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21周目の魔女は今度こそ生き延びたい  作者: 秋澤 えで


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33話 破壊と同盟

「ねえラズベリーパイ。なんだって希望になりえるの。あなたの死ぬはずの伯父さまが生きながらえることは、シナリオをきっと蝕むわ。私たちを殺そうとしたあなたがここへ来たことは、シナリオをきっと損なうわ。どんなことも、無駄にはならない無為ではない。すべてがきっと希望になる。すべてがきっと布石になる」



 無駄にはならない、無為ではない。その言葉がとても腹に落ちた。そして種が芽吹き、根を張り枝葉を伸ばすように、私の心を強くする。

 うまく行かないことがあっても、すぐに結果が目に見えなくても、そのすべてが未来を歩むための布石となりえるのなら、答え合わせのその瞬間まであきらめないでいられる気がした。



「私はきっと理想の聖女じゃない。慈悲深くないし、優しくない。自分のことしか考えてないし、自分の願いしか考えてない。だから敢えて言うわ、ラズベリーパイ。あなたに少しでも私たちに対して罪悪感があるなら、手を貸しなさい。罪と思うなら、罰が必要と思うなら、生きて私たちの希望になって。決められた終着点に抗い続けて。未来を歩みたい私たちの願いのために、あなたは人生のすべてをもって生きるための努力をして」

「それが、罪人への裁きになるのでしょうか」

「なるわ。生きなさい、ピナ・フレッサ。いつか神を蹴落とす私が言うのよ? それがきっと正しいわ」



 あまりに不遜で傲慢な聖女は昼下がりの温室で、燦然と輝いていた。






「プロフェタさん、往路に続き復路まであなたが乗せてくれずとも……」

「いいえ、ドロシー様にもあなたを無事に屋敷へと連れ帰ると約束しているので。それに件のスキットルも返していただかなくてはいけません」

「そうでなくとも、わたくしは他の方の馬に乗せていただいて、プロフェタさんは少し休んでから一人で追った方が身体は楽でしょう」

「ピナお嬢様を乗せている間は無理はしませんので道中は楽です。問題ありません」

「……あの、無理に頼んだわたくしの言うことではないけれど、さすがに10日間休まず働きすぎではないでしょうか」



 ライラ、ラウレルとの邂逅を終え、無事にアルフレッドを奇跡で救ってもらうという約束を取り付けることができた、という体の私はフレッサ領へと戻ろうとしていた。実際収穫はそれだけではなかったのだが、当初の目的自体は奇跡を起こしてもらうことで間違いはない。すぐにフレッサ領へ戻ることとなったのだが、復路も往路と同様プロフェタが私を馬に乗せようとしていた。

 ライラは働き詰めのプロフェタに気遣って、復路は教会の別の人に依頼してくれようとしていたのだがなぜかプロフェタが、自分がフレッサ領まで連れて戻ると言って譲らなかったのだ。

 私としてはもはや帰れるなら誰が随行してくれても良い。行きは信用できるのがプロフェタだけだったが、ライラとの協力関係が結ばれた今、彼女の人選や提案に不安はない。

 無茶を言ってばかりの私にここまで付き合ってくれたプロフェタには十分感謝している。そのためこれ以上無理をさせるのは気が引けた。彼は私を騙していたし、最終的には裏切ったが、それは別に今の彼じゃない。彼はライラに従順なだけの青年だ。

フレッサ領と王都の往復を走りづめで3日間。それから一晩休み、私という荷物を抱えながら3日かけて王都へ。そして今朝から半日王都で過ごし、夕方の今フレッサ領へ発とうとしている。



「すでにほぼ休みなく6日間働きっぱなし……行きと同じスピードで帰れたとしても3日、ほぼ10日間プロフェタさんはわたくしの無茶に振り回され身体を酷使され続けてる状態に……」

「僕のことなら大丈夫です。どちらかと言えばここから誰かにピナお嬢様のことを引き継ぐ方がはるかにストレス。最後まで見届けさせてください」



 グダグダと抵抗はしてみたものの、プロフェタは頑なに譲ろうとはせず、結局クスクスと笑うライラに見送られ、プロフェタと二人王都を発つこととなった。


 この数日間ですっかり慣れた馬の背に揺られつつ、遠くなる王都を振り返る。

 あの場所は、私にとって終わりの場所だった。ラウレルに出会い、不毛で不健全な恋をして、無様に死んでいった場所。何度も何度も、息苦しいまでに美しい青空を目に焼き付けた場所。恐ろしく、忌まわしい場所だった。けれど今振り返ると、王都は夕日に照らされ美しいばかりだった。



「……聖女さまは、本当に素敵な方でした」

「そうでしょう。正しく、力強く、輝かしい方です」



 私の呟きにも似た言葉を、プロフェタは拾って誇らしげにそう答えた。

 なんとなく、プロフェタは理想の聖女に心酔している典型的な信者、ライラに都合よく扱われる信徒かと思っていたのだが、彼の言葉選びにおそらくそうではないのだろうと、印象を改めた。

 きっと、ライラの聖女らしい振る舞いを仰ぎ見る信者は、力強いだなんて言葉を使わない。



「人を助けることに一切の躊躇いも疑いも持たず、正しいと思ったことにはわき目を振らず邁進し、目的のためなら手段も選ばない。清廉さと慈愛のみが聖女の条件ではないのでしょう」



 7歳で聖女となったライラ。

 きっと21周目のライラにはなんの迷いもなかったのだろう。先ほどラウレルから聞いたように、彼女はこの繰り返す世界を壊すために仲間を探していた。求める結果への最短距離を考え、行動する。その困難さは、よく理解している。守る範囲をこの手の届く範囲内と固定してしまった私とは大違いだ。


