15.材料確保
「母乳が要るのか?
私の物を搾れば出ないだろうか?」
胸を両手で絞りながらアセナがブッ込んでくる。
「種族体質にもよるのだろうけど、基本は子育ての時にしか母乳は出ないらしいよ」
俺は言った。
「そうなのだなぁ。マルスは物知りだなぁ」
「正確には俺のオヤジだね」
「知っていることには変わりないだろう?」
「そう言われるとそうなるか……。
まあ、誕生日までに乳と卵を手に入れる。久々に街の外に出るか?」
「そうだのう。久々に冒険者らしい事をするか」
「ちなみにこんな感じの魔物は居る?」
俺は牛っぽい魔物を地面に描いた。
「おお、ホルスだな。肉が美味いのだ。その絵はランニングバード。
うむ……。魔物がどこにいるかは冒険者ギルドで把握しているらしい。だから、冒険者ギルドで聞いてみるのもよいかもしれないな」
アセナが言うのだった。
さて、久々に街の外に出るかね。
アセナの公用語の勉強のために冒険者ギルドには顔を出していなかった。
久々に冒険者ギルドに顔を出した俺たち。
依頼を受けるでも無いので、朝ではあるが少し遅めにギルドの中に入った。
「いらっしゃいませ。マルスさんでしたね」
「ああ、お久しぶりです。いつもの受付嬢さん……」
そういや名前聞いていなかったな。
そんな事を考えていると、
「ルナと申します。今後ともよろしくお願いいたします」
と頭を下げてきた。
「それで、どのような御用件でしょうか?」
「この辺の魔物の分布図があると聞いたのですが、それを見せてもらいたいと思いまして」
そう言うと、
「少々お待ちください」
ルナさんは奥に行き、大きな地図を持ってきた。
「こちらになります」
地図には道の配置と、その周辺に居る魔物の名前が書かれている。
「ここにホルスがおる」
アセナが長い指で指した。
他にもホルスと書いた場所はあったが、一番近いのはアセナが指差した場所のようだ。
「この街の西の街道をずっと行った森の中か。
ランニングバードも居るな」
「ランニングバードはどこにでもおるからな」
そうだのう、我らの足であればその場所まで一日。
どのくらいで探し出せるか……。我の鼻も使って探せば何とかなるかものう」
「そうだな。アセナに頼るよ」
「任せろ!」
ドンと胸を叩くと、揺れるスイカに、ルナさんは唖然としていた。
食料を次元収納に仕舞い。久々に馬を曳きだす。
馬は丁寧に世話をされていたようで、毛並みもきれいになっていた。たまに散歩なんかも連れて行ってもらっていたようだ。
アセナはフル装備。俺はいつもの服と木剣。
俺は馬に乗り、アセナがそれを曳く。そうやってホルスが居るという場所を目指すのだった。
アセナの機嫌がいい。
確かに自然の中のほうがアセナは似合うと思う。
そのせいか休憩なしでの強行軍。
馬に慣れていない俺は尻が痛くなったら治療魔法で回復していた。
まあ、目的地近くに到着するころには治療魔法の出番はなくなっていたが……。
現場に到着したら、野営の準備。
直に毛布を敷いて、火を起こしてたき火を作る。
そう言えばキャンプなんて、向こうの世界も入れて何年していないのやら……。
街で手に入れた肉を、鉄の串にさして焼き始めた。
ここでやっと出動の味噌と醤油。
まあ、今回は醤油だけかなぁ……。
砂糖プラス醤油で焼き上げる。
周辺に香ばしい匂いが流れ始めた。
俺は十ほどのパンを出して、野菜と肉を挟む。
あとは皮袋に入った水で割ったワインを出して終わり。
俺が料理する姿をアセナは横に座って見ていた。
ゆっくりと触れる尻尾が俺の背中に当たる。
いつもの存在確認。
「ほい、出来上がり」
アセナに渡すと、スーと大きく匂いを嗅ぎ、
「ん、いい匂いだ」
とアセナが言った。
食事を始め、ワインは回し飲み。
本来なら、周囲の警戒と火の番で順番に起きるらしいが、
