12.わからないということ
市場で屋台を冷やかしながら昼食を食べていると、アセナが騎士らしき男たちに囲まれた。
「お前があいつらを殺したのか!」
アセナに詰め寄るが、公用語を理解できないアセナは何を言われているのかわからないようだ。
串焼きをくわえたまま俺を見て困った顔をする。
「すみません、アセナは獣人語ができるのですが、公用語は得意ではありません。
それでどのような事でしょう?」
俺は聞いてみた。
まあ、斬り捨てた男たちの事なのだろうな……。
「二十人程の男が殺されていた。
その近くでこの獣人を見たという話がある。それこの獣人に聞いてみようということになったのだ」
「ああ、それは僕です」
俺は冒険者ギルドで貰った小袋をズボンのポケットから取り出した。
「先ほど冒険者ギルドの依頼を達成し、白金貨三枚を得ました……」
俺はその時の事情を説明する。
「君が……あれを全員?」
俺の姿からイメージできないのか首をひねる騎士。
「すべてではありません。数名はアセナ……そこの獣人が倒しました」
「あり得ないだろ。そんなガキがあの人数を?」
若い騎士が笑った。
「そうですか?」
一瞬の動きで若い騎士の後ろにまわると、首筋に木剣を置いた。
「まあ、こんな感じで一人ずつ殺せば、どうにでもなります」
俺は若い騎士の背後から呟いた。
「許してやってもらえないか? 我々も本当かどうか判断できないのだ」
「まあ、こんな坊主がそんなに強いとは思えないでしょうね」
俺は頷く。
「俺は降りかかる火の粉だったので、あいつらを殺しただけです。他に何か聞きたいことがあれば暁のドラゴン亭に来てください」
年齢に似合わない言葉だったかもしれない。
まあ、これが今の俺だ。体と心のバランスは合ってないだろうな。
その後騎士たちが暁のドラゴン亭に一度来たが、「君たちに罪はない」と言いに来ただけだった。
「それでは失礼します」
と公用語で騎士に言い、
「アセナ行くぞ」
と獣人語で声をかけて宿に戻るのだった。
汗を流し、リビングで寛いでいると、
「マルス。言葉を教えて欲しい」
アセナが真剣に言ってきた。
「ん、勉強は嫌いなんだろ?」
言葉は教えるつもりだったが、自分から言うとは思わなかった。
「何でそんな気になった?」
俺が聞くと、
「我に降りかかった火の粉なのに、マルスが騎士たちの話を聞かねばならん。
その前にも、本当なら我もマルスでお互いに依頼票を見ながら依頼を決めるべきだ。
あの商会の中での会話もわからぬ。でもあの女子がマルスを狙っているのは匂いでわかった。であれば何を言っているのかも知らねばならぬ。
苦手だからと言って、勉強から逃げるのは良くない。
マルスもできる女は好きだと言っていた」
「ふむ……」
俺は腕を組んで考えた。
「じゃあ、明日の朝からやろう。
公用語を地面に書いて教える。
その後、手合わせしよう。
勉強だけじゃ体も鈍るからな」
「手合わせ!」
ピクンとアセナの耳が動きファサファサと尻尾が揺れる。
嬉しいという証拠。
どんだけ戦いたいんだ!
「明日の朝からね。白金貨三枚あるから、暫くは仕事をする必要もない。
その間、勉強と手合わせだな」
アセナはブンブンと頷いていた。
次の日から宿の裏庭を使わせてもらって……(情報漏洩の件を突っ込むと、簡単にOKが出た)……土の上に字を書き、発音をさせる。獣人には公用語の発音は難しいらしいが、アセナは真剣に勉強をした。
しかし、集中力が切れる。それは勉強に飽きたサイン。
「さて、手合わせをするか」
俺とアセナは素手での組み手を始める。
実際アセナは強かった。指輪と腕輪で能力が上がっているとはいえ、最下層のドラゴンより強いんじゃないだろうか……。
俺はとにかくアセナが疲れ切るまで手合わせをした。
そして、再び勉強。
スッキリした顔のアセナの集中力が戻る。
こうして三か月ほどみっちりと公用語を覚えさせるのだった。
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