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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
聖都セントメリア編
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十八話 六聖シャラフ

 聖都セントメリア、絢爛(けんらん)(そび)える宮殿の中。兵士たちの室内訓練場。

 鈍色に輝く筋力トレーニング用の機器を始め、各種の訓練器具が膨大な数並べられている。


 荒い息遣い、汗が蒸気と立ち込める。

 トレーニングシューズが床を摩擦し、キュ、キュと高い音が室内へと響く。シャフトの両端、重量プレートが軋み、バーベル特有の金属音が鳴っている。


「どああっ……!!」


 ガラン! バーベルが台へと降ろされ、寝そべり鍛錬をしていた青年は汗だくの首をタオルで拭った。リュイスだ。

 その傍にはルカがいて、感心の目を向けている。


「100キロね、よくやるよ」


 親友からの賞賛に、リュイスは歯を見せてニヤリと笑う。


「まだまだ。150はイケるぜ」

「汗まみれのタンクトップ姿で歯を見せて笑うなよ。筋肉バカに見えてちょっと気持ち悪いぞ」

「おい、酷えな」


 西の大国ペイシェンとは数年前まで戦争状態にあった。そのため、ユーライヤ軍兵士は全体に練度が高い。

 その中でも上位の戦闘能力を有するのが騎士の位を持つ兵士たち。さらにリュイスはその中でもホープと見做されている存在で、まさにフィジカルエリートと呼ぶに相応しい。

 全身が良質の筋繊維で構築されている。それも実戦用、堅強に研ぎ澄まされた筋骨格だ。


 肩をぐりんと回しつつ、次はどのトレーニングをするかと視線を巡らせ、その途中でふと目を留める。


「お、なんだありゃ?」

「人だかりができてるね」


 人垣が形成されているのは格闘術の訓練をするためのスペース。

 どうやら誰か、顔の売れている人物が戦っているらしい。


「ちょっと、通してくれ……よっと」


 体格の良い兵士たちの人垣を掻き分け、リュイスとルカはその中心の戦いへと視線を向けた。

 体術戦を繰り広げているのは二人の戦士。

 どちらの目も冷静で、これは(いさか)いの類ではなく訓練の一環なのだとすぐに見て取れた。


 片方は壮年、顔に刃傷の刻まれたいかにもな軍人顔。彼はユーライヤ軍式格闘術の指導教官を務めている凄腕の兵士だ。

 リュイスも新兵の頃にこってりと絞られた記憶があり、その髭面を見ると未だに若干身が(すく)む。


 が、そんな凄腕の男が一打を受けて床へと沈む。


 彼に油断があったわけではない。隙なく身構え、盤石の体術姿勢を見せていた。

 そこに生じる隙はコンマ秒単位、呼吸に(まばた)き、誰であれ必然に生まれる意識の空白。


 相手は見事にそこを突いてみせた。


 無意識の白へ、するりと影のように踏み込む。瞬達、予備動作をゼロへと減じた無拍子(むびょうし)の一撃。五指を曲げた掌打が見事に顎を打ち抜いたのだ。


 黒地に半袖のトレーニングウェア。細身ながらに硬質、彫像のように作り上げられた肉体。

 勝者は左手を静かに下ろし、残心めいた仕草で半歩足を引いた。


「次。挑む者は」


 漆黒の長髪、孤狼を思わせる眼光。

 彼の名はシャラフ。アルメルと同じく“六聖(ベネデッタ)”に名を連ねる一人だ。


(なるほど、周囲が盛り上がっていたわけだ)


