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21周目の魔女は今度こそ生き延びたい  作者: 秋澤 えで


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26話 聖女と邂逅

「聖女様は今どちらに?」

「王都に。聖女様は窮する者に呼ばれればどこへでもお出でになりますが、他の者で事足りる際には王都にとどまっておられることが多いのです。聖女様はもともと修道院のお生まれで、俗世から離れて生きていらっしゃいました。故に今、世のことを学ぶ時間を取られているのです」

「では、王都に行けば聖女様とお話できるのね」

「ええ、お嬢様と聖女様が望まれるのならば」



 聖女に会わせろと要求してから丸三日。プロフェタは三日で王都とフレッサ領を往復し、聖女の意向確認を行った。



「あなたはどうやって、ここと王都を往復したのです?」

「休まず駅馬を乗り継いできました。それが一番早く、信用ができます」



 私の目を見て淡々と答えるプロフェタだったが、その目は私のことを推し量っているようだった。

 私より10は年上のプロフェタが休まず馬を走らせて三日かかるなら、私が王都に行こうとするとどれほどの時間がかかるのだろう。さらに言えば聖女と全く面識のない私が王都まで赴いて、実際に聖女と話すことができるのがいつになって、奇跡の力を借りる交渉にどれだけかかるだろう。


 床に伏したアルフレッドの病状は芳しくない。

 いつまで生きられるかわからず、いつ息絶えてもおかしくないというのが医師の見立てだ。

 あの時の、グラナダを攫った怪鳥に乗ることができればきっと王都まで1日もかからないだろう。だがあれを飼いならすことなどはできない以上、かなわない夢物語でしかない。



「……私が会いたい理由は、聖女様には伝えてる?」

「いいえ。私から申し上げることではありませんので」



 きっぱりと言い切るプロフェタ。おそらくそれが彼なりの線引きなのだろう。聖女へ助けを求めるならば、私が直接伝える以外にない。だがしかし、かの聖女はなぜ、理由も聞かず一伯爵令嬢の面会希望を認めたのだろうか。

 森のどこかからフクロウが鳴く声がした。



「……私が、王都に行くまでに急いだとしてどれだけかかる?」

「馬車で片道三日、いや四日程度でしょう」

「私が馬車じゃなくてあなたと同じように駅馬を乗り継いだら?」

「……片道三日半、程度かと。しかしあなたの身体にあった駅馬がいた場合のお話です。お嬢様はまだ6歳。身体もいまだ成長の途中、長時間休まず馬に乗り続けることはできないでしょう」

「じゃああなたと私の二人乗りなら?」

「……帰って来たばかりの私に無茶をおっしゃる。いえ、私のことだけでなく、お言葉ですがお嬢様には過酷すぎる旅路かと。お嬢様は数日ものを食べないことも、まともに寝ないことも経験したことはないでしょう。とてもではありませんが、」

「馬鹿にしないで。それくらいなんでもないわ」



 まともな食事も、睡眠も与えられないことくらい、いくらでもあった。幽閉されてから死ぬまでの日々。私は何度も味わった。



「できるわ。馬に乗ることも、食べないことも、寝ないことも。私にはできる。でも伯父様は死んでしまったら何もできなくなるの」

「お嬢様、」

「プロフェタ・バロ。あなたには面倒を掛け、無茶を申し上げます。ですが今こそ手段を選ばず無茶するときなのです。今無茶をしなくて、どうして未来の平和を享受できましょうか」



 私は少し疲れたような黒い双眸をまっすぐ見返した。

 まだ15の子供に無茶を言っている自覚はある。むしろ三日で確認を取ってきた彼は正しく寝る間も惜しみ、私に伝えに来てくれたのだろう。だが今の私には彼への気遣いを優先することはできない。ただ一度の逡巡が、取り返しのつかないことを産むことだってある。



「……死に目に、会えなくなるかもしれませんよ」

「ですが今際の際に、あの時奇跡に縋れていればと後悔しながら見送ることになるかもしれません」

「…………はああ、まったく、お嬢様は強情であらせられる」



深く深くため息を吐いた。だがその口調には明確に諦めの色が乗っていて、口角は微かに上がっていた。



「二日。二日で王都まで参りましょう。休憩は最低限。揺れる馬上でよろしければ寝ていても構いません」

「プロフェタさん……!」

「ですがフレッサ伯爵令嬢。いったいどうやって王都まで行く理由を作るのです? アルフレッド様が危篤の今、お嬢様の外出をフレッサ伯が許されるとは思えませんが」

「大丈夫。何とかします」

「いやなんとかって、何ともならないでしょう」

「いえ、私がとてもとても怒られるだけです。置手紙だけ残しておけばいいでしょう」



 部屋の入り口へ歩み寄り、ベルを鳴らす。



「お嬢様っ!? で、では私はこれで、」

「いいえ、いて。そしてここで寝て、休んで。未明には発ちましょう」

「何をおっしゃっているのかまったく、」



 慌てるプロフェタに枕を投げつけると同時に、扉がノックされた。



「お嬢様、およびですか?」

「ええ、お願いがあるの。入って、ドロシー」



 躊躇なく開くドアをプロフェタは見つめていた。故に扉を開けたドロシーとかっちり目が合うのは当然のことだった。



「っ……!」



 二人して息を飲む。しかし先に正気に戻ったのはドロシーの方だった。



「お、お、お嬢様!? これは一体全体何事で、いえ何者ですか!? 曲者ですか!?」

「曲者じゃないわ。私に助けられたことを恩義に感じている友人よ。夜明け前には一緒に王都に行くから、とりあえず彼の身体を拭けるお湯と布、着替えを。それから何か明日の朝、食べられるものを」



