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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
聖都セントメリア編
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三十九話 再動する闇

 宮殿から歩いて五分ほどの距離に、騎士たちを始め、宮殿で働く多くの人々の(いこ)いの場となっているオープンカフェがある。

 決して気取った雰囲気の店ではなく、どちらかといえば大衆的。ホットドッグにコーヒーに、シンプルな軽食をリーズナブルに提供するのが趣旨の繁盛店だ。


 そのテラス席の片隅に騎士服姿の人影が三つ、ゆったりとくつろいだ様子で腰掛けている。なにやら会話が盛り上がっている様子だ。


「そこで隊長の黒刀がバキン! と折られちゃったのよ!」


 身振り手振りを付けて、大いに語っているのはシャラフ隊副官のゼラ。

 その話に聞き入っているのはお馴染みの二人、リュイスとルカだ。


「で、うちの隊長が吹っ飛ばされたわけよ。『うぐぅ、やられたァ!』ってなカンジで」


「マジっすか!? シャラフさんクソ強いっすけど……」

「リュイスはボコボコにされたからね」

「うっせえ」


「だからね、あの兵馬ってのが妙に強いわけ。隊長に一発かましたとこで調子に乗ってヘラヘラ笑ってたのよ。そこにアタシがバァーン! と現れて言ってやったわけ。『おうコラ! うちの隊長に手を出すんじゃねえ!』ってね!」


「ヒュー! 流石っすね!」

「危機一髪ですね」


「フフン。そして蛇腹剣で、ズバーン! とぶちかましてやったわけよ! そしたら船に穴がドーン! そこでもう一回アタシの剣が唸った!」


「おおー」


「あとはもう流れよ。あの兵馬ってのが『ギャー!』って叫んで吹っ飛んで、そのまま遥か地上めがけて真っ逆さまってワケ。ありゃ死んだね。完・全・勝・利。アタシってば自分の強さが怖いわ~」


「マジっすか、パーフェクトっすね!」


 リュイスとルカの合いの手を受けながら機嫌よく語り終え、ゼラは手元のピンクレモネードをぐいっと飲み干した。


(おいルカ、ゼラさんかなり盛って話してそうじゃねえか?)

(ま、話半分に聞いておけばいいんじゃないかな)


 リュイスとルカは顔を見合わせ、視線でそれとなく意思を疎通する。


 ゼラは気風(きっぷ)がよく、会話を盛り上げるサービス精神に溢れる女性なのだが、それ故か話しているうちにその内容が三割、四割と盛られていくことがある。

 元々あまり発言に細かな責任を感じるタイプでもないのだろう。

 基本的には気持ちのいい性格のため、ほんのちょっとした癖、愛嬌の範疇として騎士仲間たちからは捉えられている。


 と、話を盛っているのではと疑ってみても、リュイスとルカからすれば他の隊ではあるが上官。

 まさか「話を盛ってますか?」と聞くわけにもいかず、とりあえずで愛想の良い相槌を返している。


 そもそもゼラへと飛空艇への潜入の話を訪ねたのはリュイスたちからだ。


(あの三人、一応知り合いだしな……)とリュイス。

 とにかく、聞かせてもらっている立場なのだから文句は言えない。


「それじゃあ、彼ら三人とも死んじゃったのか。わりと面白い人たちだと思ったんだけど」


 ぽつりと呟いたのはルカだ。


 横顔には惜しむ色がはっきり浮かんでいて、あの三人組へとそれなりに良い印象を抱いていたことが見て取れる。

 その様子に、ゼラはううんと唸って首を後背に反らす。


「確かに女の子二人は気の毒な気もしたけど。ま、犯罪者だかんね。しゃーなしよ」

「です、ね」


 そう、彼らは飛空艇に乗り込んでいったことから、歌姫リーリヤの誘拐に加担した共犯者と軍部では見なされている。

 ルカの返事はどこか歯切れが悪い。兵馬たち三人が誘拐に加担する悪人だったという話がどうにも飲み込めずにいる様子だ。


 リュイスらがゼラにわざわざ飛空艇での出来事を尋ねたのは、その中で起きた事態の諸々が騎士にさえ秘匿されているため。

 政治に疎いリュイスだが、件の騒動に関して様々な思惑が動いていることは理解している。

 なので、真っ直ぐな性格でかつ親交のあるゼラに話を聞いていたわけだ。



(兵馬、詩乃、プリムラなあ……)


 今一つ飲み込めずにいるのはリュイスも同様。

 まあ胡散臭い連中ではあったが、そんな極悪人という風にはまるで見えなかった。 悪人だとしてもせいぜい無銭飲食ぐらいの印象。

 決して信用してはいないが、世に仇なすような存在だとも考えていない。


 三人の中で、リュイスの印象にとりわけ強く残っているのは兵馬。

 燃え上がる街の中で肩を並べてシャングリラの巨人“ピスカ”と戦った記憶。

 その時に認識したのだ。兵馬樹は今の俺より上の強さを隠してると。落ちた程度で死ぬか?


