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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
聖都セントメリア編
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二十三話 シャルル・アルベールの葛藤

「むむ……」

「早く早く! 兵馬はいちいち長えんだよ!」

「まあ待て待て、落ち着けよカミロ。まだ僕のターンだろ」

「ヘタクソが長考したって何も変わんねーよ」

「うるさいぞ! 思考を妨害するな!」

「へっ、無駄だってのに」


 時刻はまだ朝早く。

 アルベール家の居間、カーペットの上では兵馬とカミロが二人、仲良く頭を突き合わせてカードゲームに興じている。

 なにやら子供に人気のアニメカードらしく、年相応のカミロはともかく兵馬までもが割と真剣な表情で対戦に集中しているようだ。


 そんな光景を真横に、食卓についたプリムラがじっとりと白い目を向けている。


「へーい兵馬。子供相手にムキになるのはどうなのさー」


 スクランブルエッグをケチャップと絡め、口へと運びながら茶々を入れていく。

 その隣の詩乃も同じく、子供との遊びに熱中する兵馬の姿はなかなか理解に遠いようだ。


「床に座り込んでまでやるのはどうかと思う」

「うるさいな、こういうのはやるからには勝つ主義なんだよ僕は。そうか、見えたぞ!」


 パチンと指を鳴らし、兵馬は手札から一枚を場へ。


「僕はこのスペル、【夜獣の饗宴】を発動だ! 通るかい?」

「はい打ち消しー。さらに一枚ドローしてもらうぜ」

「なんだと!」

「これで兵馬のデッキは0、マナも空っぽ。はい、次のターンで俺の勝ち……」

「まだだ! このスペルは効果を打ち消されても、コストで手札を一枚セメタリーへと送ることが可能!」

「なにぃ! まさか、兵馬ァ!」

「そう、僕のセメタリーにいるクリーチャーを数えてみるがいいさ!」

「は、発動条件が整ってやがる! クッソー!!」


 やけに盛り上がっている様子だが、端から見れば紙切れを片手に珍妙なカタカナ語を交えてやんやと騒ぎ、バカバカしい光景でしかない。

 詩乃とプリムラはやれやれとばかり、顔を見合わせオレンジジュースを口に含んだ。


 一応、兵馬がこんな遊びをしているのには理由がある。

 この少年の面倒を見始てから数日、最初のうちは彼の派手に極まる爆薬遊びや機械いじりに付き合っていたのだが、やはりそれは体力的に厳しいものがあった。

 ので、徐々にインドアな遊びへとシフトさせていった。


 まずはトランプ。そこから発展し、巷で流行りのカードゲーム、その構築済みデッキを買い与えることで兵馬は平穏を手に入れたのだった。


 初対面からたった数日にも関わらず、カミロは兵馬によく懐いている。

 今になって思えば、彼の爆破遊びは暴力衝動ではなく、少しでも派手なことをやって周りの関心を引きたい気持ちの表れだったのかもしれない。そう兵馬は考えていた。

 現に、仲良くなってしまえばこうして大人しく遊ぶことができている。


 そんな光景を目に、詩乃は兵馬へとほんの少しだけ感心していた。


(子供と仲良くなれるなんて、意外にまともなとこあるんだ)