「我がおれば大丈夫」
と俺を抱き枕のようにしてアセナは寝始めた。
皮鎧がちょっと痛いが、俺も眠りに入る。
アセナの体が俺を包む。そんな温かみもあったせいか、少し寒めの野営と言うのにぐっすりと眠ることができた。
朝露が毛布を濡らしている。
朝が弱いアセナを寝かせ……言うに、殺気には敏感ですぐに起きるらしい……俺は朝食の準備をする。
くすぶっていたたき火を大きくして、宿で貰っていたスープを温める。あとはランニングバードの肉のサンドウィッチ。ちなみにササミのような味の部分。
味噌ベースでタレを作って、味付け。
匂いに反応したアセナが「ムニュウ」と言いながら目を覚ました。
「おはよう」
と俺が言うと。
「おはよう」
とアセナが笑う。
「さあ、飯食ってホルスを探そう」
「そうだな」
朝食を終えると、毛布を魔法で乾かして片付けをする。
馬の周りの見えないところでアセナがおしっこをしたらしい。
マーキングのような奴だろうか……。
これで、アセナより弱い魔物は寄ってこないらしい。
ホルスを探す俺たち。
「ホルスの匂いってわかるのか?」
「任せろ。まだ成人にならないころから狩って、匂いを覚えている」
アセナはスンスンと周囲の匂いを嗅ぎながら、森の中を歩いた。
なかなか見つからないようだったが、そのうちピクリと耳が動く。
「風上に居る」
アセナが動き始めると、俺はその後ろに付き従った。
アセナは音がしない。
逆に俺は動くとパキポキと音をさせてしまう。
「さすがだね」
俺が呟くと、アセナはニイと笑った。
森の奥に進むと少し広がった所が現れた。
そこには牛が居る。どう見ても牛。
ホルスと言うからにはホルスタインかと思ったが、どっちかと言えばジャージー牛。 子牛が居て、乳房を突っつく姿も見えた。
「マルス。ホルスは一頭のオスに数多くのメスが付き従う。この群れが大きいのは強いオスが居るからだろう」
「オスは?」
「そこのデカい木の下で横になって監視しているだろう?」
アセナが指差した先に二回りほど大きな牛が居る。
俺は群れ全体に魔力を流し、牛たちを眠らせたうえで痺れさせた。
ん、いいねぇ。
「さあ、乳の回収だ」
俺は牛たちに近づいた。アセナに牝牛を持ち上げてもらう。
トンは無いにしろ、ウン百キログラムありそうな牝牛を軽々と持ち上げた。
俺は木でできたバケツに乳を搾り、一杯になると、持ってきた樽に入れる。とりあえず、魔法で熱湯殺菌済み。
六頭の牝牛から取れるだけの乳を搾ると次元収納に入れた。
「マルスは乳首の扱いが上手いな」
アセナが俺に言った。
「ん、魔物の乳しぼりはやったことがあるからな。
さすがに獣人や人間の乳首を扱ったことは無いぞ?
弄って欲しいのか?」
「それは……」
赤くなるアセナ。
「まあ、風呂とかで……、マルスは何もしてこないし……それは何か寂しいのだ」
「メスと見てないって?」
アセナはコクリと頷いた。
「今の俺が盛ってもどうにもならない。下手にアセナの尻尾を触っても、アセナだけが盛り上がるだけだろう。だから、できるようになって最初はアセナかなあとは思ってるわけだ」
俺はアセナにこういう話はしたことがない。
一応十四歳だからできないというわけではない。
そういう話で盛り上がっても……と思って自制もしていた。
「本当か! 我が一番なのだな!」
「おう」
「カミラやリサが周りに増えて、少し心配だったのだ。
そうか……、私が一番なのだな」
アセナが抱き着いてくる。そのままキスをしてむさぼり始めた。
フンフンと鼻息も荒い。
興奮してスイッチが入ったようだ。
仕方ないのでしばらくされるがままにしていた。
そして、納得したアセナが離れる。
「うむ、マルスを堪能できた。
これで我は満足」
涎まみれになった俺の上半身。
「イヤン」と言って、服で胸を隠したほうがいいのだろうか?
