯瞰(ふかん)し、そして詩乃の姿に眼光を尖らせる。

 シャングリラの暗殺者、アントンが声を上げる!


「好機だ。他に構うな、佐倉詩乃を殺せ」

「ドニ様のために!!!」


 彼の指示に応じ、軍人たちと交戦していた暗殺者たちの目が詩乃へと向く。

 シャングリラは宗教を礎とした暗殺組織、彼らの心は狂信に染められていて、死への恐れは一切持たず。

 飛び交う銃弾に貫かれるのを意に介さず、カジュアルな青年が、老紳士が、詩乃とそれほど歳の変わらない女性に、エレベーターガールが、一般人に扮していた暗殺者たちが突然の前傾ダッシュ。詩乃へ猛然と殺到する!!!

 

「ぅええええ!? 12、13……? 多いよ!!」

「げえっ気味悪い……仕方ない、撃つよプリムラ」

「う、うんっ!」


 頷きながら撃ち続けるプリムラ、その横で詩乃は片手にサブマシンガンを持ったまま、もう片手にカーライル社製の回転式拳銃(リボルバー)を握りしめる。

 両手撃ち、もちろんその反動が大きいのは理解している。

 だが重たいカバンを持ち歩き、ショトガンを取り回して暗殺者に応じてきた詩乃は外見の印象よりも力が強い。

 

(護衛されてるからって、プリムラと兵馬だけに戦わせない。私も二人を助ける。そうじゃなきゃ気が済まないから)

 

 精一杯に両手を力ませ、怒涛の勢いで迫るシャングリラへと応戦を。

 弾丸はプリムラの機関砲と併せてより勢いを増し、ホテルの五階フロアはマズルフラッシュの輝きと硝煙の燻りに満たされている。

 

 床、壁、手すりに天井、至るところへと穿たれていく弾痕、暗殺者たちは悲鳴さえ上げずに続々と倒れていくが、その不気味さに気を配る余裕すらない。

 徐々に……徐々に、敵の波が距離を詰めてきている。

 ただ人数が多いという話ではない、老若男女に関わらず、彼らの全ては訓練された暗殺者。倒れた仲間を無感情に踏み越えながら、“(ドニ様)”の名を高らかに叫んで駆けてくる。

 

「ドニ様!」

「ドニ様!!」

「ドニ様!!!」


(……突破されるっ!)

「詩乃っ!」

「うん。プリムラ、砲撃っ」

「でええいっ、プリムラキャノン!!!」


 炸裂!!!

 

 もう片手の砲口を開き、魔素(マナ)の光火を敵へと放った。

 サノワ村では一般人を撃つことに拒否を示したプリムラだが、詩乃を害しようとするシャングリラを撃つことに躊躇(ためら)いはない。

 あとわずかの距離まで迫っていた数人の暗殺者たちを吹き飛ばして打倒している!

 

 だが、本当は大砲の使用を避けたかった。何故なら……

 

(やっぱり、煙で視界が遮られて……!)

 

 屋外ならともかく、室内では煙が充満してしまうというデメリットがある。残る暗殺者たちが視認できなくなっている。

 加えて、プリムラは反動で数秒身動きが取れなくなる。今はその数秒、そして視界の閉鎖が致命を招きかねない。

 

 煙を裂いて飛び出す人影!!

 

「終わりだ、佐倉詩乃」


 暗殺者たちのリーダー、アントンが跳ぶような歩みで詩乃を捉えている。

 相変わらずの凡庸な鉄剣を携え、ぬるりと半月を描けば砲撃の燻りが払われる。

 それだけではない、背後の軍人たちの争いから流れてきた弾丸までを、振り返ることなく斬破して撃ち落とす!


(アントン……!)


 実のところ、兵馬と出会う前にもこの男には何度か襲撃されている。

 その時はプリムラの奮闘と逃げに徹することで辛うじて逃れていたが、今は逃げ場などどこにもない。

 近寄らせれば死は確定的、詩乃は双銃を乱射する。

 

 だが、その弾丸の全てはアントンに斬り防がれている!!


