交易6
王から注文を受けていた酒の納品は終えた。さらなる意見を聞くために、次はレイモンドに売る予定だ。直接頼まれていたわけではないが、探しているらしいから喜ばれるだろう。
レイモンド探しを頼んでいたクレアに、スマホで状況を聞く。
「クレア、レイモンドは見つかったか?」
『冒険者ギルドに居たわ。今日は常駐任務だって』
常駐任務というのは、緊急時の対応をするためにギルドで待機する任務のことだ。具体的に何をするのかはよく知らない。
「わかった。今行く」
というわけで、冒険者ギルドに移動した。カウンターの近くに居たクレアに目を向けると、クレアは冒険者ギルドの奥のほうを指さす。
すると、退屈そうに椅子に座っているレイモンドが居た。
「よう、久しぶりだな」
そう声をかけると、レイモンドは笑みを浮かべ、大声で答えた。
「おう、待ってたぜ! クレアから聞いてる! 例のものはどこだ!?」
「急かすなよ……今出す」
レイモンドの近くに移動し、目の前に樽を据える。
「おお、思ったよりでけぇな……」
「しかもめちゃくちゃ濃いんだってよ。倍以上に薄めて飲むことを勧めるぞ」
「なるほどな。酒造所から直接買ってきたか。オレもよくやるぜ」
レイモンドの口ぶりで、よくあることなんだと理解した。次からはそのつもりで買わないといけないな。
「そういうことだ。仕事が終わってから飲めよ」
「そうだな。常駐が終わったら飲むことにするよ」
レイモンドは少し残念そうな顔をした。しかしこの常駐というシステムはどういうものなんだろう。
「ところで、その常駐ってのはどういう仕事なんだ?」
「なんだ、やったこと無いのか。この仕事は、基本的に『居るだけ』だ。街で問題が起きたとき、近くの冒険者ギルドに応援を求めたり、その場の人員で対処したりする。何もなければ寝ててもいい」
休憩や仮眠を取る場合もあれば、軽い訓練や作戦会議をして過ごすこともあるという。飲み過ぎなければ酒を飲んでも大丈夫……いや、ダメだろ。黙認されているらしいけど。
冒険者のメリットは、宿代が浮く、早いもの勝ちの依頼を誰よりも早く知れる、有事の際は別途依頼料が発生する、何事もなくても若干の報酬が出る、といったことがあり、人気の任務なのだそうだ。
まあ、俺はやらなくていいかな。強制じゃないみたいだし。
「で、酒代はどうしたらいい? お前の奢りか?」
「んなわけねぇだろ。金貨160枚、キッチリ払え」
我ながらボッタクリ価格だとは思うけど、王城にもこの値段で卸したからなあ。
「ん? ずいぶん安いな。そんな値段で本当に大丈夫か?」
「問題ない」
本当に問題ないのか? めちゃくちゃ利益出ているよ? 逆に心配になるぞ。
「だけどよ、この樽は瓶200本分以上入ってるだろ? 1本金貨5枚としても……」
うわっ! そこまで考えていなかった! 酒の瓶の原価が金貨1枚だったとして、ざっと金貨800枚の売上。言われてみれば安すぎる。次からはグレンドにもう少し金を払おう。仕入れが安すぎだ。
でも、今回は激安で仕入れてしまっているからなあ。これ以上売値を上げると心が痛いから、160枚で売る。
「気にするな。今回はその値段でいい。その代わり、多くの人に飲ませて感想を聞いてくれ」
「そういうことなら任しとけ! 仲間や知り合いに振る舞ってやる」
「ああ、頼んだよ」
そう言って冒険者ギルドを後にした。レイモンドは無駄に知り合いが多いから、ここでも追加の感想が聞けそうだ。
次はボナンザさん。アレンシアの家で待っているはずなので、すぐに移動する。
アレンシアの家に到着したが、ボナンザさんの気配が感じられない。居るのはアーヴィンだけのようだ。家の中に入って確かめる。
「アーヴィン、ボナンザさんはどうだった?」
「あ、おかえり。留守だったよ。出張中で、しばらく帰らないって」
アーヴィンは淡々と言う。こころなしかほっとした様子だ。気になる態度だが、まあいい。
「そうか……それなら仕方がないな」
ボナンザさんに、と考えていた樽が1つ余ってしまった。まあ、腐るものでもないし、しばらく倉庫にでも放り込んでおこう。
酒の配達はひとまず終了だな。次は炭酸水だ。ひとまずエルミンスールに帰る。
夕食を終え、あとは寝るだけ。明日はドライアイスの研究をしよう。そう考えていた矢先、リリィさんから声をかけられた。
「昨日言っていた装置なのだが、試作機を見てくれないか」
「え? もうできたの? 早すぎない?」
「仕組みはコーくんから聞いていたし、ほとんど既存の魔道具を組み合わせるだけだったから、それほど難しくはなかった」
リリィさんがそう言うと、リーズが重そうな木箱を床に据えた。ちょっとした金庫くらいのサイズだろうか。思っていたよりだいぶでかいが、完成しているように見える。
「すごいじゃん」
「いや、問題もあるのだ。この装置だと、一日中動かしたとしてもポーション瓶20本ほどしか作れない」
ポーション瓶の容量は、おおよそ50ミリリットルくらい。栄養ドリンク1本分くらいだ。ということは……生産量は1日1リットルしかないの?
