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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
聖都セントメリア編
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三十四話 黒の毒刀

 シャラフが去ったのを目に、ゼラは暴れさせていた蛇腹剣を手元へ縮める。


「さーて隊長は行ったし、あとはアンタらをギッタギタに叩きのめせばオッケーね」


 戦闘の間に、真二つに切断されたポーカーテーブルの上へと立ち位置を移している。


 首を傾け、髪の花飾りを揺らし、兵馬ら四人を見下してニヤリ。

 荒く強気な笑みは軍人と言うより、女性ながらに山賊だとか海賊だとか、“賊”という文字がよく似合う。


 そんな仕草の間にも隙はなく、視線はギラついた闘志に滾っている。

 ユーライヤ軍の中でエリートである騎士たち、その中でも一握りの実力者である六聖(ベネデッタ)の副官。彼女の実力は既に明白で、兵馬たちはその場に釘付けにされている格好だ。


 そこでふいに、プリムラが両手を振りつつ声を上げる。


「あの! 私たちは誘拐犯とかじゃないんです! なんかよくわかんないけど巻き込まれてるだけで!」

「はぁ? アンタ撃ってきたでしょ。今更そんなこと言われてもふざけんなって話よ」

「しまったー! ノリで撃たなきゃよかったぁぁ!」


 誤算! プリムラは頭を抱えて呻く!

 どう取り繕おうと変形させた左腕は機関銃の姿を露呈させていて、その銃口からは硝煙が(くすぶ)っている。反射的に撃ってしまったのがまずかった!

 誘拐には関わりのない立場だ。そうアピールしたところで、見逃してもらうのはとっくに不可能。戦闘の火蓋はとっくに切って落とされている。


「諦めよ。プリムラ」


 詩乃の呟きに応じるように、ゼラは再び蛇腹剣をしならせる。


「そらァ! ガチで行くよ!」


 刃は激しい魔力を帯びている。刃鞭は赤く輝き、歪曲したレーザーめいて躍る。

 

 鋭斬!


 刃を操る技術はそのままに、切断力が飛躍的に増している。

 のたうつ刃が船室の壁を撫で、鋼鉄の壁がまるで豆腐のように容易く引き裂かれる。宣言通りのガチの一撃!

 

「ああ! 船が! くそう、勘弁してくれ……僕は戦闘要員じゃないんだよ」

「むむむ……エドガーさん、ちょっとハデに暴れてもいいかな?」


 プリムラの問いにエドガーは即座に頷く。


「うん、何か手があるならぜひ頼むよ。このままじゃまずい!」

「よーし!」


 やる気を発し、左腕を機関銃を元の腕へと戻す。


 そして左腕を掴み、カポリと外すとそこには空洞、それは砲身。これまでの旅で幾度か披露した、プリムラの主武器であるカノン砲だ!

 自律人形プリムラの動力はその体内、心臓部に位置しているコアハートで生成されている。

 彼女は人と変わらず呼吸をしていて、空気から取り込んだマナを内燃させることで活動の源としている。

 そして戦闘にも同じエネルギーを転用し、両腕の仕込み武装はその魔力を凝縮して打ち出す仕組みだ。


 右腕! 砲身と化した腕、筒状のその奥に蒼輝、(ほとばし)る光は魔力の砲弾!


「兵馬ー! 隙を作って!」

「よし、任され……たっ!!」


 手にした鉄棒を(ねじ)る。中間部で割れ、内部に仕込んだ鎖で二つの棒が繋がれた形状へと変化する。

 梢子棍(しょうしこん)のようなそれを唐突に、横手に思い切り投げ付ける!


「っとぉ、何のつもりだコラ!」


 ゼラは動じず、鞭剣で器用に受けて吠える。

 だが、長い刃に棍の鎖が絡み、刃の狂乱に寸時の隙が生まれる。その数秒を逃さない!


「行けっプリムラ!」

「ふっ飛べえええっ!!」

「なっ!?」


 炸裂!! 砲弾が弾け、魔力の乱流が渦を巻く!

 ゼラはとっさの回避、辛うじてその直撃を避けた。が、その威力は船体に穴を穿つほどで、爆発の威力に煽られ壁へと身体を叩きつけられる。

「ぐへっ!?」と呻き、思わぬダメージに立てずにいるようだ


 同時にエドガーが悲鳴じみた声を上げる。


「船が! めちゃくちゃだ!」

「私はちゃんと許可取ったよ?」

「そ、それはそうなんだが……!」


 飛空士だけに、船には愛着があるのだろう。

 ショックに視線を泳がせていて、プリムラは少しばかりの申し訳なさに眉根を下げる。そこへ詩乃が一声。


「プリムラ、それよりさっきの人を追いかけよう」

「あ、そうだね! 兵馬は?」

「もう行ったよ」


 兵馬はドアを蹴り開け、シャラフを追って駆けている!


