5.番(つがい)
よく見ればおっとケモミミ。
二人は十匹ほどのゴブリンに襲われていた。
馬に乗った男はゴブリンに馬から引きずり落される。
そして、周りを囲まれて剣を突き刺されていた。
続いてゴブリンに囲まれるケモミミ。
ケモミミは手枷のせいで殺られるのも時間の問題のようだ。
加速すると、地面を蹴った足が未舗装の道にめり込むとそのまま土を巻き上げる。
ダンジョンの最下層で身に着けた逃げ足が役に立つとはね……。
周りを囲んだゴブリンは剣で突いたりケモミミをいたぶって遊んでいるようだ。
手枷が付いて反撃ができない事からの余裕らしい。
お陰で間に合うっと……。
「まてぇい!」
某吉宗のように言って待つわけではないけども、とりあえず声をあげると、その場にいるケモミミとゴブリンの視線は俺に向いた。
木剣を抜き、魔力を纏わせると魔物を斬り伏せる。
魔物の半分を斬り捨てたところで魔物は逃げていった。
「さて、大丈夫?」
俺が近づくと、牙をむいて俺を威嚇するケモミミ。
白い毛並みに白い肌。狼の獣人?
んー身長も高いなぁ。二メートル近く?
申し訳程度の服からはみ出る胸が性別を物語っていた。
んー、耳と髪の毛、尻尾が狼?
肉球は無いようだ。
ただ、爪が少し鋭い感じがした。
公用語じゃわからんかね?
獣人語に変更してみるか。
「さて、獣人語がわかるか?」
俺が聞くと、
「えっ?」
ケモミミが驚いた顔をした。
「体の治療をしたい。
体を触ってもいいか?」
俺が聞くと、
「我らの言葉を知っているのか?」
ケモミミが聞き返してきた。
「俺のオヤジが知っていたんだ。
この世界を歩くならば、言葉を覚えたほうが楽しめるそうだからね。
お陰で、あんたと話ができる。
で、さっきの質問だ。治療がしたい。いいか?」
「ああ、頼む」
獣人語を使ったせいか、ケモミミの警戒が解けたようだった。
俺はケモミミに治療魔法をかける。
ヒールなのかキュアーなのかわからないが、魔力を通すとケモミミの表面にできた傷は消えた。
その様子にケモミミが驚く。
あとは、この手枷か。
俺は無造作に手枷を取り引っ張るとバキッと言う音がして簡単に外れた。
「これで、解放完了。
あとは、ひとりでいける?
じゃあ」
立ち去ろうとする俺をケモミミの大きな手が俺の腕を掴んだ。
「何?」
「白狼族は恩を受けて恩を返すほど恩知らずではない。お前について行く」
「でも、アンタ、あんまり常識を知らなそうだしなぁ」
正直、この世界の常識を知りたい訳で……。
「では、私を奴隷として飼えばいい」
「はぁ?」
想像の斜め上を行く言葉。
そりゃ、ラノベじゃそういうシチュエーションもあるだろうが、自分でその状況になるとは思わなかった。
そりゃな、そういう動画も見たことはあるけどよ……。
「俺、奴隷って知らないからさぁ。
アンタを奴隷にして、何かいいことがあるのか?」
奴隷なんてことを言われると、「あんなこと」や「こんなこと」が浮かぶ。
体が十歳そこそこでも、心はオッサンなのだ。
まっしないけど……。
「我は助けられた。
そして、主の体から感じる気配は我より強い。
我はお前を主人と認める。奴隷と一緒だ。だから好きにしていい」
ケモミミは真剣な顔をして俺に言った。
そりゃケモミミの命を助けたとは思うが、俺はケモミミにそこまでされるつもりもない。
ただ、情報が欲しくて助けただけ。
しかし俺にとってはそれでも、彼女にとっては恩人という重い存在らしい。
ただ助けられただけでは納得できないのだろう。
「無いわぁ……。
言っただろ、俺は奴隷なんて知らないんだ」
「ならどうすれば?」
「そうだなあ……」
まあ、こういう時の基本。
「冒険者って知ってるか?」
「一応我も冒険者だぞ?
身分を証明する物はそこの男に回収されたが……」
ありゃ、冒険者関係の常識は知ってそう。
「じゃあ、冒険者パーティーになろう。
一応俺がリーダーで、アンタがメンバー」
俺が声をかけると、
「それはいいな! それならば我は主の下になる」
ウンウンとケモミミは頷いていた。
まあ、俺としての落としどころはこんな所かね……。
「それじゃ、俺の事を『主』というのはやめような。
主じゃ、主従だ。
冒険者は平等だと聞く。だから、俺の名は『マルス』だから呼び捨てでマルスで頼むよ」
俺が言うと、
「わかったのだ。では我は『アセナ』、アセナでいい」
と言った。
「では、アセナ。そのままの格好じゃ君の美しい体が周りの男たちの迷惑になると思うんだ」
俺が言うと、アセナは俺を見て驚いていた。
えっ、違うの?
