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26.ラルフさんの悩み

 ラルフさんは、商会から近いせいか最近よく暁のドラゴン亭に飲みに来る。

 まあ、気軽に行ける飲み屋ってのは前の世界でも重宝した。

 ちなみに、飲む相手は俺である。

 いつもは取り留めのない話をしながら、周りで騒ぐ女性三人の声を聞いているのだが、今日のラルフさんは飲みを楽しんでいなかった。


「どうかしましたか?」

 俺が聞くと、

「マルス君」

 と言った後、言葉を止める。

 しびれを切らして、

「何でしょう?」

 と聞いてみると、

「マルス君はトーナメントなんかに興味はあるかい?」

 と言ってきた。

「そうですねえ。強い人とやりたい気持ちはあります」

「そうか、興味があるのだな」

「はい」

「この街では三月に一番の強者を決めるトーナメントがある。このトーナメントでは奴隷だろうが、冒険者だろうが、騎士だろうが、一番強い者を決める」

「面白そうですね」

「ああ、面白い。だからこそ金が動く。今一番強いと言われているのは、闘技場の戦奴であるバルロイ。どんな相手にも、どんな方法でも負けたことは無い」

「はい」

 そう言えば、アセナは戦奴になるためこの街に連れてこられていたところだったんだよな。

「そんな相手にマルス君は勝てるか?」

「やってみないとわかりませんが、多分勝てると思いますよ。それにしてもそんなことを聞いてくるとは、ロルフさん何かあったのですか?」

「いやな、『今回のトーナメントで優勝するのは誰か?』と言う話になってな。『多分バルロイだろう』ということになった。その時、うっかりと『マルス君ならバルロイに勝てるかもな』と呟いた言葉を聞き逃さなかった者が居た。マルベス商会の会頭だ。

『そんなに言うのなら、マルスと言うものをトーナメントに出してみればいいではないですか!』ということになって、断り切れずに今ここに居る。

 マルベス商会はペンドルト商会よりは小さいが、新興の商会として力をつけてきている。ここ数年トーナメントを仕切っているのもマルベス商会だ。ペンドルト商会が推す者を破って勢いをつけたいのだろう」

