19.学校祭(タレの力)
醤油だれが焦げるいい匂いがする。
「匂いだけで、どこがリサ殿の屋台かわかるな」
「確かに」
俺たちは匂いをたどりながらリサの屋台に向かった。
リサさんの屋台に到着すると、そこには大勢の客が列を作っていた。
「おっとぉ、大盛況」
「これでは串焼きの追加は難しいのう」
アセナががっくりと肩を落とし、ぱたんと耳が閉じ尻尾が垂れる。
「まあ、タレ自体は俺が作ることもできるから、宿で出してもらうか? カミラさんに『調理場を貸してもらいたい』と言ったとしても『ダメ』とは言わないだろうし。タレに人気が出たのなら、カミラさん床の調理人にレシピを教えて、あの宿で食べられるようにするのもいいと思う」
「そうだのう。そうすれば、簡単に食べられるのう。
二人で屋台を覗きながら話をしていると、リサさんと目が合った。
すると、リサさんが紙包みを持って俺たちの前に現れる。
「これ、お二人の分です」
「おおおおおおおおおおぉぉぉ……ありがとうなのだ!」
アセナは一瞬でリサさんに近寄り、紙包みを受け取ると、包みを開けてスンスンと匂いを嗅いだ。ダラーっと涎を垂らし、俺の方を見る。待ての姿勢のようだ。
「食べていいよ。ただし、俺の分一本ぐらいは置いておいてくれ」
俺の言葉にブンブンと頷く。アセナの尻尾もブンブンと振られる。そして、俺には目もくれず、アセナは串焼きを食べ始めた。
リサさん苦笑い。
「忙しくて大変ですけど、でもいいですねこのタレ。この屋台だけの味です。
お父様も先ほど訪ねてきて、結構な量の串焼きを買い求めていきました。
親バカでしょ?
でも、『後でこのタレのレシピを教えろ』と言っていましたので、マルスさんの名前を出しておきますね」
いや……それはしなくていいと思う。
「予定の量がもう無くなってしまいそうなので、丁度いいんでお父様に追加の肉を依頼しちゃいました」
リサさんは嬉しそうに言っていた。
まあ、ペンドルト商会だから、いい肉を使っているだろうし、未知の調味料でいい匂いをさせていたら、興味本位で買う者も居るだろう。それが美味けりゃ、再び買いに来る者も居るのだろう。
「そこでですね。すでにタレのほうが少なくなってきておりまして……」
「追加が欲しいのですか?」
「はい!」
と大きな返事。
「そのための串焼き用の肉の追加なんですね」
と言うと、
「エヘヘヘヘ」
図星だったのか、リサさんは頭を掻いていた。
追加でタレを作る俺。
後で、
「そう言えば、マルスさんが鎧を着るのは初めて見ましたね」
リサさんが言うと
「トーナメントの参加者はフルプレートアーマーの装着が必須でのう。仕方なくマルスは着けたのだ」
ハムハムと串焼きを食べながら説明するアセナ。
「仕方なしですか?」
「そう、仕方なし。
予選を見るに、マルスならば素手でも勝っていたのではないかな?」
アセナがチラリと俺を見る。
「さあね。人が多い所で、あまりそういうことは言わないつもり。どこから誰に伝わるかわからないだろ?」
「すでにダントツの強さで予選を通過したマルスの様子を見に来ているラットが居るからのう」
アセナが鼠を睨み付けていた。
鼠が固まる。
「予選通過ですか?」
リサさんが聞いた。
「当たり前であろう? 我の夫であり、リサ殿の夫になる者の強さを信じないでどうする? その辺の小童などに負けるはずがあるまい」
「おめでとうございます! 予選と通過するだけでも、どこかの騎士団から声がかかるかもしれませんね」
「その話は聞きましたが、騎士になる気はないからなぁ。すべて自己責任だから、冒険者のほうが気は楽だ」
「そうですね。騎士は少し近寄りがたい気がします。私としては冒険者のマルスさんがいいですね」
リサさんは俺を見上げながら言った。
「お前ら低学年のくせに生意気だ!」
そんな声が響く。
屋台の客が多い事を妬んだ上級生が、文句を言ってきたようだ。
年上の知識って奴は無いのかね?
勉強ばかりしてるから……。
「生意気と言われましても、お客様が我々を選んでくれた訳ですから。そちらもそうなるように努力すればいいのではないでしょうか?」
「そりゃそうだろうが、そのタレは我々では作ることができない。ならば俺たちによこすのが筋」
どんな筋だ?
