二話 アコーディオンは殺伐と共に
詩乃と兵馬、それぞれの銃口から放たれた銃弾は的確に敵を射抜いた。
それぞれの背後から迫っていた、ナイフを手にした殺し屋の頭部を!
「へえ、やるもんだね」
「邪魔はしないで」
静かに、足音もなく。
いつの間にか、詩乃たちの周囲を武装した集団が取り囲んでいた。
否、いつの間にかではない。
注文を取りに来た店員、奥で新聞を読んでいた男性、コイン入りスープに激怒した老婆。暗殺者たちは一般人に扮し、既に傍らへと忍び寄っていたのだ。
さらに一人、老婆はナイフを逆手に握って背後から飛び掛かった。
見た目にそぐわぬ俊敏さだ。しかしその喉元へ、上回るスピードで放たれた背面蹴りはプリムラの渾身の一撃。
「でりゃあああっ!!!」
「……ふぐ……ッ」
喉頭へとめり込む靴先、潰れたような息を漏らして老婆が吹き飛ぶ。
倒れるテーブル、飛び散る食器。居合わせた客が悲鳴をあげて、こぼれた炭酸が地面に泡を立てる。
まずは一人を退けたプリムラは、左手に仕込まれた機関砲を開放。
店内に流れるBGMはアコーディオンの軽快な調べ。律動を合わせるように、暗殺者たちへと盛大に撃ち掛ける。
「私は詩乃を守る戦闘人形! 命が惜しかったら近寄らないで!」
「近寄るなら容赦しない!」
プリムラの言葉を次いだ詩乃は、ソードオフのショットガンを腰溜めに構えて躊躇はなし。
引き金を引けば雷めいて響く銃声、短く切り詰められた銃口に火花が映える。
突如始まった銃撃戦に、平和な昼下がりの駅前はたちまち戦場と化した。
悲鳴、逃げ惑う人々。
構わず、詩乃は続けざまにトリガーを引く。机を蹴り立て、敵からの銃弾を防ぐ壁にしている。
突進してきた男へとプリムラの拳がめり込めば、大人の体格がクルクルときりもみしながら宙を舞った。
「よーし、私強いっ!」
「調子に乗らない、プリムラ」
「ううん、荒っぽいな。ショットガンか……」
兵馬はといえば机の下、片手で帽子を押さえて地を這う格好。
顔の隣で詩乃のショットガンが火を噴いた。とっさに片手で耳を塞いだはいいが、轟音にまだ頭がくらくらと揺れている。
故に、伏せて戦況を眺めているのだ。
「けど凄いな。詩乃たち、勝っちゃいそうだ」
そう、幾人もの暗殺者を相手取り、それでも戦況は詩乃たちの有利に見える。
戦い慣れている。戦闘人形であるプリムラが前面で暴れ、詩乃はあくまで後衛を保ったままにフォローを入れていくスタイルだ。
役割分担がはっきりしているためか、その道のプロである殺し屋たちにも引けを取っていない。
詩乃が操作するわけではないが、状況に併せて下す指示は極めて正確。
プリムラの癖や弱点を完璧に把握していて、そこをカバーするように銃撃を放っている。コンビネーションに優れているのだ。
が、そこへ……
「やるじゃないか、だが」
「これ以上好きにはさせないわ」
阿吽とでも言うべきか。ピタリと息のあった、男女二人組の暗殺者が敵方へと現れる。
「げっ!」とプリムラ。
「アントン、エーヴァ……」とは詩乃。どうやら、見知った顔らしい。
アントンとエーヴァ。
詩乃がそう呼んだ二人が、銃弾飛び交う戦場へと歩み出た。
二人並んでスラリと長身、モデルのような美形と形容しても差し支えない。
それでいて、どこにでもいそうな茫洋とした雰囲気を漂わせているのが暗殺者としての色だろうか。
「こっち来ないでよー!」
プリムラは駄々をこねる子供のように、それでいて全くの容赦なく左手の銃弾をこれでもかと浴びせかける。
響く発射の重低音。土煙、飛散した銃弾が四散し八方を抉る。
だが、一陣の風が視界を払うと。
「おしまいかしら?」
二人組の女、エーヴァが綽々と問いかける。敵の二人へは一発の弾丸も届いていなかった。
エーヴァの眼前には半透明、薄膜のような力場が形成されている。彼女が手にした鞭をピシャリ、地面に打ち鳴らすと同時、そのバリアは薄れて霧消した。
「あの女、魔術士か」
相変わらずの机の下。兵馬が感心した様子で小さく唸る。
騒ぎの余波で手元に転がってきた未開封の缶ジュースをプシリと開け、一口。すっかり観戦を決め込んでいるようだ。
「それじゃあ、今度は私の番ね?」
エーヴァが嗤い、鞭が再度空を裂く。
「“形魔乱星、飽くことなき緋の猟犬よ”」
口ずさむ詠唱。リズムと抑揚を付けて諳んじ、大気に揺蕩う魔素を整理、使役する。
――パァン!