 アルメル、ザシャ。 これまでに目にした六聖の戦いぶりはいずれも凄まじい物だった。

 シャラフはそれと同格。自由にさせれば状況は刻一刻と不利へ傾いていくだろう。対峙へと向け、兵馬は表情に一層の真剣味を宿していく。




----------




「こっちだ!」


 リオはリーリヤの手を引き、脇目も振らずに駆けていく。

 飛空艇オフィーリア号は小型寄りの船体に、これでもかと様々な機能を詰め込んでいる。

 そのため機関室には普通の船よりも雑多に機械類が詰め込まれていて、死角が多く、逃げ込めば時間は稼げる。上手くすれば隙を突くこともできるだろう。


「待ちなさい……よっ!!」


 その手を振り払い、リーリヤは立ち止まる。

 抗議の意思を込め、思い切り尖らせた視線をリオへと向ける。


「何だよ、急ぐぞ」

「さっき乗り込んできてたの、あれって六聖(ベネデッタ)のシャラフよね? 勝ち目ないわよ。さっさと降参しなさい」


 そんなリーリヤの主張を、リオは首をすくめて受け流す。


「わかったわかった。黙ってな」

「なんでよ!! 私を渡してすぐ降伏すればアンタたちだって許してもらえるかもしれないわよ!?」


 リーリヤにしてみれば、誘拐犯と軍人でどちらを信用するかと聞かれれば当然後者。

 ブロムダール家の依頼だの、国から匿うだなんだのと聞かされたばかりだが、その話もまだ与太話程度にしか捉えていない。投降を勧めるのも妥当な言い分だろう。

 だが、リオは苦虫を噛み潰したような表情のままに口を開く。


「……そう甘くねえ。追っ手のシャラフ、アレはお前の命をそれほど優先してないぜ」

「命って、はあ!?」

「いきなり室内を爆破してきただろうが。俺が庇ってなけりゃ無事じゃなかったろ?」

「っっ……どうなってんのよ! 私は宮廷歌手よ!?」

「わかってねえみたいだけどよ、お前の立場、かなり複雑だぜ。国は一枚岩じゃない。都合によっちゃ殺したって構わない、そんな勢力もいるってわけだ」

「殺し……ちょ、そんな、どうなってるのよ……」


 騒動の中、流れのままに拐われたリーリヤは今の状況に実感が伴っていなかった。

 リオやエドガーからはそれなりに丁重な扱いを受け、今ひとつ危機感のないままに高飛車な態度を保ち続けていたが、ここに来てようやく現況のキナ臭さを理解した。


 宮廷お抱えとは言ってもあくまで歌手。権力の傍に身を置いていたが、陰謀の類に触れてきたわけではない。

 それが“殺す”という具体的なフレーズを前に、ついに恐怖が彼女の心へと入り込む。


 膝を震わせ、背後に迫る追っ手へと視線を向け……


「……歌姫リーリヤ」


 静かな呼びかけと共に、足音なく現れたのはシャラフだ。

 黒の長髪、口元を覆う黒布。手にしているのは同じく黒、一振りの刃。

 光を吸い込む漆黒の剣は、軍の標準装備である軍刀や一般に流通している刀剣と比べて明らかに異様。

 刀身は若干短め、反りが強く、そして濡れている。


 身を隠す前に追いつかれてしまった。

 リオは微かに眉をしかめつつ、向き合う敵へと問いかける。


「おいおい、そりゃ毒刀か?」

「安心しろ、飛空士風情に武器は使わない。使うまでもない」


 そう告げ、腰の後ろの鞘へと刃を収める。

 そしてシャラフは鋭く踏み込み、誘拐犯へと拳を繰り出す。……よりも速く、リオは片手のショットガンを迷わず撃ち放った!


「そうかい。こっちは手加減なしだ!」


 人を撃つことに躊躇(ためら)いなし。思い切りの良さは図抜けている。


 だが、拡散する細かな弾丸はシャラフの髪を掠めたのみ。

 銃口とトリガーの指先を凝視し、それだけを頼みに避けにくい散弾を躱してみせたのだ。


「マジかよ!」

「所詮は素人だ」


 続け、シャラフの肘が柔らかくしなる。鞭、あるいは蛇。しなやかな打擲がリオの顎、胸、腹と連続して打ち据える。

 一打一打、ほんの軽く叩いているように見える。が、反して威力は極めて激烈!


