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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
聖都セントメリア編
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三十一話 混乱の中で

 わずかに時を(さかのぼ)り、リュイスが怪物と切り結んでいる最中。

 

 突然現れた怪物ハイドラに驚いているのは客席の詩乃たち三人も例外ではなく、揃ってギャアギャアと悲鳴じみた声を上げている。

 三人はある程度旅慣れているが、その道のりの大半は列車旅だったため、こんな怪物と顔を合わせた経験は皆無。

 それこそ前の街で出くわした空飛ぶ巨人ピスカぐらいのもの。なので慌てる!


「詩乃ぉぉぉぉ!!! あれ何ぃぃぃぃ!!?」

「し、知らない……それより叫ばないでよプリムラ。こっち狙ってきたらどうするの!」

「だって! だって変なのがこっち見てるよぉぉぉぉ!!! 兵馬! 護衛! なんとかして! 」

「ぼ、僕に丸投げするなよ! プリムラ、君だって戦闘人形だろ!」

「ぎゃあああああ来たあああああ!!!!」


 三人が叫び、客席へとハイドラの首が突撃を敢行する!!


 怪物は怖気(おぞけ)の立つ容姿そのままに恐るべき肉食。であれば、無防備な人々の集う客席は格好の餌場だ。


 猛烈な衝突音が響く! だが、障壁が怪物の体当たりを受け止め弾いてみせた。


 魔術師たちが観客を守るために防壁を張っているのだ。

 大勢の魔力を練り固めた膜はかなりの強度で、重撃を受けたとしても一度で破られるような物ではない。


 防膜越し、ビリビリと振動が伝わりながらも客席は無事だ。

 恐る恐る顔を上げつつ、詩乃がぽつりと呟いた。


「よ、よかった。ここは大丈夫みたい……?」

「そりゃそうだ。この国の軍隊はこの程度の事態で観客に被害を出すほど無能じゃねえ」


 言葉を返したのはリオだ。彼はハイドラの突撃による大衝撃にも涼しい顔をしている。

 

 それどころか悠々、何やら身支度を整えている。

 怪訝に眉をひそめる詩乃をよそに、虎視眈々と様子を伺いながら言葉を続ける。


「元帥に六聖に、国軍の主力が揃ってやがる。ハイドラなんて問題にならねえ。だからこそここで仕掛けた。一般人を死なせたんじゃ寝覚めが悪いからな」

「仕掛けた? あの怪物、あなたが? 」


 兵馬の問いに、リオはニヤリと悪笑で応えて返す。言葉にはせずとも確と、肯定の笑みだ。


 グラウンドではリュイスの斬撃! 怪物の首が落ち、血飛沫が舞っている。


「行動を制御する装置を頭に埋め込んでる。前々から聖都方面へ誘導して、タイミングを見計らって呼び出したのさ」

「モンスターを制御だって? そんな技術聞いたことがない」

「そりゃそうだ、使うのはこれが初めて。費用は高い、取り扱いもやたらに面倒。商品化は無理だな。今回きりでお蔵入りになりそうだが……」


 リオはそこで言葉を切り、すう。と呼吸を整える。そして立ち、駆け出す!!


「それ じゃ、あばよ。怪物青年!」


 怪物青年、とはどうやら兵馬へ宛てた言葉らしい。

 懐から愛用のショットガンを抜き放ち、足元へ小型の円筒を投げ落とす。と、爆発!!


 目も眩む閃光、大量の煙幕が辺りをたちまち覆い尽くす。そして煙には目鼻にしみる刺激臭のおまけ付き!

 周囲の人々が激しく咳き込み、混乱に呻き声。


「まさか、毒ガス!?」


 そんな声も上がるが、兵馬は口を覆ったままに脳内でそれを否定した。


(これは……唐辛子だ。うっぐ、辛いな!)


 古典的な催涙ガスの類、死に至るような類ではない。しかし、大規模に煙が広がれば厄介に変わりは ない。

 突如として広がった赤煙は付近にいた警備兵たちをも巻き込んでいて、覆われた視界の中で立つのは一人、リオだけだ。


 彼はどこかからか取り出した簡易の防毒マスクで口を覆い、目元には飛空士用のゴーグルを装着している。

 そしてハイドラの猛攻が続く中をグラウンドへと飛び出した!


「げほっ! げほ!? これ、なに! 目と鼻が痛い……!」


 苦しげに咳き込む詩乃へ、兵馬は遠目に見たリオの防毒マスクを真似たものを手渡した。

 いつもの赤布の奇術、武器をはじめとして様々な物を手に出してみせるスキルで作り出したのだ。


「毒じゃない、それを着けてれば少しは楽になるよ。吸っちゃった分は我慢してもらうしかないけど」

「げほっ! ありがと」

「兵馬兵馬! 私にもそれちょうだい! 目とか鼻が痛いよぉぉ!!」

「プリムラ、君は人形だから効かないだろ」

「あ、そっか」


 ポンと手を打ち合わせ、途端にけろりと表情を変えるプリムラ。自分が人形だという自覚がどうにも薄い。

 さておき、兵馬の視線はリオの背に注がれ続けている。


「状況はわからないけど、彼を追おう。シャルルが心配だ」


 リオ・ブラックモアは視線を尖らせる。

 モンスターを呼び寄せ、前王を弔う式典を台無しにする大逆を犯し、多大なリスクを踏んでまで標的と狙うは歌姫リーリヤ。

 その目的は“依頼者”から大金を得るため……だけではない。

 実際のところ、大富豪ブラックモア家の子息であるリオは資金繰りに困ってはいない。


 では何故こんな暴挙を?


