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21周目の魔女は今度こそ生き延びたい  作者: 秋澤 えで


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28話 聖女と邂逅

 私とプロフェタを乗せた馬はまるで飛ぶように走る。

 プロフェタが先んじて王都へ行ったように、今回も駅馬を乗り継ぎ、およそ休む間もなく向かうこととなっている。思った以上に馬上は激しく揺れ、少しでも気を抜けば簡単に放り出されてしまうのではないかという緊張感がある。だがしかしプロフェタにあれだけの大口を叩いた手前、泣き言など一言も零せるはずがない。揺れはするが、それでもフレッサの森に住むストルーティオーの背と比べれば乗り心地が良いとさえ言える。あちらは放り出されてしまう、では済まない。放り出されるのと命を失うのはセットだろうという恐怖がある。

 ちらりとまっすぐ前だけを見据えるプロフェタを見上げた。


 私は一つ勘違いをしていた。

 私を裏切り続けたプロフェタ・バロ。私が王太子を毒殺しようとしたとき、あくまでも下手人を他に用意していた。毒物自体は自身で精製し、毒を盛るのは王弟の息のかかった王宮のメイド。無色透明の水薬、香りの強い茶葉で入れた紅茶に数滴混ぜ込ませば死に至る。

 紅茶を飲む王太子と聖女、苦しみ藻掻き、倒れ伏す。異変に気付いた周囲がすぐに保護し、毒物を盛られていたと判明する。だが下手人はその場で毒物を煽って自死。

 そうして私の毒殺計画は完遂されるはずだった。


 だがフレッサの屋敷から件の毒物が発見され、また関係者からの証言で二人を毒殺しようとした主犯がピナ・フレッサと断定された。捕まった私が兵士たちの会話から漏れ聞いた内容で、私は牢の中で怒り狂っていた。


 毒物の発見と証言を行ったのは私の指示なら何でも聞く、妄信的な男、プロフェタ・バロだった。

 彼の証言により私は捕まり、塔に幽閉された挙句グラナダに突き落とされ死亡した。

 王太子を毒殺しようとしたことに対し告発されたこと、フレッサに王弟が出入りしていたことから、プロフェタは王太子の息がかかった部下だと思っていた。王弟とのかかわりから危険因子と判断され、数年間にわたり私に取り入った。


 だが今回のプロフェタ・バロを見て、それがすべて勘違いだとわかった。

 今私たちはこうして王都へ向かっているが、あくまでもそれは聖女に会いに行くため。そして何より質のようにドロシーに渡したスキットルにはアガヴェー教のシンボルマークであるリュウゼツランが彫られていた。

 プロフェタ・バロはあくまでもアガヴェー教団の一人らしい。それもおそらく、聖女と近しい。

勘違いがあったからこそ、私は“聖女に会いたい”とプロフェタに対して駄々をこねたのだ。プロフェタが王太子へ伝え、王家の権力で聖女を呼び出してもらえるのではと期待して。

 だがその期待を裏切り、王太子を通すことなく、直接聖女にまみえようとしている。


 ただプロフェタが教団の者であるというだけでは説明できないことがある。

 私は別にアガヴェー教に反旗を翻しているわけではなかった。そして聖女に対してもさしたる執着もなかった。それこそ、聖女ライラ・ブラウン・サウセの為人もまともに知らぬほど。

 にも拘わらずなぜ、まだ聖女と会ったことすらなかった12歳の私に乞食を装い接触してきたのだろう。



「んう……?」

「ああ、起きられましたか」

「い、いつの間に寝てしまって……!?」



 気が付けば私は馬の上ではなく、プロフェタに抱え上げられ移動していた。

 太陽は未だ高く、周囲を見渡すと多くの人々や馬車が行き交っているのが見えた。どうやら大きな街道に位置する街の側らしかった。



「私は昨晩仮眠を取りましたが、お嬢様はほとんど寝られていないでしょう。寝られるときに寝ておく。旅の鉄則です。まあそれでも本当に馬上で寝られるとは思っていませんでしたが」



