悪人
「ところで、シキガミ」
ガンドを拘束し終えたクレアが、相も変わらず緊張した面持ちで尋ねる。
「何でしょう」
「私は基本は生け捕りと伝えたはずよ。別に契約違反ではないけれど、出来れば殺さずに生かしておいてもらえないかしら」
「クレア様……!」
クレアが何か言おうとしたセドリックを手で制した。
雰囲気的に怒られているっぽいし、火に油を注ぐ形かもしれないが、徹としてはありのままを伝えるしかない。
「あの、その件なのですが」
上司にミスを報告した際、怒鳴られた時のことを思い出す。
こちらの世界でもまたあれを繰り返すことになるのだろうかと、徹は悲しくなりながらも告げた。
「実は、手加減をしても相手が死んでしまうのです」
一瞬、静寂が場を支配した。
この場にいる者は皆「は?」と間抜けな声を漏らした後、口を大きく開けたまま固まっている。
「正確には手加減がうまく出来ないと言いますか。戦いの最中で力加減を丁度いい具合に調整したり、殴る場所を選んだりということは思いの外難しいことでして。私の技術がクレア様の要求する水準に至らず、誠に申し訳ございません」
それだけ矢継ぎ早に喋った後、徹は祈るような気持ちでクレアの言葉を待った。しかしクレアどころか、セドリックもガンドもぴくりとも動かない。
ややあって、セドリックがぎぎぎ、と音がしそうなほどのぎこちない動きで前に出て問い掛けた。
「色々と言いたいことはありますが。要するに、シキガミさんは手加減をしていたにも関わらず相手が死んでしまったと?」
「はい、そういうことです。最悪殺してもいいと窺っていたのでそれでも大丈夫かなと思っていたのですが……」
「頭部が跡形もなく破壊された遺体などもありましたが」
「はい。相手の攻撃がこちらに届く前に自分のそれを当てる、ということに必死で、打つ場所も力加減も何一つ上手くいきませんでした」
「クレア様」
セドリックがクレアに話を振ると、彼女は腕を組んでしばらく何かを思案した後、額に手を当ててため息をついた。
「そんなことを言われたらもうどうしようもないわ。さっき決めた通り、シキガミにはこのまま依頼を進めてもらう」
「ありがとうございます」
良かった。中止と言われたら途方に暮れてしまうところだったと、徹は胸を撫でおろした。
「マデオラをこれ以上放置出来ないのも事実。私も腹を括ることにしたわ」
「かしこまりました。クレア様の志もご立派ですが、大事なのはやはり民の安寧ですからね」
「そうね……」
徹には二人の言っていることがよくわからない。
クレアの志とは何だろうか。民の安寧以上に大事なものがあるのか。それに、クレアも腹を括ると言いながら納得のいっていない表情をしている。
騎士団にも色々あるのだろう。徹はそう雑に納得してから、依頼を進めるべく奥に向かって歩み始めた。
一番奥にある部屋にマデオラはいた。
それまで全く盗賊と遭遇しなかったのでまさかとは思ったが、本当に残る全員がここに避難していた。
そこそこに広い部屋の一番奥で、テーブルについてワインを楽しむ男が一人。恐らくはこれがマデオラだろう。盗賊団の団員たちはそれを囲むように立っていて、何人かは小さい樽に取っ手をつけたようなコップを持っている。
戦闘に備えたのかありとあらゆる調度品が端に避けられていたが、その中にはベッドや本棚などもある。普段はこの部屋で生活をしているのかもしれない。
徹が部屋に入って来るなり、テーブルについていた男がワイングラスから口を離して徹に視線を向ける。
「よう、遅かったじゃねえか」
「あなたがマデオラさんでお間違いないでしょうか?」
「ああ、そうだ。俺がマデオラだ」
盗賊団の首領は、徹が想像していたものと大分異なる容姿をしていた。
背は徹より少し高いくらいで、髪は短くも長くもない。整えられたあごひげが端正な顔立ちにアクセントを与えていて、身体は引き締まっているがガチガチに筋肉で覆われているわけでもない。
一言で言えばナイスミドルのおじさん、といったところだ。
「これからここにいる皆さんを殲滅させていただきたいのですが、よろしいですか?」
「駄目だっつったらやめてくれるのか?」