 ルカは静かに得心する。体術の指導教官と六聖の戦い。耳目を集めるに決まっている。

 さて、その一戦を制した六聖シャラフの問いに、我こそはと名乗り出る者はいない。ルカ、そしてリュイスも、この手の場面では割に控えめだ。

 と、そこへ差し込まれる声。


「いやぁ、参ったな」


 人垣の前列から。シャラフへと歩み寄ったのはアルメル隊の副官、リュイスらの直属の上官に当たる三十路男、ケイトだ。

 挑むために名乗り出た……わけではなく、なにやら小声でシャラフへとボソボソと耳打ちをしている。


「ルカ、何喋ってるかわかるか?」

「うん、ちょっと待ってくれ」


 読唇はルカの地味な特技の一つだ。

 上官たちのやり取りを読み取り、声を潜めて隣のリュイスへ通訳。


『KOしちゃ駄目でしょう! あくまでデモンストレーションだと……』とケイト。

『新兵に実践的な体術を見せるのが目的。なら、手を抜いては意味がない』

『いや、それはそうなんですが。指導にはマニュアルって物がですねえ』


 そこでルカは読み取るのをやめ、リュイスと半笑いを交わす。


「うちのアルメル隊長もだけど、六聖はマイペースな人が多いからねえ」


 副隊長の役割を一言で表すなら中間管理職。我を曲げない六聖とその他との折衝(せっしょう)は彼らの役割だ。

 ともかく、これでは新兵たちに見せる模擬戦の尺が足りない……と、ケイトは人垣の中に目を留める。


「おお、リュイスじゃないか! ちょうどいい所に!」


 まずい。リュイスはうへえと表情を苦める。模擬戦の相手役をさせられる流れだ。

 冗談じゃないと、リュイスはルカを人柱に捧げるべく隣を見る……が、いない。

 慌てて見渡せば、ルカはいつの間にやら人垣の遥か後方へと退避していた。


 流石に親友と言うべきか、窮地(きゅうち)でお互いを生贄に捧げる発想は二人に共通らしい。似たもの同士だ。

 

 そこからは流れ。

 押し出され、引きずり出されるまま、人だかりのど真ん中で六聖シャラフと面を突き合わせている。


「アルメル隊の有望株か」

「お手柔らかに、してくれるタイプじゃないっすよね」


 仕方がない。リュイスは両手を前に、拳闘の構えを見せる。


 トントンと爪先で床を叩き、やがてリュイスは軽快なフットワークを刻み始める。

 剣術、射撃術。次いで体術は得意だ。素手での格闘も、並の兵士相手なら遅れを取らない自信がある。


(つっても、この人が相手は……)


 面前、シャラフは重心を沈め、手は低い位置に下ろしたままの自然体だ。


 リュイスの属するアルメル隊は、戦場での華々しい白兵戦を得手としている。“教皇の剣”とも称される、花形と呼ぶべき部隊だ。


 対し、シャラフ隊の任務は影。偵察、強襲、潜入、工作と多岐に渡る。無論、必要とあれば暗殺をも厭わない。

 そんな役目上、あらゆる戦闘術に通じていて、中でも素手での体術には特別長けているのが彼らの特徴だ。そんな部隊の隊長であれば、強さは推して知るべし。


 彼は素顔を晒さない。

 特殊部隊、故に匿名性を重視していて、薄手のトレーニングウェアに袖を通している今でさえ目元から下までを黒地の布で覆っている。

 指揮官であるにも関わらず、フルネームさえ明かされていない。


(最も手段を選ばない男、なんて聞くけど)


「どうした。来ないのか?」


 低く、幽玄とした印象の声。シャラフは掌を上に、手首を立ててリュイスを促した。煽られている。


(んだよ、舐めやがって)


 考えても無駄、これはあくまで訓練だ。リュイスは決断的に前へ! 

 若干ながら体格に勝っている。腕の長さを含め、リーチでは有利を取れている。


 ならばと大股に二歩、自分の間合いで拳を突き出す!


 腰を入れず、上体のみで放つ高速打。

 シャラフが先ほど見せた無拍子の打撃技に近似したノーモーションの一撃。


(要はジャブだぜ、食らえ!)


 左腕を伸縮させる。足捌きを交え、二、三と立て続けに。

 そしてそれは牽制。リードブローを起点に、右の強打を叩き込もうという算段! なのだが。


(当たらねえ!)


 間違いなく間合いに捉えている。

 僅か10センチほどのリーチ差を見切り、一方的に殴れる位置のはずだ。


 しかしシャラフは大きな挙動を見せるでもなく、微かに上体を反らすのみで回避。ゆら、ゆらりと、その姿は影か蜃気楼(しんきろう)か。


 スウェーやダッキングのように身を反らす避け方ではない。

 わずかに体軸をずらし、プラス足捌き。その二つだけで回避を実現させているのだ。


(流石は六聖ってか。だったら!)


