30.本戦二日目
準決勝まで残った四人は舞台の上に呼び出される。
バルロイ、ノルド、神速の……ドミニクだったのね。そして俺。
観客の声援が飛ぶ。
「準決勝まで残った四人の紹介をいたします。
まずは、戦奴バルロイ。既に四十人を殺した男。
その手口は残虐で、生き残ったとしても、二度と剣を握れなくなるというもの。
優勝候補の筆頭です!」
うわー! という声援が上がる。
間違いなく掛け絡み。
「続いては、この街のギルド最強の男ノルド。
その剣の冴えでワイバーンさえ一人で狩ることができると聞きます。
バルロイに続く人気であります!」
ノルドは手を上げた。
「三人目は紅一点。神速のドミニク。
この街の学校で最強の称号を持つ女。
相手はバルロイです。善戦に期待しましょう」
「最後に、マルス。
運も実力のうちの少年。
自分に高額をかけ、儲けようとする守銭奴です。
対戦相手はノルド。
ノルドをも汚い手で倒したと聞きます。
ノルドには負けないように頑張ってもらいましょう」
うわ……、嫌われてるなぁ……。
悪役みたいだ。
一番高い所にマルベス商会の会頭。
俺を睨み付けている。
騙されたって?
「あれ以来ね。
けがは?」
「神速のドミニクさん。もう大丈夫です。あの三人のお陰で何とかなりました」
俺はアセナたちを指差した。
「『神速の』は要らないわよ! あれは学校の中だけだから!」
恥ずかしいのか顔を赤くするドミニクさん。
「でも、神速のドミニクさんの方がカッコいいじゃないですか!」
「自分で付けたくて付けたんじゃないの! 言わないでくれ!」
「わかりました神速のドミニクさん。『神速の』ははずして、『ドミニクさん』でいいんですよね『神速のドミニクさん』」
からかい過ぎたのか、
「後で殺す」
と言われてしまった。
「怒りっぽいと嫌われるよ」
呟くと蹴られてしまった。
「言われておるな」
「まあ、負けて欲しい筆頭だからね。
ノルドとバルロイなら勝てると思われたのなら芝居さまさまだ」
「まあ、ここで二人が襲われることは少なくなった。
あとは、掛け金の受け取りかのう」
「否定されたら、掛札を盾にペンドルト商会に出てきてもらうだけ。
まあ、カミラさんとリサさんはアセナと一緒に居てもらおうか」
「「はい」」
二人は頷いた。
まずはバルロイ対神速のドミニク。
「始め」
の声で試合が始まった。
バルロイもドミニクも双剣。
手数が多い攻撃をお互いに弾いていた。
ドミニクの顔に焦りが見える。
届かないと思っていた攻撃が届いているようだ。
「間合いがおかしいのう」
「関節を外して攻撃の範囲を伸ばしているようだね。
鞭のようにしなる攻撃が回り込むようにドミニクを狙っている。
あっ、当たった」
細かい傷がつき始めた。
瞼の上を斬られた後は、出てきた血で視界が滲むのかバルロイの攻撃が次々と当たる。
致命傷にならない攻撃をなぶるように続けた。
出血のせいか意識朦朧となるドミニク。
ただ、バルロイを睨み付ける。
「殺しちゃいけないんだよなぁ……。
頑張ってねぇ。
倒れない程度に攻撃するからねぇ」
ヒヒヒと笑いながら攻撃を続けるバルロイ。
そして耐えきれなくなったドミニクは前のめりに倒れた。
舞台脇からよく似た少女が飛び出すと、ドミニクを揺すった。
あれじゃ、逆に死ぬ。
タンカに乗せられ控室に向かうドミニクに近づくと、
「何をする!」
と少女が俺に掴みかかる。
「ん? 死なせたくないなら任せろ」
「死」という言葉に手を引いたのを確認すると、俺はドミニクにヒールを使った。
見る間にキズが塞がり、出血が止まる。
とは言え、失われた血は多い。ドミニクの顔は青かった。
ついでに造血。
ドミニクの顔に赤みが戻る。
おわりっと。
「以上だ」
そう言うと、俺はアセナの所に戻った。
「余計な事を……」
アセナが呟く。
「袖すり合うも何とやら。
一応、戦ったことあるし……。『神速の』で笑わせてもらったしね」
フンと鼻を鳴らすと、アセナが顏をそむけた。
「さて、俺の番だ。
運も実力のうちということで頑張ってきますかね」
「頑張ってね」
「頑張ってください」
二人の声援。
つづいて、
「二人は任せるのだ」
とアセナが言うのだった。
ノルドとの対戦。
「始め!」
の声が聞こえた瞬間、俺は加速すると、鳩尾に突きを入れた。
皮鎧がベコリと凹み、
「うげえ……」
とキラキラで隠すものを吐き出し、のたうち回る。
「殺しちゃいけないんですよね。
男から女になるのはいいのかな?」
俺はノルドの股間を蹴り上げた。
そのまま泡を吹いて白目を剥く。
「審判、お願い」
「はっ、はいぃー。
勝者、マルス!」
俺の方に手が上がるのだった。
泡を吹いたノルドが片付けられると、すぐにバルロイが現れる。
「休憩は?」
「そんなものは要らないだろう?
