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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
聖都セントメリア編
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二十七話 式典の開幕

「こ、この席、居心地悪い……」

「気にしたら負けさ……」


 声を潜め、プリムラと兵馬が言葉を交わしている。 頷きこそしないが詩乃も同感だ。

 俯き加減にただ真正面、青々とした天然芝のグラウンドだけを見据えている。


 どうして居心地が悪いのか。それは詩乃ら三人が座っている席が、貴族や大富豪たちの座るVIP席だからだ。


 周囲の人々は(きらび)びやかな衣装に身を包み、上質な笑みを浮かべて談笑を交わしている。物腰に余裕がある。

 きっと見渡す全員が、唸るほどの金を持っている人々なのだろう。


 そして、そこへ紛れ込んだ詩乃たちはあからさまに異物。

 そこそこの服、どこか貧相な顔立ち、根無し草の旅人たち。三人揃って金に縁遠い生活をしていて、そんな三人組にはあちこちから奇特なものを見る視線が浴びせられている。

 

(……落ち着かない)


 シャルルが珍しく気を利かせてくれたのが完全に裏目だ。

 一般席で構わなかった。ゲオルグやカミロと肩を並べて観るべきだったのだ。


 そもそも祖父のゲオルグが一般席で見ると言った時点で、こっちは地雷と察するべきだった。詩乃は心底からの後悔に、ふはぁ……と長めの溜息を吐いた。


 不幸中の幸いは、特等席だけあって一つ一つの席のスペースに余裕があることか。 隣の肘を気にする必要もなく、椅子はやたらに柔らかい。

 仕方なしに足を前にぶらぶらと泳がせ、詩乃は帽子を目深に被り直す。


 三人の席には売店で買ったポップコーンとジュース。周囲の観客たちが食べているのはブルスケッタにシャンパン。一体どこで買ったのか、視覚的にあからさまな格差だ。

 溜息をもう一度、ますます辟易(へきえき)する三人へ、いきなり隣席から声が掛けられた。


「この席が似合ってねえな、お前ら。ハハハ」


 兵馬の右からだ。顔を向けると、そこには兵馬よりは年上の青年が腰を下ろしていた。

 洒落っ気のあるフライトジャケットが印象的。シャンパングラスではなく飲みきりのビール瓶を指にぶら下げていて、プレッツェルをカリコリと頬張っている。

 他の人々よりはいくらか庶民的な雰囲気が漂っている。もしや、彼も似た境遇なのだろうか?


 居心地の悪さを打開するため、一縷(いちる)の希望を抱き、兵馬は男へと尋ねかける。


「ええと、僕は兵馬樹。貴方は?」

「リオだ。リオ・ブラックモア。ああ、言っとくが大金持ちのご子息ってヤツでな。お前らの庶民仲間ってわけじゃないぜ」

「そ、そうですか」


 そう、彼は先日、夜街の居酒屋で暴漢を撃ち殺してみせた飛空士の青年、リオ・ブラックモアだ。

“親の七光で揉み消す”と宣言した通り、あの一件は殺人としてニュースになることもなく、殺された港湾労働者は行方不明扱いとなっている。


 彼が一握りの特権階級である事は明らかで、そして今日の式典に際し、ちょっとした動乱を企てている。が、もちろん。兵馬たちはそんな経緯を知らない。

 リオはカラリと大笑し、フライトジャケットの飛空挺乗りらしくガシリとした掌を差し伸べてきた。


「ハハ、冗談だ! せっかくの隣席、一日仲良くやろうぜ」

「はは、どうも」


 兵馬はその手を握り返す。リオの表情には含みがなく、少なくともカラリとした人格なのは間違いなく思えた。

 隣席ともなれば数時間ショーの観賞を共にする相手なわけで、友好的に振る舞ってお互い損はないだろう。


 ただでさえ高級な身なりの人々に気疲れしていたところ。実態は大金持ちであれ、振る舞いのフランクなリオが隣に座っているのにはそれなりの有り難みがあった。

 実際は兵馬たちが知らないだけ。リオのジャケットは高級ブランド『ロヴェーレ』のオーダーメイド。市場価格で80万ライルを下らない高級品なのだが。


「そっちのお嬢さん二人もよろしくな」

「……どうも」

「よろしくー!」


 人見知りと能天気。いつも通りの反応をそれぞれが返したところで、スタジアム中央に設営された舞台へと人影が現れた。ビールを煽り、リオが楽しげに呟く。


「お、始まるみたいだな」


 時刻は真昼、空は快晴。だが、魔術師たちの制御によって空が夜闇に覆われる。

 会場は盛り上がりから一転、水を打ったような静寂に包まれる。スタジアムの照明は観覧席、その高所へと向けられる。


 光に照らし出されたのは小柄なシルエット。少年教皇、エフライン14世だ。


 タイミングを合わせ、控えた演奏隊が壮麗な音楽を演奏し始める。


 エフライン、エフライン。

 紫黒の髪、それは英雄の正銘。

 緋色の瞳、それは君主の権威。

 