「私の事を美しいというオスは居なかった。いつも見られるのは体の大きさだけ。大きすぎるせいか、仲間に誘う者も居なくて、一人で行動していた」
「大きすぎるせい」かぁ……確かにスイカが二つ付いているみたいだし、谷間なんて……。
まあ、そこは身長の事なんだろうけどな。
もしかしたら、公用語が話せないのもあるのかもしれない。
意思疎通ができないのは困るだろうし。
「とりあえず、俺はアセナの体は綺麗だと思う。その銀髪に見事な尻尾、メリハリのある体は十分女性を感じさせるよ」
俺が言うと、アセナはモジモジと体をよじっていた。
俺は次元収納から、アセナが着ることができそうな服を探す。ダンジョン深部の服は、基本サイズ調整の魔法がかかっていた。
とりあえず、ズボンとシャツってところかね?
取り出す姿を唖然と見るアセナ。
「ん?」
「凄い……」
「ああ、俺の魔法。
こん中に必要な物を入れている」
「下着はさすがに無いから、その服の上から着てくれ」
アセナは言われた通りに服を着た。
「アセナ、どういう防具がいい?」
「私は戦士だ。素早い動きで翻弄しながら、敵を倒す。
できれば軽量な鎧が好きだな」
ふむふむ……体からして重戦士っぽいが白狼ということで素早さに特化しているのか。
ならばと……。
ドラゴン系の革鎧とブーツを出す。
更に双剣を一対。これは炎と氷の魔法がかかっている。
「ほい、これでいいか?」
俺はアセナに差し出した。
「マルスは何でこんなにいろいろ持っているんだ?」
鎧を着て、背中に双剣を刺すホルスターを取り付けながらアセナが言う。
「んー、俺のオヤジの遺産」
当然嘘だ。
「持ってても仕方ないし。装備があったほうがアセナもいいだろ?
ちなみにアセナは魔法使える?」
「いいや、使えん」
ふむ、ならば……
防御の指輪(並)と素早さの腕輪(大)、力の腕輪(大)ってところかね……。
「ほい、これ」
指輪と腕輪を差し出した。
「着けてくれるか?」
若干顔が赤いアセナ。
「ん、まあいいが……」
爪が長いから着けづらいのかね?
サイズの調整は勝手にすると思うし、取り付けた位置からは基本ずれないはずなんだが……。
俺はアセナの左腕に素早さの、右腕に力の腕輪をつける。
そして、防御の指輪……。
何故か左手を出し薬指だけを伸ばしている。
薬指だけって意外と難しいと思うんだがなぁ……
で、何で薬指?
じっと見ると、目を逸らすアセナ。
指輪を持ってチラリと見ると、期待の目。
わざと薬指の手前で指輪を止めてみると、自分から薬指を指輪に入れた。
「これで、我とマルスは夫婦だな」
ニッと笑うアセナ。
「ん?」
「白狼族では、つがいになるメスに装飾品を送るのが習わし。ましてや、婚姻は左手薬指に指輪を入れることで成立する」
してやったりの顔でアセナが言った。
「騙したの?」
無表情で返す。
「いっ、いや、騙したわけでは……」
困った顔のアセナ。
「我は強く、我の村でも番になれるオスは居なかった。
十五になって、番が居ないオスやメスは村を出ねばならない。
それで、人の街に出て冒険者などをやっておった。
しかし、人に騙され、闘技場の戦闘奴隷として買われたのだ。
そしてゴブリンに襲われ、我より強い者を見つけた。
知らぬであろう? あの手枷は我にも壊せなかったもの。壊そうと必死になっていた時にそこの男に『魔力で硬化されているから無理だねぇ』と言われたのだ。
それを簡単に壊すマルス。獣人は力ある者を慕う。力あるものは番を守ることができるから。だから、番になりたかったのだ」
アセナ言うことには、指輪をすると結婚。
つまりいきなり妻ができた。
うーむ……。
悩む俺を見てアセナが焦っている。
悩んでも仕方ないかな……。
ここは異世界。考え方も違う。
「まいっか。じゃあ俺の番ね」
「いいのか?」
あからさまに喜ぶアセナ。
「ああ、いいよ」
「私にも番ができた!」
アセナが喜んでいた。
「えーっと、アセナって何歳?」
「私は十六だ」
ん? 見た目二十ぐらい?
俺が悩んでいるのを察したのか、
「白狼もそうだが、獣人というのは成長が早い。十になれば子も産める。
だから、年齢の割に歳をとっていると思われる」
過酷な環境ならば成長が早くないと生き残ることができなかったのかもなぁ。
そういうこともあってメスは自分よりも強い男に惹かれ番になる。
環境に適応した結果ということか……。
俺は多分十四歳、二つ年上の姐さんって感じかぁ。
まあ、精神年齢は俺の方が上なんだろうけど。
「さて、あの男からアセナのものを取り返して、街に行こう。
その後のことは街で考えるかね?」
「うむ」
アセナが頷く。
アセナの冒険者ギルド証、牙を繋いだ「お守り」という首飾りを回収する。
そして、ちょっと先で草を食んでいた馬を見つけると、アセナが俺を馬の上にのせた。
あの男は放置である。
魔物に食べられるだろうとの事……。
そして手綱を手にすると、歩き始める。
「なんで?」
「この国、人と獣人では、人のほうが上に見られる。このほうが面倒じゃない。
じゃあ、俺の後ろにアセナが乗って、馬を走らせればいいじゃないか!」
「それは無理だ。この大きさの馬では我の重さに耐えきれずに潰れる。
それに我は走るのは得意だ」
そう言うとアセナは馬が遅れそうな勢いで走り始めのだった。
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