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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
聖都セントメリア編
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三十六話 決着

「!!」


 甲高い音が響き、黒刀が折れ飛んだ。

 毒の飛沫が空を舞い、鋭い刃が床へと刺さり立つ。

 呆然と、立ち尽くしているシャラフは無傷。


 リオ、エドガー、リーリヤ。詩乃にプリムラ。

 その後ろにゼラ。そしてシャラフ。


 全員が驚嘆に息を飲む。 兵馬が生成したオートクレールから電磁誘導で放たれた弾丸はシャラフの手元を掠め、刀を折り、そして。


「……おいおい、なんて威力だよ」


 驚きと呆れ、リオから漏れた呟きには半々の感情が宿っている。


 シャラフの後背。

 通過した弾は機関部の部品を削り、そして船体の壁へと穴を穿っていた。人一人よりも巨大な大穴を!


「どうだい……僕の、オートクレールの威力は!!」


 場の全員へと向けた誇らしげな宣言。

 鼻高々なその様子に、詩乃は先程までの心配もどこへやら。声を低めてぼそりと呟いた。


「うわ、調子乗ってる」

「……もうちょっとこう、他の反応はなかったかな」


 驚き、または称賛のリアクションが欲しかったところへ冷ややかな反応。

 なんとも締まらず、兵馬はバツの悪い表情で頬を掻く。

 束の間、空気が弛緩(しかん)する中、最も驚いているのはその一撃を身に掠めたシャラフだ。


(片手で扱える武器でこの威力? 可変機構からの異様な威力の攻撃? 馬鹿な、ありえん。あんな代物は、あんな技術はどこにも……実現するはずがない。まるで、そう。別の文明の)

「いやいや……未来人かよ、テメエは」


 リオが漏らした言葉に、シャラフは改めて眼前の敵、兵馬樹を明確な脅威と認識する。

 そして詩乃らを追ってきて、その後背へと迫るゼラへと大声を飛ばす!


「ゼラ!」

「了解ッ!!」


 隊長と副官、意思疎通は阿吽(あうん)

 すかさず指示の意図を汲み、蛇腹剣が再び振るわれる。大きくうねり、渦を巻き、刃が兵馬へ躍りかかろうかというその瞬間。飛空艇が揺れた!


「うわあっ!?」


 振動にバランスを崩し、膝をつきながらエドガーが焦り声を上げる。リオに詩乃、プリムラらも同様だ。


「なんなのよ……これえっ!」


 腹立ち半分、残りは恐怖。怒りながら涙目で叫ぶリーリヤ。その間にも船は揺らぎ、状態は急速に悪化していく。

 30度、45度、ついには60度。左翼が沈むように傾きの角度が増していき、何かを掴まなければ立っていられないほどに。


 飛空艇を飛ばす上でその状況のまずさを誰よりも理解しているのはリオとエドガー、飛空士の二人だ。


「まずいぞリオ! 船体が傾いて……」

「今の一発だ、機関部がひしゃげて出力バランスが狂ってやがる!」

「ちょっと!? 墜落は嫌よ!? この大スターなリーリヤ様がこんなポンコツ船で事故死だなんて冗談じゃないわよ!」

「うるせえ、黙って……うおっ!!」


 衝撃が再び。

 今度はなにが原因だ? 素早く視線を巡らせたリオの目に飛び込んできたのは、いよいよ本格的にまずいのではと思わず息を飲んでしまう光景。


「こいつはヤバいぜ……」


 機関部から船底まで、地上が見える大穴が穿たれている!

 ゼラが兵馬を仕留めるべく振るった蛇腹剣は揺れに方向を違え、下へ叩きつけられて威力を遺憾なく発揮。

 鋼鉄に装甲までを貫いて破壊してしまったのだ!


「チッ、手元が狂……っと! また揺れ、あーもう!」


 蛇腹剣は取り回しの難しい武器だ。繊細な操作が必要で、揺れる足場とは相性が最悪。


 いつもとはまるで勝手の異なる環境にゼラは歯噛みしつつ、柱を掴んで兵馬を睨む。まともに立っているのは二人、兵馬とシャラフだけ。

 傾斜のきつい中に平然とバランスを保ったまま、駆けては互いの武器をぶつけ合う!

 足元、側面、開いた大穴からは青空が見えていて、高空の風が激しく流れ込んでくる。目が眩み、足の竦むような状況だ。しかし両者とも、まるで臆さず戦いを繰り広げる!