 ゲオルグとの初対面時に言葉に(きゅう)したように、詩乃は老人が得意ではない。

 そして子供に気を使うのも苦手なのだ。

 加えて言えば、同年代とでもそれはそれで緊張する。苦手意識のある相手だらけ、コミュニケーション音痴ここに極まれり。


 それはさておき、二人がこんな場所で遊んでいるのにもワケがある。

 本来のカミロの部屋がある二階は、今はとても立ち入れる状況ではない。と言うのも。


「ううああ! まるで駄目だぁぁぁ!!!」


 二階からは酷い、悲鳴じみた奇声が降ってくる。シャルルだ。


 続けて、ギキキキィとバイオリンを掻き鳴らす怪音が響き渡る。

 いつもの流麗な音色とはまるで異なり、音楽素人の詩乃や兵馬たちでも精神の集中が乱れているのがありありと感じ取れるノイズ。


 居間の四人は揃って顔をしかめ、うんざりとした様子で天井を見上げた。


「シャルルのやつ、めっちゃビビリなんだよなー」

「ガラスのハートってやつだね」


 カミロは呆れ果てた口ぶり、プリムラが相槌を打つ。

 きっと演奏の本番前になるといつもこの様子なのだろう。それが国を挙げての大舞台となればなおさらだ。

 普段なら二階で遊んでいる二人も、この音に追い出されたような格好。逃げるように一階へと避難してきているのだった。


「む、これはいかんな」


 奥の部屋からゲオルグがひょっこりと姿を現した。

 その手には青い液体が入った角瓶が乗せられていて、居間の一同を見回して兵馬へと瓶を渡す。


「精神の落ち着く魔術薬を調合してみたんだが、シャルルに渡してやってくれないか」

「僕がですか? ゲオルグさんが行かれた方がいいんじゃ」

「いや、あの子は……シャルルは昔から上がり症なんだか、親や私が見ているのを意識すると余計に緊張するタイプでな」

「はあ、なるほど」

「ここは一つ、君たちに頼みたい」


 請われて断る理由もなし。

 数日の居候の間に寝食を共にし、兵馬たちとシャルルの間にはそれなりの友誼(ゆうぎ)も結ばれた、ような気がする。


 兵馬を先頭に、詩乃とプリムラも興味本位で後についてきた。

 恐る恐る二階へ上がり、そして目に入ってきた彼の姿は……


「Aの音、Aの音をチューニング、Aの音、Aの音を……」


 血の気がすっかり引いた表情だ。

 一睡もできなかったらしく、ぼさついた髪で弦へと弓を滑らせ続ける姿は幽鬼じみている。


 この国の信仰の対象は現人神とされるエフライン14世。

 つまり、今日は神の面前での演奏なのだ。


「Aの音、A、A。ひぁぁあっ!! 失敗したら……失敗してしまったら!!!」

「これはひどい」


 三人の気持ちを代表するように、詩乃がぼそりと呟いた。

 

「だっさ」


 続けて、辛辣(しんらつ)な一言を飛ばしたのはプリムラだ。

 温厚、どちらかと言えば性格の良い人形なのだが、普段シニカルに格好を付けているシャルルが怯えきっている様子には流石に呆れたようだ。

 結果、身も蓋もない苦言が飛んだ。


「わかる。ださい」


 詩乃もシンプルな言葉でこれに追従、兵馬はその横で苦笑を浮かべている。

 罵倒を受けて、それでもシャルルは反論の様子すら示さない。示せない。そんな余裕はない。


「なんとでも言え、なんとでも! ううああああ見てくれこの震える手を! 最悪だ、最悪だ、本番で指が動かないかもしれない! まさか、僕を妬んだ誰かが呪いを掛けて……!」

「うわぁ」「うわぁ」


 ついに思考を現実逃避と妄言へとシフトさせてしまっている。

 そんな目も当てられない様子に、詩乃とプリムラはついに掛ける暴言さえ失った。


「ほら、ゲオルグさんが精神安定剤を調合したって」

「ありがたい!」


 兵馬が差し出したそれをひったくり、猛然と口へ流し込む。

 妙なとろみがあって、お世辞にも美味しそうには見えない。だがシャルルはそれを命の水とばかりに勢いよく飲み干して一息。


「プハァ! うっ!?」

「あ、おい……」


 ゆらりとよろめき、背後へ仰け反り倒れてしまった。

 これは一体どうしたことだろう。


 詩乃たち三人は顔を見合わせ、首を傾げ、不思議そうに床に昏倒したシャルルを見下ろした。

 すっかり困惑したままに、プリムラがしゃがみこんで青年の首筋に手を当てた。脈拍を見ているのだ。


 数秒の間を置き……彼女の印象的な太眉が斜めに下がった。


「なにこれ、息してない」

「え。兵馬、まさか……殺したの」


 予想外の事態!

 詩乃が胡乱(うろん)げな目つきで兵馬を見る。これには飄々としたスタンスの兵馬も焦る!

 両手を手をぶんと振り回し、必死の表情で弁解を試みる!