 コーラス隊が謳うのは国主の名を呼び讃え、礼賛する歌。

 エフラインは会場へと集った人々、そして全国中継の画面越しの民草へ、その歳に見合わない完璧な微笑みを向けてみせる。


「諸君。本日は父の弔いに集ってくれて嬉しく思う」


 ゆっくりと、落ち着いて言葉を述べていく。

 内容は無難な挨拶に終始している。彼が考えたものではなく、周囲の大人たちが作った文章なのだろう。

 それでもエフラインの言葉はその一つ一つに重みを有していて、その場に居合わせた誰もが、緋の瞳に直に覗き込まれたような錯覚を抱く。


「なんか、子供らしくないね」


 詩乃がぽつりと呟き、プリムラが首を傾げる。


「え、そうかなぁ。かわいい顔してるよ」

「そうじゃなくて、カミロとかと比べると、なんか」

「カミロが変なだけだよー。自由人、的な?」

「うーん」


 それを聞き流しつつ、兵馬は黙してエフラインを見つめている。

 その瞳からは思いが読み取れない。普段見せない顔、無機質な眼差しを少年教皇へと向けている。

 

「兵馬?」

「……ん、なんだい」

「あ、いや。あの子をじっと見てたから。どうかしたのかなって」

「見ていたかな。なんでもないよ」


 そっけなく返され、詩乃は億劫(おっくう)になってそっぽを向く。

 今のところ、詩乃は兵馬に対して悪感情を抱いていない。お互いに淡白な気質をしているからか、共に旅をしていて気疲れしない。

 ただ、時折見せる秘密主義者の側面はひどく気に入らない。


 さっき口にしたライラとかいう名前にしてもそうだ。

 同じ場所にいるのに別の物を見ているかのような態度。

 一度文句を付けてやろうと思っているのだが、まあ、式典の最中でなくてもいいだろうと、不機嫌に視線を逸らすに留めている。


 やがて、開会の辞は終わりを迎え、エフラインは柔和な微笑を浮かべて挨拶を締める。


「弔いの場ではあるが、心から楽しんでほしい。父もそれを望んでいるはずだ」


 言葉を切り、それで挨拶は終わり。

 若くして颯爽(さっそう)とした教皇の振る舞いに、会場からは盛大な拍手が湧き上がる。

 

 ……ふいに。エフラインのそばへと一人の人物がふらふら、揺れるような足取りで現れる。(おど)けた服装、奇抜なメイク。おそらく彼は道化師だ。

 一体、何のつもりで現れたのだろう?


 会場の耳目が集まる中、“わけも分からず迷い込んでしまった”とばかりにキョロキョロと辺りを見回し、大げさなジェスチャーで首を傾げて見せる。

 よろめき、慌てた様子で腕を振り回して転ぶ。その様に会場の笑いが湧き上がる。


 エフラインの傍ら、護衛として控えている六聖アルメルが、「何も聞いていないぞ」と言いたげな困惑の表情を浮かべている。

 

「な、何者だ。止まれ、猊下(げいか)に近寄るな」

「ワラッテ?」

「ふざけるな。寄らば斬る!」


 神速の所作、アルメルは秒以下の瞬時で腰の剣へと手を掛けている。

 まさか、この警備の中で不審者なのか? 張り詰める空気、観衆たちの関心がそのピエロへと一斉に注がれる。


 宣言通り、あと一歩でもエフラインに近付けば斬り捨てると

 だが涙化粧のピエロはお構いなし。踊るようなステップで教皇へと歩み寄り、懐から何かを取り出す!


 武器か!?

 アルメルの剣は既に鞘走っている。空を撫でる斬線。沿って、放射状に広がる衝撃。

 空中に白波が奔る。音速を超えた剣閃が生むソニックブームだ。そして刃は道化師の体を両断……!


「うわ、斬った!?」


 プリムラが驚きの声を上げた。

 パフォーマンスの一環かと思いきや、まさかの刃傷沙汰か! 

 否、道化師は斬られていない。

 アルメルの剣を身に触れさせつつも、ひらりと羽のように舞って躱し、そして着地。懐から一輪の花を取り出し、エフラインへと捧げてみせた。


“どうぞ”とジェスチャー。

「ありがとう、ピエール」と、少年は優雅にそれを受け、隣ではアルメルは狐につままれたような顔でいる。


「道化師ピエール。そして六聖アルメル。二人に盛大な拍手を!」


 エフラインが高らかに声を上げ、そして会場が大拍手に包まれる。

 同時に音楽隊が華々しい曲を奏で、グラウンドでは儀仗隊の整然としたパフォーマンスが披露される。

 途端、会場の緊張は解け、華やかな空気へと一変する。

 魔術師たちがここぞとばかりに花火を打ち上げ、静まり返っていた観客たちが歓声を張り上げる!


