人探し6
デビッドとの話を切り上げ、俺とアーヴィンは店を後にした。すると、ドンキーも一緒についてきた。
「どうだった?」
「ああ、いい話ができたと思うよ。ありがとう」
こいつのおかげでターゲットと面会するチャンスが得られた。予定外の面会だったが、正直かなり助かる。
「それはよかった。僕はすでに金貨1万枚以上を預けて、600枚ほどの配当を受け取っているんだ。レイトンくんも、1000枚と言わずもっと預けたほうがいいよ。黒い牙のお頭さんにも進言したほうがいい」
ドンキーは上機嫌に言うが……。
「へぇ……」
それはお気の毒に。たぶん預けた金は返ってこないだろうなあ。首謀者が逮捕される予定だからね。そんなことは言わないけど。もちろん、黒い牙に進言するつもりもない。
「じゃあ、僕はこのへんで失礼させてもらうよ」
ドンキーはそう言って去っていった。ちょっと申し訳ないなあ。
「さて、俺たちも一度帰ろうか」
この街の宿が気にならないでもないが、治安の悪さから泊まることを躊躇してしまう。今日は大金を持ち歩いているし、安全のためにエルミンスールで寝てから戻ってこようと思っている。
「ねえ……本当にお金を渡す気?」
アーヴィンが心配そうに声をかけてきた。
「んなわけねーだろ」
まさか、アーヴィンが本気にするとはね。100%返ってこないのに、渡すわけない。
「だよね……どう考えても怪しいもん」
アーヴィンは、デビッドの話を疑っているらしい。俺が考える限り、首謀者が逮捕されなければ確実に儲かる案件だ。デビッドの説明にも、特に怪しい点はなかったように思う。
「怪しい……か。わかった。明日、白黒つけに行こう」
言われてみれば、たしかに怪しいな。どこかで聞いたような詐欺の手口と同じ。デビッドの話の真偽の程は、王に聞けば確認できるはずだ。状況を報告するついでに話を聞いてこよう。
エルミンスールで一泊したのち、朝一番で王城に立ち寄った。いつもの部屋で王の到着を待つ。
朝一番過ぎたようで、王城の中はまだ朝を迎えていないようだった。使用人はバタバタと動いているものの、王はまだいつもの部屋にも謁見の間にも居ない。まだ寝ているのだろう。
しばらく待つと、王が部屋にやってきた。
「よう」
と手を挙げて挨拶をすると、王はげんなりとした顔で答える。
「ぬぅ、こんな朝早くから……む? そっちの子はどこの誰だ? 初めて見る者だが……」
あ……忘れてた。アーヴィンを連れてきたら拙いんだった。こいつは不法入国、違法滞在者なんだよね。うっかりしてたわ。
「気にするな。うちの居候だ」
「ふむ。余はアレンシア国王である。コーの仲間とあれば身内も同然。よろしく頼む」
普通にスルーされたな。まあ、名札が付いてるわけでもないし、バレるわけないか。アレンシアの王がミルジア貴族を身内扱いって、かなりヤバいと思うけど、バレてないから問題ない。
「あ……はい……よろしくお願いします」
アーヴィンはガチガチに緊張した面持ちで答えた。この緊張具合、ボロが出そうで心配だなあ。アーヴィンには喋らせないほうがよさそうだ。
「それより、例の伯爵の居場所に見当がついたぞ。逮捕のために兵士を貸してくれ」
「ほう! それはまことか!?」
王の意識は俺に向いた。アーヴィンが怪しまれることはないだろう。このまま話を進める。
「まだ確定じゃないが、間違いないと思う。2日後に面会する約束を取り付けた」
顔を見たわけじゃないから、本人かどうかの確認ができていない。いや、顔を見ても判断できないな。俺は別人のような肖像画しか見ていないから。
「うむ、相変わらず仕事が早い。其方に任せて正解だったな。して、場所はどこだ?」
「ミルジアのアバルカ領ってところだ」
「やはりミルジアであったか……。いつものように兵士を動かすことはできぬ。グラッド隊の精鋭を5人出す。これで乗り切るように」
いつもより少ない人数だが、5人でも借りられれば御の字か。大群を連れて行こうものなら、国境で止められるのは間違いない。それどころか、下手したら国際問題になりかねないもんな。
「……ま、しょうがないな。それでいいよ」