 リュイスは即座に構えを変じ、隙のない所作で前蹴りを放つ。


 直線的に蹴り出すフロントキック。足底、室内履きの靴底をまんべんなく当てるイメージ。

 威力よりも制止力を重視し、これもまた連撃の起点とするための牽制撃だ。


 ジャブよりリーチに長け、回し蹴りより速く隙も少ない。観戦のケイトやルカをして、悪くないと思える選択だ。

 フッともシュッとも、鋭く吐き出す息。そして放たれる脚撃! 身体能力に優れたリュイスの蹴りは、鉄板を凹ませる威力を誇っている。だが!


「退屈な技だ」

「っと、うおっ!?」


 鷹を思わせる眼光。シャラフの姿が揺らぎ、次の瞬間リュイスは天を仰いでいた。


 何が起きたのかまるでわからない。

 世界が一回転し、背中が床へと強かに打ち据えられた。

 反射的に肺から空気が吐き出され、受け身を取れずに痛打した肩甲骨に硬い痛み。


 シャラフが見せた技は単純至極、蹴りを掴んで防御するロックアップ。が、そこからが絶技。

 足を掴んだ姿勢から重心を沈め、リュイスの体を宙に一回転させる投げを決めて見せたのだ!


 傍目には力点がわからない。

 シャラフが軽く触れただけで、相手が勝手に飛んで回って叩きつけられたようにも見える。

 まるで出来レースのヒーローショーめいた光景!


 新兵たちからは困惑と感嘆が漏れる。


 大袈裟な芝居? 魅せるための殺陣(たて)

 けれど、そんな雰囲気にはまるで見えない。


「畜生ッ!!」


 床を殴り、リュイスは悪態を吐いて立ち上がる。手玉に取られるようなやられ方が恥ずかしかったのだ。

 生来の負けず嫌い、その表情には一息に闘志が燃え上がっていて、新兵たちへとこれが真剣勝負なのだと再認識を与えている。

「よしよし」と呟いたのはケイト。そんなリュイスの性分を知っているからこそ、この役目に指名したのだ。


 並の兵士なら今の一投げで昏倒していただろう。が、割に頑丈な方だ。


 三十路男、アルメル隊副官のケイト・ロンドは心情的には部下のリュイスに肩入れしながら観戦している。

 だが、今の投げには思わず新兵たちに混じって驚きの声を漏らしてしまった。まるで老練の達人が見せる妙技だ。


(リュイスには済まないけど、相手が悪いかね)


 対し、親友ルカはリュイスの負けず嫌いを熟知している。


(いやいや、ここからさ)


 リュイスは沸点が低い。勝ち目があるかはともかく、ムキになった彼は捨て身の獣だ。


「六聖がなんだ! テメエ、一発ブン殴ってやる!!」


 叫ぶ! テクニカルな立ち回りをやめ、決然と猛進!!

 

「どらああああっ!!」

「当たらん」


「ぜりゃああああ!!!」

「無駄だ」


「ど畜生! くたばれ!!」

「当たらないと言っている」


 無遠慮に喚き散らしながら、リュイスは両の腕脚を猛然と振り回している。


 それを造作もなく避け続けるシャラフ。

 その瞳は深い洞のように暗澹(あんたん)とした印象があり、ウェーブの掛かった長髪は鬱蒼(うっそう)とした(つた)を思わせる。相まって、他者を寄せ付けない雰囲気を醸している。

 そんな六聖、他隊とはいえ完全なる目上の上官へ、頭へ血が上ったリュイスはお構いなしに叫び立てる!


「気取ってんじゃねえ!! 食らいやがれ!!」


 負けん気を剥き出しに気勢を上げ、リュイスは間合いを無視した近接へと踏み込み。


(こいつの動き、軍隊格闘とは全然違ぇ。ヌルヌル滑るようなイメージ、鬱陶しいったらねえ!)


 だったら掴みだ。まともに当たらないなら動きを止めて、それからブン殴る!

