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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
聖都セントメリア編
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三十三話 国軍との対峙

「……転送成功」


 足元に陣、手には杖。

 魔術の使役時に迸る光の粒子を周りに纏い、一仕事を終えてほうっと長息を吐いたのはアイネの親友、シャラフ隊所属の魔術師であるロネットだ。


 スタジアム高所、花火の打ち上げ台からリオ・ブラックモアに不審と目を付けて以降、上官であるシャラフの指示を受け、彼の背後で監視を続けていた。

 演奏の間も、怪物が現れてからも忠実に監視を続けていた。そしてリオがリーリヤを浚うべくグラウンドへ駆け出した際も、その姿から目を切ることはなかった。


 アイネの炎のように一つの属性に特化してはおらず、ロネットは様々な種類の魔術を使いこなせる秀才型。

 その気になればリオが犯行に及ぶ前に魔術で妨害することは難しくはなかった。が、彼女はそれをしなかった。


(……隊長、どうして手を出すなって言ったのかしら)


 難しい顔をして、少女は不思議そうに考え込む。

 少女が抱く疑問の通り、リオの行動を妨害しなかったのはシャラフからの指示だ。結果としてリーリヤは誘拐されてしまったわけで、状況がややこしくなってしまっている。


 ロネットは頭の切れる娘だ。だが、今回の上官の意図は掴めずにいる。と、そんなロネットの頭へ、背後から軽く手が置かれる。


「難しく考えることはない」

「あ……ジョーさん」

「転送術、ご苦労だったな」


 声は心地よく響く低音、落ち着きのある語調。年齢の上下に拘らず、ジョーと気安く呼ばれることを好む男性。

 どこか個性的な雰囲気を醸す彼は、シャラフ隊の副官二人の片方として、女性騎士のゼラと双璧を成している。


 彼はユーライヤ軍きっての優秀な射手で、その手には長銃身のライフルを捧げ持っている。

 魔術装飾が施された特注品で、相手を射撃するだけでなくマーキング弾を撃ち込むことができるのだ。

 弾丸を当てれば刻印がマークされ、魔力信号を発信し続けるビーコンの役目を成す。


 今回も飛び去っていく飛空艇へとジョーが弾丸を撃ち込んでいて、その魔力を辿ってロネットが上官たちを転送したと、そういう流れだ。

 自分の仕事が首尾よく行ったのはいいのだが、ロネットは先の疑問がどうにも釈然としないままに首を捻る。


「……」

「どうした」

「……なんでもないです」


 単にシャラフの判断ミスというだけの話かもしれない。わざわざ副官へと尋ねる気は起きなかった。

 だが、ジョーはロネットの疑問を察したように頷く。思慮深げな笑みを浮かべて、あくまで落ち浮いた調子で口を開く。


「シャラフ隊長の判断に間違いはない。全ては考えがあっての行動だ」

「そう、ですよね」

「余計な心配はせず、仕事を無事に終えた自分を褒めてやるといいさ」


 そう告げる副官の口調には一分の懸念も浮かんでいない。


 こう言われては、ロネットがこれ以上下手な思索を巡らせる余地はなかった。褒められたことに少しだけ相好を崩し、子供らしく笑って頭を下げた。

 

 

 貴族席、そんなロネットたちを見下ろす視線が一つ。


「……さて、どう動くかな」


 怪物の到来に未だざわめく席の中、テオドールはまるで慌てた様子を見せずにいる。

 その姿は全ての成り行きを把握していたかのようで、リオが雇い主として、動乱の首謀者としてその名を挙げたのはデタラメではないと窺えた。


 肘掛へ、ストン、ストンと指腹を叩きつけ、もう片手を口元に添える。

 戦況は決着していない。戦場が移動したのみ、事態の趨勢(すうせい)は未だ決さず。ここから取るべき行動を脳内に巡らせながら、テオドールは手に隠した口へ、含みのある笑いを浮かべた。




