75、ジャクリーン
さて。先ぶれの手紙を出したとはいえ、日頃つき合いのない、しかも相当に格上の人物が、片田舎の男爵夫人ごときに会わなければならない道理はない。
こちらにしても高位貴族が相手となれば、それが未婚の子弟でも、建前はともかく実質的には下位貴族より上ってことになるからね。
まあ、某侯爵家の御令嬢なのだけど。
各方面から送られてくる手紙から伝わるうわさ、パーティーの様子などから、現在は王都のタウンハウスに滞在してる……はず。
実際に会ったことはなくても、私も含め多くの人の心に残らずにはいられない有名人だ。
月のうつし身とまで言われる美貌、そして同様に冴えわたる頭脳。
並み居る男たちが尾っぽをまいて逃げ出したと評判の才女だ。
歴史も実力もある侯爵家唯一の直系で、しかし、この国では女に継承権はないから、あとを継げる婿を迎えることを望まれ、本人もそのつもりなのだけど。
賢すぎるせいで婚期を逃して、いま二十代半ばとか。
実家は第二王子を担ぎ上げようという、いわゆる貴族派で、我れらがグリム男爵家が所属する王党派とは敵対関係にあるわけなんだけど。
まあ、向こうにすれば物の数にも入らないだろうって期待通り、初対面にもかかわらずすんなり会ってくれた。
「ようこそ。社交界でも評判の、第一茶会の乙女をお迎えできて光栄ですわ。ジャクリーン・ミント・ドーソンです」
「不躾な訪問にもかかわらず、お会いくださり感謝申し上げます。グリム男爵夫人、クレマンティーヌ・ジェシー・グリムです。こちらこそ、名高き才媛の光明に浴する機会をたまわり、光栄でございます」
当然、貴族的な言い回しもできるに違いないのだけど。
相手はすでに相好を崩している。