 そうして残りの距離は五歩、プリムラは動けない、兵馬はリュイスとの戦闘から抜けられない。

 絶対絶命の危機に……しかし、詩乃はアントンを真っ直ぐに見据えている。

 

(あなたの姿は見えてたから、準備は先にしておいた。これは私のとっておき……!)

(その瞳……まさかまだ仕込みを?)


 詩乃の足元から少し先、敷かれたカーペットがわずかに浮き上がっている。

 凝視しなければ分からない程度、その膨らみにアントンが気付く、この段階で残り四歩。

 それは詩乃が仕掛けていた指向性爆弾、起爆スイッチは詩乃の足元。かかとを上げて、思い切りそれを踏む!!


「吹っ飛んで!!」

「っ……!!」


 ドム、と爆炎が躍る。

 炎の向きは制動されていて、向かってきていたアントンだけを巻き込み、詩乃を焼くことはない。

 ようやく身動きを取れるようになったプリムラがその光景を目に、歓喜混じりの声を上げた。


「やったぁ!?」

「ううん、わからない。でも今のうちに体勢を……」



 ――斬光。



 鈍色(にびいろ)の光が剣閃を走らせ、詩乃の起こした爆炎を裂いて掻き消した。

 熱気に歪む視界の中に、アントンは五体満足で立っている。そして滑るように一歩、二歩。

 

「そんな、あの爆発で無傷なんて……っ」 

「良い仕込みだった。間近まで引きつける胆力も備わっている。だが……俺は一人ではない」


 彼の相方、エーヴァが上階から見下ろしている。

 魔術師である彼女が、アントンが炎に巻き込まれようかというタイミングで防壁の術式を発動させていたのだ。

 アントン一人だけになら重傷を負わせられる一手だった。

 

 だが……今、暗殺者は詩乃の面前へと辿り着いている。



「詩乃!!!」


 兵馬が叫ぶ。防ぐべく駆け出そうとするが、しかし間に合わない距離だ。


「ダメぇ!! 逃げて詩乃っ!!」


 プリムラよりもアントンがわずかに近い。それだけの至近にアントンは立っている。


(プリムラ、兵馬、育ててくれたみんな……会ったことのないお父さん、お母さん……嫌だ、まだこんなところで死ねない。死ねないよ! でも、どうすれば、どうすれば!)


「随分と手こずったが……これで終わりだ!」


(駄目っ、どうしようも……!)



 アントンの鉄剣は冴え、鋭利な閃光が詩乃の首へ。


 ――が、割り込む旋風。


 それは昇り龍のように、下段から擦り上げての斬撃軌道。無視すればアントンの下腹からうなじまでを斬り飛ばす一断だ。

 舌打ちを一つ、アントンは反射的にバックステップで大きく距離を離している。

 

 絶命の危機に無意識で止めていた息をふうっと吐き出し、手足の硬直を解いて微かに声を漏らす。

 

「助かった……?」

「せっかく助けた患者だ。死なれては働き損になってしまう」

「クロードさん……!」


 間一髪での加勢は医師クロード。そう、ロビーで兵馬に語ったように、彼の部屋は二つ隣の508号室。

 かつて最悪の六聖(ベネデッタ)として悪名を馳せた男は戦場と姿を変えたホテルにも表情は涼やか、戦場こそが生まれ故郷であるかのように刀を垂らして立っている。


「助かった、クロードさん!!!」


 兵馬は冷や汗を(にじ)ませたままで安堵にぎゅっと瞳を閉じ、クロードへと素直な感謝の声を発している。

 目を閉じるという大きな隙、それが許されたのはリュイスが唖然(あぜん)と口を開けているからだ。

 あんぐりと、兵馬へ向けていた餓狼の表情をどこかへと霧消させて間抜け面を晒している。


「あっ、あ、兄貴ィ!?」

「久しぶりだね、リュイス」


 ルシエンテス兄弟、実に二年ぶりの再会である。

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