「なーんだ、演技だったんだね」


 すっかり騙されたーとプリムラが笑う。

 だが、遠くに見えるアルメルの顔には未だに疑問符が浮かんでいるように見える。


「エフライン主導でアルメルにドッキリってとこか? ハハ、あのガキやるじゃねえか」


 リオが笑い声を上げる。様子を見るに、実際そんなところなのだろう。


「ほらほら、あの教皇くんもさ、やっぱり子供っぽいとこあるんだよー」


 プリムラが楽しげに声を上げた。




----------




 式典は賑々しく進んでいく。


 演劇、舞踏、民族音楽。

 ユーライヤ正教において、死者の周忌はしめやかに行うものではない。節目に人々が集い、賑やかに楽しむことが肝要なのだ。


 現在の国主、エフライン14世は芸術を好む少年だ。

 彼の好みに合わせ、繰り広げられるのは至極の芸術の数々。


 鮮やかな衣装をはためかせての演舞が終わる。

 続けては売れ線のコメディアンたちが舞台へと上がり、軽妙なコントを披露して会場を笑いの渦で沸かせてみせる。これもまた広義の芸術だ。

 広大な国土から生まれた気風、多様性を良しとする自由の国。それがユーライヤ教皇国。


「けっこう楽しいね」


 演目の合間に売り子から買った弁当をぱくつきながら、詩乃は珍しく朗らかな表情で舞台を眺めている。


「凄いな、ユーライヤは」


 兵馬が相槌を返す。同じく催しを楽しんでいるようで、いつもの白けた態度はそこにない。

 次に舞台へと上がったのは兵馬と同業、大道芸人だ。

 ボール、クラブ、リング。果ては火の灯された松明まで。様々な物を放っては掴み、放っては掴み、箱と缶で不安定な足場を作って乗り、ステッキを巧みに宙へ回せてみせる。


「うわ、上手い」と詩乃。


「兵馬、ああいう舞台に出られるように練習しないと。大道芸人なら」

「……まあ、目指すべき舞台ではあるね」

「なに。その微妙に偉そうな言い方」

「芸を始めたのが遅かっただけさ。そうだな……あと三ヶ月も早ければ、あの舞台に立っていたのは僕だ」

「は、笑えない冗談」


 ヘタクソの戯言、詩乃は思わず失笑を漏らす。

 

 現国主の気性も手伝って、ユーライヤには道端の芸で身を立てようと志す人間が少なくない。そんな中で、兵馬のジャグリングの腕前は最下層に位置している。

 まあ、言うだけならタダというもの。やたら自信に満ちた兵馬に呆れ半分、感心半分。雑談程度に質問を一つ。


「そもそも、なんで大道芸をやろうと思ったの」

「なんでって、それシャルルにも聞かれたな。そんなに気になるかい?」

「だって、兵馬なら他にいくらでも稼ぎようはあるでしょ。けっこう強いんだし。性格はフリーターっぽいけど」

「フリーターって……まあ、いいや。そうだな」


 ふーむ、と兵馬は考え込む。

 シャルルに答えた通り、芸に長けた移動民族イヴェルに会うのが目的の一つではある。ただ、それだけではない。

 弁当の焼き鮭を割り箸でつまみ、むしりと皮ごと身を齧る。塩気の強さに少し顔をしかめ、お茶でそれを流し込んだ。

 

 シャルルより知り合って長い詩乃からの質問だ。

 なので少し、核心に踏み込んだ答えを。


「苦手だから、かな」

「なにそれ。矛盾したこと言えばそれっぽく見える的なのやめてよ」

「そうじゃなくて……自惚れじゃなく、僕はなんでも出来るから。“出来ない事”を大切にしたいんだ」

「よくわからないんだけど」

「人らしくあるためにね」

「はあ……?」


 曖昧な言い回しは兵馬の悪癖だ、と詩乃は考えている。

 今のやり取りにもその癖は現れていて、捉えどころのない答えに思わず首を傾げてしまう。

 だが兵馬の視線は既に舞台へ。もう質問には答えたよという表情。

 少し腹が立って小突きたくなる……が、プリムラから袖を引かれた。


「見て見て詩乃! 兵馬! 会場の端っこにシャルルがいるよ!」

「ん、本当だ」

「へえ、表情がマシになってるじゃないか」


 シャルルの出番は次の次。そろそろ登場が差し迫り、舞台袖へと移動しているのだろう。緊張は和らいだようだが、今度はどうも苛立った表情に見える。


「落ち着かないやつだなぁ」と兵馬が呟いた。


 と、そこへ。兵馬の隣からリオが声を挟んできた。


「なんだ、お前らシャルル・アルベールの知り合いなのか?」

「ええ、そうですよ。この席も彼が用意してくれた物で」


 答えた兵馬へ、リオは含みのある視線を向けた。

 その表情は興味、そして愉快。クックッ……と押した笑いを漏らし、詩乃たち三人へと言葉を投げた。


「そいつはまた。これから、面白い物が見られるぜ」

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