「ラルフさんがトーナメントを仕切らないのはなぜですか? この街一番ならば、仕切ってもよさそうなものですが……」

「私は商人だ。物の売り買いで力をつけた。賭け事で力をつける気はないよ」

 そう呟いた。


「ラルフさん、他には?」

「他と言うのは?」

 逆に研いで返してくるラルフさん。

「そうですね、ペンドルト商会の利権やリサさんを貰いたいなどのそういう話です」

「どうしてそれを!」

「いや、あてずっぽうですよ。

 トーナメントでは賭けが行われると聞きます。それなのにただの勝ち負けで終わるはずがありませんからね。

 そう思いついたから言った。たまたまです」

「マルス君には隠せないか……」

 ラルフさんは一つため息をつくと、

「そうだ、リサとの結婚を求めてきた。一人娘のリサだ。私が死ねばすべての権利はリサが継ぐ。結婚していれば、そのすべてが転がり込むと考えたのだろう」

「じゃあ、そのトーナメントは負けられませんね。出場しましょう」

「いいのか!」

 身を乗り出して聞いてくるラルフさん。

「義理の父になるかもしれない人に恥をかかせるのもよろしくないかと……」

「何でもありの死人が出るようなトーナメントだが……」

「いいですよ」

 俺が笑うと、

「わかった。マルス君にはペンドルト商会の推薦で、予選は回避できるようにしておこう。

 装備は好きな物を使っていいそうだ」

「わかりました」

 俺は頭を下げた。


 ホッとしたのか、珍しくラルフさんが酔いつぶれた。

 近くで待っていた従業員に声をかけ、連れて帰ってもらう。

 そして女性陣と四人でテーブルを囲んだ。

「まあ、聞いた通り。

 とりあえずはマルベス商会がペンドルト商会に喧嘩を売ったようです。

 その対象はリサさん。

 ペンドルト商会の会頭の一人娘だということで妻に欲しいらしい」

「マルスさんはなぜ私のために?」

 リサさんが聞いて来た。

「そうだなあ、この宿で一緒に居るのが当たり前になったからだろうな。正直、今の雰囲気が気に入ってるし、それがなくなるのは嫌だからかな」

 俺が言うと、

「私も嫌です」

 とリサさん。

(われ)も今がいいのう」

 とアセナ。

「私は、もうちょっとスキンシップが欲しいかな?」

 というカミラさんの言葉に、

「あ、それは思う」

 というリサさんに、

(われ)は、満足だぞ?」

 とブッ込んでいく赤い顔のアセナ。

「それはさておき」

 と俺が流すために言うと、三人がプウと膨れた。

「そんな生活を自分の欲のために壊そうとするマルベス商会を潰しちゃおうかと思ってね。トーナメントの話は聞いたと思う。カミラさん、トーナメントの賭けはマルベス商会が仕切っているの?」

「そうね、トーナメントを仕切る商会が賭けも仕切るわ」

「賭けの最低倍率は?」

「えーっと確か1.1倍。それ以下に下がらなかったと思う。

 確か出場者は賭けられなかったはず」

 ふむ……。

「賭けの開始時期は?」

「予選が終わって、トーナメントの出場者が決まった後ね。十六人の中から優勝者を一人選ぶの」

 カミラさんが教えてくれる。


 ふむ……。


「リサさんちなみにペンドルト商会の年収って知ってる?」

「黙って書類を見たことがあるけど、白金貨二十枚ぐらいかと……」

 俺は少し考えると、

「カミラさんにお願いがあるんだけど」

 俺が聞くと、

「えっ、なあに?」

 とカミラさんが身を乗り出した。

「お金を出すので僕に賭けて欲しい」

「そのくらいならいいわよ」

 その返事を聞き、カミラさんとリサさんの前で次元収納を開けると中から白金貨だけを出した。

「「えっ?」」

 と驚く二人と知っているアセナ。


 確認すると、二千三百枚。

「何ですかそれは?」

 リサさんが聞いてきた。

「えーっと次元収納という魔法で、別次元に物を仕舞っています。そして、この中に父の遺産が入っています」

 俺は説明をした。

「これ十枚あったら、この宿買えるんですけど」

 と頭を抱えるカミラさんに、

「私こんな数の白金貨見たことない」

 と驚くリサさん。

「本当にマルス君の父親って何者なの?」

 カミラさんが聞く。

「んー、知らないんだ。大層な権力者だったのかな?」

 まあ、実際ダンジョンマスターだったのだから、ダンジョンの中でそれなりの権力は持っていたのではないだろうか?

「とりあえず軍資金としてはこれでいいかな。

 もしカミラさんが白金貨二千枚を投じて勝った場合、白金貨二千二百枚にして返さなければいけないわけだ。

 さて、一般客と貴族なんかの大口客で白金貨二百枚は確保できるだろうか」

「推測ですけど。実際に動くお金は白金貨五十枚程度だと思います。トーナメントに白金貨をかける人はあまり居ないでしょうから」

「じゃあ、もし俺が勝ったのなら、白金貨百五十枚は準備しないといけないわけか……。

 払えるのかね?」

「それは無理だと思います、うちより小さなマルベス商会がその資金を持っているとは思えません」

 リサが言い切る。

「じゃあ、どうしないといけない?」

「相手を消すか、店を売って借金を返すか……。

 しかし店を売ったとして、いくらになるか」

 リサさんが言うと、

「となれば(われ)はカミラ殿の護衛だの」

 と言って、アセナはニヤリと笑う。

「ご名答」

「カミラさんにはこの白金貨全部を俺に賭けてもらう」

「任せて……。でもこんな高額……手が震えそう」

「私は?」

 リサさんが俺に聞いてきた。

「そうだな……」

 俺は少し考えると、

「俺のサポーターでお願いします。

 皆も舞台の傍でタオルでも渡してもらえればいいかなぁ……」

「うん、わかった」

「そこが一番安全ね」

「そういうことだのう」

 こうして配置が決まった。


読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字等ありましたら、指摘していただけると助かります。

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