「ぼ、僕はやってない! 二人も見てただろ! ゲオルグさんから受け取った薬をそのまま渡しただけだ!」

「すり替えたんじゃ? いつもの胡散臭い大道芸で」

「変な疑いはやめてくれ!」


 と、そんなところへ入ってきたのはゲオルグだ。


「おや」

「ま、待ってくださいゲオルグさん! これは! 僕は何もやっていない!」

「よしよし、効いたか」

「え!?」


 慌てふためく兵馬をよそに、床へと倒れ伏したシャルルを見て悠然の一言。その様子にプリムラが頓狂(とんきょう)な声を上げる。


「へ!? ゲオルグさんが殺したの!?」

「仮死状態だよ。こうでもしなければ可哀想になるほど怯えるのでな……」

「な、なんだ、人の悪い。それならそうと説明しておいてくださいよ」


 兵馬は抗議するも、「すまんすまん」の一言で流されてしまった。

 ドタバタと足音、カミロが二階へと駆け上がってきた。


「お! シャルルがまた死んでんじゃーん!」

「はは、背負って運んでやらんとな」


 白目を剥いたシャルルの姿を目に、ゲラゲラと爆笑する少年。同じく笑う老人。

 詩乃は溜息を一つ、アルベール家に全員に対しての認識を共通のものへ改めた。


「この家族、めんどくさ……」




----------




 晴天快晴、雲一点ない空が青々と広がっている。


 そこへ打ち上げられた彩りに富んだ花火が、ドン、ズドンと軽やかに空気を揺らす。

 国を挙げた式典を前に、優れた魔術師たちによって造られた特製の火薬だ。真昼の空にも大輪の華を咲かせ、光の雨を降らせてみせる。


 宮廷魔術師、火を操ることにかけては最高峰の腕前であるアイネもその作成に関わっていた。

「上手くいってよかったー」とは、会場の片隅で空を眺める彼女の弁。


 首都セントメリアの街並み、その繁華街の中心区には10万人を収容できるスタジアムがある。

 普段は球技が行われているその場所は、今日は先代の教皇を偲ぶ法要の会場へと姿を変えるのだ。


 法要、とは言え人々の雰囲気は明るい。

 西国ペイシェンとの長い戦争を主導していた前教皇は、現人神ながらに国民からの人気に欠ける面があった。


 比べ、現教皇であるエフライン14世は幼くして聡明な賢王として国民からの人気が高い。

 信心深い人間はもちろん、教皇が現人神であるとまでには崇めていない人々の中にも悪く言うものがいない。


 実際の執政は少年教皇ではなく周囲の文官たちによる部分がほとんどなのだが、何よりエフライン14世の幼くして淡麗な外見、そして現状の平和が国民の心を惹きつけていた。

 そんなエフラインは会場の中、一際高く位置した観覧席に座している。


 隣にはアルメル、そして数人の近衛兵たち。

 傍目にはわからないが透明かつ堅固な魔力障壁が張られていて、仮にどこかからか狙撃されても弾が届くことはない。そこに六聖も控えているのだから、警備体制は盤石というわけだ。


 そこより一段低い席には、国の主たる貴族、政治家に軍人たち。錚々絢爛(そうそうけんらん)たる面々が顔を並べている。


 議員席にはアルメルの兄、重度のシスコンことテオドールの姿も。

 しきりに顔を上へ向け、エフラインとアルメルが会話を交わす様子を警戒たっぷりの瞳で見据えている。

 そう、彼はわずか10歳の少年教皇にさえ妹を取られるのではないかと警戒を抱いている。狂気!


「アルメル……くっ!」

「おやテオドール君、顔が怖いなぁ。笑って笑って!」


 そんなテオドールへと声を掛けたのも同じく政治家、現在最も有力な議員の一人であるドミニク・エルベだ。

 高い知性を感じさせながらも、その口調は穏やかにして気さく。


 策謀渦巻く議員たちの中で、戦災孤児の支援などの慈善事業に尽力し、人格者で通っている中年男性だ。外見は若々しいが。

 そんな彼が二つ隣の席からぬるりと腕を伸ばし、テオドールの頬へと掌を当てる。そして押し上げ、強引に笑顔を作らせた!