想像して引いたので、素直に俺は全身を魔法で洗って乾燥した。
「お前舐りすぎ。べとべとになったぞ」
俺が注意すると。
「ダメか? 我はマルスの匂いに染まりたい。マルスは我の匂いに染まって欲しい。だから番は体を舐めあう」
シュンとアセナの耳としっぽが垂れる。
「外ではだめ。せめて宿に入ってベッドでだな」
「うむ、わかったのだ!」
耳としっぽが復旧するアセナだった。
ホルスは痺れを解いて目を覚まさせる。
すると、のそりと起き上がり、草を食み始めた。
数時間前の姿に戻る。
続いてランニングバードの卵。
再びのアセナの鼻頼み。
ランニングバードは一つの巣に十個ほどの卵を産むが、強い敵が現れると、その卵を簡単に捨てていくということらしい。
こいつらもホルスのように眠らせて痺れさせたほうがいいだろう。
アセナが匂いを見つけ、再びその場所へ向かった。
ランニングバードはまさに小さなダチョウ。
大きなオス一匹に二回りほど小さなメス二十。
結構大きな群れ。
メスは石で巣を作り、卵を温めているようだ。
俺は同じパターンでランニングバードも眠らせた後、痺れさせた。
ライトの魔法で卵を透かし、無精卵を選ぶ。
そして一時間ほどで十個ほどの無精卵を次元収納に入れると、群れのしびれを取り、目を覚まさせた。
何が起こったのかわからず、ランニングバードたちはキョロキョロしていたが、すぐに何事もなかったかのように卵を温め始めた。
「一応必要な素材は終わり。
せっかくだから、馬のところに戻ったら卵料理を作るか。
今日の晩御飯ってとこだな」
「ウンウン。楽しみなのだ」
アセナの尻尾がブンブンと振れる。
アセナの誘導で前日の野営地に戻る。
俺の匂いを探し出し、逆に歩いた感じだ。
自分の匂いよりも俺のほうがわかりやすいらしい。
再び毛布を敷き、寝床の確保。そのあと火をおこし、焚火を作った。
後は、料理するのみ。
新鮮なのか自信はないが、卵を割ると大きな黄身と白身。
塩を振って少しの醤油。
せっかくの牛乳も入れる。
俺はそれを切るようにして混ぜるとフライパンに入れた。
おっと、めちゃ量がある。
まとめてまとめて、トントントンっと。
形をまとめておしまいっと。
アセナの前に出来上がったオムレツをフライパンで出した。
少々焦げたりしているのはご愛敬だろう。
俺はフォークではしっこを切って突き刺して食べる。
んー、コショウが欲しい。
もうちっとパンチが欲しいな。
まあ、それでもうまい!!
ウンウンと頷いていると、待てのアセナ。
俺の言葉を待っているらしい。
「どうぞ召し上がれ。
アセナが俺の一番だからな」
俺が言うと、嬉しそうに頷いた。
そして、スプーンで切って掬って食べた。
アセナが固まる。
しばらくの沈黙……。
そして、
「うっまーい! 何なのだ、この触感と味は!
卵と言うのはこんな可能性があったのか! 茹でるか焼くかぐらいしかないと思っていたが、これほどとは!」
「オムレツは俺とアセナだけな。
他の奴らには内緒」
俺が言うと、
「うむ、我とマルスだけなのだ」
と頷いていた。
その夜、アセナが俺にすり寄る。
皮鎧を脱いだのは俺を全身で感じるためらしい。
俺の胸に顔を摺り寄せるアセナ。
俺はアセナの頭を撫でていた。
「我が主の一番でいいのだな?
カミラやリサではなく我が……」
「アセナが俺の一番。
そう言ってるだろ?」
「うむ、嬉しいのだ。カミラもリサも人としては良いメスなのだろう?
我には何もない。
この指輪だけだ」
薬指に付けた防御の指輪を触るアセナ。
「そうだなあ、カミラにはあの宿がある。リサはラルフさんってオヤジさんが居る。でも何もないからアセナは必死に俺のことを愛してくれるのがわかる。俺のために努力しようって言うのもわかる。俺が本当に好きなのがわかる。だからかなぁ……。
俺もアセナに染まったんだと思うよ」
苦手な勉強もして、アセナは公用語を当たり前のように話す。もっと時間がかかるかとは思ったが、寝言でも勉強していた。
真剣に手合わせを続けたこともあり、俺も気を抜けばアセナに負けそうになることもある。
ただ一心に好きでいてくれる人がアセナなのだ。
「俺にとってアセナが一番のメスだよ」
そう言ったときには、アセナは寝ていた。
ふむ、俺も間が悪い。
俺はゴソゴソとスイカの前に潜り込む。
そしてアセナを抱きしめると、スイカに顔を埋めて眠る。
朝起きると頬を舐める感じで目を覚ます。
俺の上に馬乗りになり、アセナが少し赤い顔をして俺の頬を舐めていた。
「起こしてくれたのか?」
コクリと頷くアセナ。
俺が目を覚ますと、アセナがグリグリと胸に頭を擦りつける。
その間頭を撫でていると、満足したのか最後に俺の頬を一舐めして離れた。
「それじゃ朝飯食って、街に帰ろう」
「うむ」
俺の隣に立ち、わざと尻尾を当てて甘えてくるアセナだった。
約一日かけて、コブドーの街に戻る俺たち。
三日ぶりの暁のドラゴン亭に俺たちは戻った。