小気味良い音に合わせ、彼女の眼前に火のマナが結集、収束。瞬時に形成されて膨れ上がる赤い塊!
「炎弾を受けなさい。『焔の射手』」
呟くと同時、鋭利に射ち出された火が詩乃へと向かう。
直線軌道ではなくカーブを描き、追尾する様は詠唱に準じてさながら猟犬。
詩乃は片手で帽子を抑えつつ、転がった机の陰へと滑り込む。ゴウと炎上、厚みのある木机が瞬時に焼け焦げている!
思わず「きゃあ!」と声を上げ、詩乃は隠れ場所から慌てて飛び出した。
焦げたテーブルが熱に爆ぜ、飛んだ木片がジュークボックスに突き刺さってBGMを沈黙させる。
その無音の刹那、二人組の男の方、アントンが駆け出した。
「始末させてもらう」
彼の手には鉄の光。それは無個性、どこにでも売っているような長剣。
いくらでも替えが利いて足の付きにくい、暗殺者の好む凶器だ。
「詩乃に近付かないで!!」
プリムラはとっさに右腕、迫るアントンへ砲弾を放つ。が!
「甘い」
冷淡な一言に神速の見切り、アントンの手にした長剣がぬるりと円軌道を描いて裂。
砲弾を切り弾き、十歩圏、勢いを緩めぬままに詩乃へと迫る。
「詩乃!!」
プリムラの悲痛な声。詩乃は銃を構えようとするが、アントンが蹴り上げた小石に手を打たれて取り落とす。
閃く銀光、詩乃の首筋へ迫る刃の切っ先!
「いや、そこまでで」
軽い口調で受け止めた剣撃。左手に赤布、右手には剣光。
兵馬だ。
青年、兵馬樹が割り込んでいる。
「邪魔するのか?」
問うアントン。
「まあね」
「なら死ね」
問答はなし、判断が早いのもまた暗殺者の特徴だ。
兵馬の手、アントンの一撃を受けたのは護拳柄のサーベル。優男風の外見に反し、存外に力が強い。
ならばと身を傾け、暗殺者は卓越したバランスから蹴りを繰り出す。
「ぐっは!?」
腹部へとまともに蹴りがめり込み、兵馬はサーベルを取り落とす。暗殺者は蹴りの勢いままに体を捻り、もう一太刀。
が、またしても受けられる!
兵馬の手にはいつの間にか、湾曲した小型の刃が握られていた。
「山刀だと。貴様いつの間に?」
「僕は大道芸人。タネも仕掛けもあるのさ」
触れ合った刃を離し……間合いのままに数合、両者は鋭く刃を打ち合わせる!
「し、詩乃! 兵馬かなり強くない?」
「意外……ポンコツ芸人でスリのくせに」
驚く詩乃とプリムラをよそに、目にも留まらぬ速度で二本の剣が躍る。
二、三と後歩、兵馬はふうと息を吐く。
「流石は暗殺者、このまま斬り合いは厳しい」
「喋る余裕が?」
高速の撃剣戦、熟練の太刀筋に応じてみせる兵馬。
だが、徐々にアントンに分が傾きつつある。と、見るやいなや。
「ならこいつだ!」
兵馬の手には瞬時にマスケット銃が、パンと炸音!
至近から放たれた単発式の銃弾、しかしアントンは身を逸らしてそれを避けた。手練の暗殺者、その実力は伊達ではない。
だが兵馬は交戦に執着しない。銃弾を躱すために姿勢を崩したアントンを横目に、迷いなく身を翻している。
「逃げるよ」と宣言。兵馬は詩乃とプリムラの手を引いて駆け出した。
「アントン、汽車が来るわ」とエーヴァの声。逃すものかとアントンは追走。
「兵馬さん、強いんだね!」と快哉を上げたのはプリムラだ。
「まあ、まあね」と照れくさそうに答え、兵馬は詩乃へと話を持ちかける。
「僕を雇わないか?」
「雇うって、何のために?」
「護衛さ! 代わりに旅費を肩代わりしてくれ!」
「えっ無理。私とプリムラの分だけしかないし、あなたスリだし……」
「そこをなんとか! 君たちに護衛は必要なはずだ。プリムラは荷物扱いとかにできないのか。人形なんだろ?」
「あっ」と詩乃。振り向き、なるほどとばかりにプリムラを見つめる。
彼女のカバンは内部に空間拡張術式が施してある高級品で、プリムラを納めるぐらいは余裕なのだ。
「へ? 何?」
間の抜けた声を上げるプリムラ。と、背後を見ればアントンとエーヴァが追ってきている。
「二人は先に乗ってくれ。僕が食い止めよう」
「まだ雇うって言ってないよ。スリだし」
「選べる状況かい? 死にたくなければ雇ってくれ。実力は……今見せる!」
重く軋む車輪、走り出した列車。その末端へと手を伸ばし……詩乃とプリムラが飛び乗る。間一髪で!