(どうにも、マジでくたばったとは思えねえな)




----------




「佐倉詩乃は生きている」


 涼やかな声音でそう告げたのは組織“シャングリラ”の暗殺者アントン。

 

「予想ではなく、確定情報だ」


 とある洋館の一室、広々とした居間には数人が集っている。

 彼等は皆、シャングリラの暗殺者だ。


 部屋は春の花冷えを退ける暖かな暖炉の光に照らされていて、闇に刃を研ぐ暗殺者たちの会合には似つかわしくない。

 そればかりかテーブルの上にはお菓子や果物、ジュースが置かれていて、傍目の印象には平和な団欒(だんらん)と見紛う様子。


 しかしアントンの瞳はあくまで怜悧を宿している。


 机の上にはユーライヤ全体の地図。その中の一点に赤の印を付け、暗殺者たちの顔を見回す。


「聖都から北西、この付近で佐倉詩乃らは落下した。そして……村で目撃されている」


 アントンが指し示したのは森林に囲まれた立地の村。

 国土を縦横無尽に横断している線路とも接していない、辺境の小村だ。


 パチ、パチンと爆ぜる薪。

 アントンと常にコンビを組む女性、エーヴァが火かき棒を手に口を開く。


「生きている以上、私たちは佐倉詩乃を追う。けれど……あの邪魔な人形ちゃん、プリムラも健在らしいわ」

「そして得体の知れない男、兵馬樹も変わらず帯同している」


 アントンとエーヴァは数日前、兵馬とレストランでの食事を共にしている。

 そこでの会話で何か情報を得られたわけではないが、より一層兵馬への警戒を深めていた。


 口を閉ざし、目を伏せて(おもんばか)る。


 暗殺者たちはアントンの次の声を静かに待っていて、どうやら彼が組織の中でもそれなりの地位にいるらしいことが窺い知れる。

 やがてアントンは暗殺者たちの中から、一人の青年へと目を向ける。


「フランツ。村へと向かってくれ」


 指名を受けたのは顔色の悪い青年。

 麻薬の原料となる魔花イビルアイの栽培を取り仕切り、謎の巨人ピスカと共に兵馬やリュイスらへと猛攻を掛けた、フランツ・ハイネマンだ。


「僕ですか。構わないけど、今回はピスカはいないんでしょ?正直あまり自信がないね」


 そんなフランツへ、アントンは心得ていると頷きを。


「直接の戦闘に期待しているわけじゃない。件の村には“奇病”が蔓延(まんえん)している。それを利用してくれ」

「なるほどね。そういう仕事なら……はは、確かに僕向きだ」


 掠れた笑い声を上げ、乾いた咳を一つ。体調が優れないのは相変わらずで、口へあてがった掌には喀血(かっけつ)が見て取れる。


「フランツ、大丈夫かしら?」


 問いかけるエーヴァの声は優しげだ。

 アントン、他の暗殺者たちがフランツに向ける目も一様に心配げで、親愛の情が見える。

 殺伐とした暗殺組織なのだが、少なくともこの居間に集っている面々はお互いを尊重する心を持っているらしい。

 言うなれば、『アットホームな暗殺組織です』といったところだろうか。


 ともかく、そんな視線にフランツは片手を上げ、「平気だよ」と一言。


 アントンは少し考え、再び口を開く。


「……場合によっては直接の交戦もあり得る。戦闘に適した人材を一人付けよう」

「ああ、助かるなぁ。カノかな? それともフロスティ?」

「いや、メリルだ」

「げっ……」


 メリルという名を聞いた途端、フランツがぐいっと顔をしかめた。

 居並んだ暗殺者たちの中、一人の少女へと一同の耳目が集まる。


「~~♪ ~♪ ~!!!」


 そんな視線に気付く様子もなく、彼女は目を閉じたまま鼻歌を。

 耳にはイヤホン。大音量で激しい音楽を聴いていて、周りにジャカジャカと音漏れがけたたましい。

 機嫌よく頭を前後に振っていて、三つ編みに結った顔の両脇、生え下がりの髪がゆらゆらと揺れている。


 会合の場でこの態度はどうなのか。 そう、ここにフランツが顔をしかめた理由がある。

 人の話を聞かない。協調性ゼロ。作戦を覚える気がなし。身も蓋もない言い方をすればバカ。そんな彼女がメリル。

 

 トントンと隣から肩を揺すられ、ようやくメリルが目を開く。会合の場でこの態度はどうなのか。

 そう、ここにフランツが顔をしかめた理由がある。


 白目がちな瞳は好戦的な色を秘めていて、集まった視線に自身の出番を知って歓喜を浮かべる。


 ニヤリと歯を見せて悪辣に、樫のテーブルの縁を五指が鷲掴みに――メシリと、硬質な木材をむしり取ってみせる。


「で!! アタシは誰を殺せばいいわけ!?」


 やたらに声がでかい!

 爆音で曲を聴いているせいで、音量調整のタガが外れている!


 そんな彼女はまたの名を“扼殺魔ストラングラー”メリル。

 シャングリラの中でもトップクラスの戦闘力を誇る暗殺者は、一癖も二癖もある悪辣な笑みを浮かべる。


(こいつと組むのは嫌なんだ。話を聞いてくれないから……)


 ため息ひとつ。

 フランツは前途の多難に瞳を暗くし、そして自分のやるべきことを改めて整理する。


 奇病とやらを利用し、佐倉詩乃一行を仕留める。メリルは最悪、好きに暴れさせておけばいい。それでいい。


 やがて柱時計が鳴り、会合の終わりを告げた。


 アントンが、エーヴァが、フランツにメリル、その他の面々が一斉に立ち上がった。

 そして一同はおもむろにグラスを捧げ持ち、陶酔に目を輝かせ、声を合わせた。



『全てはドニ様のために』

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