「では、早急に現地に向かわせる。其方は先に現地入りして態勢を整えよ」
現地集合か。悪くないな。グラッド隊の足は早いが、転移よりも早いということはないから。同行しなくていいというのはありがたい。
さて、もう一つの用事も終わらせようか。
「了解。それはそうと、伯爵が溜め込んだ財宝について聞きたいんだけど……」
「むっ!? なぜそれを?」
王は焦ったような声を出した。そんなに拙いことでも聞いたのかなあ。
「盗賊の元締めなんだから、隠し持っていて当然だろ。その総額について聞きたい」
「……其方に分け前を出すことはできぬぞ?」
どうやら、分け前をせびっているように思われたらしい。いやいや、分不相応の報酬を貰おうとは思ってないぞ。
「んなことは要求しないよ。国がどこまで把握しているのか、知りたいだけだ」
「……いいだろう。押収した財宝類は、総額で金貨20万枚相当。行方不明の財宝が金貨10万枚相当、これはすでに換金され、回収不能であると判断した」
「ん? ちょっと待て。隠し財宝は無いのか?」
思っていたよりずいぶん少ない。デビッドの話が本当だとしたら、少なくとも金貨100万枚分以上の財宝がないと成立しないはずだ。
「うむ。余は金貨数万枚分の隠し財宝があると踏んでいる。経費の問題で、積極的に回収する気は無いが」
すでに調査済み、ということか。ああ、ド詐欺じゃないか。あの伯爵、もとより詐欺る気満々だったっていうことだな。
あいつは存在しない財宝を取りに行くと嘘をついて金を集めている。気になるのは配当の出処だが、おそらく出資者が出した金の中から出している。大量の金を集め、その中から少しの金額を返すだけ。予定の金額が集まったら逃げるつもりなのだろう。
「ありがとう。参考になった。あいつ、潜伏先でも罪を重ねているぞ」
度胸が座っているなあ。いや、ただのバカだろ。ミルジアでやらかして、次はどこに逃げるつもりだったのかなあ。次に行くとしたら帝国か……。世界を股にかける犯罪者だな。見ようによってはかっこいいじゃないか。憧れないけど。
「ふむ……なおさら逮捕を急ぐ必要があるな。ミルジアに先を越されるわけにはいかぬ」
「あ、その心配はないな。あの街では捕まらないから」
なんたって犯罪の街。そこらじゅうに詐欺師がいるんだから、あの伯爵1人が逮捕されるとは思えない。そもそも領主館に出入りしているくらいだぞ。領主も一枚噛んでいるに違いない。
「ん? そうか? まあよい。とにかく、早急に作戦に移る。コーはミルジアの宿にて待機せよ。そこに兵士を向かわせる」
マジかよ、宿には泊まりたくなかったのに……。まあ、仕方がないか。持ち物を軽くして宿に泊まろう。
というわけで、引き続きミルジアに潜入を続ける。2日間は暇になっちゃったから、狩りでもして過ごすかな。いや、その前に。
「宿を確保しておこうか。ミルジアの宿の相場はいくらだ?」
「アレンシアと大して変わらないと思うよ。普通の街ならね……」
ああ、そうだった。ここは普通の街じゃない。相場なんてあってないようなものだ。自分の足で調べるしかないか。
「了解。とりあえず行こう」
今日は宿探しで潰れることを覚悟したほうがいいかなあ。ドンキーにおすすめの宿を聞いておけばよかった……。
街を歩き、適当な宿を見つけて中に入る。いつも俺が泊まっている宿と同等クラスの宿だ。アレンシアなら、一泊大銀貨1枚前後かな。
「宿を取りたいんだけど」
中に居た店主らしき人に話しかける。
「失礼ですが、身分証はお持ちで?」
「ああ、持っているぞ」
そう言って、レイトンとジョナサンの身分証を提示した。すると、店主は軽く頷いて言う。
「ああ、市民の方でしたか。でしたら、最上級『松』の部屋のご準備があります」
この宿のランクは松竹梅なのかな……妙に和風だ。いや、高そうだぞ。
「一泊いくらだ?」
「とてもいい部屋ですよ。安心、安全です」
会話になっていない……。俺は宿泊費を聞いたはずだが。もう一度訊いてみる。
「……値段は?」
「基本料金は金貨1枚です。絶対に満足されると思います」