「少ないな……」
「だろう? 保存も効かないと言うし、失敗だ」
この世界にはペットボトルみたいな便利な容器が存在しないため、半日も放置したら普通の水になる。ミルジアの瓶はよくできていたが、それでも数日で水になるだろうな。
「改良は不可能?」
「無理だな。二酸化炭素が足りない」
「そっか……」
絶対的二酸化炭素不足。やはり木を燃やすしか……と思ったところで、リリィさんが口を開いた。
「そこで提案なのだが」
「え? 何?」
「二酸化炭素だけを別に保存して、飲む寸前に混ぜたらいいのではないか?」
「それだ!」
ガスボンベ。俺はなぜこれを思いつかなかったのだろう。絶対そっちのほうが早い。二酸化炭素を封入する耐圧容器が必要だが、かなり現実的になってきた。
「さっそく試作を」
という俺の言葉を遮って、ルナが小さな鉄の塊をテーブルの上に置いた。
「というわけで、その貯蔵器の完成品がこちらに」
「あるんかい!」
サイズは350ミリリットルのペットボトルくらい。多少いびつだが、きれいな円筒形をしている。プロパンガスのボンベを小型化したような見た目だ。
「この貯蔵器が使える試作機を3台製作しました。ご確認ください」
リリィさんとリーズが大きな木箱を並べた。どれも冷蔵庫サイズ、というか自販機サイズかな。かなり大きい。
炭酸水は、実はかなり圧力が高い。このサイズで下手な構造だと、内圧に負けて大爆発することが考えられる。
「強度の心配はない?」
「はい。何度も爆発させて確認しました。木や革では耐えられないようでしたので、大量の鉄を使っています」
爆発は経験済みなんだね。怪我は……みんな大丈夫そうだ。良かった。
強度も問題ないかな。木箱はただの外装で、中身は圧力に耐えられる金属を使っているらしい。めちゃくちゃ重そう……。木造建築の家には置きたくないね。
「生産量はどう?」
「いろいろ工夫したのですが、充填には半日ほどかかります……」
ルナは不本意そうな顔でいうが、意外と早いと思う。俺が自力でどうにかしようとしていたときは、1日かかっても難しいという見積りだったからね。
「十分だよ。充填用の魔道具を量産して対処しよう」
宮殿の近くに住んでいるエルフにも手伝ってもらえば、それなりの量が生産できるんじゃないだろうか。
「あの……先に試飲していただいてもいいですか?」
ルナはそう言って、炭酸水が入ったカップを差し出してきた。まずは味見。大事なことだ。炭酸水を豪快に口の中に入れる。
うん、ごく普通の炭酸水。炭酸はやや弱めかな。でも十分だ。
「改良の余地はあるが、問題ない。ありがとう。これも売りたいから、1台預かってもいいか?」
「はい、大丈夫です。作りすぎてしまったので……」
ルナは苦笑いを浮かべて言う。たしかに、試作機なんて1台あれば十分だもんね。なぜ3台も作ってしまったのか。
まあ、今回はちょうどよかった。誰に売るかは迷うところだが、とりあえず1台をマジックバッグに仕舞った。するとそのとき、転写機が音を立て始めた。ちょっとびっくりしたけど、冷静に取り出して内容を読む。
『大至急登城せよ』
いつもの長ったらしい挨拶文がない。とんでもなく急いでいる様子が見て取れる。何か問題が発生したのだろうか。
一般人はもう寝る時間だというのに、こんな時間に呼び出しかよ。面倒だけど、異常事態っぽいから行ったほうがいいだろうな。
「ごめん、なんか急いでるらしいから、城に行ってくるよ」
「はい、お気をつけて。何かあったら呼んでくださいね」
さすがに夜遅いから、行くのは俺だけだ。でも、敵襲や魔物の災害であれば、ルナたちも呼ばなければならないだろう。心の準備だけしておく。