「兵馬樹、やはり貴様の存在は看過できん」

「別に、国に立てつくつもりはないさ。放っておいてくれないか……な!」


 既に急坂と化した床を滑り降りながら、あるいは下方からボルダリングめいて駆け上がりつつ、上下を幾度となく入れ替えながらぶつけ合う刃。


 シャラフは折れた黒刀を捨て、小型の剣へ持ち替えている。


 剣技には相変わらずの冴えを見せているが、しかし兵馬と比べて武器の差が顕著(けんちょ)

 斬撃、斬撃、斬撃斬撃! 雷を帯びた銃口で牽制、そして電斬!!

 予備の脆い刃で受け切れるはずもなく、数合の斬り合いで再び刃が折れる!


「はあっ!」

「ぐっ、は……!」


 兵馬が蹴りを放つ!

 靴底が苛烈(かれつ)にシャラフの腹部を叩き、そこからは独自の体術。一歩身を寄せ、肘をあてがい、体重を乗せて弾く肘鉄!!

 それはさながら発勁(はっけい)めいて、シャラフの内外、深々へとダメージが浸透する。傾いた足場を滑るように、壁際へと吹き飛ばされる!


「隊長っ!? この、何だお前……!」


 ゼラの瞳が驚きに見開かれる。副官として下に付いて以来、六聖シャラフは常に敵を圧倒してきた。

 それがこんな若者を相手に初めて、敗北へと追い込まれている。そう、兵馬はシャラフを打倒したのだ!


「いよっしゃあ!!!!」

(やった……ッ!)


 リオは快哉(かいさい)を上げ、詩乃は低い位置で小さく拳を握っている。

 プリムラもまた喝采を、エドガーは驚きに目を見開いていて、「嘘でしょ」と呟いたのはリーリヤだ。


 六聖に勝った? 国の最高戦力の一角に、こんな冴えない風貌の青年が? 目の前の光景がとても信じられず、あんぐりと口を開いたままで呆けている。


(二人がかりだけどね)と、兵馬は内心で呟いている。リオが銃撃で横槍を入れた一瞬、あの猶予が勝敗を大きく左右した。

 毒の痺れは一層広がり、左肩、ひいては首周りまでの動きを制限しつつある。

 

(このまま戦っていればわからなかったな。けど、結果は結果……)


「僕の勝ちだ」

「……ッ」


 兵馬に命を奪うつもりはないらしく、あくまで体術を当てただけ。

 だが射撃機構のあるオートクレール、その照準をシャラフへと合わせていて、これ以上邪魔をするなら撃つという意思をはっきり示している。


 横槍を入れようにも隙がない。身動きが取れず、ついに場の全員が動きを止めた状況になった。

 兵馬は油断なく武器を構えたままにゆっくりと全員の顔を見回し、リーリヤへと視線を向けたところで顔を止める。

 そしてはっきりと、全員へと聞こえる声で口を開く。


「歌姫リーリヤ、君が聖都に戻ればこの世界は滅ぶ」

「はあ!? アンタ何言ってんの」

「嘘じゃない。信じろとは言わないけど、とにかく帰らせるわけにはいかないんだ」

「くああ……もおぉぉ!! 頭のおかしいやつばっかり!」


 兵馬の断定的な口調に狂気を見たか、リーリヤは青ざめた顔で視線を落とす。叫ぶ声には心底からの苛立ちと絶望感。

 彼女の目には、兵馬がある種のストーカー、あるいは偏執的なファンとして映っている。無理もない、突然世界がどうと言われても気狂いにしか見えないのは当然だ。


「兵馬……?」


 不安げに問いかける声は、詩乃だ。

 ほんの偶然から道連れの旅を始めてしばらく、それなりに親交を深めてきた。それなりにではあるが、兵馬の人柄を信頼していた。


 だが今の兵馬はおかしい。リーリヤと邂逅(かいこう)して以降、一人なにか違うものを見ている。

 それがいよいよ世界がどうだのの言葉を発し始めて、詩乃は友人としての不安に駆られていた。


 そう、兵馬は余裕を失っている。

 リーリヤの事と、それに六聖との戦闘。


 勝利は紙一重、極度の警戒を払いながらの戦い。左腕も痺れたまま動かない。


 詩乃から目を離してしまっていた。


 彼女の立ち位置から少しだけ離れた位置にはゼラの穿った大穴が開いていて、そして飛空艇がまたも揺れる!

