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五十話 三鬼剣《オルグス》

「任務だ!!」

 

 宮廷内、アルメルの執務室に凛とした声が響き渡る。

 居並んだ騎士たちは少数精鋭、リュイスとルカ、それにアルメルが信頼を寄せる騎士が他に七名。その脇にアイネも肩を並べていて、総勢十名が背筋を伸ばしている。

 

 隊舎に設けられたブリーフィングルームではなく執務室なのは、今回の任務が軍における公のものではないからだ。


「先日の式典での誘拐事件、その犯行グループである三名の所在が割れた。兵馬樹、佐倉詩乃、プリムラの三名だ」

「あいつら……!」

「生きていたんだね」


 リュイスは目を見開き、ルカは小さく頷いている。

 列の端ではアイネも息を飲んでいるのが見える。生死不明だった知人の健在に驚いているようだ。

 だがリュイスは彼らの、少なくとも兵馬樹に関しては、肩を並べて戦った経験から死んではいないはずだという意識があった。

 あの底知れない男が死ぬはずがない。そう感じていたのだ。


(いけすかねえ奴だがな)


 そんなリュイスとルカの、それに端の方で喜んでいるアイネの反応に一瞬だけ目を向け、アルメルは話を続ける。

 

「我々が赴くのは工業都市ベルツ。あの街のゲートの映像に兵馬ら三名が訪れるのが確認されている。それを我々アルメル隊で確保する!」


 言い切ったアルメルの声にはいつも以上の覇気が満ちていて、この任務が重要なものだということを並んだ騎士たちに知らしめる。

 だが、リュイスの二つ隣に並んだ屈強な中年の騎士が怪訝を抱いて口を開く。


「先の誘拐事件の犯人となれば、その確保は万事に優先される任務のはず。任務に当たるのは我々だけと言うのは少なく感じられるのですが」

「うむ」


 アルメルは頷く。

 

「メルツァー、お前の疑問はもっともだ。お前たち十人は私が最も信頼を寄せる隊員たち。その上で、これから語る現状は他言しないよう頼みたい」


 そう前置いた上で、アルメルは流々と状況を語り始める。

 エフライン派とアナスターシャ派の対立、王位簒奪(さんだつ)を目論む枢機卿。ドミニク議員の提言、権力闘争の趨勢(すうせい)がベルツでの攻防、兵馬樹らの捕縛に左右されるだろうという事実。

 そしてアルメルは表情をわずかに陰らせ、並んだ騎士一人一人の目を見ながら言葉を続ける。

 

「正直に言って、エフライン様の旗色は悪い。今回も隊を目立つ形で動かすことはできない。故に、私とお前たちだけで赴く」


「他隊が出るのですか?」

「枢機卿の軍が?」


 続けて寄せられた問いに、アルメルは表情を硬く口を開く。

 

「アナスターシャの軍は動かない。代わりに出てくるのは……」


 聞かされた名に、集った騎士たちは息を飲まずにはいられなかった。



 “国軍元帥、ヴィクトル・セロフ”



 国軍における最高権力者。卓越した戦技に光輝の魔術を併用し、長いキャリアに基づいた経験値までの総合力で見ればアルメルをも上回る戦闘力の持ち主。

 無論、六聖と六将軍の十二将の上、全軍を束ねる立場である以上は軍への指揮権もアルメルより上位。

 それがベルツへ出向くということは、つまり元帥ヴィクトルは枢機卿アナスターシャ派だということ。


「隊長、ではまさか、我々は元帥直下の部隊と……!」

「うむ。場合によっては敵対することになるだろうな」

「ッッ……」


 眉をしかめたのはメルツァーと呼ばれた騎士。首元に残るヤケドの跡は先のペイシェン戦線で受けたもの。

 アルメルがこの場へと呼んだ精兵たちは、リュイスら三人を除けば全員が26歳のアルメルよりも年上。中堅からベテランの経験豊富な実力者だけを選び抜いている。

 高潔なアルメルへ、そしてエフラインへと忠義を誓った騎士たちばかり。命令とあれば危険に踏み込む精神を持っている。

 だがその面々をして、元帥とその軍勢との対立には背の凍る思いを抱かずにはいられなかったのだ。

 

 そんな中、リュイスは並ぶ騎士たちの中でただ一人、湧き上がる笑みを抑えきれずにいる。


(マジかよ。周りは古株の騎士だらけ、そこに入れられる俺たちってそんなに信頼されてんのか!)