慌ただしく飛び出して、王城のいつもの部屋に転移した。そこでは、すでに王が待ち構えていた。
「よく来た! さっそく本題だが!」
挨拶もしないうちに、王が怒鳴る。
「待て待て。とりあえず座らせてくれ」
「それどころではない! 先程の酒はまだ手に入るか!?」
王は切羽詰まったような剣幕でまくしたてる。それほどに緊急な要件……酒に重大な問題でもあったのかな……。
「まだ手元にあるけど、どうした?」
「すぐに売ってくれ!」
「はぁ? どういうことだよ」
「文官どもにすべて飲まれたのだ!!」
王は苛立ちを隠そうともせず大声をあげた。
「え? もう?」
納品したのは今日の午前。200本分くらいあったらしいのに、たった1日で全部飲んでしまった、と。飲みすぎだろ。
「公務が終わったあとの楽しみにしていたのに! 公務が終わった頃には空だ!!」
微妙に計算が合わないな。その消費量は仕事中に飲んでいないと成立しないと思う。
「いや、文官たちは酒を飲みながら仕事をしていたのかよ……」
「そんなことはどうでもいい! とにかく今すぐにその酒を出せ!」
どうでもいいことではないと思うんだけど、王にとってはさほど重要なことじゃないんだな。幸い、ボナンザさんにと考えていた樽はまだマジックバッグの中にある。どうせ余ってしまった樽だから、ここで売ってしまっても問題ないか。
「急かすなよ。たまたま持ち歩いていたから、すぐに出せる」
そう言ってマジックバッグから樽を取り出した。せっかくなので、ついでにソーダファウンテンも取り出す。できればこっちの感想も聞きたい。
「むむ……? この箱は何だ?」
「ソーダファウンテンっていう装置だ。ここから炭酸水が出る。これで酒を割ってみるといい」
炭酸水は、俺にとっては清涼飲料水だが、酒飲みにとっては重要なアイテムだという噂を聞いたことがある。ハイボールやチューハイを飲むには欠かせない材料らしい。
この国で根付くかどうかはわからないんだけど、もし評判がいいなら売れる。ミルジアでも天然の炭酸水が1瓶金貨10枚で売られているくらいだから、ハマれば大儲けだ。
「ふむ……? 炭酸水とは?」
王でも初耳らしい。クレアや他のみんなも知らなかったから、アレンシアでは天然の炭酸水が採取できないのだろう。
「泡の出る水だが、実際に飲んでみたほうが早いな」
そう言って、最初の1杯を出して自分で飲む。そしてもう一つのカップに炭酸水を注ぎ、王に差し出す。
王は泡の出る水を不思議そうに眺めると、恐る恐る口をつけた。
「むむ……これは……」
王は口ごもり、首を傾げた。まだピンと来てない様子だ。まあ、炭酸水はそのまま飲んでもいいけど、何かを混ぜたときに真価を発揮する飲み物だからなあ。
「あとで酒を入れて飲んでみるといい。ただ、気に入らなければ無理して飲まなくてもいいぞ」
「うむ。今日はご苦労であった。代金は後日支払う。今日はもう下がって良いぞ」
王はそっけなく言った。おそらく、酒が気になりすぎて俺の言葉なんか聞こえてないのだろう。
本当はソーダファウンテンの説明もするべきなんだろうけど、心ここにあらずといった様子だから今日はもうさっさと帰る。
めちゃくちゃどうでもいい呼び出しだったな……いや、王にとっては一大事か。食べ物の恨みは怖いって言うし、なんだったら100代祟りそうな勢いで怒っていたし。今日中に届けることができて良かったか。
さて、炭酸水はこの国でも流行るかな? 金属を大量に使う魔道具だから、ボンベもソーダファウンテンもかなり高額になると思う。でも、独占できるから流行れば大儲けだ。楽しみだな。
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