 今度の揺れは一際大きく、そして逆の方向に。数分に及ぶ不安定な飛行に姿勢制御機構が働き、船の右側が跳ね上がったのだ。


「うおっ!」「きゃあっ!」


 口々に声が漏れる。逆の動きに不意を突かれ、今度は兵馬やシャラフまでもがバランスを崩した。

 詩乃ももちろん同様。ふらりと数歩よろめき、床に手を突こうと……。




「えっ?」




 床がない。詩乃の位置は大穴の淵。

 移動しておくべきだった。しかし兵馬や軍人たちが激しく戦っている最中、足を引っ張らないようにと迂闊に移動できる状況でもなかった。故に、落下は必然!


「詩乃ぉっ!!」「プリムラ!?」


「でええっ……りゃあっ!!!」


 落ちる寸前、プリムラが詩乃の腕を掴んだ。そして後方へと投げ上げた!

 人よりもフィジカルに優れた護衛人形の全力。詩乃は思い切り空に浮かび、そして船内の床へと叩きつけられる。間一髪の復帰!


 ……が、とっさに動いたプリムラには自分を支える物は残されていなかった。

 勢いのまま前へとつんのめり、声を上げる間もなく落ちる。落ちていく。


「プリムラぁ!!」


 悲痛な叫びと共に穴を覗き込む詩乃。

 やけにゆっくり流れる時間の中、遥か地上の森を背景に落ちるプリムラ。遠ざかっていくプリムラ。


 苦笑いのような表情をしていて、何かを言っているがもう声は届かない。

 それでも死の際、鋭敏に尖った詩乃の感覚は、口の動きだけでそれを読み取ることができた。



『今までありがと!』


「ふざけないで!!!」



 らしくない大声を張り上げて、次の動きは速かった。

 詩乃は考えるよりも先に、落ちていくプリムラめがけて大穴から飛び降りた!!


「はああっ!!?」


 誰かが驚愕の声を上げた。 驚きも当然、せっかく助けられた身を空へと投じたのだ! 飛び降りたのだ!

 プリムラは身を賭してでも詩乃を守るべく造られた護衛人形。詩乃は護られる側。

 だが理屈ではない! そんなことは関係ない! もはや自分の半身にも等しい相棒なのだ! 助けるために動くのに理屈は介在しない!!


「嘘だろ……!?」


 青ざめ、狼狽(うろた)えているのは兵馬だ。

 動揺しつつ、彼の動きもまた速い。


 詩乃が飛び降りて1秒と経たないうちに穴へと片足を掛けていて、後を追うべく体を傾ける。

 兵馬にとって詩乃は守らなければならない対象で、落ちたなら追うのは当然。が、躊躇(ちゅうちょ)が生まれる。


(リーリヤも守らないと……!)


 口にした“世界が滅ぶ”という言葉は妄言でもハッタリでもない。彼の中に存在する、確固とした確証に基づいて言っている。

 となればリーリヤを聖都から遠ざけつつ守るべきで、詩乃を追えばそれは不可!

 それでも詩乃たちも助けなければならなくて、優先度で考えるべき問題ではないのだが混乱が生まれてしまう。


(どうすれば!)

「おい兵馬! リーリヤは任せろ!」


 叫んだのはリオ!

 どうやら彼は、そして彼の雇い主は多少なり事情を知っているらしい。

 それなら、任せるしかない!


 判断は瞬時! まだ間に合うが声を発する間も惜しい。目線でリオに託し、すぐさま兵馬は飛び降りる!


「ちょっ……ウソっしょ?」


 慌ただしく三人が去り静まった船内、ドン引き気味に呟いたのはゼラ。

 軍人の中でもとびきりの実力者、六聖の副官を務める彼女をして、詩乃や兵馬たちの行動は自殺行為にしか見えなかったのだ。


 しかし直接刃を交えたシャラフは視線を尖らせたまま。

 兵馬の実力を体感した。あの男がこの程度で死ぬはずがないと確信している。


 そしてシャラフとゼラは、リオへと刃を向ける。

 未だ激しく揺らぐ飛空艇だが、警戒すべき相手が消えれば余裕が生まれる。


「さて……邪魔者は消えたな」


 喧嘩自慢の飛空士も所詮は素人、軍のトップ二人を前に、状況は絶対絶命だ。

 しかし……リオは不敵に笑みかける。


「そいつはお互い様だろ?」



 そこからの顛末(てんまつ)を詩乃たちが知る術はない。

 高空の戦いは、ここに幕を閉じた。

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