 もちろん理由はある。が、彼はそれを他言しない。不敵な瞳に宿るのは安易な好奇心ではなく信念の光。全ては確固とした目的を持った上での行動なのだ。


 後方でゲオルグの闇が(ほとばし)る。ハイドラが倒れる。

 強者たちの視線が怪物退治へと向けられている時間は残りわずか。


(急がねえとな)


 懐から小さな卵形の物体、麻痺ガスを噴霧する榴弾を取り出し、ピンを引き抜いて投じる!

  シャルルやリーリヤたちを守る兵士たちは不意を打たれて怯み、そこへ躊躇(ちゅうちょ)なくショットガンの引き金を!


「止まれ! 何者だ!」

「寝てな」

「ギャッ!?」


 放たれた弾丸は殺傷力のないゴム弾。リオの目的はあくまで誘拐で、無駄な殺しをするつもりはない。

 それでも麻痺ガスと併せれば屈強な兵士たちを昏倒させるには十分。大股で壇上へと駆け上がり、よろめきながら武器を構えようとする兵士の顔面に靴底を叩き込む。

 蹴り倒した兵士を踏み越え、伸ばした手が掴むのはリーリヤの細指!


「歌姫リーリヤ。悪いが一緒に来てもらうぜ」

「ハァ? アンタ誰よ。冗談じゃないわ!!」

「おっと、 案外威勢がいいな」

「気安く触らないで!」


 不審者に臆することなく、発した声は悲鳴でなく罵声。そんな歌姫の様子に、テレビや雑誌記事越しに見せる(しと)やかな姿は大衆向けのフェイクなのだと理解する。

 予期せぬ出来事の連続に仮面が剥げた。素の露呈した高飛車な表情に、リオは少し驚き、そして笑う。

 

「ハッハ、上等上等」

 

 堅苦しいのは好きではない。聖女然とした人間味のない態度よりは、啖呵を切ってみせるぐらいの方がよほど好感が持てるというものだ。

 敵意たっぷりに一睨み、リーリヤは傍らで呆気に取られているシャルルへと怒声を発する。


「ちょっと、守ってよ! 全ッ然ッ、まるで よくわかんないし、何一つ納得いかないけど、一応婚約者らしいし!」

「ま、まるで状況がわからない…! 俺は、君みたいな女が一番嫌いなタイプだってのに…」

「いいから、とりあえずこの怪しい奴を追っ払いなさいよ! 弱っちそうだけど盾ぐらいにはなれるでしょ!」

「……っ、仕方ないな」


 グッと歯噛みし、それでもシャルルは脳内に物事の優先順を位置付ける。

 望まぬ婚約に疑問を呈するよりも、グラウンドで暴れ回る奇竜に怯えるよりも、まずすべきことは眼前、銃を手にした不審者の排除!

 シャルルよりも一回り大柄な男だ。上背があり、服の上からでも屈強な体格が見て取れる。

 アルコール浸りのインドア派、リーリヤ 曰く“弱っちそう”。正論だ。

 そんなシャルルがまともに仕掛けて勝てる相手ではない。ので、手に取るのはバイオリン。

 

 視線鋭く敵を見据え、素早い所作で弓を弦へと滑らせる。

 

「……『黒弦』」

「っと、危ねえ!」


 ただ奏でているだけだ。が、リオは顔をしかめてとっさに飛び退く。瞬間、肩口が鋭利に裂けて鮮血!


 シャルルは音楽家だ。軍人ではない。だが、決して無力でもない。

 疑似魔術とでも呼ぶべきか、楽器の音色へと魔力を乗せ、意図した物理現象を引き起こすことができるのだ。

 そして得手とする属性は闇。偉大な魔術師である祖父ゲオルグの血統をはっきりと受け継いでいる 。


「音の魔術か。流石にアルベールの孫だな」

「理解したなら、そのまま倒れるといいさ」


 シャルルの音色が激しく地を叩く。

 魔力が塊を成し、音の砲弾としてリオへと襲いかかる。獣爪めいて下薙ぎに踊り、四裂が舞台を斬り壊す!

 まともに受ければ重傷は必至、そんな威力の攻撃が文字通りの音速で迫る!


 リオは集中を高めてそれを見切る。空気の震えを、微かな軋みと術者の視線を見つめ、迫る不可視の音撃を器用に躱している。

 だが、続く芸当ではない。避け続けるのはまともな人間には不可能だ。反撃の暇を与えない、ひたすらに間断なき攻撃の嵐!