含みのある言い方だなあ。金貨1枚でも十分高いが、きっともっと掛かる。謎の手数料を要求されるまであるな。
「他に掛かる料金を教えてくれ」
「まずは部屋を見てください。泊まりたくないとおっしゃられたお客様はいらっしゃいませんよ?」
だめだこりゃあ……話にならない。いくら掛かるか、わかったものじゃないぞ。金貨10枚くらい要求されてもおかしくない。
「他に行こう。ここはダメだ」
「ちょっ! 待って! お客様!」
店主は引き留めようとしたが、そそくさと宿の外に出た。
「これは長引きそうだぞ……」
予想しなかったわけではないが、まともな宿が見つかるまで、かなりの長期戦が見込まれる。
「重ね重ね言うけど……これがミルジアじゃないからね?」
アーヴィンが申し訳無さそうに言う。
「わかってる。かなり特殊な例だろ?」
なかなかできない経験だよなあ。こうもあからさまにボッタクリ営業をしている宿なんて、まずめったに出会えるものではない。
気を取り直して次の宿へ。
「ぃらしゃい。お泊まりっすか?」
居酒屋のようなノリで話しかけられた。ここはかなりフランクな対応をする宿のようだ。さっそく値段交渉に入る。
「この宿はいくらだ?」
「基本料金は大銀貨5枚っすね。身分証は持ってるっすか?」
「ああ、これだ」
ここでも身分証を提示した。怪しまれる様子はまるでない。本当に優れた偽造身分証だな。オマリィに感謝だ。
「市民っすね。なら、上級室料金と接待料と食事料で、合わせて金貨5枚っす」
きっぱりと料金を提示してくれるあたり、さっきよりは良心的な気がする……いや、錯覚だ! 一泊で金貨5枚は高い!
「高すぎだ。上級の部屋は望んでいないぞ」
「……じゃ無理っすね。他を当たってくれっす」
きっぱりと断られた。下手な交渉をしないのは好感が持てるが、値下げする気は一切ないという気持ちの現われなのだろう。
「わかった。他を探そう」
仕方がないので、他の宿を探す。
3件目、店主が明らかに挙動不審。アーヴィンをチラチラ見てニヤけていた。アウト。誰か店主を逮捕してくれ。
4件目、見た目は普通だが中がボロボロすぎ。そして6人の共同部屋。この街で見知らぬ誰かと相部屋なんて、危なくて仕方ないぞ。
5件目、1軒目と同じタイプのボッタクリ。内装が1件目よりも豪華だったことから、もっとボッタくられる可能性が高いと思われる。
「まともな宿が無い!」
心の叫びである。一通り街を歩いたが、目につく宿は全部見たと思う。あとは近付くのもためらわれるような、ボロい安宿しかない。
「あきらめて、さっきのどこかに泊まるしかないんじゃない?」
「そうだな……。比較的マシだった2軒目に行こう」
諦めて2軒目の宿に入り直した。すると、さっきの軽いノリの若者が話しかけてきた。
「あ、さっきの。どうしたっすか?」
「悪いけど、やっぱりここに泊まらせてくれ。期間は2日だ」
「あざっす。でも、他を探すんじゃなかったんすか?」
若者はとぼけた様子で訊ねてくる。
「どこも似たようなものだったよ……。どうしてこんなに高いんだ?」
「市民は金持ってるっすからね。あるとこから取らねえと、店が維持できねえんすよ。あ、部屋は本当にいい部屋っすよ。物が盗まれたりもしねぇっす」
やっぱり盗まれる前提なんだね。まあ、盗まれる心配がないならいいか。
「本当は中級の部屋がいいんだけどな」
と本音をこぼすと、若者はこともなげに言う。
「そんな部屋、この街にはねぇっすよ。上級か、超上級っす。ただ、そっちは貴族様専用なんで」
どこの街でも、宿屋の客は冒険者か商人が多い。見た感じ、客の8割くらいがそうだろう。普通の街であれば、その客層に向けて営業すれば問題ない。
しかしその客層は、この街では異常なほど貧乏だ。そのため、彼らは中級の宿には泊まらず激安宿に泊まる。結果、この街の宿は超激安宿と高額宿の二極化が進んでいったそうだ。
激安危険宿か、合法割高宿か、ボッタクリ宿か。地獄の三択だ。
原因は税金と冒険者ギルドの搾取なのだが……。俺にどうこうできる問題じゃないな。必要経費だと思って納得しよう。ここで兵士の到着を待つ。