----------




 オフィーリア号の船内には黒煙が燻っている。

 霧のように薄く漂った黒色火薬、そこへの引火で広がった炎は六聖シャラフが機先を制するための一手だ。

 内装が黒く焼け焦げ、敷き詰められたカーペットの端々には小火が這っている。


「っ、やってくれるぜ……オイ」


 棚の影に身を潜め、辛うじて爆炎から身を守ったリオが憎々しげに呟く。

 撒かれた火薬の量自体はそれほど多くなかったおかげか、炎は瞬間的に室内を舐めただけ。辛うじて難を逃れている。


「ちょ、離し……なさいよッ!!」

「守ってやっただろ、ジタバタすんな」


 傍らにはリーリヤの姿、彼女も同様に無傷だ。攻撃を察知したリオはすかさず片腕で抱き込み、庇う格好で守ってみせた。

 当のリーリヤは密着姿勢が気に食わないようで吠えているが、それに構っている暇はない。


 辺りに視線を巡らせる。他の面々は無事だろうか?


「おいエドガー! 生きてるか!」

「ぶっ、は……! 大丈夫だ、兵馬君に庇われた!」


 目を向ける。煤に顔を汚しているが怪我はなし。

 友人の現在に少しばかり安堵しつつ、どこから取り出したのか巨大な布を手にしている兵馬に目を留める。

 どうやらそれは耐火布の類で、自分と仲間二人、それにエドガーまでを包み込んで炎から逃れたようだ。


「詩乃、プリムラ、無事かい?」

「大丈夫」

「なんともないよ!」


 仲間と言葉を交わす横顔は飄々(ひょうひょう)、だがとっさに数人を守ってみせた対応力はやはり底知れない。


(よくわからねぇ奴……が、それは後回しだ)


 そう、(いぶか)っている暇はない。

 小規模な爆破の目的は攻撃ではなく、侵入の間を作るための前準備。必然、そこに続くのは敵の侵入!

 何らかの手段で敵に取り付かれているのは確実で、問題はどこから侵入してくるか。


「横だ!」


 エドガーが叫ぶとほぼ同時、船体側面の窓が粉々に砕かれ、二つの人影が軽やかに踊り込む。


 片方はロングスカート、珍しい型の軍服を纏った女性騎士、シャラフ隊副官の一人、ゼラ。

 式典の会場でリュイスやカタリナと話していた時の良い先輩めいた表情ではなく、眼差しは好戦性に輝いている。


 そしてもう片方は黒装束、口元までを黒布で覆った男。怜悧に研ぎ澄まされた殺気は背筋も凍るほど。彼こそは六聖、“黒霧のシャラフ”。


 人数は二人、突入はそれで終わり。

 その人数が肩透かしだったか、兵馬は怪訝がって呟く。


「ん、二人だけ? 随分と少ないな」

「ホントだね。ラッキー!」


 相槌を返すプリムラ。既にその片腕は機関砲へと換装されていて、いつでも弾丸をばら撒いてやると息巻いている。

 相手が軍人だろうとなんだろうと、詩乃に攻撃してくるなら打ち払うだけ! シンプルな思考は彼女のらしさであり長所と言える。


 そんなやり取りを耳にした侵入者、女性騎士ゼラは勝気に笑んで、兵馬たちへと高らかに声を掛ける。


「少数精鋭ってやつよ。私と隊長がいればアンタらみたいな悪党なんて余裕。三分あれば制圧にお釣りが出るっての」


 彼女の長スカート、その側面には小さなスリットがある。


 そこへ指先を差し込んだかと思えば、スルスルと抜き放つ細身の刃。

 脇差ほどの短い剣だ。だが、振るえば伸びる。シャコと音を立てて多節に分かれ、ワイヤーで繋がれ、可変自在に蠢いている。

 蛇腹剣、あるいは鞭剣とも呼ばれるそれを巧みに操り、渦巻く斬撃は旋風。荒々しく周囲を削り、切り飛ばす!


