37.ガントの工房
「枠はできるんだが珠ができない……」
ラルフさんが悩んでいた。
「石とかで作ったら?」
「そんな手間なことができるはずがないだろう!」
「ベルトか歯車で動力を回転運動にして、それを何かの刃で削っては?」
「ちょっと待て。そんな知識をなぜ持っている!」
「オヤジから聞きました」
「お前のオヤジは賢者か何かか?」
「さあ……、知っていたもので……。
でも、俺は実際に作ったことなど無いですよ?」
「お前、明日暇あるか?」
「まあ、いつも暇なので……」
明日の予定が決まったようだ。
次の日の朝、朝食を終えた頃ラルフさんの馬車が宿の前に止まる。
「行くぞ!」
男に手を持たれても嬉しくはないのだが、俺は馬車に連れ込まれた。
サスペンションなど無いのだろう、路面の凸凹がもろに尻に来る。
「馬車の乗り心地って悪いんですね」
「そうだ。馬車は乗り心地が悪い物と決まっている」
確定らしい。
「これなら、俺としては歩いた方が……」
「馬車に乗れることが重要なんだよ。
雨風をしのげるしな。旅をするならば重要なものの一つだ」
「揺れなければ荷馬車で壊れやすい物を運びやすくなりますよね」
「揺れなくする方法なんて……」
「方法が無いわけじゃないんですけどね」
俺が呟くと、
「何? 今度聞かせてもらうからな!」
と、喰い付いてきた。
馬車が止まり、俺たちはそこから降りる。
「ここがガントの工房。
軽銀の算盤を渡して、作り方を考えてもらっているんだ。
ガント、マルスを連れてきた」
「この坊主が?」
一目見た印象が正方形。
低い身長、短い足に広い肩幅からそう思ってしまう。
顎髭を筆頭に毛と髭で毛玉のようだ。
「あれを木で作れと言ったのはお前か?」
「はい、言いましたが……」
「可能なのか?」
「できなくはないかと……」
「どうやる」
ガントさんの質問に、
「小さな穴をあける道具は?」
俺が聞くと、
「これでいいか?」
と言って、細い棒の先に細い金属が付いた、見たことのあるキリが現れた。
「適当な薄板を下さい」
「厚さは」
「このくらい」
するとガントさんが適当な板を持ってきた。
その板に穴をあける。
そして、軽銀の盾を取り出すと、一部を千切った。
その様をじっと見ているガントさん。
えーっと、確か教育関係の番組で算盤のメイキング映像で見た荒抜き刃は……。
画像のイメージを思い出して、作り上げる。
軸の周りに外に向かって長くなる刃を取り付けた。
軸は先に掘った穴を進むガイド。回転させながら押し付ければ、珠はできる……はず。
軽銀で作った工具に、棒を取り付けて回転させ、くりぬいてみた。
軸の根元まで埋まる。板を逆にして、同じ場所を再びくりぬけば珠ができた。
「こんな感じでどうでしょう?」
「こんなに簡単に……」
「同じことの繰り返しにはなりますが、こういうふうに作ることができます。
単純作業ですから、数を作る必要が出てくれば、内職にでもして委託生産でもいいかもしれません。
削ったばっかりの珠の表面は荒いですから、磨きをかければ光るかと。
まあ、その辺は職人であるガントさんの方がよく知っていると思います」
「ああ、ここまで教えてくれれば問題ない。
この、特殊な刃をいくつか作ってくれ。弟子に珠を作らせる」
珠の問題は終わったようだ。
「それで、動力とか、回転運動とか言うのは?」
ラルフさんが俺に聞いてきた。
「覚えていましたか……」
面倒臭いので黙っていたのだ。
「当然だろう?」
ニヤリと笑うラルフさん。
魔力から水が蒸気に変化させられることは知っていた。
それならば、上死点で蒸気に変え、下死点で水に戻すことを繰り返せば、吸気排気を気にせず、魔力のみを使った蒸気と魔力のハイブリッド機関が可能ではないかと考えた。
出力については、水を蒸気に変換する魔力の量で決めればいい。