 激情からの至極単純な発想は“らしさ”に溢れつつも、理から外れているわけではない。が、それを待たれていた。


 ここまで重心を低く保ち続けていたシャラフ、その膝がわずかに伸び上がり、同時、左腕が鞭のようにしなる。

 それは大蛇の鎌首を思わせる歪曲、野生の静動とでも例えるべき達人の一打。

 ぐにゃり、リュイスの視界が揺れている。


(!!?)


 またしても瞬時に床へと倒れ伏していた。何をされたか、今度は辛くも認識できている。


(顎を、クソッ!)


 顎を叩かれ、脳が揺れてまともな姿勢を保てなくなったのだ。

 二度目のダウンに力量差は歴然。あまりに一方的な展開に、見守る新兵たちは固唾を飲んで沈黙。彼らは理解している、リュイスが弱いのではなく、シャラフの技量が圧倒的なのだと。


 少なくとも格闘戦において、リュイスの勝ち目は万に一つもないようだ。

「ふぅん」と頷き、ケイトが一歩踏み出した。模擬戦はこれで十分、戦いの終了を告げようと口を開きかける。だが!


「まだまだ……舐めんじゃねえ!!」


 リュイスは再び立ち上がっている。膝を揺らしつつも、未だ闘志は潰えていない。


「スカした顔に一発かましてやる!」


 シャラフの鉄面皮(てつめんぴ)がわずかに歪む。嫌厭(けんえん)を示している。勢い任せの暴言が不興を買ったのか?


 否、そうではない。


 勝ち目のない状況で立ってくる、そのこと自体に不愉快を抱いている。影の仕事をこなす彼の部隊は実利主義で、泥臭い根性論を好まない。

 ふらつきながら継戦の意思を示すリュイスへ、静かに問う。


「状況を客観視しろ。お前の負けは明らかだ。あくまで模擬戦、もう立つ理由はないだろう」

「理由もクソも、負けっぱなしは一番性に合わねえ。逃げるのは恥だ。死んだ方がマシだぜ!」


“逃げは恥”

 その言葉がシャラフの深層に触れた。わずかな汗をタオルで拭い、矛を収めていた視線が再び尖る。温度を失し、彫りの深い顔相へと凶気の(とばり)が下りる。


「なら、ここで死ね」

「……!」


 間近で対面している互いにだけ聞こえる静かな声。そこに込められた殺意に気付き、リュイスはとっさの防御姿勢へと移行する、よりも疾く。

 こめかみ、喉、鳩尾、首後ろ、顎。

 狙撃めいて的確に、目にも留まらぬ連打が急所へ打ち込まれる。足の甲を踏みつけられ、逃げ場のない蹴りに膝の皿が砕ける!


 数ヶ所の骨が砕かれている。手首を掴まれ、逆捻りに肘の腱を捻り切られた。


「ぐっは!!」


 苦悶の声を上げたのは攻撃の完了後、叫ぶ間さえ与えない猛撃。膝が砕け、立っていることを物理的に不可能とされ、リュイスは崩れるように膝を折り……

 そこでシャラフは寸時、我に返って動きを止める。


(これでは……まるで私刑だ)


 この男シャラフ、決して狂人というわけではない。普段はあくまで怜悧な軍人。リュイスの熱に当てられたが、しかし呼吸を整え直している。

 だが、その制止は隙。リュイスはまだ諦めていない。


「チャンス……だっ!!」


 壊された膝を筋繊維だけで支え、強引に立つ。肩を回し、壊された腕を強引に振るい、そして響く打擲ちょうちゃく音。

 へし折られた右腕は振り抜かれていて、六聖の頬には打撃の痕。

 

「……ッ!」

「ザマぁ見やがれ!!」

 

 虚を突かれ、シャラフはたたらを踏んでいる。そう、満身創痍ながら、ついにリュイスが一撃を浴びせたのだ!