 しかし動じず。リオ・ブラックモアは度胸に優れている。千分の一のチャンスをも手繰り寄せる強運が自分にあると信じている。


(大した技だが、なに、一瞬ありゃ十分だ)


 軍属ではない。正式な訓練を受けたわけではない。

 それでも飛空士として日々、荒事の中で鍛えた射撃の腕は抜群で、迫り来る音の嵐の隙間を縫ってトリガーを引く!


「ぐはっ!?」

「ビンゴってな」


 そして見事、銃弾をシャルルへ命中させるだけの腕前を有している。


 弾丸は兵士たちへ放ったのと同じくゴム弾。故にシャルルの命に別状はないが、それでも骨や臓器にダメージが入るだけの威力はある。

 被弾の勢いに転げて呻く。起き上がろうと膝に力を込めるが、激痛に動けるはずもなくその場へ崩れ落ちる。魔術の才はあれど、所詮は音楽家だ。


 この状況、傍目にはゴム弾だなどとはわからない。単に銃で撃たれた格好だ。

 流石のリーリヤも驚いたのか、高慢な表情を収めてシャルルへと心配の声を掛けている。


「あっ……ちょっと、あんた大丈夫!? ねえってば!」

「死んでねえよ。さて、もう時間がねえ。一緒に来てもらうぜ。リーリヤ!」

「この、離してよ!!」

「いいや、離さねえ」

「この、変態! 人殺し!」


 リーリヤは手首をリオに掴まれた状態、まったく怯む様子も見せずに強気な眼光で罵り文句を飛ばす。

  リオはそれを受けてまるで平然。暴れる歌姫を意に介さず、襟首の無線機で誰かと短いやり取りをしている。


 そしてリーリヤへと目を向ける。


「そういう目的じゃないから安心しな。ガキ臭ぇ女に興味はない」

「がっ、ガキぃ……? このデカブツ! 悪人面! このリーリヤ様を、よりにもよってガキ呼ばわり!? ふざけないで!」

「うるせえ。少し黙ってな」


 リオの言葉が逆鱗に触れたか、リーリヤはいっそう抵抗を強めている。どうやら子供扱いされるのが嫌いらしい。

 宮廷歌手という立場上、しっかりとメイクを施し装身具で飾り立てているが、なるほどよく見れば顔立ち自体は美人というより愛らしい。

 実年齢より若く見られがちな素顔に内心コンプレックスを抱いている、そんな事情があるのかもしれない。

 

 だが、リオからすればまるで関係のない事。

 ザシャ・エーヴェルトの大魔術が炸裂し、ついにハイドラの殲滅が完了しようとしている。そうなれば舞台の様子に気付かれるのはすぐだ。


 自分の腕にある程度の自信はあるが、あの面子とやりあって生き延びられると過信を抱く性格でもない。一刻も早く逃げなくては!


「まだか?」


 苛立たしげにそう呟くリオへ、人影が近付いてくる。


「待ってくれ」

「うん? おっと……」


 声の主は客席の隣人、得体の知れない青年、兵馬だ。そしてその連れ合い、詩乃とプリムラの二人も後ろに付き添っている。

 視線を向けてくる三人に、リオは油断なく銃把(じゅうは)を握りしめたままでその意図を問いかける。


「よう怪物。どうしてわざわざ追ってきた? 俺の誘拐を止めるか?」


 警戒を多分に含んだ問いかけ。敵対に備え、既に三人を昏倒させるための算段を脳内に組み立てている。


(まあ、兵馬ってのがどう出るかによるが)


 しかし彼の問いに、兵馬は首を確固と左右に振ってみせる。


「いいや、その誘拐。僕も一枚噛ませてもらおう」

「え、は?」

「ちょっと兵馬! 何言ってるのー!?」


 詩乃は怪訝(けげん)げに、プリムラは肝を抜かれた表情で大声を上げる。

 どうやらこの行動は兵馬の独断。後ろの二人は付いてきただけのようで、兵馬の意図は要として知れない。


 だが、リオはこれを千載一遇の好機と取る。

 胡散臭い申し出だが、彼の勝負師の勘は兵馬を引き入れるべきだと告げているのだ。兵馬を引き込むことで仕事は成功へと向かうはずだと。

 迷っている時間はない! 軍人たちの戦闘が集結すると同時、飛空艇がスタジアムの上部を掠める。


 軍人たちの戦闘が集結すると同時、飛空艇がスタジアムの上部を掠める。

 リオの相棒、同じく飛空士のエドガーが逃走のために飛空艇を滑り込ませたのだ。観衆に軍人、低空飛行に方々から驚きの声が沸く中、垂らされた縄梯子をリオは掴み取る。


「待たせたな、リオ」

「はっ、遅えよエドガー。兵馬、それに後ろの二人。飛空艇に乗るならこいつを掴みな! 急げ!」


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