シリンダーやピストンの制作……ピストンリングも要る、クランクシャフトも……いろいろ必要になるだろうが、そこは軽銀に任せる。
まあ、とりあえずは単気筒で……。
これが俺の思いついた動力。
潤滑油も要るだろうな。
水って言ってるが、腐食を考えたら別の物のほうが良かったりもしそう……。その辺は後で考えるか……。
しかし、それを作るには少し時間がかかりそうなので、風力かなぁ……。風の魔法を使えるものが居れば、風を吹かせて風車を回し、その回転運動を歯車で送って、その回転運動で荒抜き刃を回せばいい。
水車は、水を引く必要がある。コブドーの街では無理だろう。
「仕方ないですね」
俺は話すことに決める。
「紙とペンを」
俺が言うと、ラルフさんが差し出してきた。
大掛かりにはなるが、プランを図にして見せた。
「こんな感じです」
俺が言うと、
「ふむ、確かに回転する力を利用している」
ラルフさんが頷く。
「このまるいのは?」
ガントさんが聞いてきた。
「丸い重りです。わざと重いものをつけて、回転を安定させるんです」
フライホイールである。
「この斜めの歯車で回転の方向を変えるのか……。
歯車の大きさが違うのは……ああ、回転の速さを変えるんだな」
ガントさんは職人というだけあって理解が早い。
「こういうのを作れば、木材も斬ることが可能になりますね。
荒抜き刃だけじゃなく、キリのようなものを作れば、穴もあけられます」
「取り換えは?」
「こんなふうに締め付け式にして」
「止めるのは?」
「どこかの歯車を外せばいいかと……。やるなら丸い重りの下流側がいいかもしれませんね」
「作りたいが金はない。
商会潰しならはした金だろう?」
ジロリとみるガントさん。
「いくらほどかかりますか?」
「白金貨二枚」
「出してもいいですが、俺に利点は?」
「お前が思うものを作ってやる」
「わかりました」
そう言うと、白金貨二枚をガントさんに差し出した。
ニヤリと笑うとそれを受け取る。
「おいおい、俺の所の専属だろう」
あたふたとラルフさんが言った。
「お前の娘婿のほうが、面白い。
金払いも良さそうだしな。
まあ、長年の誼だ、仕方ないから専属を続けてやる。
算盤ができたら、持っていくから待ってろ」
ガントさんが言うと、工房の奥の方に向かっていった。
「幼馴染なんだが、商売が下手でな」
「根っからの職人のようですね」
よく知っているのかラルフさんが苦笑いをする。
「ああ、そういうことだ。
多分算盤はあとにして、お前が教えたものを考えるんじゃないのか?
算盤の算段はついた。そろそろ帰るか」
俺たちは暁のドラゴン亭に戻るのだった。
算盤の生産は軌道に乗ったようで、ペンドルト商会の店員が算盤を使う姿を見受けるようになった。
ラルフ先生が頑張った成果だろう。
ある日の夜。
「あれは便利だ。
それに、教えた者たちの算術に間違いが減っている」
とラルフさんが言うと、
「そうなんです。頭の中で算盤が出てきて、それを弾けば計算ができるんです。
お陰で、算術が得意になりました」
リサが言ってきた。
どっかで聞いた言葉。
「我々が使って、人気が出れば、商人の間で使われることもあるだろうな……」
ラルフさんが言う。
「算盤単体だけでなく、算盤の使い方の本を作っては? 使い方がわからなければ意味がありません。
算盤と算盤の使い方の本をセットに売るのもいいかも。
試供品ってことで、どっかの貴族に売り込むのも面白いかもしれませんね」
「本かぁ……。手書きは手間がかかるからなぁ……」
「印刷すればいいのに」
「印刷? なんだそれは!
男同士でじっくりと話を聞きたいな」
首根っこを掴まれ、カウンターに連れて行かれるのだった。
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