「大変申し訳ありませんが、こちらの事情によりそれは出来ません」
「じゃあ、どうして俺にそんなことを聞く」
「許可を頂ければ心が痛まずに済みますので」
「ははっ、あんた最高にイカれてるな」
初対面の人間を相手に何という言い草だろうか。あまり偏見は持ちたくないが、やはりこういった輩は口が悪い傾向にあるようだ。
しかし延々と会話をしているわけにもいかない。徹は未だに足を組み、優雅にワインを嗜んでいるマデオラに向けて申し出る。
「あの、お楽しみのところ大変恐れ入りますが、そろそろ戦闘の方を始めさせていただければと」
「まあ待てよ。あんたも一杯どうだ?」
「お気持ちは有難いのですが、お酒の方はあまり」
これは事実だ。飲み会など付き合いが必要な場以外では、徹は酒を飲むことはほとんどなかった。
「そうかい。つれないねえ」
「申し訳ありません」
一応謝罪はしたものの、マデオラは気を悪くした様子はない。微笑を浮かべたまま静かにグラスを傾ける。
「じゃあせめて世間話に付き合ってくれよ」
「世間話、ですか」
「ああ、何せ俺たち、どちらかが死ぬんだからな」
さも当然のように言う。
徹は一瞬身体が強張ってしまったが、マデオラの方はいたって平常だ。
今でこそ人間の死が身近になってしまった徹だが、ここに来るまではそうではなかったし、そもそも殺したくて殺しているわけではない。
しかしマデオラは違う。今まで常に死が手の届く距離にある世界で生きて来た。そういうことなのだろう。
「あんた、名前は?」
「申し遅れました。私、式上徹と申します」
「シキガミね」
ことり、とグラスをテーブルに置いた。
いつの間にかグラスは空になっているが、近くいた盗賊団員がすぐにワインを足し、再び赤の液体で満たされる。
マデオラは「悪いな」と言ってその団員に片手をあげて謝意を示しながら、再び視線を徹に向けた。
「シキガミ。あんたは何故その仕事をやっている?」
「何故、ですか」
徹は答えに窮してしまった。
自分はあくまで農夫でありこれは仕事ではないが、恐らくこの場でそれを言っても通用はしないだろう。
では殺し屋や傭兵として適切なコメントとはどのようなものか、徹は考えた。実際には村の人たちへの恩返し的なものでここにいるのだが、それは村への危害が及びそうなので口が裂けても言うことは出来ない。
徹はしばらく考え込んだ後、ようやくいい答えを見つけ出した。
「お金のため、ですかね」
「それだけか?」
「はい」
「違うな」
マデオラはぐいと一口、殊更に大きくワインを飲んでからグラスを置いた。
「金のためってのも嘘じゃないんだろうが、一番の理由じゃない」
まさか村との繋がりが何らかの形でばれていたのか。身体を強張らせる徹を鋭い眼差しで射抜きながら、マデオラは続ける。
「あんたは殺しが好きなんだよ。自覚はないようだがな」
「え?」
そんなことはないと思うのだが。
とはいえ、如何せん初めて人を殺したばかりの徹だ。自分の感情にわからない、もしくは整理のついていない部分が多すぎる。だから、もう少し聞いてみたいとマデオラの話に耳を傾けた。
「それだけの強さがあれば食うには困らねえし、わざわざこんな汚れ仕事を請け負う必要もない。それに、悪人が許せない、なんてやつにも見えない」
「……」
「このオリオール自治領では罪人はやむを得ない場合、領主や騎士団長の許可があれば殺してもいいことになっている。更に、賞金がかかるほどの極悪人ならそれすらも必要ない」
つまりこの辺り一帯では、マデオラは許可なく殺せるし、団員たちも領主やクレアの許可があれば殺しても罪にはならないということだ。
マデオラが賞金首かどうかは知らないが、これまでの話の流れからすればそういうことになると思われる。
「あんたは罪人を始末する仕事という大義名分を背負って、俺たちみたいなやつらを処分して回っている。人を殺しても罪にはならないどころか金ももらえるから、戦いや殺しが好きなやつにはうってつけだ。違うか?」
「違います」
「どうだかな。さっきも言ったが、自覚がないだけだろうさ」
聞く耳を持ってくれない。
まあ、実際に人の命を奪ってしまっているし、本来ならお金ももらえるらしいということになればそう思われるのも仕方がないことか。