「スマイル!」

「うぐっ」


 くしゃりとウェービーな髪を揺らすドミニク議員。

 彼の議員としての権力はテオドールよりも上。言葉通り、笑顔がモットーの人物だ。

 下手な反論もできず、テオドールは渋々ながら頬筋を動かして笑顔を作った。


 軍人らの席にはリュイスを叩きのめしたシャラフや魔術師ザシャなど、アルメル以外の六聖が腰を据えている。

 さらに広大なユーライヤ国内、各地方の軍を統括する将軍たちの姿も数人。

 

 ユーライヤ教皇国は宗教国であるが故に、国軍の編成が歪だ。

 六人の騎士たち、六聖(ベネデッタ)。彼らは国主である教皇エフラインに直属の兵力であり、近衛兵(このえへい)としての役割も有している。

 軍での階級は将軍相当。アルメル、ザシャは少将、シャラフは准将。

 

 無論、将軍はこの六人だけではない。ユーライヤの国土は広大だ。国境線では緊張状態も続いている。全域を治めるためには大きな軍力が必要となる。

 巨大な軍を統括するために、将軍は六聖の他にも六人。彼らは“六将軍”と括って称される。

 

 六聖たちは首都を拠点とする教皇の手足。対して六将軍たちは、各地の大都市の統治と防衛が役割だ。

 そしてセントメリアから離れた土地を統べるという立場上、教皇の直属という扱いではなく、独自の権限を与えられている。


 十二人の将軍たち。それぞれに強大な権限と戦力を誇る彼らは、政治屋たちの権力争いの代替駒となっているのが現状だ。


 そこでふと、テオドールとアルメルの視線が交錯した。なんだかんだで仲の悪くない兄妹だ。

 短いアイコンタクトだけで互いの意図を汲み取り、過不足なく理解する。


(お兄様、“彼女”の動向に注意を)

(ああ、わかっているよ。アルメル)


 ブロムダール兄妹が目を向けているのは列した六将軍の一人、国土中央の大都市リリエベリを治める女性将軍アナスターシャだ。

 片側に流した髪は鮮血めいた朱。長身麗躯、冷めきった美貌と鋭い瞳。中将にして議員、そして彼女の役職はもう一つ、“枢機卿(すうききょう)”。


(怪物め)


 アルメルは目下、黙して彼女を注視する。

 枢機卿とは教皇に次ぐ国のナンバー2。国教ユーライヤ正教におけるエフラインの顧問(こもん)役であり、多方面に強い発言力を持っている。


 議員、将軍、枢機卿。つまりは政治、軍務、宗教のトップに位置しているということ。

 齢は三十と少しの女性、一人の人間に権力が集まることが許されているのは、彼女が持つ生まれながらの権力がため。ブロムダール家に並ぶ大貴族の一つ、パリス家の長子なのだ。


 そして、野心家である彼女には黒い噂が絶えない。

 教皇のエフラインが少年であるのを良いことに、実質の主権者の座を狙っている。今も列席した有力者たちとしきりに会話を交わしていて、式典への興味よりもロビー活動に余念がない。

 自らの勢力を拡大するべく、その食指を広げ続けている。


(この国を貴様の好きにはさせないさ。そう、アルメルのために!!)


 敵愾心(てきがいしん)たっぷりに枢機卿アナスターシャを睨みつけるテオドール。

 そんな彼へ、再びドミニク議員の両腕がするると伸びた。


「ほうらスマイルスマイル!」

「うっく、これは失礼……」


 テオドールは逆らわない。ただ気さくな男と見えるドミニク議員だが、彼はアナスターシャと対等に発言できる数少ない権力者。 


 彼を自分の勢力へと引き込む。それが目下、テオドールの目的だ。再び頬を押し上げられつつ、強引に笑顔を作ってみせる。

 テオドールは使命に燃えている。彼にとっての政敵アナスターシャは、エフラインを守る近衛騎士のアルメルにとっての大敵でもある。

 故に、アナスターシャを追い落とすことで妹アルメルとの愛を深められる。テオドールはそう信じているのだ。

 つまるところ、完全なる私欲なわけだが……


 貴族、軍人、政治家たち。

 様々な思惑が交錯する中、式典の開幕は間近に迫っている。

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