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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
聖都セントメリア編
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★二十五話 もう一人の主役

 詩乃らが出た廊下、打ちっぱなしのコンクリートが長く長く続く通路を抜けてすぐ。

 グラウンドとの中間部、日陰の位置にはリュイスの姿がある。

 

 アイネとロネットが見下ろしていた時と変わらず、どこか手持ち無沙汰な様子。上をぽかんと見上げながら、漫然と警備をこなしている。

 同僚のニコラ、他隊に所属している友人のエミリオと雑談を交わしていて、その表情には今ひとつ気が入っていない。


「警備ってのはなぁ。どうもつまんねえ」

「はは、隊長に見られたらゲンコツで殴られるぞ。それじゃ、そろそろ持ち場に移るよ」

「じゃあな、リュイス」


 友人の二人が去って行き、溜息を一つ。

 リュイスがどうしてこうもやる気を出せずにいるかと言えば、警備場所の“ハズレ”っぷりに限る。

 なにせ、これから始まる演目も一切見えない死角。かと言って外部からの侵入者が来る可能性がある場所でもない。


 つまり式典が続く三時間あまりの退屈が約束されているわけで、それでも騎士が座り込むわけにもいかない。

 ただ淡々と立ち続けるしかなく、友人二人もどこかへ行き、本当にやることがなくなってしまった。


「くっそ、暇だ」


 しかも、この位置の上には雨除けの屋根がある。

 快晴の空やアイネが打ち上げている花火も満足には見えない位置なのだ。

 不満げに舌打ちを一つ、ストレッチめいて首を捻る。


「ったく、ルカの奴はどこに行っちまったんだ。朝から姿が……」

「おいリュイス。サボってないー?」


 背後から女性の声。リュイスは振り向き、良い話し相手が現れたと表情を明るくする。


「ゼラさん。マジメにやってますよ、マジメに」

「はん、嘘つけ」


 ロングスカート型の特殊な軍服、頭に目立つ花飾りをあしらった女性軍人が歩いてくる。

 ゼラと呼ばれた彼女はかなり派手な顔立ちをしていて、雑に言い表すなら若干ギャルっぽい、あるいはヤンキー感のある系統。


 見るものには不良めいた印象を与えるが、そんな見た目にそぐわずシャラフ隊の副官の一人。

 リュイスよりも上の立場だが、上下の堅苦しさを感じさせないタイプ。上官にしては珍しく、砕けた会話のできる相手なのだ。


 そのゼラが、強気な瞳に茶目っ気を浮かべて口を開く。


「リュイス、感謝しなよ?」

「何がっすか」

「警備場所、決めたの私だから」


 どこに感謝する要素があるのか。思い切り顔をしかめてみせる。


「はあ? 勘弁してくださいよ。なんでこんなシケた……」


 リュイスの冴えない表情を前に、ゼラは上機嫌から一転。

 拳を作り、顔の横に軽く振り上げてみせる。


「何、その顔は。上官批判ならブン殴るけど?」

「す、すいません。いやでも、場所が悪いっすよ。こんな何も見えない場所に割り当てなくたって!」


 謝りつつも抗議の態度を引っ込めない。

 ただ暇な場所というならともかく、楽しげな歓声や音楽だけは聞こえてくる位置だからタチが悪いのだ。

 と、そこでゼラは得心(とくしん)した様子で「あー」と一言。ニヤリとほくそ笑む。


「持ち場の担当割り。あんた自分の名前しか見てないね?」

「別に、見てないっすけど。それが何か」

「はいはい、なるほどね。言っとくけど、この場所は二人担当だから」


 それは知っている。相手の名前には興味がなかったので確認しなかったが、暇な中でせめてもの雑談相手になってくれるもう一人が来るのをずっと待っていたのだ。

 しかし、そのもう一人が遅い。その事もあってリュイスの不満が募っている。