(僕たち三人は面識があるからの選出だろうね。周りの面子とは実績が段違いだ)


 リュイスは燃えている! 

 対して、ルカはあくまで冷静に。実力外の要素へと目を向けている。

 実際のところ、アルメルの胸中は二人の思う中間が正解だ。

 佐倉詩乃の一行と面識のあるリュイスたちがいれば、確かに彼女たちを捕らえる役に立つ可能性は高い。だが同時に、リュイス、ルカ、アイネの三人に大きな期待を寄せているのも事実。

 ポケッとした表情を浮かべているアイネを含めて、年若い三人だからこそ、経験からの恐れを知らない。

 それは蛮勇になる可能性もあるが、上手く手綱を握ってやれば大きな成長を促せるだろう。


 三人の表情を流し見て、そこでアルメルは表情を明るいものへと変える。

 あくまで軍人らしい毅然を保ったまま、しかし部下たちを鼓舞(こぶ)するべく微かな笑みを浮かべる。

 

「だが案ずるな。我々だけではなく、頼もしい友軍がいる」

「友軍、ですか」

「入ってきてくれ」

 

 呼ぶ声に応じ、執務室の扉が開かれる。そこに立っていたのは一人の女性だ。

 服装はゴシック調のドレス……いや、単なるドレスではなく、随所に身を守る金属製のプレートなどがあしらわれている。謂わばドレスメイルの分類か。

 短く揃えた前髪、前下がりのショートヘア、頭に乗せたコサージュ付きのベレー帽が印象的。

 総じて瀟洒(しょうしゃ)な印象を与える格好をしていて、それだけを見れば軍の隊舎にいることに違和感を抱かせる。


 ――が、否。


 服装の与える柔和な印象を相殺するほどに、彼女の佇まいは軍人そのもの。

 立ち姿は背筋に鉄筋が入っているようで、アルメルに比べて丸めの瞳が放つ光はその形状に反して鋭利。

 それよりも何よりも、ドレスメイルの裾から覗く鉄銀は頑強な具足だ。

 

 彼女こそは六聖(ベネデッタ)が一人、アルメルの盟友。

 リュイスは思わず声を上げる!


「“雷神”ビルギット!! うがっ!!?」


 目にも留まらぬ速度、ビルギットは縮地めいて前へと滑り、腰より高く片足を上げている。

 重厚な具足、その踵がリュイスの頬を打ち据え、背後へと痛烈に転倒させていた。

 一撃を受けたリュイス、その隣に立つルカ、さらに並んだ実力派の騎士たちの全員がその挙動を認識できなかった。まさに神速!

 唯一、アルメルだけが彼女の蹴りを見切っている。やれやれとばかりに肩を竦め、驚きの表情で床に転がっているリュイスへと叱責の目を向けた。


「上官を呼び捨てとは何事だ、リュイス」

「へ、あ……すんません!! や、申し訳ありません!! ビルギット少将!!」


 未だ呆然としたまま、ブリキ仕掛けのおもちゃめいてリュイスが跳ね起きる。

 反射的に背筋を伸ばし、最敬礼から声を張り上げる。ビルギットはそれを淡々とした目で見つめ、良しと軽やかに頷いてみせた。


 ああ、この女性は軍人だ。

 言って聞かせるより先に殴打制裁、彼らの隊長であるアルメルと比べても一層筋金入りの軍人だ。

 アルメルよりも一つ年上の27歳、しかし貴族生まれのお嬢様らしさを残しているアルメルよりも、研ぎ澄まされた刃の雰囲気をはっきりと纏っている。

 

「ビルギットに感謝しておけ。本気ならば今の一撃で、お前の首は吹き飛んでいた」

「っっ……!」

 

 リュイスの顔は青ざめている。一撃を直に受けて、ビルギットと自分の間に広がる大きな実力差と、それに臨死の恐怖を思い知らされたのだろう。

 叱責されたわけではないルカやアイネまでもが竦み上がり、そこでようやく六聖、ビルギット・シエステンは会釈をしてみせた。


「ごきげんよう」


 ごきげんよう……と余韻(よいん)を残すエレガントな言い方ではなく、ごきげんよう。と語尾を断じている。

 着飾った容姿に見合わぬ果断な性格が、言葉一つにまで現れているのだ。


 さて、場にビルギットが加わったところでアルメルは任務の話を再開する。

 

