28.本戦初日
なんか、寝辛い……。
俺の睡眠って……。
添い寝って意外と寝られなかったりする。
体が動くと起きるんだよなぁ……。
欠伸をしながら、体を起こすと、寝間着姿の三人。
いつもは上半身が裸のアセナだが、気を使ったのだろう。
宿の裏に行くと、軽く柔軟を始める。
「マルス。私抜きで練習か?」
少し拗ねた顔でアセナが現れる。
「寝てたじゃないか」
「いつもは起こす」
「アセナを起こしたら、あとの二人も起きるだろ?」
「起こさずに来た。今は二人」
「じゃあ、始めるか」
「うん」
向かい合って礼をしたら、模擬戦を始める。
アセナのリーチがある素早い攻撃を木剣で捌く。
今一番の強敵がアセナである。
手数で押され始めた。
体に魔力を纏わせて筋力を上げて加速する。
「えっ……」
今までの速さを越えたせいで、アセナが焦り始めた。
防戦一方に傾いたところで、隙を見て脇をすり抜けると、軽く当てた。
「うー、ズルい。
今日は勝てそうだったのだ」
汗に濡れたアセナがプイと顔をそむけた。
「そんだけアセナが強くなったってこと。
まあ、師匠としては弟子が師匠に勝つことは嬉しいんだろうが」
「夫としては?」
染み込んだ汗のにおいをさせながら、アセナが抱き付いてくる。
「ん? ずっとアセナに負けるつもりはない。
俺は、アセナの夫だからね。夫のままでいるためにはアセナに負けるわけにいかないな」
「うん、それでいい」
そう言うと、
「ちょっとだけ」
と言って甘噛みを始めるアセナだった。
二人で風呂に入って着替えると、トーナメントの準備。
装備は……いつもの服の下にアクセサリーってとこか……。
あとは木剣。
結局いつも通り。
アセナもアクセサリーをつけて皮鎧を着たら双剣を腰に。
朝食のために食堂に降りると、
カミラさんとリサさん。
「起きたら居ないんだから」
「そうです」
と文句を言われた。
「マルスは戦いの前に体をほぐしていたのだ」
ほぐすような模擬戦じゃなかったような……。
「まあ、そういうことで……」
納得してくれたかねえ?
四人で朝食を終えて、会場へ向かうために外に出るのだった。
午前中に一試合、午後に一試合。
次の日も同じ。これで優勝が決まる。
ペンドルト商会に顔を出すと、ラルフさんが居た。
既に、俺が俺に白金貨を二千枚以上賭けたことを知っているらしかった。
「凄い掛け金だ。しかし、ロキ様がそれほどの金を持っているはずがない。マルス君がロキ様の息子というのは無さそうだな」
高額な掛け金が、逆に俺がロキという男の息子ではない事を確信させたようだ。
「結局、マルス君とマルベス商会の戦いになってしまった。
マルス君が勝てば、マルベス商会は潰れる」
「向こうも必死になるんじゃないかな……。
必死になって俺を勝たさない様にするんじゃないかな。
一試合でも参加しなければ、俺の負けですから」
「そうだろうな。対策は?」
「対策? 俺とアセナです」
「久々に生き死にになるのだ」
アセナの目が鋭くなるのを見たラルフさんが
「確かに……」
と呟く。
「ああ、俺が勝って、マルベス商会が手元に来た時は、後始末をお願いします」
「それは、私がマルベス商会を経営しろと?」
「ええ」
「それを勝つ前に言うんだな」
「んー、リサさんが賭けの対象になった時点で、俺の中ではマルベス商会を潰すことは決めましたので……」
「なぜだ?」
今の暁のドラゴン亭の雰囲気を気に入っているんです。
その中にリサさんが居ないと雰囲気が壊れてしまう。
それに、飲み相手のラルフさんが沈んでいるのもね」
「そこは、リサを愛しているとか言って欲しいが、まずは畏まった。
商会の後始末は私に任せてもらおう」
ラルフさんが頷いた。
「じゃあ、会場に向かいます。
向こうで会いましょう」
俺たちはペンドルト商会を出て会場に向かった。
「見張られているな」
すぐに気づくアセナ。
「んー、まあ、仕方ないね。
一応、リサさんの学校のトーナメントで優勝しそうになったぐらいは調べているだろうから……」
「ギリギリで勝たねばな。
下手に勝ってしまうと、目立ってしまう。」
「アセナちゃん、どう言うこと?」
「あまり強い所を見せれば、マルベス商会の者たちが必死になって邪魔をする。
しかし、ギリギリで勝ったとすれば、安心する。
要は、我はまだしも、カミラとリサに手が伸びんようにマルスは手を抜かねばならん。
それも、必死になってギリギリで勝ったように」
「私たちは足手まといということか……」
「そうですね」
カミラとリサが呟いた。
「しかしのう。考えても見よ。マルスにとって大切なものだから、そうするのだ。
特にリサは、マルベス商会が推した者が勝った場合、嫁に行かねばならん。
それを阻止するためにも、あまり目立ってはいかんのだ」
「そう……なの?」
リサが俺を見る。
「そう思ってるんだが……」
言ってみて、若干恥ずかしい。
思わず鼻を掻いてしまう。
「わかった、できるだけアセナさんから離れない」
「私もアセナちゃんやマルス君の傍から離れない」
「ズルい、だったら私もマルスさんから離れない」
姉妹のように掛け合いを始めるカミラさんとリサさんだった。
控室を与えられ、四人で待機。
さて、俺の試合。
相手は、無役の騎士らしい。
要は浪人。
アセナほどの身長にフルプレートメイルを被り、剣と盾だった。
ルールとしては、舞台の上から落ちるか、負けを認めるか、意識を失うか……。
一応死んでも罪には問われないらしいが、失格になる。
さて……。
「始め」
の声で、俺を追い詰めるように全身を始める。
重いはずのフルプレートメイルを普通に扱えるだけでも強いんじゃないだろうか。
密着したところで、剣を振るってきた。
わざとあたって、程々吹き飛ぶ。
ついでに、青あざぐらいは作らないとな……。
転がりながら適当に地面にぶつける。
イテテテテ……。
何度か躱して、飛ばされて転がる。
その流れを繰り返していると、俺の体は汚れ、いたるところに痣ができた。
舞台の端で立ち上がると、
「その歳で、私の剣を受けられるとはな。
しかし、これで決める!」
弱り切った俺に対して、大振りの攻撃。
完全に勝ちを意識して口角が上がっていた。
ここだね!