「まだ来ないんすかね、もう一人は」

「さっき向こうで客のヨボついた婆さんを座席に案内してんのを見たけどね。もう来るんじゃない……っと、来た来た」

「ごめんなさい! 遅くなって……、あれ?リュイス?」

「って、カタリナ!?」


 親友以上、彼女にはギリギリ未満。現れたのは長年の幼馴染、カタリナだ。

 ゼラの“感謝しろ”とはこの事を言っていたらしい。色恋沙汰に目のない上官は、他隊ながらにリュイスとカタリナの事情は把握済み。

 背越しにひらりと手を振り、お節介な笑顔を浮かべて早々と去っていった。


 そんなゼラを敬礼で見送った二人は、ぎこちなく顔を見合わせる。


「そっか、今日はリュイスと仕事か」

「そ、そうだな」

「珍しいね、こういうの」

「真面目にやらねえとな」


 共に騎士、同じ職場で働いているのだが、顔を合わせる機会は少ない。

 リュイスは白兵戦に長けたアルメル隊、カタリナは魔術兵の揃うザシャ隊。企業で言えば部署違い。とりわけ、ザシャ隊の職務は魔術絡みと特殊。

 ただでさえ人数の膨大なユーライヤ軍だ、意識して会いにでも行かなければ一週間やそこら顔を合わせないことも少なくない。


 それだけに、いざ騎士服のカタリナと隣に並ぶとついついぎこちなくなってしまう。素っ気ない言葉に終始してしまう。

 ロネットがアイネとの会話でリュイスを称したガキという言葉は、それなりに的確なのかもしれない。


 ただ、それはリュイス側の話。

 カタリナはその穏やかな顔立ちをにこにこと綻ばせていて、喜色に満ちた様子を隠そうともしていない。

 妹のノーラとは真逆の、クセがなくわかりやすい性格なのだ。


「嬉しいな。リュイスと一緒に仕事だなんて。ゼラさんにお礼言わなきゃ。ふふ」

「……そ、そうだな」


 別に女性と喋るのが苦手だとかではない。だが、カタリナを前にすると、途端に口下手へと変身してしまうのだ。

 子供の頃はそんなことはなかったのだが。


 それから、ぽつぽつと雑談を。辺鄙な場所の警備だ。見咎める者もいない。

 職務中に騒ぐわけにもいかないので、話す内容は昼に何を食べたかだの、とりとめもないことばかり。

 そして共通の話題となれば、必然二人の会話は幼馴染の心配へと流れていく。


「シャルル、大丈夫かなぁ……」

「あいつ、ガキの頃から上がり症は治ってねえからな。やらかさないといいけど」


 リュイスとカタリナ、二人は共に23歳。そんな二人から見て、20歳のシャルルは単なる幼馴染というより弟のような存在だ。

 その性格の欠点も知りすぎるほどに知っていて、大舞台を前にパニックに陥っている様子がありありと目に浮かぶ。


「……あいつ、倒れるんじゃねえの」

「心配だな……心配だなぁ……」


 シャルルは宮廷音楽家としての舞台を幾度か踏んでいるが、任を拝命してからまだ日が浅い。

 全国民の目に晒されているのを明確に意識する、大規模な式典での演奏は今回が初めてなのだ。


 蒼白、過呼吸。弾き間違え、ミスに動揺を募らせて、そのまま泡を吹いて卒倒。

 そんな悲惨な光景が想像に難くない。


 心配だな、と、カタリナの口からは同じ言葉が幾度も幾度も溢れて出る。

 ボキャブラリーが欠如気味、そんな彼女の心に不安が募った結果、まるで壊れたスピーカーだ。

 が、リュイスも内心には同じ感情のため突っ込みは入れない。


「うーん、まあ。ノーラが付いてるだろ? 大丈夫だろ、大丈夫」

「そう、だよね。うん……」


 わずかに言い淀むカタリナ。飲み込んだ続く言葉は、“それがまた心配なんだけど”だ。

 付き合いの長い二人、リュイスはカタリナの表情から言外の意思を読んで取る。


 同じく幼馴染、そして実妹。二人は当然ノーラの気質もまた熟知している。


 燃えるような悋気屋。嫉妬深い気性。

 基本的には良い子なのだが、時たま、いや、それなりの頻度で暴走気味。


(トラブルにならねえといいけどな)


