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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
聖都セントメリア編
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三十七話 裏を知る者たち

 リーリヤ誘拐、そこから続いた高空での戦いから数日後。


 ユーライヤ中に出回った新聞の各紙には、見るも無残に損壊したリオの飛空艇、オフィーリア号の残骸が掲載されていた。

 突入任務から帰還した六聖(ベネデッタ)シャラフの報告によれば、乗組員は抵抗の姿勢を見せたため全員殺害。

 また歌姫リーリヤの姿は船内のどこにも確認できず、生死不明。


 国を騒がせた誘拐事件の結末は大きなショックと後味の悪さを国民に残し、また人々はリーリヤの安否を案じながらも、生存は厳しいのではないか。そんな考えを胸に抱いていた。

 テレビの画面には、そんな事件の顛末がセンセーショナルに報じられている。


 リーリヤの誘拐を依頼した張本人であるテオドールはつまらなさげに画面を眺め、やがて電源を切った。

 そして豪華なテーブルを挟んで対面の席。向き合う黒髪、六聖シャラフへとケーキを勧める。


「エルヴェ・ミレーのケーキさ。高名なパティシエのね。どうぞ遠慮なく」

「甘い物は食わん」

「なんだい、勿体ないね」


 軽く呟き、テオドールは自分の分のケーキへとフォークを立てた。六聖シャラフは事件の裏を知り、首謀者であるテオドールを捕らえに来たのだろうか?


 否、二人の間にその手の緊張はない。

 仲良しという空気でもないが、二人の間には既知の空気が漂っている。シャラフは仏頂面のままに湯気を立てている紅茶を(すす)り、そこでテオドールが口を開いた。


「結局、彼は使えそうだったかい?」

「ああ。リオ・ブラックモア。奴はお前の計画の一端を担わせるに足る人材だ」


 テオドールは小さく口元を笑ませ、ゆっくりと頷いた。


「斬らずに済んだか。それは朗報だね」


 事のあらましはこうだ。

 

 リオへとリーリヤの誘拐を依頼したのはテオドール。

 同時に、テオドールはシャラフと同盟関係を結んでいる。だが、その繋がりをリオには知らせていない。

 式典当日の警備をシャラフが担うのは事前にわかっていたことで、必然追うのはシャラフの役目になる。

 そうして飛空艇へとシャラフが乗り込んだところでリオを脅し、依頼主がテオドールだと簡単に吐いてしまう人材ならその場で始末させるつもりだった……という裏事情。

 だが幸いにして、その必要はなかったようだ。


 リオは依頼主と追っ手の繋がりにも目敏く気付いたようで、生命の危機に晒されながらそれを見抜いた機知と度胸はシャラフを納得させるに足りるものだった。

 結局、報道されている損壊したオフィーリア号はダミー。発見された乗務員の死体も全くの別人のもの。

 兵馬たちが飛び降りた後で諸々の事情を共有し、当面リオたちは姿をくらまし、同時に彼らがリーリヤを(かく)まうことで話が決まったのだ。


 大掛かりにして大雑把な計画だが、それも全ては大貴族ブロムダール家の権力あってのこと。

 裏からマスコミや軍の各部に根回しをすることで、細かな追求もなくリオたちが姿を消してしまうことに成功していた。


 舞台裏での大立ち回りの労はおくびにも出さず、テオドールは木苺のタルトにあしらわれた飴細工をつまみ上げて食む。


「それでシャラフ君。兵馬樹だけど。本当にリーリヤの事情を知っている風だったのか」

「ああ、間違いない」

「そうか、ふぅん。確か、この前アルメルの部屋を訪ねてきていたな」


 テオドールは思索する。

 彼もまた、リーリヤが聖都にいてはまずい事を知っているのだ。

 そして歌姫を利用しようとする勢力の存在を認知している。人類に仇なす存在がいる事を知っている。

 それを阻止するためにリーリヤを拐わせたのだ。


 ただテオドールの場合、手元に置いておくことでの政治的な利用価値も含めての行動なのだが。

 

「リーリヤと、そして兵馬樹。いずれも枢機卿……アナスターシャ派に渡すわけにはいかないな」

「血は採取した。解析で奴の正体がわかるかもしれん」


 黒刀で兵馬に傷を負わせた際、シャラフは抜け目なく数滴の血液を手に入れていた。

 人なのか怪物なのか。まずはそれを知ることから“兵馬樹”という相手への接し方を考えていく必要がありそうだった。


「それにしても、まさか君が負けるとはね」

「負けてはいない」


 憮然(ぶぜん)と言い返す。不機嫌をたっぷりと纏い、シャラフは窓の外へと目を向けている。

 淡白な気質と見せて、実のところ存外に負けず嫌いな男なのだ。利害関係の一致から協力関係を結び、味方にしてみてこそ見える部分がある。

 戦場にあれば毒を用いる空恐ろしい男だが、三十路手前(アラサー)のテオドールから見れば数歳年下。日常の表情には青さが垣間見える。

 それが少しおかしくて、テオドールは無言に肩を竦めた。


「なに、再戦の機会はあるさ。まずは血液の解析結果を待とう。そして場合によっては……」

「……ああ。手段を選ばず、抹殺する」

「そして、好ましい結果なら利用させてもらう。人類のために、僕のためにね」


 テオドールの瞳は暗い輝きを宿している。

 世界の危急に策を巡らせる青年、成り上がるためには手段を選ばぬ謀略家。

 二面いずれもが彼の真実であり、善悪の二元論で容易に語るべき人物ではない。


 ……ピピピ、と電子音が鳴っている。

 何の音だ? シャラフは怪訝げに眉をしかめる。その出所はテオドールの腕時計のタイマーだ。


 と、彼は慌ただしく立ち上がると指を鳴らす。途端に大勢の使用人たちが部屋へと入ってきて席の片付けを始めた。

 そしてテオドール当人は執事が運んできたケーキの箱を片手に、やたらにうきうきとした表情でシャラフを置き去りにどこかへと向かおうとする。


 確かに話は大方終わっていたが、一体なんだというのだ。


「おい」


 短く声を掛けたシャラフへ、テオドールはなんと「ああ、まだいたのかい?」とでも言わんばかりの表情を向けてきた。

 そしてすっかり緩んだ顔で口を開く。


「アルメルが執務室に戻る時間なんだ。ケーキを差し入れに行かなければ! また会おう」


 それだけを言い残し、足早に部屋を後にして行った。

 極度のシスコン、それもまたテオドールの一面だ。


 シャラフからすればアルメルは同じ六聖。

 戦場の先陣で勇ましく剣を振るう姿ばかりが印象にあり、とてもテオドールに溺愛される妹像とは結びつかない。


 鉄面皮なりに眉を(ひそ)め、小さく息を吐く。


(妹、か)


 脳裏によぎるのは彼が捨てた過去。

 忌々しく、苦痛と屈辱に満ちた、ただひたすらに惨めな唾棄すべき敗北の記憶。

 サルネシア王国、あの死国で刻み込まれた拭えぬ恐怖。逃走の記憶。


 こみ上げる自分への嫌悪を飲み込むように、面前に残されたモンブランを一口、二口と乱暴に齧って喉へと落とし込む。


(……くだらん)


 内心に吐き捨て、シャラフはテオドールの邸宅を後にした。


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