第1章エピローグ
外の水槽がなくなったのはすぐだった。
次いで、店内の5個100円がなくなり、高額商品さえ目に見えて減っていった。
琴美の存在も大きいが、何と言っても客が多すぎた。
混雑するほどのお客が絶えないのだから当然だ。
最初のお客が5時半ころ。9時には商品がさみしくなっていた、
「これが最後です。倉庫は空です」
「えー!」
「釣銭をお持ちしました」
「ど、どうも」
事の重大さに気が付いたみつるに信用金庫の新田さんが現れた。
個人のスマホに連絡を受け、無理して早く来てくれたのだ。
「こんちはー、店長さんはいらっしゃいますか?」
しかし、今さら必要ないしどうしようかと迷っているとき、裏口からさらに声がかかった。
運送会社の人だった。
「何処に下ろしましょう?」
「えっと。何が来たんでしょう?」
「確か納品書が。あった。これです」
見ると、高額商品が大量に書かれていた。
「私が頼んだんだよ」
「桜ちゃん?」
「売れなきゃうちで引き取る条件でね」
「あっ、でも。売れば売るほど赤字になるし」
「裏道があるんだよ。いいから商品を入れちまいな。運送会社の人が困ってるよ」
「あ、はい。もう、店内に積み上げちゃってください」
「分かりました」
新たな商品がやって来た。
「並べなくていいから、種類ごとに固めて。箱から出すのは見本の1つだけだよ」
桜ちゃんの指示に、助っ人店長たちを中心に段ボールが仕分けされてゆく。
しかし、置かれる間もなく売れていくほどの盛況ぶりだった。
いくらお客が多いとはいえ、異常な売れ方のような気がする。
不思議に思って店内を観察すると、助っ人の3人の周りには常に数人のお客がいて楽しそうに話をしている。
そして、彼らが高額商品を買っているようなのだ。
「気が付いたかい?」
「桜ちゃん」
「あの子たちのお顧客を呼んだのさ。美少女に会えるチャンスだぞってね。都内の客じゃないと不便だしね」
「気を使ってもらって有難うございます。でも、売上取っちゃうことになりませんか?」
「プロだと言ったろ?いいかい?いい商品は単体じゃ使えない。例えば、水槽を買ったらそれにふさわしい濾過機、照明、ヒーターがいる。もちろん生体もね」
「なるほど。新しい買いを狙っているんですね?」
「そういうこと。これを機会にあれを飼ってみないかって感じさ」
「さすがですね」
転んでもただでは起きないというか、全てをチャンスに結び付けるのがプロなのだろう。
「お昼には店を閉めるよ」
「え?」
「それまでには売り切れるし、こういうのはダラダラしちゃいけないのさ」
「はあ?」
売れ行きはいいけど、入荷した商品は多かったし、なにより高額だ。本当に売り切れるのか心配だった。
「もし残ったら引き取ってあげるから心配しなくていい。それより、お昼の準備は出来ているのかい?」
「あっ。忘れてた」
「商会長さんに相談しな」
「はい」
「ちょっとみつる。疲れたー」
「ああ、ごめん。今代わるから」
商会長を探そうとしたみつるはレジに向かい、お昼は琴美に頼むことにした。
☆☆☆☆☆
「みつる大変だー!表に変な屋台がいっぱい来た」
「はあ?」
再びレジを交代した。
「これって。叔父さん!」
「よう、差し入れに来たぞ」
外に出てみると、叔父さんは商会長と話をしていた。
福井ではおなじみだが、焼き鳥屋台の出張サービスだ。
祭りの屋台と違うところは、お金を払うのは主催者で、食べ放題なところだ。
町内会だと公民館の前。企業の新年会だと、会場の後ろですしの屋台と並ぶ感じだ。
「焼き方のテントだけで3張りって、何本焼くの?」
「ざっと6000だ」
「通常の3倍とか、むちゃくちゃだよ」
「買い物客も多いし、いけるだろ。残ったら商店街の皆さんに配ればいいさ」
「はーっ」
叔父さんの無茶はいつものことだが、これはいきすぎだ。
「久しぶりにお前も焼くか?」
「そんな暇ないって。でも、お昼の準備をしてなかったから助かるよ」
「そうだろう、そうだろう」
叔父さんは得意顔だ。
「ここに店を出してくれるそうだ。ありがとうみつる君」
「決めたのは叔父さんですから」
会長さんが話しかけてきた。
「それでもだよ。少し早いがお昼にしょうか?」
「いえ。まだ準備中ですし、焼くのに時間がかかるんですよ。数も多いからみんなの分は十分にあります」
「分かった。お昼は焼き鳥とだけ伝えておこう」
「すみません。おねがいします」
会長さんは店に戻っていった。
「出店決まったんですか?」
「ああ。お前が店長だ」
「お断りします。子供店長って、テレビの見過ぎですよ」
速攻で断った。
「お前は大株主だ、資格はある」
「母ちゃんが、です」
「同じようなものだ」
「勉強したいから、グッピーも通販なんです。経験もないし、店長なんて出来るわけないでしょう?」
「経験ならある」
「バイトです」
勉強はスルーされた。
「お前がバイトに入った店はなぜが業績が伸びる」