「ベルツではビルギット隊も作戦に参加する。我々とビルギット隊、どちらかが兵馬樹らを確保することが必須条件だ」

「私と副官のミシェル、他に十名を動員できる。迅速な作戦遂行が求められるわ。力を尽くしなさい」


 アルメルとビルギットは盟友だ。その二人が呼吸を併せ、交互に作戦を語っていくリズムはスピーディーかつ耳に快い。

 元帥との敵対という状況に色を失っていた騎士たちも、アルメルと同じく六聖であるビルギットが友軍であるという事実に気を持ち直していた。


 好条件はまだある。巨大な工業地帯であるベルツは特殊な都市だ。

 ユーライヤ領の中にありながら複数企業の連合による自治が認められていて、その防衛も企業連合によって結成された私兵部隊によって行われている。


 故に、ベルツ内に駐留軍は存在しない。プラス、外部から大規模な軍勢を都市に入れることも不可能だ。

 六聖アルメルと元帥ヴィクトルでは動かせる兵の総数に大きな差があるが、舞台をベルツに限れば元帥側もおおっぴらに大軍を率いることはできないと考えられる。

 元帥の率いる精兵を相手取り、それもこちらが寡兵(かへい)となれば状況は厳しかった。だが、この条件なら。

 

(だったら、行けるんじゃないかな……アルメル隊長も、ビルギット少将もびっくりするぐらい強いし!)


 アイネのそんな内心は、彼女のみならず居合わせた騎士たち全員の総意だっただろう。

 リュイスとアイネに比べて慎重派のルカでさえ、背を正しながらの心中に少しばかりの楽観を抱いている。

 

(別に、元帥の部隊を殲滅しろって話じゃない。かち合わないように行動、戦闘は最小限に。そうすれば十分出し抜くことはできるんじゃないか?)と。


 だが彼らの楽観は、ビルギットが放った次の一言に脆くも崩れ去ってしまう。

 

「最後に一つ。元帥はこの争奪戦、“三鬼剣(オルグス)”を投入してくるわ」

「なっ……三鬼剣(オルグス)だと!!?」


 その名を聞いた途端に騎士たちは全員、取り戻していた顔色を再び失うこととなる。

 もちろん、驚きのあまりにビルギットへとタメ口を利いたリュイスがまた蹴り飛ばされたことは言うまでもない。




----------




 ヴィクトル・セロフは私邸を歩く。

 (なび)く金髪はたてがみめいて、その眼光はまさに常在戦場。

 彼から見れば、アルメル、ビルギット、シャラフら年若き将たちの行動は児戯と映る。

 二回り近く歳が下回れば、その力は戦場でも策謀でも数歩先を行く。


 元帥の歩みは階段を下り、隠し戸を抜け、光の差さない地下へ。

 石造りの陰鬱な廊下、ぽつぽつと揺れる灯火がかえって不気味さを醸し出している。

 突き当たりには座敷牢を思わせる薄暗い部屋が一つ。重々しい扉を押し開くと、そこには三人の男の姿が。

 ヴィクトルは彼らへと声を掛ける。



「仕事だ」



 三鬼剣。

 民間人虐殺、市街の破壊、上官殺し。問題行動を咎められ、その思想と精神を危惧されて前教皇から処分されかけていた三人の兵。

 ヴィクトルはそれを拾い上げ、私邸に飼っている。

 粛清に特化した部隊として軍内部で恐れられる彼らには、特殊な権限が与えられている。

 

 ヴィクトルから指示を受ければ、法は彼らの殺人を縛らない。

 民間人も役人でも、邪魔立てする者は撫で切りが許可される。

 そして与えられる任はアルメル隊、ビルギット隊の殲滅。

 六聖との対決にも動揺は皆無。いや、前教皇に処されかけた過去を持つ彼らにとって、エフライン派の両将とその部下は格好の憂さ晴らしの相手だ。


 三鬼剣の一人、藍色の服を着た剣士は感情を波立たせることなく細い目に暗光を映す。

 

「御意に」

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