こんな大振りの攻撃など、アセナとの戦いでは止まっているようなもの。
背後に回り込むと、背中を蹴りつけた。
攻撃の勢いに追加された勢いで、騎士は思わず前のめりになった。
勢いのまま進むと、舞台の端。
必死になって止まって両手を回してバランスを取ろうとする。
漫画みたいだな。
そう思いながらも、ツンと騎士を突くとバランスが崩れて舞台の下に落ちるのだった。
「しょっ勝者、マルス!」
棚ぼたの逆転劇……に見えたかな?
掛札が舞う。
競馬のゴールシーンのようだった。
こうして一勝目。
治癒魔法で治してもいいのだが、弱っているふうに見せるならば、青あざは置いておいた方がいいか。わざわざ痛い目もしたしね。
木剣を杖に舞台から降りると、騎士が現れる。
「見事だ。私が気を抜いた一瞬を……」
「何とか勝てました」
と俺は頭を下げる。
そのまま倒れ込むように三人の所へ向かった。
「大丈夫?」
「大丈夫ですか?」
と心配するカミラさんとリサさん。
「上手くごまかしたな……」
わざと肩を貸すアセナ。
「そこは、心配するところじゃないか?」
「えっ? 嘘?」
驚くリサさんに。
「当たり前であろう。
まともに食らった攻撃などないよ。
当たるところで自分からその方向へ飛んで躱していたのだ。
リサに、わざと転がって体をぶつけていた」
「こうでもしないと、ギリギリ感が出ないからね」
「何か心配して損した」
「そうです」
思いっきり青あざの部分をカミラさんとリサさんに抓られる。
「痛いのは痛いんだぞ」
俺は苦笑いしながら、控室に行くのだった。
治療用の道具はもらえるので、包帯で擬態。
こんなもんかね。
さて、ベスト8。
あれ? どっかで見たことがある斧使い。
学校で、最初にやった奴だ。
お金積んで、枠を買い取ったか?
ボロボロ設定の俺。
「あの時とは違って、まともに動けそうにないじゃないか」
ニヤニヤと俺を見下ろす。
「前の騎士がアンタに比べて強くてね。
いいのを貰ったから、まともに動けそうにない」
「そうか……、お前をいたぶるのを楽しみにさせてもらおう」
そう言うと、離れた。
審判の「始め!」の声で試合が始まる。
おっそ……。
前の試合の騎士のほうがいい動きしていたと思う。
更には重い武器。
もう少し軽い物に変えればいいのに。
横殴りに振るった斧に当たり、俺は吹き飛ばされたふりをした。
苦しいふりをして起き上がり、斧使いを睨み付ける。
「俺の攻撃を食らって、まだそんな目をできるのか!
気に入らない」
斧使いは俺に近寄り斧を振り下ろす。
転がって避けると、そのまま後を追うように斧を払った。
火花を上げながら追いかけてくる斧に俺はわざとあたった。
勢いよく吹き飛ばされる。
おっととと、落ちちゃいかん。
ギリギリで踏ん張って立ち上がる。
チラリと見るとアセナが噴き出しそうに口を押えていた。
大変なんだよこっちも。
巻いた包帯はほどけ、その下から青あざが綺麗に見えている。
満身創痍の演出は完璧だ。
動けないふりをして呻いていると、
斧使いが最後の留めとばかりに大きく斧を振り被った。
「隙アリ!」
俺は弾けるように斧使いの脇を走り、抜けながら擦れ違いざまに木刀を叩き込んだ。
フルプレートメイルの腹の辺りに剣の跡でへこみができている。
「グヘェ」
何だかカエルが潰れるような声を出すと、キラキラで誤魔化す必要がある物を吹き出す。
そのまま前のめりに倒れる斧使い。
ピクリとも動かなくなる。
「勝者マルス!」
こうして、ベスト8をかろうじて勝利したふうに見せて、準決勝に進出することができた。
俺がフラフラと舞台から降りると、駆け寄るアセナ、カミラさんとリサさん。
アセナが俺を抱え上げ、控室に走った。
「これでいいのだろ?」
俺を見下ろすアセナ。
「ああ、これでいい」
後から追いかけるカミラさんとリサさんが
「騙すって楽しい」
「なんだか癖になる」
と違った方向に目覚めたような言い方。
まあ、いいけどね。
控室が使える最大の時間をその場所で過ごし、俺はカミラの背に背負われ、暁のドラゴン亭に戻るのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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