「偶然です」
「その偶然が、ここでは必要なんだ」
「はあ?」
「調査の結果は出店不可だった」
「え?」
「商店街に出店するというのはリスクが大きい。そして、この商店街は駄目になるという結論だった」
「……」
「だが、お前ならこの商店街ごと繁盛させる気がしてな。社長の独断というやつだ。お前を店長にして、駄目なら首にする。その条件で決めた」
「そんな。勘弁してよ」
無茶もここに究めりだ。みつるはガックリと頭を下げた。
☆☆☆☆☆
「いつまでしゃべっているのよ。早く代わってよ」
「ごめん。今代わる」
店に戻ったとたんに琴美から声がかかった。
琴美はフンと鼻を鳴らして奥に消えたからトイレだろう。気が付かなかった。
「ありがとうございます」
レジに来たお客は残念そうな、泣きそうな顔になった。
「ありがとうございました」
泣きたいみつるは笑顔で応対していた。
☆☆☆☆☆
琴美が戻ってきてもレジは代わらなかった。
代わると言ったのを断ったのだ。
忙しいのだが、余計なことを考えなくて済むので気が楽だった。
琴美目当ての客が多いので、そちらの対応をしてもらった。
そして、桜ちゃんが言ったように商品が売り切れた。完売だ。
呆然と立ちすくみ、見渡すと店が広くなった気がした。
みつるはレジを離れ、床に手をついた。
「みなさん。本当に、ありがとうございました」
土下座だ。
心の底からの感謝が、土下座になった。
「おめでとう」
誰かの声を皮切りに、店内が拍手に包まれた。
「よく頑張ったね」
「たいしたもんだよ」
拍手の中で声がかかる。
「まあまあね」
琴美だろう。みんなが笑っている。
鳴りやまない拍手を受けてみつるは泣いていた。
「さあ、そろそろ立って。腹が減ったよ。お昼にしよう」
桜ちゃんが起こしてくれた。
「ありがとうございました」
みつるはもう一度言ってから立ち上がり、桜ちゃんに付き添われて店を出た。
「やっと出てきた。お昼にするか?」
「はい」
「じゃ、みつる。挨拶だ」
「はあ?」
泣きはらしたみつるなどお構いなしの叔父だった。
「はあ、じゃねえだろう。店長が挨拶すんのが筋ってもんだ。この店も焼き鳥の店もお前が店長なんだから」
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
若い店長の誕生だと、責任のない周りは騒ぎ出したが、準備が全くできていない。
言い出したら聞かない叔父さんの無茶ぶりに、みつるは必死で考えをまとめ始め、叔父さんはビールの空き箱を積み始めた。お立ち台だ。
「えっと、この店と新しくできる焼き鳥屋の店長を務める笹岡みつると言います。えっと」
焼き鳥の臭いにつられて大勢の買い物客が集まっていた。そんな中でお立ち台上って挨拶をするなど、あがらないほうがおかしいのだ。
「この焼き鳥は福井県。いや、日本1うまい焼き鳥です。その味を知っていただきたく出店しました。今日は試食会です。タダです。1本や2本で分からなければ、いっぱい食べていってください。以上」
笑い声と拍手が巻き起こった。もういや。
☆☆☆☆☆
その夜、みつるはブログを更新していた。
今日の開店前セール。結果は午前中で完売でした。
ご来店いただいた皆様に感謝申し上げます。
琴美さんをはじめ、商会長さんと役員のみなさん。桜熱帯魚チェーン店の皆様にも多大なるご協力をいただきました。
併せて、深く感謝申し上げます。
これから店内改装となります。
奥半分をブリーディングルームにして通販で販売します。
表半分は隣の店とつないで焼鳥屋になりますが、これは叔父さんの店という事もあり、店長を兼任することになりました。
実質的には副店長さんが仕切りますので、お飾り店長ですかね。
何はともあれ一区切りです。
大学も始まりますし、しばらくこのままです。
☆☆☆☆☆
第1章の最後に苔対策です。
結論から言えば、水槽のガラス面はオトシンクルスに、それ以外はヤマトヌマエビかミナミヌマエビに任せます。
オトシンクルスの場合、注意するのは餓死です。
スマートなのは餌が少ない証拠なので、植物質のタブレット餌を入れておくのがおすすめです。
エビの注意点は温度対策です。
水温が30度を超えると致死率が上昇し、ファンを設置するくらいは必要になります。
シュリンプはかわいいのですが、さらに熱に弱いです。
ミナミヌマエビは繁殖する可能性が高いので楽しみです。
脱皮を繰り返しながら大きくなりますが、増えすぎて餌が不足すると、脱皮して小さくなったりします。
似て非なるものにスネールと呼ばれる迷惑な貝がいます。
小さな巻貝で、ほっておくとむちゃくちゃ増えます。
薬品や魚で駆除するのが一般的ですが、おすすめはかまぼこです。
1口サイズに切ったかまぼこを1枚用意し、ステンレスの針金などを使って水槽に吊るすだけです。
夕方設置し、朝回収すれば、わんさか取れます。お困りの方はお試しあれ。
おわり