 それは宮廷での模擬戦でリュイスを満身創痍に追い込んだのと同じ技術だ。

 優れた騎士であるリュイスが見切れない技を前に、ただの喧嘩達者に過ぎないリオはたちまち酷いダメージを負わされてしまう。

「らァッ!」と叫び、リオは苦し紛れに右の拳を繰り出す。

 応じてゆらり、シャラフの双手が蜃気楼めいて流動し、リオが伸ばした腕を両掌で挟み受ける。

 その所作はさながら大蛇の咬撃。瞬間、走る激痛。右肘が逆向きにねじ曲がっている。へし折られたのだ!


「っぐッ……! 畜生ッ、軍のトップってのは伊達じゃねえな」

「リーリヤを渡してもらおう」


 口の中が切れている。左の鎖骨が折れている。ほんの一分にも満たない交戦で、全身をボロボロに損なわれている。

 実力の差は歴然、だがリオは退かない。溜まった血を吐き捨て、親指を下へ向ける。拐った歌姫を引き渡す気などないと、シンプルなジェスチャーで伝える。


 その仕草を受け、シャラフは微かに首を傾けた。


「解せないな。リオ・ブラックモア」

「おいおい早えよ、もう身元が割れちまってんのか」

「大富豪の子息にして、飛空士の資格を持つ武器商人。一介の商人が何故リーリヤを狙う」

「ハッ、んなもん気まぐれだ、気まぐれ」

「……雇い主がいるな? 誰だ。名を出せば命は奪わん」


 アメジストを思わせる輝き、紫の瞳。シャラフの暗い眼光が真正面から覗き込んでくる。

 右手、五指をおもむろに揃え、繰り出した貫手が鉄壁を穿つ。

 そう、彼の卓越した体重は素手で鉄さえ破壊する。武器を使うまでもないという言葉に嘘はない。素手で十分なのだ。

 

 言わねば殺す。

 脅しを前に、しかしリオは不敵に笑い、挑発的に口元を歪めて言い放つ。


「いいや、言えねえな」

「意地を張るか」

「“喋れば殺す”。お前の意図はそうだろ?」

「……」


 シャラフは無言、その感情は読み取れない。

 対して、リオの笑みには勝算がある。シャラフの背後、そこには風のように駆けてくる兵馬の姿。

 武器を振りかぶり、鋭く跳躍。問答無用の不意打ちだ!

 が、シャラフは黒の毒刀を抜き放つ。振り向きざま、金属がぶつかり合い高音!


「……」


 紫の瞳が細められる。素手で十分。リオ・ブラックモアに対してはそう判じていたが、背後から迫る気配に思わず刃を抜かされた。

 軍人として数々の戦いを潜ってきた彼の感覚が、新手の敵から異様な雰囲気を感じ取ったのだ。

 

 ギリと擦れる刃。顔を突き合わせての鍔迫り合いの中、兵馬は静かに、しかし決然と六聖へ言い放つ。


「僕が相手だ」

「面白い」


 兵馬の武器はオーソドックスな形状のサーベル。

 リュイスら騎士たちが使っている物とほぼ同型品、取り回しの良さを活かしてシャラフの出方を窺う狙いだ。


(相手の武器は毒液の塗られた曲剣、かするのも避けたい。だからこそ先に攻め立てる!)


 判断をすぐさま行動に移す。兵馬は直立に近い姿勢、体の前に腕を出す。

 直線的な構えから弾けるように踏み込み、フェンシングめいた体捌きで高速の突きを放つ!

 だがシャラフはそれを難なく見切る。

 繰り出された切っ先に曲剣の腹を沿わせ、斜め上へと受け流し、そのまま流れるような動作で蹴りを!


「っ、痛いな!」


 膝で受けるも、その威力に兵馬の重心が揺らいでいる。シャラフの蹴りは重くはないが鋭く、止めた足が骨の髄まで痺れている。

 

 六聖は隙を逃さない。黒衣が揺れ、肘打ちが放たれ、毒刀が二度三度と幻惑的な軌道で迫る。

 三合、四合と火花が散る。兵馬はサーベルで辛うじていなす。が、刃だけに視線を集めてはいけない。


 シャラフはその腕で剣閃を描きつつ、足捌きの間に隙を好機を見出しては兵馬の足を踏み付けてやろうと激しく靴底を打ち下ろす。

 踏まれれば必然、体勢は崩れる。足の甲は完膚なく砕かれるだろう。当然ながら、片足を損なわれれば致命的!

 

 間合いを開けるべきだ。斜めに払われた黒刃を力任せに跳ね上げ、素早く四歩と飛び下がる。

 

「“苦盌、溺れろ”。『海毒(アグラダ)』」

(魔術!)


