14.ケーキの材料
アセナと市場を歩いていると、急に鼻をスンスンと動かす。
「珍しい。キラービーの蜜だ」
アセナが屋台にある小さな壺を指差した。
「蜜?」
「ああ、甘いぞぉ」
ニヤリと笑うアセナ。
俺は屋台に向かい、
「おじさん。この壺開けてもらえない?
中身を確認したいんだ」
「ああいいぞ?」
そう言ってコルクのような栓を外すと、そこには見たことがある琥珀色の液体。
まさに蜂蜜があった。
「いくらですか?」
「銀貨で二十枚ぐらいだね」
屋台のオヤジが言うと、
「キラービーは集団で獲物を襲う。
なかなか蜜を手に入れることは難しいのだ」
ちなみにこの数カ月で気付いた貨幣価値。
銅貨一枚が百円。銀貨一枚が一万円。金貨一枚が百万円。白金貨は一億円って感じ。
まあ、俺の金銭感覚は麻痺しているものの、一応二十万円と言う価値。
通常の金銭価値では「そういう理由で高い」と言いたいのだろう。
「ああ、それでお願いします」
俺はツボを受け取った。店を離れると、ポケット経由で次元収納に仕舞った。
「アセナ、魔物の乳と言うのは手に入るのかね?」
「魔物の乳?」
「そう、魔物の乳」
「乳に興味があるのなら、物陰で出すが?
人に見られずに触るなら許すぞ?」
そう言うと俺の手を引き裏通りに行ことするアセナ。
「イヤイヤ、違うから。
魔物が子を産んだあとに出てくる乳……液体が欲しいんだ。
決して、今この時にアセナの乳を触りたいという訳じゃない」
「ふむ……そこはわからぬ」
乳は手に入らないらしい。
「魔物の卵は手に入らない?」
「そうだのう。ランニングバードと言う飛べない鳥の卵は手に入りやすい。
どこにでも産み捨てておるからな。
しかし、それは賭けだのう。中身が腐っていることもあるからな」
まあ、産卵の衛生管理がされている訳じゃ無し、傷んでいる卵があってもおかしくは無い。
卵も難しいか……。
前の世界の鶏卵のように、工場化されている訳じゃないしなぁ。
強力粉化薄力粉かはわからないが、俺は小麦粉を手に入れる。これは意外と簡単に手に入った。
ドライフルーツのようなものもある。
本来ならばイチゴを使いたいところだが、そんなものは見たことが無かった。
だから、代用ってことで。
カミラさんの誕生日ケーキ。
できればいいねぇ……。
さて、わからない事はラルフさんに聞いてみるか。
会頭と言う地位で知識も豊富である。
俺たちがペンドルト商会の入口に立つと「いらっしゃいませ、マルス様」と従業員の声が上がる。
いつも全員。
何か狙われている気がする。
「マルス様、今日はどんな御用でしょうか?」
「えっと、ラルフさんには会えますか?」
「はい、『マルス様たちが来ることがあればいつでも通せ』と言われております。少々お待ちください」
何故か商談をしていたと思われる男が奥の部屋から出てきた。
いいの?
そして、
「それではこちらへ」
俺たちは従業員に導かれて、奥の部屋に入った。
「おお、マルス君。どうかしたのかね? リサとはうまくいっているか?」
執務机から立ち上がると、ラルフさんが俺たちのほうへ近づいてきた。
「リサさんとはどうでしょう?。
毎日、顔を合わせば話をする程度です」
「ウンウンそれでいい。まずはそこからだ。
あとは若い者二人で……」
ラルフさんは頷いていた。
ラルフさん的には強制見合いのような感じなのだろう。
「それにしても、儂に用事と言うのは?」
「そうですね。
それにしても商談途中で、お邪魔したようで申し訳ありません」
「構わん。あとは儂でなくても問題ないことだ。
まあ、そこに座ってくれ」
俺とアセナはソファーに座った。
「それで、何の用だ?」
「魔物の乳を手に入れたいのですが、市場には売っていませんでした。
手に入れる方法が無いかと思いまして」
俺が聞くと、
「ふむ……。して、その乳をどうするつもりだ?」
「お菓子の原料にします」
「お菓子?」
「ええ、お菓子です。父がよく作ってくれたお菓子。
作り方はわかるのですが、その材料として手に入らない物が二つ。
一つが魔物の乳。もう一つが卵ですね」
「ふむ……。乳も卵も我々は食べていないな」
「しかし、父は子供である俺のために、近くで手に入るものを使って作ってくれたのでしょう。美味しかったのは覚えています」
完全な作り話。
「仕方ないですね。子を持つ魔物を探し出し、眠らすか、痺れさせるかして無理やり手に入れましょう。卵はランニングバードから手に入ると聞きますので、探してみます」
俺はラルフさんに言った。
「役に立てなくて済まない。
しかし、この街では手に入らないという美味しいお菓子。私の話の種に頂いてみたいのだが、いいだろうか?」
「ああ、今度カミラさんの誕生日会をするんです。その時に出すお菓子なので、カミラさんへ何か誕生日プレゼントを持ってくれば、参加できると思いますよ。
それでは失礼します」
そう言うと俺たちペンドルト商会を出るのだった。
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