 せっかくゼラが二人での会話でも、と気を回してくれたのだが、状況が状況。

 楽しい語らいには程遠く、交わされる会話は心配ばかり。気が気でないまま、二人は会場の盛り上がりへと耳を傾けるのだった。




----------




「すごい顔してたね! シャルル」


 面白い物を見たとプリムラ。


「あのまま死ぬんじゃ……脳の血管とか切れて」


 そこそこ本気で言っている詩乃。


「地震起きろ。隕石落ちろ。って呟いてたな。人が死なない程度で、とは補足してたけど」


 呆れ気味に兵馬が語る。


 三人は出演者控え室を出て、スタンドへの廊下を歩いている。

 ついに開演時間を間近にして、出演者以外の付き添いは部屋から出るよう係員に促されたのだ。


 ただ、シャルルの様子がおかしいのは係員にも伝わったようで、ノーラだけは許可を得て部屋に残った。

 なので、三人は移動している。

 

 席はシャルルが手配してくれていた。酒浸りの自堕落人間だが、案外気が利く面もあるらしい。

 部屋を出てしまえば手助けできることもなし。用意してくれたのは特等席とのことで、三人はすっかり観覧ムードだ。


 出演者はシャルルだけではない。

 国中のパフォーマーが集まるとなれば、陽気なプリムラ、大道芸を志す兵馬はもちろん、素っ気ない気性の詩乃でさえ期待に胸が躍る。


(けっこう楽しみかも)


 と、そこへ騒がしい声が聞こえてくる。廊下の向かいから大所帯が現れたのだ。

 バタバタとやけに急いでいて、異様なのは集団のほとんどが進行方向ではなく、人垣の中心へと目を向けているという点だ。


 詩乃たちは邪魔にならないよう、壁際に寄って彼らをやり過ごす。

 すれ違いざま、集団の中心にいる女性が詩乃の目に垣間見えた。


 自分と同じくらいか少し歳上、とても美しい少女だ。

 周囲の人々は彼女へ化粧を、ヘアメイクを、衣装の調整をと忙しなく動いていて、その少女が集団の核であることは一目に明らかだった。


「なんだろ、あれ」


 行き違い、プリムラが不思議そうに呟く。

 詩乃はその少女を知っている。


「今の、リーリヤだよ」


 リーリヤ。彼女こそがシャルルと並ぶ今日のメイン。正真正銘のスーパースター。

 その圧倒的な歌唱力で国中に熱狂的なファンを抱える、宮廷歌手のリーリヤだった。


 芸能人にそれほど興味のない詩乃でさえ一瞬で認識できる知名度、そして存在感。

 ほんの一瞬横顔を見ただけなのに、確かに“特別”な人間であると感じさせる何かがあった。


 どうやらプリムラからは人影で死角だったようで、「えー、見たかった……」と悔しがっている。

 そんなプリムラの隣……


「……兵馬、どうかした?」


 奇妙な表情。

 兵馬はいつもの飄々とした様子とは違い、黙りこくったままに深刻な雰囲気を漂わせている。

 そして詩乃の問いかけに気付いた様子もなく、小さく呟く。


「……ライラ」

「え、誰?」


 ライラ? 彼女はリーリヤ、人違いだ。

 思わずオウム返しで問いかけた詩乃に、兵馬は虚を突かれたような表情を浮かべる。


「あ、いや、なんでもないよ」

「?」

「何、元カノ?」

「違うって」


 突然こぼれた女性名に、プリムラはニヤリと笑って追求の構え。

 しつこく質問を重ねられ、兵馬は厄介なのに絡まれたとばかりに眉をしかめている。


(ライラ、ねえ)


 その名前に若干の引っかかりを感じつつ、詩乃は去っていったリーリヤへと目を向ける。

 

 と、プリムラの詰問は陽光に断ち切られた。

 雲のない晴天、薄暗い通路から抜けてきた三人の目には降る光が眩い。

 

 観衆の期待が渦巻くスタンドへ、三人は辿り着いた。


ゼラ・アルツール

挿絵(By みてみん)

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