 短尺の詠唱は実働部隊らしさか、兵馬に阻害の暇を与えない。

 魔術の発動を察した時には既に青みを帯びた煙が兵馬の顔回りへと広がっていて、おそらくは毒。

 視界を遮らない口元だけを覆う防毒マスクを生成して着けるまでに五秒。

 

(少し吸ったかな、厄介だ……)


 皮膚から吸収してしまう毒の可能性もあるが、視界を狭めれば刀と体技に打ち負ける。リスクは心中に踏まえつつも、今できる対策はこれが限界だ。

 迫るシャラフを刃で受け、再びの近接戦へ。

 

 今のところ毒の影響はない。

 なるほど、強者と称されるに相応しい戦闘運びだ。その動きの一つ一つに意味がある。

 右貫手から蹴り、二段目の蹴りから刀での柄打ち、半歩引いて蹴り、そこから鋭く踏み込んでの斬撃! 

 延々と連鎖する技。攻め手に明確な文脈があり、先を先をと緻密に組み立てられた恐るべき連続撃。


(こっちをよく観察してる。息継ぎ、まばたき。どうしても生まれる小さな隙を嫌らしく突いてくる)


「……」


(戦闘は毒刀メイン。と見せて、その実あれは牽制の意味が強いな。あからさまに有毒と見せることで相手の心理に(くさび)を打って、選択を制限する狙いがあるんだ)


 兵馬に観察の間は与えない。

 シャラフは幾度目かの技、上体の捻りで勢いを付ける、独自軌道の斬撃の構えへ。

 

 ――衝撃!!


 刃と刃、火花! 兵馬はサーベル一本、見事にそれを受け切ってみせた。

 素早く二歩後退、一瞬はためく赤布。

 そして左手には新たな武器、コンパクトな手斧が握られている。


「うおっ! どこから出したんだ!?」


 驚きの声を上げたのはリオだ。

 すっかり怯えてしまったリーリヤの隣で油断なく銃を構えているが、高度な戦闘に介入の隙を見出せずにいる。


 そんな彼の視線は兵馬の赤布、武器を生成する奇術に釘付けになっている。

 些細なことには驚かないタイプだが、世界を飛び回って様々な物を見てきた彼はその技の稀少性を理解する。


(マナを使ってない。魔術じゃねえ。だがあれだけズラズラ武器を取り出して、手品ってわけでもないだろう。どこに収納してやがる。一体どういう原理だ?)


「こいつを受けろ!」

「……!」


 兵馬が手にした斧、種別としてはトマホーク。反った刃の小型斧を、兵馬は横手で器用に投擲する!

 肘を巧みに使った鋭い一投だ。武器を現してから投げるまでわずか二秒足らず。シャラフは身を逸らし、紙一重で躱す。が、そこへサーベルで鋭斬!


「……貴様」

「残念、ちょっと浅かったか」


 シャラフの脇腹には血、兵馬の剣による傷が刻まれている。


「傷を付けやがった……! おい兵馬、お前はやれる男だと思ってたぜ!」

「まだまだ!」


 片手で脇腹を抑えれば掌に朱。滲む、湧き出る鮮血。 決して深い傷ではない。動きに支障もない。

 だが、目の前の青年に対する認識と警戒をさらに深めるべきだろう。


 シャラフはその紫眼を細め、兵馬へと向けて初めてまともに口を開いた。


「……兵馬樹」

「あれ、下の名前までご存知で」

「アルメル隊から報告が来ている。得体の知れぬ要注意人物、とな」

「大層な扱いをどうも」


 短い会話、そして睨み合い。互いが互いを最大限に警戒している状態だ。

 一度間合いを出てしまえば、再度の踏み込みには思い切りがいる。


 エンジン音だけが響く沈黙の中、先に口を開いたのはシャラフだった。


「貴様の戦い方だが、型が随分とチグハグだ」

「へえ?」

「独自に練り上げられ、洗練されてはいる。が、掘り下げれば世界中の様々な流派を無節操に取り入れたパッチワーク。それも極端に古いものばかり」


 隙を窺うためだけのそれとは異なる、興味からの凝視が向けられる

 穴が開くほどの視線に居心地の悪さを覚え、兵馬は姿勢を崩さないままに顔をしかめてみせる。


「パッチワークって、結構ポップな例えをするんだね。あと、かなり博識みたいだ」

「外見にそぐわぬ化石のような武術。貴様が何者か、興味が湧いてきた」


 シャラフが醸し出す雰囲気が変わったのを、兵馬は敏感に察知する。

 そう、彼は巨人ピスカと五分以上に渡り合ったアルメルと同格の六聖。先に手傷を負わされて、大人しく引き下がってくれるはずもない。


(ここからが本気ってところかな)


 内心に呟き、重心を沈めて身構える。互いの戦意は研ぎ澄まされ、戦況は激化の一途を辿っていく。

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