 騎士の膂力(りょりょく)から放たれた力任せの一撃はそれなりの威力を有していて、シャラフの脳を横に揺らす。そしてその衝撃は、彼の凶気を再び呼ぶには十分だった。


「貴様」


 小さな呟き。周囲に見咎められない素早さで、黒の長髪へと常に仕込んでいる針を指元へ。

 繊維とも見紛う微細な黒針は、(うるし)を塗られたような艶を(たた)えている。


 眼前の男へ、この針を突き立てる。

 のたうち回り、血ヘドを吐き、苦悶に満ちた死を迎えろ。


“逃げは恥だ”


 その一言で呼び覚まされた忌々しい過去。

 彼が見ているのは最早リュイスではなく、忌むべき仇敵の姿。唾棄すべき過去の自分。

 我を失し、明確な殺意を抱いて針を突き出す!


「おっと!? 待った待った!」


 ほぼ不可視、毒針を用いた殺撃。そこへ割り入ったのはケイトだった。

 周囲で見ていた人垣の中で、唯一シャラフの暗器と殺気に気付いている。

 それを声高に指摘するつもりはケイトにはないが、部下であるリュイスを殺させるつもりももちろんない。


「そこらで勘弁してやってください。こんなバカでもウチの有望株でして」

「…………」


 手首を掴んでいる。横入りに動作を止められたシャラフは殺意の証拠を消すべく、毒針を指で弾いて人のいない方向へと放り捨てた。

 塗られているのは揮発性の高い液体だ。捨てておけば10秒もすれば毒性は失せる。


 針に気付く洞察眼は流石、アルメル隊の副官の名は伊達でない。


 シャラフは表情を険しくするが、しかしケイトには咎めて事を荒立てる気もないようだ。へらへらと、場を取り繕う笑みには苦労性が垣間見える。


「口の利き方を指導しておけ」


 そう一言を残し、シャラフは背を向けて歩き去っていった。

 部屋から出ていったのを確認し、ケイトは中年に差し掛かった中間管理職らしい嘆息を一つ。

 打ちのめされ、床にボロ布のように転がっている部下へと視線を落とす。


「いってえ……」

「あー、まあ、酷い負け方だったな」

「畜生ッ、武器があれば!」

「武器って、お前ね」


 まだ勝つ気でいる点に驚かされ、思わず舌を巻く。


 見るに、まともに立つこともできない重症ぶり。

 自然治癒に任せれば全治に二、三ヶ月と言ったところか。だが、軍病院の治癒魔術を用いれば長くても二日で回復が可能。つくづく便利な世だ。

 ケイトは振り向き、人垣の前へと歩み出ていたルカへ声をかける。


「ルカ、医務室へ連れてけ」

「了解です。ほらリュイス、肩を貸そう」

「クッソ……次は勝つ……」

「わかったわかった」


 リュイスを支え、(なだ)めつつ歩いていく。その背を見送りつつ、ケイトは内心に思案を広げている。


(やれやれ。シャラフ隊長。落ち着きのある方だと思っていたんだがねえ)


 六聖の副官、軍で高位に位置しているケイトもシャラフの過去は知らない。

 何故あそこまで怒りを燃やしたのか、理由を推し量るとして、リュイスが何がしかの精神的な地雷を踏んだか。そう考えるのが一番納得が行く。

 彼の出自や過去に関連しているのだろうか?


 そしてシャラフとは別に、気になっている点がもう一つ。


(ルカ、アイツも暗器に気付いていた?)


 シャラフが針を手にした瞬間、ケイトよりも早く反応を見せていたように見えた。

 人垣の前列へと歩み出ていたのも、彼を止めようと動いていたため。

 結果としては戦闘の間近にいたケイトが止める形になったが。


(あれに気付けるか? ルカにそこまでの戦闘力があるとは思えないが……)


 小さな疑念が心中に芽生える。だが、そこで思考を打ち切った。

 考えるよりもまず先に、やらなければいけないことがある。表情を作り、パシンと手を叩いて口を開く。


「あー。まあ、以上が模範訓練なわけだが…」


 期せず、やたらに凄惨なものとなってしまったデモンストレーション。新兵たちは表情を強張らせていて、明らかに萎縮している。

 技術を見せるはずだったのが、怯えさせてしまっては意味がない。メンタルケアに時間を取らなければ…

 

 中間管理職の多忙に溜息を一つ。やれやれと肩をすくめるのだった。

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