汗もかかずに倒したじゃないか」
「確かに……。
バルロイさん一つ聞いてみたかったんですが、さっきのドミニク戦って楽しかったですか?」
「楽しいに決まっているじゃないか。
弱い者をいたぶる。楽しくて仕方ない。
怯える所を見るのが好きなんだ。
あの女、もっと悲鳴を上げたり命乞いをしたりするのかと思ったんだがな。
ただ、睨み付けられた。そこはちょっと興覚めだ」
「そうですか」
「お前、俺がどうしてこのトーナメントに出たのか知ってるか?」
「戦奴から解放されるためでしょう?」
「そうだ、奴隷から解放されれば俺は自由だ。俺が立ちあげた盗賊団に戻り、手当たり次第に金と女を奪うのさ。
憎たらしい男に抱かれている間に、感じて腰を振り始める女。
捕まる前に抱いた女なんて、舌を切って死んだ。
純血が何だって言うんだろうな。
このトーナメントで勝てば逃がしてくれる上に、金までくれるって言うんだから、最高だよ!
「そう……」
「そのためには、お前に勝たねばならない。
猫被っていたんだろ? しかし、ノルドを相手した時が本気かならば俺の相手にならないぜ」
バルロイは双剣の一本についたドミニクの血を舐めながら俺に言うのだった。
向かい合い、
「始め!」
の声がかかると、跳ねるようにバルロイが俺に迫ってきた。
関節を外し、間合いを惑わすような攻撃を始めるつもりなのだろう。
でもバケモノの木よりはリーチは短い。
一瞬でも気を抜けば死ぬなんてことはない。
木剣に魔力を通し、両方の肩の部分から叩き切る。
ボトリと落ちる両腕。
「あーー!」
吹き出る血を見ながら、甲高い叫び声をあげるバルロイ。
更に横殴りに両足を太ももから斬った。
太ももからも血が噴き出る。
「殺さなきゃいいんですよね?」
俺は傷口にヒールを賭けて血を止めると、斬り落とした魔法で燃やし両手両足を炭にする。
そして、バルロイの目の前で踏みつぶすと粉々に崩れた。
「俺の手足がぁ!」
そのままバルロイを蹴り上げ、舞台から叩き落とし、
「場外です」
俺の言葉に、
「ヒッ」
と恐れる審判。
「勝者は?
バルロイは死なず、場外になりましたが?」
「ひいいい……」
審判が舞台から逃げた。
「誰が勝者を決めるんだ?」
観客席で立ち上がっているマルベス商会の会頭に
「おーい、会頭さん。
誰が勝ったんですかあ?」
俺は耳に手を当て、勝ち名乗りを待つ。
「バルロイは戦意喪失の上、場外ですよぉ!」
そう言ったあと、向こうの会頭が顔を赤くして言った言葉は、
「やってしまえ!」
という時代劇の乗りのような言葉が聞こえた。
商会の構成員のような男たちがワラワラと舞台を目指してくる。
「カミラ、リサ舞台に上がってろ」
アセナは俺の傍が安全だと思ったのか、二人を舞台にあげると、舌なめずりしながら嬉々としてその中に突っ込んでいった。
血の気が多いねぇ。
アセナの軌道は凍り、炎に包まれ倒れていく構成員で割れる。
俺も漏れてきた構成員を木刀で斬る。
たった二名が数を気にせず次々と仲間を殺すさまを見て、構成員たちは恐れ始めたのがわかった。
「俺は、マルベス商会に賭けに勝った金を払ってもらえればいい。
アンタらを殺すつもりはない。
命が惜しいのなら去れ! 向かってくる者は殺す」
血に濡れたアセナが、ナイフを舐めると、バルロイには無かった妖艶さがあった。
それが恐怖に変わっていく。
「うわー!」
恐怖に負けた構成員の一人が会場の外に逃げ出すと、それが伝播する。
そして、そこに残ったのは無数の死体と、マルベス商会、ペンドルト商会の会頭であるラルフさんと側近の数名。残るは俺たちだった。
「賭けに勝ったので、支払いをお願いします」
俺は掛札をマルベス商会の会頭の方に差し出した。
「無理だ。そんなことは無理だ。
このトーナメントの利益を全てつぎ込んでもお前の勝ち分の十分の一程度。
我が商会にある者を全部売り払っても無理だ」
「俺の掛け金をせしめる予定だったのでしょうが、むりだったのですね。
では、どうなさるおつもりで?」
「その前になぜ、私に喧嘩を売った」
「ああ、ラルフさんとアンタの喧嘩ならば、商会同士の勢力争いだから気にするつもりはなかったんだ。
でも、その後がいけない。
俺をダシにリサさんをアンタが貰うって言ってるじゃないか。それも無理やり。
俺の周りで守る者だと思っている女性を、彼女の意思とは関係なく連れて行かせはしない。
気付いていないでしょうが、俺に喧嘩を売ってきたのはあなたの方なんです」
俺は客席を見る。
「ラルフさん。これを盾に抵当権を。
マルベス商会のすべてを奪い取ってください」
「お前、ラルフに言われて……」
「いいえ、俺の一存です。
女性の気を引くなら、女性に男側の思いを言って。好きになってもらえばよかったんです。
そんで、振られたらきっぱり諦めましょう。
まあ、でも、お陰で私の舅の商会が大きくなります。ありがとうございました」
「マルス君、どう考えても足りないが、その分はどうするんだ?」
「一代でペンドルト商会に追いつこうとした、有能な奴隷が居るじゃないですか。
奴隷は主人の言うことを聞くようにできるんですよね?」
「それは可能だが……」
「それでは、その身をもって残りの補填としていただきましょう」
こうして、マルベス商会の会頭込みでのすべてを奪いとり、トーナメントは終わった。
勢いながら、ケツの毛まで分捕ってしまった……。
ある意味俺って、キングボンビー。
読んでいただきありがとうございます。
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