23.心の変化
アセナの尻尾が腰に巻きつき、カミラさんの腕が首に巻きつく。そんな感じで眠っている。
打ち上げが終わったリサさんも合流した。
「こっちのほうが楽しそうじゃないですか!」
頬を膨らませてリサさんがテーブルに座った。
「こっちは大人側だからな」
ラルフさんが笑う。ジョッキを上げる俺を見て、
「そうか! マルスさんは成人したんですね」
と手を叩いていた。
「さて、私たちの打ち上げは終わりです。カミラさんにお礼を言いたかったのですが、無理ですね」
リサさんはヤレヤレという顔で、寝ているカミラさんを見ている。
潰れているアセナやカミラさん、合流したリサさんを見ながら、
「結局のところどうするんだ?」
ラルフさんが聞いてきた。
「わかりません。二人とも仲がいいし僕に好意を持ってくれています。だからと言って簡単に妻にするとは言えないでしょう?
ラルフさんは複数の妻を持とうとは思わなかったのですか?」
逆に聞いてみると、
「儂は小さな商会だったころから一緒に居てくれているマリアに一途だよ。
他の妻を貰おうとは思わなかった。
だが、病弱なリサの事もあって『新しい妻を貰っては?』と言う話も出ていたが、断っていた。
もし神樹の実が見つからず、リサが死んだ場合。妻の年齢のこともあって、第二夫人としてとして若い妻を貰うことになったかもしれない。
まあ、君のお陰でそういうことにならずに済んだがね」
ラルフさんは笑った。
「リサが君の所に行くと言うなら止めはしない。ただ、リサはこの街のペンドルト商会の補佐をしてもらう。そして、リサと君の間にできた子は、我が商会の次期会頭になるのだ。」
「僕の子が言う事を聞きますかね?」
「別に子供が一人だけとは限るまい? 誰かが商人に興味を持ってくれればいい。そしてそう仕向けるのが私」
ラルフさんはニヤリ。
俺は、エールを飲み切ると、
「さて、エールを飲むと腹が膨れます。
火酒でも飲みますか?」
俺はあえてポケットを使わず次元収納から箱を出した。
いつ手に入れたのかはわからないが、確か宝箱から出た物。
グラス六個入りで木箱入り。
あのダンジョンでは変な物も出た。
「マルス君、それ……」
「ああ、父の遺産です」
「イヤイヤ、違う。それは次元収納か?」
「よく知っていますね」
「商人が喉から手が出るほど欲しくなる魔法だ」
「父に教わりました」
これはほんと。
「君の父親は本当に何者なんだろうな?」
「僕にもわかりません」
そう言って流しておいた。
魔法で丸氷を作って、グラスに入れると、カランと音がする。
その上から火酒を注ぎ軽く混ぜてラルフさんの前に差し出した。
オンザロックなんていつ以来だ?
「本来は、結婚式前に相手の男と差し向かいで飲むものだと思うが?」
そう言いながらラルフさんはグラスを煽った。
強い酒が喉を通ったせいか目を瞑って耐えている。
「相手の男と言われると、近くもあり、遠くもありだと思いますが」
リサさんがそんな俺たちを見て、
「いいなぁ、お父様とマルスさんはお酒を飲んで……。でもお父様がお酒を飲むなんて珍しいですね」
とカウンターに両肘をついて
ラルフさんは軽くため息をすると、
「いい飲み仲間が居ないからな。会頭という儂にしか興味がない。ただのラルフとして飲めるのはマルス君とだけのようだ」
「お酒貰おうかな……」
「リサはまだ駄目だぞ! 成人までは我慢するんだ。できればマルス君が居るところで飲むように」
必死になってそんな忠告をするラルフさんを置いて、俺は少し大きめのグラスを出すと、そこにキューブアイスを入れた。そこに火酒をちょっと入れて、水で割った後、市場で買っておいた柑橘系の実を切ってそこに絞った。
軽くかきまぜてリサさんの前に出す。
「何をやっている!」
「仲間はずれが嫌なようなので、かなり薄めたものを作りました。
お酒の雰囲気を味わうのならば、このぐらいかなあ……。うっすらと酒精を感じるぐらいです」
安易に言ったことだが、
「バカ!」
と、ラルフさんがグラスを取ろうとするのと、
「いただきます」
というリサさんの声が重なる。
「ヒック」
一瞬でリサさんの目がトロンとなった。
顔を押さえて愕然とするラルフさん。
「マルスしゃん。そこに座るのれす」
席には座っているんだが……。
「はい」
こういう時は否定しないに限る。
「よろひい」
「はい」
リサさんは席を立つと、俺の太ももの上に向かい合わせになるように座る。
ラルフさんは、苦笑いのようだ。
「いつになったら、わらひを貰ってくれるのれすか?」
「せめて成人してからですね」
「わらひは、誕生日が追い付かないのれふか?」
「はい、別の日に生まれてしまうと、同じ日に誕生日ということは無いですね」
「わらひはアセナさんが羨ましいのれす。
わらひもラルフしゃんをこんな風に抱っこしたいのれふ」
リサさんは俺の顔に胸を押し付けてきた。
父親の前でこれはよろしくないのでは?
そんな事を考えていたが、ラルフさんは相変わらず苦笑いしている。
そして、
「先に会いたかったのれふ。悔しいのれふ――――――!!」
と言ったあと、リサさんは寝た。
「こういうオチでしたか……」
「昔、少しだけ酒を飲ませたことがあるんだが、見事に酔った。そして次の日にはケロッとして言ったことを忘れている。
あの時は病気が嫌だとか、いつもは我慢していたことを言った訳だ。
ベッドの上で我慢していたリサが、今や色恋で我慢しているとはね」
そう言い終わると、ラルフさんはグラスを煽った。
「ちなみにリサさんのお父上としては、この状況をどう思いますか?」
俺に抱き付いて寝ているリサさん。
「大きくなって『儂から離れちまった』ってところじゃないかな。儂ではなくマルス君に撫でられて喜ぶようになったって訳だ」
再びグラスを煽るラルフさん。
無意識に撫でていたリサさんの頭。リサさんの寝顔が心なしか嬉しそうだった。
女性陣が轟沈した後、それぞれの部屋に送り届けると、再びラルフさんと飲み続ける。こちらの世界に来て初めての飲み。お互いにくだらない話をしながら、夜が更けていくのだった。
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