徹はそう冷静に考えつつ、さっきから気になっていたことを尋ねる。
「あの、私からも質問をよろしいでしょうか」
「お、いいねえ。何でも聞いてくれよ」
「では、あなたは何故このようなお仕事をなさっているのですか?」
「お仕事か、面白い言い方をするな」
マデオラはまた一口、ワインを口に含んでから答えた。
「俺にはこの仕事しかなかったからだよ」
「それは、どういう……」
「そのままの意味さ。物心ついた時には親も家も金もなかった。腹が減れば人からパンを奪うしかなかった」
徹には想像することしか出来ない世界だ。
一応、徹には親も家も金もあった。あまり思い出したくない過去ではあるが、ないよりはましだったと今では思う。
「生きるためなら何でもやった。盗みや怪しい薬の売買もやって、まだ右も左もわからない内に人も殺した。およそ犯罪と呼べるものは大体やったな」
まるでこれまでの思い出でも語るように、マデオラは淡々と述べる。
先ほど「どちらかが死ぬ」と言っていたがハッタリではないということか。
「そう、全ては生きるためにやったことだ。最初はな」
マデオラの眼には悲壮な決意が漂っている。
「だが俺はある日気が付いてしまったんだ。心のどこかで殺しを楽しんでいる自分がいることに」
「殺しを楽しんでいる?」
「そう、あんたと一緒さ」
またマデオラはグラスを傾けるがもう中身が入っていない。
団員がグラスにワインを注ぎ足しに来た。マデオラはそれに礼を言ってから、お前らもどんどん飲めよ、と勧める。
「俺とあんたは似た者同士だと思わないか?」
「いえあの、大変失礼ながらそれはないかと」
「その内わかるさ。あんたは強いコンプレックスを抱えているだろうからな」
今日会ったばかりなのに自分の何がわかると言うのか。
心の中で小さい不満を抱える徹だったが、マデオラの瞳はなおも鋭い眼光を放ちながらこちらを捉えている。
「自分を虐げたり、馬鹿にしてたやつらを葬るってのは思いの外気持ちいいもんだ。俺も、特に魔法が使えるようになってからは自分で自分を止められなくなっていた」
「……」
とても残念なことだが、それはわかる気がした。
いつもこっぴどく自分を叱っていた上司を殴る妄想は、徹もあちらの世界で何度もした経験がある。
「もちろん自分のやってきたことを正当化するつもりはさらさらない。随分と好き勝手に生きさせてもらった。この場でシキガミ、あんたに殺されたところで俺は誰を恨む気もない。まあ、こいつらを巻き込むのは申し訳ないと思ってるがな」
「兄貴!」
「ボス!」
「そんなこと言わないでください!」
「最後までお供します!」
次々に団員たちが叫ぶ。この首領は下の者達からの信頼が厚いようだ。
マデオラはまるで少年のように口角を上げて問い掛けてくる。
「どうだ、俺のことをちっとは好きになってきたんじゃないのか?」
本当に、本当に残念ではあるが、徹にはその言葉を否定することが出来ない。
今日出会ったばかりで、しかもどうしようもない悪人で罪人であるこの男のことを、徹は憎めないと感じていた。
これ以上は情が移ってしまうかもしれない。
早めに戦いに突入したい徹は静かに戦闘態勢に入った。それを見たマデオラが肩をすくめてため息をつく。
「もう少し楽しみたいところだが、しょうがないな。ここまで付き合ってくれてありがとよ、兄弟」
誰が兄弟か。一貫して邪気を感じられないマデオラの物言いに徹は困惑する。
徹にはマデオラの真意が理解出来なかった。
命乞いをしているのかと一瞬考えた。今までの話をすることで結果的に共感や同情を得て戦いづらくするのかと。しかし、この男の瞳をみればわかる。明らかにこの場で死ぬ覚悟を固めている。
となれば、大きな戦いを前にした最後の余興だろうか。もはやそれぐらいしか可能性はないようにも思える。
いずれにせよもう無駄な会話も終わりだ。
立ち上がったマデオラを見て団員達も戦闘態勢に入る。
マデオラは一番近くにいた団員から豪奢な装飾のついた斧を受け取ると、盗賊のボスだということを思い出させる、獰猛な笑みを浮かべた。
「行くぜ。どっちが死んでも恨みっこなしだ」