「そうすりゃ、こんなに客が溢れることもなくなり、我々も利益を得ることができる。いいことずくめだろ?」
「君たちそれはズルいぞ! 僕たちもこのままでは肉が余ってしまう。僕たちにもタレを分けてもらえないか!」
串焼きが売れなくて暇な屋台の店員が、様子見で集まってきたようだ。
そこで、醤油誰の衝撃を受けたらしい。
タレに集まるハエ?
「これは、ある方から提供されたもので、あなた方に渡せるものではございません」
凛とした声で胸を張って提供を拒否するリサさん。
「ずりぃぞ! お前、ペンドルト商会の娘だろ! ペンドルト商会の力を使って手に入れたんじゃないのか!」
ドンとリサさんが突き飛ばされ、倒れそうになるところを俺は抱き寄せた。
風が吹けば桶屋が儲かる的に考えれば、ラルフさんが神樹の実の依頼を冒険者ギルドに出したおかげで、リサさんは助かり、俺と知り合った。ペンドルト商会の力だと言えばそうかもしれないが、屋台に関して言えば、ペンドルト商会に頼っていることはあまりないだろう。仕入れプラスアルファってところじゃないだろうか。
俺はリサさんを立たせ、突き飛ばした奴の前に立った。
んー、向こうは第二次性徴終わってるのかぁ?
俺より十センチは高い。
年上っぽいからそんなもんか……。
ああ、君が羨ましいよ。俺はまだつるつる……いやちょっとだけ。
ハア……。
さてと、
「おーい、そこの上級生! 何言ってるんだ?
思った通りにならないからって、女の子を突き飛ばすのはどうかと思うがなぁ」
俺はそいつに言った。
「何言ってるんだお前」
「言う権利があるから言っている。
だって、そのタレ作ったの俺だし」
ちびっこな俺を見てニヤリと笑う上級生。
「だったらそのタレを俺にくれ」
体がデカいから有利なのはわかるが、ドラゴンなんかに比べりゃ、こいつの威圧なんて毛ほども感じなんだがなぁ……。
「何でそうなる?」
「お前がタレを渡せば、この騒ぎはなくなる」
「つまり、お客が分散すると……」
「そういうことだ」
こいつの理論的にはそうらしい。
「嫌だね。まずはアンタらの言い方が気に入らない。
そりゃリサさんはペンドルト商会のむすめだが、肉以外は自分で何とかしている。お前らだって、どこあの商人から肉を手に入れているはずだろ? もしかしたら、ペンドルト商会から買ったんじゃないのか? スタートラインは一緒だろうに」
「しかしタレは……」
「タレは俺が提供したが、それは俺がリサさんの知り合いだからだ。リサさんの人脈なんだよ。商人ってのは人脈が重要だろ? もしアンタが俺の知り合いだったらアンタに提供していたかもしれない。
不公平だと言うならレシピを提供しよう。
醤油に砂糖、あと火酒を入れて煮詰めればできる。レシピがわかればお前らでもできるはずだ。たった三つ集めて煮詰めればいいんだからな。
まあ、醤油が手に入ればの話だが……」
俺はニヤリと笑った。
さて、
「皆さん! この串焼きは、この冒険者である私が、旅の途中で見つけた醤油というものをタレに使ったものです。この美味しいタレを使った串焼きはここでしか手に入りません。まだ食べたことが無い方はどうぞお買い上げになって食べてみてください!」
俺と上級生の顛末を遠目で見ていた生徒や父兄に声をかけた。
我先にと店の前に並ぶ。
見たことがない冒険者風の鎧を着ていたことが功を奏したようだ。
「それでは、屋台も賑わってきたので」
俺がそう言って睨み付けると、上級生たちは去っていった。
暫くすると、ペンドルト商会の馬車が現れ、肉を置く。
その肉を角切りにし始めるリサさん。
「売り上げで、いい所での打ち上げができそうです! もう少し頑張って美味しい食事を食べに行きましょう!」
発破をかけると、「そうね」「楽しみ」「これだけ売れるなら!」「ウシ、下処理頑張るか」などと士気が上がった。
しばらく調理を手伝いながら見てみると、朝よりも慣れてきたのか、上手くお客を捌き、串焼きを売る、リサさんたちが居た。
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