その後背、立ち止まった兵馬の眼前へは先行したアントン。対峙に視線が交錯する。
「ここで死ね」
アントンは片手に鉄剣を構え、待ち受ける兵馬に向けて踏み込んだ。
だが瞬時、暗殺者はその鉄面皮をついに崩すこととなる。
……刹那、兵馬がアントンの懐へと踏み込んでいる。
その動作はこれまでの立ち回りとはまるでレベルの違う、腕利きのアントンが一切反応できないほどの素早さで。致死の距離を取られ……!
――邪魔をするな。
兵馬はただ、アントンへと一言の警句を呟いた。
(この殺気、まるで人外の……!)
瞬間、脳裏を占めたのは臨死の気配。
息の詰まるような威圧に首筋を撫でられ、アントンの切先がわずかに鈍る。
「はっ!!」
それを見逃さない!
兵馬の左手、赤布が再度はためいた。直後、右手には短尺のメイスが現れる。
そして振るわれた一打は確とした重感を伴い、アントンの鉄剣、その刀身を強打した。
ガギ、と鈍い音を残し、刀身が折れ飛ぶ。
加えて反転、放たれた兵馬の横蹴りはアントンの胸部を深く捉えた。
「がはっ!!」
「もう一度言う。邪魔をするな。僕は今度こそ、彼女を守ってみせる」
「っ、ぐ……今度こそ……? 貴様、あの娘の何だ!」
「彼女は僕にとって……いや」
兵馬は言いかけた言葉を切り、アントンはよろめいている。
それを好機と見た兵馬は列車の後尾へ、間一髪のタイミングで指先を掛けた。
「お疲れ様!」
帽子を取って兵馬が一声、速度を上げ始めた汽車は駅を離れ……それを見送った暗殺者たちは、既にプランを切り替えている。
先ず、あの男の存在を報告しなくては。
「次だ」と一言。
アントンとエーヴァは人混みへ、影のように姿を消した。
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「と、いうわけで。君らの護衛として雇ってもらう兵馬樹です。よろしくね」
「……だから、雇うって約束してないけど」
すっと視線を逸らし、詩乃は小声で呟く。
「いや、僕は命を賭けたんだぞ。君たちも約束を守れよ」
「……約束してないってば。スリだし」
「スリは置いといてくれ! ほら、本当にスリなら逃げてたはずだろ? 君たちに自然に話しかけるきっかけが必要だったんだ!」
「うわっ、やっぱりナンパ目的」
「いや違う、違うんだ。これには深い深い理由があってだね」
「理由って何」
「……言えないな」
「……」
「ぷ、プリムラは荷物扱いにできるんだろ? 僕の旅費を賄ってくれてもいいじゃないか。命の恩人だよ!」
「……浮いたお金でプチ贅沢とかしたいし。ご飯とか、温泉とか……」
目を逸らしたまま、詩乃はぼそぼそと言葉を並べる。兵馬が喋れば喋るほどに信用できなくなっていく。
そして旅費を贅沢に使いたいのも本音だ。
プリムラは鞄の中、押し込められたことに不満げに頬を膨らませている。
「っていうか、旅費は自分で稼ぎなよ。なんで私に寄生する気まんまんなの」
「大道芸で全然稼げなくてね。人の多い都会なら!」
「バイトしなよ」
「いや、それは面倒で……」
『やっぱこいつ胡散臭いよ詩乃! フリーター! ニート気質!』
くぐもった声は鞄の中のプリムラだ。懸命に叫んでいる。
詩乃のカバンは内部に空間拡張術式の施された高級品で、武器や日用品と一緒にプリムラを押し込んでも大丈夫なのだ。一応。
冷めた瞳、命を狙われる帽子の少女。
旅費のため、鞄に押し込められた戦闘人形。
働く気はなく手癖の悪い、得体の知れない大道芸人。
まるで実のない言い合いを交わしながら、二人と一体の長い道のりが、今ここに幕を開けた