「手狭な船内。この子を存分に活かすには、ウロチョロする仲間がいても邪魔ってわけ」

「珍しい武器を……油断できないな」


 詩乃らへ向けてそう口にしつつ、兵馬は赤布から武器を生成する。

 敵のリーチは長尺。少しでも対応するためにはこちらも長物、それも防御重視で。


 手にしたのは身の丈ほどの棒で、軽い金属でできているそれは攻防両面での対応力を有している。

 並び、詩乃は愛用のショットガンを、プリムラも腕の照準を相手へ合わせ、エドガーもオートマチックの拳銃を手に応戦の構えだ。

 

 一方、ゼラの横に立つシャラフ。

 彼の目は誘拐の主犯と歌姫の二人へ向けられていて、兵馬たちには興味を示していない。


 と、リオがいきなり駆け出す!


「よし、逃げるぞ」

「は、え? ちょっと! 引っ張らないで……ってば!」


 状況に困惑しきっているリーリヤの手を強引に引き、敵とは逆、機関室の方向へと走っていく。


「……ねえ、逃げたけど?」

「ひっどー!」


 リオが去った方向へ、詩乃はじとりとした視線を。プリムラは非難の大声を上げる。

 そんな様子にエドガーは申し訳なさげに、相方であるリオの代理としてペコペコと頭を下げる。


「す、すまない。リオの奴、何もかもが急で。本当に申し訳ないんだけど、敵の足止めに協力してもらえると助かるんだけど……」


 兵馬は頷いて応える。


「まあ、仕方ないか。リーリヤがこの場にいるのもまずいからね」

「……仕方ないね」

「面倒だなー」

「ああ、ありがとう…! 助かるよ!」


 嬉しそうに礼を言うエドガー。リオの尻拭い役がやたらと板に付いている。

 迎撃すべく並ぶ四人。しかし、シャラフの目はあくまで去ったリオとリーリヤを見据えている。


「追う。この四人は任せたぞ」

「了解~っ」


 返事と共に、ゼラの蛇腹剣がとぐろを巻き狂乱!

 刀身は魔力で制動されている。しなり、風を切り、(くすぶ)る残火を裂いて兵馬たちへと襲いかかる!


「来るぞ!」


 エドガーが警句を発する!

 兵馬は棒の中ほどを両手で持ち、体勢は半身、前後左右へと小刻み、素早く足を捌きながら得物を回転させる。

 遠心力を活かし、曲芸めいて巧みに正確に。襲いかかる刃を弾き弾いて防いで守る!


 その防御は後ろの三人、詩乃にプリムラ、それにエドガーへも攻撃が及ばないよう遮っている。

 蛇腹剣の妙技に劣らぬ技巧だ。それを目の当たりに腹が立ったのか、ゼラは眉間にシワを寄せて怒号を飛ばす!


「あァン!? テメッ! チマチマ防いでんじゃねーよ!」

「うわ、柄の悪い。苦手だな……」

「死になっ!!」


 浴びせられたチンピラめいた恫喝、引き気味に顔をしかめる兵馬。ゼラの啖呵(たんか)を皮切りに、兵馬とゼラの攻防は激しさを増す!

 その合間に差し込まれるのは詩乃、プリムラ、それにエドガーの弾丸。しかしゼラの剣技もまた攻防一体だ。

 鞭剣の軌道は常に彼女の体を覆っていて 、一発の漏れなく銃弾を防ぎ落としてしまう。刃と棒、弾丸と刃。衝突と交錯、激しく散る火花、その一瞬の間隙。


「ゼラ、任せた」

「はいよー、隊長も頑張ってくださいね。オラッ! 死ねコラァ!!」


 まさに異名の通り、霧の如く。

 六聖シャラフは攻防の隙間をするりとすり抜け、リオとリーリヤが去っていった扉へと手を掛けている。


「兵馬、行かれる!」

「な、いつの間に!」

「おーっと、邪魔させないっての。舐めんな!」


 ゼラの攻撃が一層苛烈を増す!

 兵馬は変わらず防いでいるが、背後のスペースを守るので精一杯だ。エドガーはシャラフを追おうと試みるが、踏み出した足元が鞭剣の一打に裂けて砕ける。

 

「っ……!」

 

 あと一歩出ていれば斬られていた。その事実に思わず身が竦む。

 兵馬の守備範囲から出れば刻まれる。全員にそう確信させるだけの鬼気が刃には宿っている。六聖の副官、その地位は伊達ではない。

 そしてシャラフはリオらを追い、船内の奥へと姿を消した。

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