 遠慮なく笑うプロフェタに憮然とし、降りようと身体をねじるがあっさりと阻止される。



「無礼は承知ですが、何が起こるかわかりませんので、人が多い場所では抱えられていてください」

「人が多いので降ろしてもらいたいのだけど」

「安全第一、です。この街には駅舎があります。乗ってきた馬はここに預けて乗り換えます。今代わりの馬を用意してもらっていますので、休んでおきましょう」



 近くのベンチが空いたところでようやく地面に降ろされる。寝ている間も揺さぶられ、その後も抱えられていた私にとって数時間ぶりの地面だ。少しよろつきながらも背負っていたリュックを抱えなおしてベンチに腰かける。

 運ばれていただけのくせに卑しくもお腹は減る。ドロシーが用意してくれていた水とパンをリュックから取り出した。


 脳裏に床に倒れ込む彼女の姿が浮かぶ。

 彼女の飲んだ薬はただの睡眠薬だ。即効性はあるが、効果自体は強力ではない。放置しても1日と経たず効果は切れるし、外的な衝撃を与えれば起こすことはそう難しくもない。

 森に出入りするようになって久しく、近くの薬師たちの作業場をまねて屋敷の裏庭に小さな作業場を作ってもらった。森の中で採集した薬草を材料に薬を作ってはアルフレッドに見てもらっているのだ。睡眠薬や傷薬は比較的簡単で、今までの人生でも状況は違えど作り慣れているものであった。アルフレッドからは子どもが作ったとは思えないと褒められ、せっせと新しい薬の開発にいそしんでいた。とうとう、アルフレッドを助けられるほどの万能薬じみたものは作ることができなかったが。


 優しいドロシーも頼りになるアルフレッドも、今は二人とも会うことができない。心細さが俄かにこみあげてくる。



「ドロシーも伯父様も大丈夫かな……」

「ドロシー様はしっかりされていらっしゃいますから、大丈夫でしょう。何かあればすべて私におっ被せようとする度胸が素晴らしいです。……アルフレッド様については祈るしかありますまい。少なくとも、お嬢様は今できる最善手を取っているはずなのでしょう」



もそもそとパンを口にしながらプロフェタを見上げるとクッキーのような固形物を食べていた。



「それはなに?」

「ハードタックです。硬いパンのようなものですね。軽く、場所も取らず、保存もしやすいので行動食によく使われます」

「アガヴェー教でもよく食べられるってこと?」



 私の質問にプロフェタは一瞬口ごもった。失言、という感じではなく、何をどこまで話そうかと逡巡するような間であった。



「アガヴェー教で食べることを推奨しているわけではありません。ですが活動の際には長期間の移動を要する場合もあります。そういったときに重宝はしています」

「うちの屋敷に来ていたのもその類に入るのね」

「……ええ、まあ。おっしゃる通りで」



 各町に設置された教会では週に1度の礼拝に参加すると、パンとテキーラが振舞われる。だがその時に配られるパンはプロフェタの持っているハードタックではなかった。

 ハードタックに慣れていることから考えても、通常各教会に詰めている職員ではないのだろう。まだ年若く、私のような貴族の娘に無茶ぶりをされている彼は、いったいどのような立場に置かれているのか。



「あの、」

「おおい、兄ちゃん。馬の準備ができた。見てもらってもいいかい」



私にとって都合の悪いタイミングで駅馬の担当と思しき男性に声を掛けられる。

プロフェタはさっと立ち上がり荷物をまとめると私を抱えて男の後ろを追った。

抱えられたままリュックのふたを閉め、かぶっていたフードもかぶりなおす。



「ピナお嬢様、しばらくこの駅馬の乗り換えを繰り返します。体調を崩されたら無理をされる前に、必ずお伝えください」

「言わない方が迷惑になるってわかってるわ」



 承知しているなら良いというようにプロフェタは私を抱えたまま鼻を鳴らす馬へと歩み寄った。

 結局プロフェタ自身のことについてはあまり聞けなかったが、幸か不幸か時間はある。


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