 目を白黒させながら私とプロフェタを交互に見る、同じく状況を把握しきれていないプロフェタは助けを求めるように私へ視線を向けていた。



「…………わ、かりました。準備しましょう」

「さすがドロシー。ごめんね、ありがとう」

「ええ、ですが私が戻ってくるまでに、もうちょっと状況を簡潔に説明できるようにしておいてください」



 色々聞きたいことがあっただろうに、ドロシーはすべていったん飲み下して、足早に部屋から出て行った。



「お嬢様、いったいどういう、」

「あなたはとても疲れています。なのに私はしばらくあなたに無茶を強いることになります。なら最大限、私にできることをさせていただきます。ひとまず身体を清潔にして、寝て休んでください」



 戸惑うプロフェタはソファへと押しやり、開け放たれたままだった窓を閉める。時間がないことに変わりはないのだ。



「ドロシー様が伯爵様に報告していたら私は終わりです……!」

「あの子はそんなことしないわ。あなたも聞いてたでしょ? 私の指示にあの子はわかりましたと言ったの。なら誰にも何も言わないで、私が言ったものを持ってきてくれるわ」



 びくびくと尻の座りが悪そうに扉を気にするプロフェタを横目に、数日間不在にする適当な言い訳をでっち上げる。



「そうね……とりあえず伯父様をだしにしましょう。お父様が動いてくれないから私が無茶したような印象に……。聖女様も絡むなら多少無茶のある設定でもいけるでしょう。それからドロシーに咎がいかないようにも。もちろんプロフェタさんの存在は隠匿して……」



 まもなく戻ってきたドロシーはお湯を入れたたらいにタオル、衣類に子供用のリュックサックを持っていた。私の意図は説明するまでもなく伝わっており、たらい等一式はプロフェタの前に無言で置かれた。プロフェタはまるで家に連れ込まれた野良猫のようにソファの上で小さくなる。



「それでお嬢様。簡潔に説明していただけますか」

「彼はプロフェタさん。フットワークの軽い私のお友達です。伯父様の容態はよろしくなく、どんな名医も匙を投げるような状態で、もはや神に祈るほかないと侍医のシカトリスがいっていました。そのため、明朝から王都へ行き、聖女様に奇跡を起こしていただけるよう、嘆願するつもりです」

「……簡潔にご説明いただいているとは思いますが、私にはついていけません、いえ、もう……」



 眩暈を起こし天を仰ぐドロシーを無視してリュックサックを受け取る。荷物は最低限にしておく。必要なものはある程度の現金、水筒に外套、いざというとき換金できる貴重品。



「お嬢様、こんな得体のしれない男性についていくというのですか」

「ええ、背に腹は代えられないわ。それに彼は、別に悪人とかじゃありません。ただの善良なアガヴェー信徒です」



 たらいの水を恐る恐る使い始めたプロフェタは怯えたように私とドロシーの間で視線を彷徨わせていた。



「プロフェタ・バロと申します。ええと、今回はピナお嬢様を王都までお連れするとともに、お屋敷までお送りする役目を拝命いたしました」

「バロ……聞き覚えがありませんね」

「地方の出身ですし、それに貴族とかではありませんので」

「つまり身元がはっきりしないというわけですね」



 明確にとげを孕んだドロシーの言葉にプロフェタは肩を揺らす。好意的に受け取られないことはわかっていたが、万が一ここでドロシーが「私を任せられない」とでも言ってイエーロに告げ口されたら一貫の終わりだ。プロフェタは罰を受けるだろうし、私は聖女に会いに行けない。奇跡が起こせずアルフレッドはこのまま息を引き取るかもしれない。



「お嬢様は、この方に任せていいと思ったのですね」

「ええ。あらかじめ聖女様にもお目通りいただいてるみたいだし。信用できると」

「それがすべて狂言である可能性は。すべてはお嬢様を謀る嘘である可能性はありませんか」



 ドロシーは笑わない。

 けれど彼女の質問は当然の疑問である。現にプロフェタは何一つとして私に物的証拠を提示していない。私は私の記憶に依って判断しているだけなのだ。そして同時に、このタイミングで裏切られる可能性も危惧していないわけでもない。



「私は信じるわ」

「…………」

「私が信じるの。それだけよ」



 無茶な話なのは百も承知だ。得体のしれない青年、あるかどうかもわからない奇跡、変わり者の伯父。何もかもが、伯爵家の一人娘たる私の身を危険に晒す理由に、当たらない。

 それで私は、死ぬはずの伯父を助けたい。死ぬはずの自分の未来を救うように。


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