10.早朝の訪問者
「マルス様! マルス様! 居られますか!」
カミラさんの声が聞こえ、俺の部屋の扉がノックされる。
まだ薄明るい時間。
何だぁ? こんな時間に……。
と言っても、一つしか思い浮かばない。
脇にはブラを外し、パンツ一つになって「ウニュゥ」と寝言を言って寝ているアセナが居た。
一応声には反応はするらしい。
俺は服を着て扉を開けた。
「何でしょう?」
俺は眠さから目を擦る。
「ああ、マルス様。
ペンドルト商会の当主が面会したいと食堂に」
カミラさんが言ってきた。
「まだ朝早くないですか?」
「どうしても言うもので……」
アセナを寝かせたまま、俺は食堂に降りる。
俺の後ろを申し訳なさそうについてくるカミラさん。
食堂に行くと、ラルフさんがドンと椅子に座っていた。
「何でしょうか、この朝早くに」
「礼を言っていなかった。
娘が治った喜びで忘れていた。
この通り申し訳ない」
謝りたくてたまらなかったのか、俺が出てくるとすぐに俺の前に来て頭を下げた。
礼というかスキンシップは存分にしてもらった気はする。
しかし、会頭が小僧に頭を下げるとはね。
ちょっと意外。
「ああ、気になさらず。せっかく元気になったのです。親子で喜びを分かち合うのは当たり前の事。ただ、もう少し遅くても良かったんじゃないかと思いまして……」
「冒険者と聞いた。夜が明ければすぐに動くのではと思ってな。夜明け前にここに来たわけだ」
実際いい仕事を得るために冒険者は朝イチで冒険者ギルドに出るらしい。
「そうですか、お気遣いありがとうございます」
「噂でマルス君が貴族の忘れ形見だと聞いた。
そこのカミラもそんな事を言っている」
チラリと見ると、カミラさんは申し訳なさそうな顔をする。
「どうなのだ? 本当ならば儂が手を貸しても良い」
どこでそういう話になったのやら……。
ふと、衣料品店のクリビシさんを思い出した。
「違います。
山奥で父と二人で生活していました。
僕は父を亡くして、父の遺言に従い、この街に来ただけです。
その父の遺産の中に、提供した神樹の実があっただけなのです」
むむぅとラルフさんは唸っていた。
「その父親の名は?」
「ロキ」
北欧神話から適当に考えて言ってみる。
「ロキだって!」
ラルフさんは声を荒げる。
ありゃ、ロキってヤバい名前?
仕方ないので、
「はい、ロキです」
と言っておく。
「家名は?」
「知りません。
物心ついたときには母親はおらず、父も家名などは言っていませんでしたから」
「ふむ……。
昔、ロキ・バンゴランという強い騎士団長が居た。
ここの領主の弟で、その騎士は、かつて魔物に襲われていたこの街の危機を救ってくれたのだ。
その妻は美しく。横恋慕した領主が手込めにしようとした。
妻は舌を切って自害。
妻を殺され激高したロキは領主を殺そうと戦いを挑んだが、多勢に無勢で敵を取れず、乳飲み子とともに逃走したと聞く。その後の行方は知れない」
あれ? 実際に居たらしい。
「魔物に襲われた?」
「稀に大量の魔物が発生し襲ってくる現象が発生する。
その時、領主はこの街に援軍を出さなかった。
しかしロキ様は手勢のみを連れて現れ、この街を救ってくれたのだ」
かつての英雄が領主に追われ、野に下ったということか……。
「騎士になる気はないのか?」
「いや、騎士もなにも、父の遺産で悠々自適で生きることができます。
この街に来て、この宿に居付いただけです。
何もしないというのもいけないと思ったので冒険者になった訳で……。
何度も言いますがバンゴランという家名は知りません」
「本当だな?」
ラルフさんが聞いてきたが、
「ええ」
と頷くしかなかった。
本当も何も俺の作り話だし……。
「わかった。その話信用しよう」
ラルフさんは頷く。
そのあと、
「あと、もう一つ話しがある」
という。
次は何だ?
「マルス君は何歳なのだ?」
「十四歳です」
「ふむ……ちょうどいいな。
ちなみに私の娘はリサという。一人娘で十三歳だ」
「はあ?」
「病気のせいで友達が居ない」
「はあ……」
「そこでだ、リサの友達になってもらえないだろうか?
カミラに聞くに、礼儀作法もできる。
聞いたぞ、ノルドという冒険者を木剣であしらったらしいではないか」
「別にいいですが……」
という答えに、ラルフさんはウンウンと頷き、
「マルス君であれば我が商会にいつ来てもらっていいからな!」
そう言うと去っていった。
「カミラさん、どういう事ですか?
この宿は宿泊者の個人情報を他人に言うのですか?」
俺が聞くと、
「すみません。どうしてもと言われ……断れず」
「まあ、あの勢いでは断るのも難しいか……。
言っておきますが、僕は貴族とは何の関係もありません」
俺が言うと、
「すみませんでした」
とカミラさんは謝っていた。
部屋に戻ると、布団を抱きながら、「マルスぅ」と言って寝ているアセナ。
それを見て、俺は少しほっこりするのだった。
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