 戦場を駆けまわり、貴族に取り入り、教会に恩を売り、人々を先導し、1年もたたないうちに中枢たる王都の王宮へと入り込んだ。未来を知っていたとしても、私が同じ立場になったとしても同じように振舞うことはできないだろう。



「一つ、尋ねても?」

「私に答えられることならば」

「あなたはいったい何者なの?」

「……何者、とは?」

「あなたと他の信徒との違い。なぜライラ様はあなたをわたくしの側に置いたのか」



 あからさまにプロフェタは身体をこわばらせた。

 最初から不思議だったのだ。なぜ私の側に彼が来たのか。

 つい先日まで、プロフェタは教会の者ではなく王太子ラウレルの寄こした見張り役だと思っていた。王弟エンファダードと接触したフレッサ伯爵家への疑念や警戒のためであればラウレルが寄こす理由にもなりえる。だがライラが私の元へプロフェタを送りこむ理由が見つからないのだ。

 21周目のライラの行動力を考えれば、プロフェタを送り込むより、何のかんのと理由をつけて直接乗り込む方が自然だ。それをどうしてプロフェタ・バロを送り込み、様子を探らせるような真似をしたのだろうか。しかも今までの人生とはタイミングをずらしてきた。今までよりも数年早くプロフェタが来たおかげで、今回アルフレッドのことをライラに頼むことができたが、それはただの偶然だろう。ならばライラの狙いとは何だったのだろう。



「…………聖女様からは何も聞いていないのですか?」

「他の話題がメインだったから、特には。でも一度だけ、ライラ様はあなたのことを“予言者”と呼びました」



『プロフェタ、私のかわいい予言者』

 まるで歌うように幼子に語り聞かせるようにライラはプロフェタに呼びかけた。

 予言者。未来を言い当てる者がそう呼ばれる。


 だが一方で私としてはあまりピンとこなかった。私はすでに人生21周目であり、未来を言い当てることはおよそ私にもできるだろう。そしてそれはラウレル、ライラも同様だ。

 未来を見通すその能力は人智を超えた神がかりなのだろうが、それは他に未来を知ることができないのが前提なのだ。もちろん、私もライラたちも未来を知っていることは公言しない。ゆえに未来を知る予言者は世間一般からするとプロフェタだけであり、彼が重宝される。

 だがライラにとってはそうではない。ライラは十分にこの世界のことを知っている。予言者であるプロフェタを重宝する理由がないのだ。



「ええ、聖女様がおっしゃる通り、私は予言者なのです。私は未来を知ることができる」



 見上げたプロフェタはまっすぐ前を向いたまま呟いた。

 おそらく、彼は私たちのようにループしているわけではない。もしループしていたのなら温室での会話の際プロフェタに席を外すように指示はしないだろう。



「時折見えるのです。時期はわかりませんが、断片的に私の頭の中に未来の映像が見えてくるのです。ライラ様が初めて使った奇跡、聖女に選ばれる朝、ラウレル殿下の入学、王弟殿下の攻勢、伝染病の流行」



 滔々と語られる言葉に息を飲む。



「女神アガヴェーより与えられた奇跡の一つなのでしょう。私は聖女様のように直接傷ついた人を癒すことはできません。しかし未来を知っているということで、救える何かが、私が予言することのできる力の意味もまたあるのでしょう。孤児の私は予言の力を得てから教会に駆け込みましたが、誰も信じてはくれませんでした。ですがライラ様の存在が知れ渡ったことで、無関係の土地で暮らしていた私の予言がまさしく人の力では証明できない何かだと認められたのです」



 ふと気づく。

 彼も実はループをしていて、予言と称して知っている未来を話しているのではないかと、そう疑っていたのだが、違う。



「……ライラ様の、初めて行使された奇跡の様子とは、どのようなものだったのですか?」

「ええ、ええ! 全く筆舌に尽くしがたい光景でした。あの光景が私の脳裏に浮かんだ時、まさしく神の御業なのだと自覚しました。荒れ果てた街に立つ教会。傷ついた人々と廃墟と化した家々。悲惨なものでした。しかしある朝、ライラ様が祈ると朝焼けとともに光があふれ出し、傷ついた人々はたちどころに回復したのです。疑うべくもなく、思考する間もなく、誰が見ても彼女こそが神の御業の代行者と仰ぐことでしょう」

「あなたは、未来を知るというよりも見ることができるのですね」



 プロフェタは事象ではなく、映像としてそれを語ってみせた。

 予言、というよりも未来視という方が正しいのかもしれない。ただ信仰上予言とした方が受け入れがよかったのだろう。


 だがライラが彼を重宝した理由はわかった。ライラは今までのループよりも早く奇跡を起こし、聖女となった。ループしている人間ならライラが聖女となることを言い当てることはできても、その奇跡を起こす場面を詳らかに語ることはできない。そしてもし、ライラが奇跡を行使した状況やタイミングが大きく異なっており、それを現場にいないはずのプロフェタが予言したのなら彼の未来は確かなものとなる。


 事実、ライラはそれに気づいたのだろう。プロフェタはループをしている者として未来を知っているのではない。この21周目に何が起こるかを見ているのだ。


 表現しがたい感覚が胸の奥から湧き上がる。

 私は、私たちは未来を知っている。何が起こるか、自分が何をしてしまうか知っている。だからこそそれを避けるために奔走するのだ。失敗することのないように、今度こそ幸せになれるようにと願いながら。

 プロフェタはそんな私たちの結末を知りえる。私たちが足掻いて奔走したその努力の先にある未来を視ることができる。


 ではなぜ、プロフェタは私の側にいるのだろう。



「プロフェタさん」

「ええ何でしょう」

「私の未来も、視たのですね」


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